7−4:虹色の旅路


 肌を刺す寒さで意識を取り戻す。……その割に身体が暖かい。
 目を開けると、スカラビアの寮服の胸元が目の前にあった。バイパー先輩に抱きしめられている。
 夢の主相手でも『闇』に飲まれる時に密着していれば、はぐれる事は無いみたい。
「バイパー先輩。起きてください」
「う、んん……」
 先輩がうっすらと目を開く。僕の顔を見て微笑むと、優しく頭を撫でてきた。そのまま抱きしめてもう一度目を閉じようとする。
「こんな時に二度寝すんな!!!!」
「うるさいな……いいじゃないか、少しくらい」
 不満そうに文句を言いつつ、やっと身体を起こした。
「こっちはさっきまで頭が割れそうに痛くて苦しんでたんだぞ?もう少し優しくしてくれてもいいだろう」
「ああ……えっと……それはまぁお大事にというか……」
「じゃあ膝を貸してくれ。もう少し寝る」
「だから寝てる場合じゃないんですってば!!」
 人の膝に頭を乗せようとしたのを無理矢理どかす。さすがにバイパー先輩もちゃんと起きた。
「そういえば……ここはどこだ?」
「なんか……夢の深層というか……深淵的な……?」
「曖昧だな」
「何も検証とかされてない現象なので……」
 バイパー先輩が正気に戻ってるなら、とっととここを出た方が良いだろう。懐を探ってスマホを取り出す。
「えーと、状況はどれくらい把握してます?」
「正直に言って、何も分からない」
「デスヨネー」
「ただ、さっきまで見ていたのが悪夢で、目の前にいる君が夢の登場人物ではない事は感覚的に理解してる」
 もう完全に覚醒していると見てよさそう。頼もしい。
「……という事は、君と同じ顔をした彼も夢の登場人物だったって事か?」
「ええ、まぁそんな所なんですけど」
『ジャミル様、見ーつけた!』
 唐突に、バイパー先輩の背中に人が飛びついた。周囲は暗闇で人の気配なんかしなかったのに。
「……は?」
『せっかくお願い叶えたのに「もうどうでもいい」とか言っちゃうんだもん。悲しいですぅ~』
 僕と同じ声で、僕と同じ顔をした少年がバイパー先輩の背中に甘えていた。『これが近づいてくるのを見落とすワケがないだろ』って言いたくなる赤とオレンジを基調に金をちりばめた派手な衣装を纏い、髪の毛も羽毛で飾ってそういう髪型みたいになってる。
「……………………なんだこれ」
「えーと。僕の偽者です」
「……俺はさっき、これを君だと思ってたって事か?」
「そういう事になります」
 バイパー先輩はべりっと強引に『イミテーション』を引きはがした。代わりに僕を抱き寄せる。
「なんなんだお前は」
『えーん、ひどいよジャミル様~。僕より後から来た子を選ぶなんて~あんなに尽くしたのに~』
「尽くした?」
『ジャミル様がどっちもお嫁さんにしたいって言うから殺さないで我慢してたし、自由になりたいって言うから従わなきゃいけない理由を全部ぶっ壊したのに』
 物騒で不穏な台詞と共に、空気の緊張感が増す。
『あれが一番手っ取り早いし。家族が互いの幸せを願うものなら、犠牲にされても本望でしょう?』
「……一方的すぎる……」
『変な遠慮して言いたい事も言わないまま、悲劇のヒロイン気取るなんて馬鹿みたい』
 ふと気付けば『イミテーション』は虚ろな目で僕を見ていた。あの浮かれ散らかした外見でやられると違和感とそれに伴う恐怖がある。
『挙げ句に我が儘で役立たずの姉を助けるのに命まで懸けちゃうとかさ、馬鹿の極みだよね?』
「……まぁ負けて死んだら馬鹿かもしれないね。僕は!勝って生きて帰ってきたけどね!!」
 僕が胸を張って言い返すと、『イミテーション』はむっとした顔をした。バイパー先輩は僕と向こうを交互に見て、小さく頷いている。
「なるほど。アレは君と敵対している存在なんだな」
「そうです」
「そして、君を殺すために俺を利用しようとしていた。が、俺の欲求がそれを止めていた」
「そうなります」
「…………なんか、人の事を言えないレベルでアイツ、馬鹿じゃないか?」
『ひどーい!!僕はジャミル様の理想の「ユウ」なのに!!!!』
「どこがだ。比べるまでもなく天地の差があるぞ」
 バイパー先輩はこれ見よがしに僕の頭を撫でてくる。
 そういえば最初の夢の中で会った時もほとんど喋らなかったから、性格まではよく分からなかった。敵意も明らかなものは向けてこなかったし。
「……もしかして、消せないアジーム先輩をまともな従者にした分、アホっぽい部分をこっちにくっつけちゃった、みたいな……?」
「そんな馬鹿な!?いやでも……あり得る……のか……?」
「アジーム先輩をあのまま従者にしたら、先輩の胃がもたなそうですもん」
「…………確かに、同じ失敗をカリムがやるより、君がやった方がまだ許せるな……」
「でしょ?」
 いや、それもなんかアレな気がするけど。
 だってそれってつまり、僕がアジーム先輩と同レベルの失敗をやらかす人間だと思われてるって事でもあるのでは?
『うえーん、ご主人様ぁ。ジャミル様がいじめるよ~!』
 偽者が僕たちに背を向けて、尾羽根の装飾を揺らしながらぽてぽてと歩いていく。数歩と経たないうちに、彼の目の前に新たな人影が現れた。
 艶やかな黒髪に悍ましい黒い化粧。赤と黒に彩られた衣装と、足枷のように足下に纏わりつくブロット。
「……あれは、俺か?」
 オーバーブロットしたバイパー先輩の姿をした人物が、駆け寄る偽者を迎え入れる。
『おぉ、よしよし。可哀想になぁ』
 なんかメソメソわざとらしく泣いてる『イミテーション』を抱きしめて、頭を撫でて甘やかしている。
 その茶番めいた空気にどうにもついていけず、バイパー先輩と顔を見合わせた。
「なんなんだ、アレは」
「僕に訊かれても困りますが、少なくとも僕の偽者の方はここで倒しておかないと面倒な事になります」
「俺もアイツを放っておいていいとは不思議と思えないな」
 言いながら、バイパー先輩は僕を強く抱きしめる。
「あの……?」
「俺だって自分に立ち向かうのには勇気がいるんだ」
「少しもそういう風には見えませんが?」
「……だから、君にずっと信じてもらえなかったんだろうな。こんなに好きなのに」
 こつんと額を合わせてくる。普段は見られない無邪気な顔。
「原石のくせに眩いダイヤモンド。……もっと輝かせたくなるほど愛しい、俺の宝石」
 意外とロマンチストな所あるのかなぁ、なんて思いながらその深い色をした目を見つめる。
 彼のユニーク魔法を知れば、自然と忌避してしまう行為。
 だけど今はそんな事を絶対仕掛けてこないと信じられる。熱を帯びた視線と、わずかに赤らんだ頬を見れば、そんな無粋をする気は無いと思えた。
 自然に唇が触れ合う。さっきの無理矢理のキスと違って、優しく柔らかく、気持ちを交わしたような不思議な感触があった。胸に少し暖かいものが増した気がする。
 唇を離した後は、幸せそうに微笑んだ。少し胸が痛むのを無視して、僕も微笑みを返す。
「…………よし」
 バイパー先輩は何故か小さくガッツポーズをしてから身体を離した。理由は怖くて聞けない。
 とにかく今は目の前の『イミテーション』を倒して回収しないと。
「ユウ。その格好で戦うのか?」
 スマホを構えた僕にバイパー先輩が指摘する。言われて見下ろせば、さっき着せられていた赤いドレスのままだ。
「スマホで使える装備もらってるので!大丈夫です!!」
「じゃあ別に着替えさせなくても良いって事だな」
「そういう事ですね」
 でも一応、一旦制服に着替えた。ちょっと残念そうな顔をするんじゃない。
「ドリームフォーム・シャイニングチェンジ!」
 気を取り直してアプリを起動し、合言葉を叫ぶ。全身が光って、強化装備が全身を包んだ。
「……なるほど、まさに『魔法少女』だな……こうして見るとそれらしい」
「もしかして信じてませんでした?」
「まぁ、度胸はあるが立ち回りは人間離れしてるって程でもないし、活動を実際に見たワケでも無かったしな」
 凄く淡泊に返された。……あの時、大真面目に魔法少女だと認めた自分が馬鹿みたいじゃん。
 僕の表情から何を察したのか、バイパー先輩は意地悪く笑う。
「今のを見てきちんと君が魔法少女だと理解できたよ」
「もう良いです。どうせ肉弾戦タイプなので『らしく』はないですし」
「そう拗ねるな。俺もしっかりサポートさせてもらうさ」
 懐からマジカルペンを取り出し、自分の顔をした『闇』に向ける。
「負けた時の情けない自分を正面から見せられるっていうのも、なかなか不愉快だしな」
 睨まれたバイパー先輩の姿をした『闇』は、余裕そうな笑顔から表情を歪めた。ほぼ同時に、暗闇しかなかった周囲の景色が塗り替えられる。
 もはや見慣れたスカラビアの談話室だ。空は赤黒く、室内には僕たちしかいない。
『情けない?俺がこうなったのは、俺のせいじゃない。環境のせいだ。親のせいだ。カリムのせいだッ!!』
 憎しみと恨みのこもった声が響く。
『アイツさえ、カリムさえいなければ……俺はもっと優秀で、強く、自由でいられるのに!』
「……そうだな。俺がバイパー家に生まれなければ、また違った人生だっただろう」
 感情を露わにする『闇』に対し、バイパー先輩は言葉では同調しつつも冷ややかだ。冷静に、事実だけを語る。
 その答えを聞いて『闇』は嬉しそうな笑みを浮かべた。
『ああ、ああ!そうだろう。さすがは俺だ。わかっているじゃないか』
「俺以外は全員愚鈍だ。俺は違う……ずっと、そんな事ばかり考えてた」
 優秀な従者として役目を果たしつつ、内心では周囲を見下していた。そうなってもおかしくないくらい、事実として彼は素晴らしい才能を持った魔法士だった。
「それなのにコトを焦って、失敗して、爆発して……ザマァない」
『おい、理性的なフリをするのはやめろよ』
 自らを戒めるような言葉を吐けば、すかさず『闇』の茶々が入る。でもバイパー先輩はあくまで冷静に、醜悪な自分を見つめていた。
『俺が狭くて息苦しい場所に閉じこめられてるのは、アイツのせいだ。お前だって、本心ではそう思ってるんだろう!?』
 先輩は全く動じない。少しも心が動いた様子が無い。
『俺だって、俺だって本気が出せればなぁ……!』
「お前、さっきからそればかりだな」
 そして冷徹な一言を放つ。辛辣。
「その狭い視野こそが、お前の自由を奪ってる。気付かないのか?」
 今までがそうだったとしても、『これから』は変えていける。
 アジーム先輩とバイパー先輩の立場が変えられなくても、お互いへの関わり方はきっと変えられる。
 現実で取っ組み合いの喧嘩をしたって、問題ない未来だって作れる。二人が一緒に前に進むなら。
 バイパー先輩は憐れむように目を細める。
「だが……そうか。これが、俺か」
 そう呟く声を聞いて、『闇』は狂ったように笑い出した。肌も衣装も何もかもが黒く塗りつぶされ溶けていく。
『そうだ!俺はお前で、お前は俺だ』
 濁った声が嘲笑まじりに言い放つ。肉体が全て溶けたかと思うと、それが大きく膨らんだ。ドロドロとした液状の存在が、天井まで届くような人に近い形で個体化する。やがて表面に黒以外の色を現し、さっきまでとは全く違うものへと変化した。
 細身のインク瓶を頭に設えた、つぎはぎだらけの巨人。
 バイパー先輩がオーバーブロットした時に出てきたブロットの化身……ファントムと同じ姿だ。
『俺たちはランプの魔人のように暗くて狭い場所に閉じこめられて、こき使われる運命。いつか誰かが自由にしてくれる事を夢見ながら……一生な!』
『ご主人様かっこいー!ボスっぽーい!最強ー!』
 すっごいシリアスな台詞吐いたのに、横ではしゃいで飛び跳ねる『イミテーション』が台無しにしてる。その持ってるポンポンどっから出てきたんだ。
 でもなんかファントムも満更でもなさそうな感じで『イミテーション』の頭を撫でてるし。
 いちゃついてるバカップルを見る目で、バイパー先輩が深々とため息を吐く。
「自分の願いを他人に託すなんて……俺はゴメンだね」
 結局他人を当てにしたって、何も解決しない。
 他人は変えられないけど自分は変えられる、とかよく言うしね。
「現状を嘆いて、自分を憐れむのはもうやめた。自分の野心や欲望から、目を逸らすのもな!」
 そこまで言って、ニヤリと笑った。
「そうとも。目を背けたいほど情けなくて醜い自分だが……リスクがなければ、今までで一番最高に強い自分でもある」
 確信を得ている様子だった。そして迷いも感じられない。
 次の瞬間、バイパー先輩の寮服が黒く溶けて、髪の毛が解けた。活動的だった装束が魔術師のローブのように変形し、艶やかな黒髪は編み直されていく。頭部の帽子は蛇を模した黄金の留め具が嵌まり、赤い鳥の羽と同じ色のベールが色彩を加えた。
 額から流れた黒い液体が、顔を飾り喉元まで伝い落ちていく。目を開いたその表情は自信に満ちていた。
 やっぱり、シェーンハイト先輩の時と同じく、いま見るとあまり怖くはない。ちゃんと制御できてるのが見て解るからかな。
「……この姿の俺じゃ不満か?」
 声をかけられて顔を見上げる。
「むしろとっても頼もしいです!」
「当然だな」
 彼の足枷に、ファントムと繋がる鎖は無い。それは自由に等しいもの。
 自由になった『万能の魔人』が一緒に戦ってくれるなんて、頼もしいに決まってる。
 僕は構えを正して、ファントムに寄り添っている『イミテーション』を睨んだ。向こうも明らかに臨戦態勢に変わる。
「目標、敵性体『イミテーション』!打倒し『黒薔薇の魔女』の魔力を回収する!」
「俺はこんな所で蹲ってる暇はないんだよ。さあ、どいつもこいつも道を開けろ!」
 魔力が嵐を起こし、ぶつかって弾ける。めちゃくちゃな風に吹かれながらも、まっすぐ前に走った。
 向こうは楽しそうに笑って、人間離れした跳躍力で近づいてくる。しなやかな蹴りはどれかと言うとバイパー先輩のものに近い気がした。
 シェーンハイト先輩の所にいた『イミテーション』と比べて僕に体格が近いので、もしかしたら比較的パワータイプ寄りなのかもしれない。あまり攻撃に当たりたくないな。
 相手の戦法を見るためにとりあえず防御と分析に徹する。先輩たちの方は魔法の撃ち合いになってるが、思い出したようにこっちにちょっかいをかけてきて、それをバイパー先輩が防いでくれた。
 戦力はほぼ互角。
 バイパー先輩は全体を見てくれてる。向こうが僕に攻撃を集中しても見逃す事は絶対に無い。
 信じてるから後ろは見ない。
 何度目かの跳び蹴りを避けて、さっきまでは退いていた所を一歩前に出て腹を殴った。呻く相手の腕を掴んで乱暴に引き倒す。
 起き上がり様の蹴りをギリギリ避けて、更に続く回し蹴りをわざと腹で受けて脚を掴んだ。
『げっ』
「ぬおりゃあああああああああああっっっ!!!!」
 そのまま身体を一回転させて勢いを付けて、壁に向かって投げつける。談話室の壁にヒビが入るぐらいの衝撃はあったみたいけど、背中で受けてるからダメージはそこまでじゃない。すかさず跳び蹴りで追撃すると、壁が崩れて廊下まで吹っ飛んでいく。
 トドメを、と思った瞬間に魔人の巨大な手が前を塞いだ。咄嗟に防御態勢を取ったけど、勢いが殺せず窓の外まで叩き出される。
 やべぇこれどうやって戻ろう、と思ってたら、身体がふわりと何かに受け止められた。バイパー先輩の風の魔法だ。更に談話室までの間に、緑色に色づけられた風が『足場に使え』とばかりに点々と渦を巻いている。
 本当に優秀で気が利く人だなぁ。
 有り難く足場を使わせてもらい、最後の一つでぐっと脚に力を込めた。呼応するように足場が収縮し、僕が飛び出すのに合わせて追い風を起こす。
「お返しだゴルァ!!!!」
 勢いを全部乗せて、バイパー先輩を叩き潰そうと動いていたファントムのインク瓶を殴りつけた。談話室の床を抉りながら滑って後退していく。
「足場ありがとうございます!助かりました!」
「こちらこそ助かったよ。ナイスタイミングだ」
 一人で大変だったろうに微笑んでくれる。頼もしい。
 お互いモチベーションを高めた所で、二人揃って敵に目を向ける。向こうは大分ダメージが溜まってきている様子だ。
「一気に片づけるぞ。いけるか?」
「もっちろん!!」
 ガッツポーズして見せれば、先輩も満足そうに笑う。
 そして同時に走り出す。僕は『イミテーション』の方、先輩はファントムの方に。
 向こうが迎撃体勢を整えようと関係ない。バイパー先輩はしっかり、風の魔法を自身と僕の四肢に纏わせている。防御ごとぶっ飛ばす気だ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!!」
 二人の雄叫びが重なる。僕の拳と先輩の蹴りが、同時にそれぞれの敵を捉えた。勢いを何倍にも膨らませた一撃が防御を貫通し、二体を同時に壁に叩きつける。談話室の壁から天井まで大きく崩れ、瓦礫が追い打ちのように降り注いだ。
 僕はすぐにキューブケースを取り出す。
『敵性体のバイタル低下を確認しました』
 アナウンスが無感情に状況を伝えてくれる。直後、瓦礫が蠢いて、派手な衣装がそこから這いだしてきた。
 息も絶え絶えでズタボロの『イミテーション』の前にしゃがみ込む。その時にはキューブケースを開いて向けていた。
『え?……あ』
 相手が状況を理解した時には、もう三秒経っている。
『みゃああああああああああああああっっっ!!!!!!』
 最後までふざけた感じの悲鳴を上げていたが、浄化エーテルとやらには抵抗できないらしい。声が止まるとエーテル放出の光も止まり、瓦礫の間には乳白色の欠片だけが残っていた。
 欠片を拾い上げて、ケースに収納する。円グラフが少し動いて、アナウンスが正常に回収できた事を報告した。
 回収率はまだ半分に届かない。とはいえ、ひとまずここでの回収は完了だ。
 どうなったかなとバイパー先輩の方を見れば、先輩はどこか憐れむような顔で瓦礫の下でもがくファントムを見ていた。
『畜生、畜生……なんで俺ばっかり!アイツさえ、カリムさえいなければ……俺はもっと優秀で、強く、自由でいられるのに!』
 濁った声が苦しげに恨み言を吐き出す。
『俺を見てくれ。俺はもっとやれる……アイツさえいなければ、もっと!うう……ううう……っ!』
「……本当に情けない姿だ。ここにカリムはいないってのに、な」
 口元に穏やかな笑みを浮かべたかと思うと、その手には見た事の無い杖が握られた。多分、スカラビアの寮長の杖と同じで蛇を模してるんだろうけど、黒っぽくて細かい所までは見えない。
「せめて引導を渡してやろう」
 言葉は優しげなのに感情はひどく冷たい。それを察知したらしいファントムも、濁っているのに怯えた声を上げていた。
「さあランプの魔人よ!俺の願いの糧となるがいい!」
『やめろ……やめろおおおおぉおお!!』
 バイパー先輩の手にした杖が、インク瓶の頭を叩き割る。助けを求めるように伸ばされていた魔人の手は、誰にも届かないまま黒い砂へと変わっていった。
 数秒と経たず瓦礫の下にあった巨大な魔人の身体は全て砂となり、それも風にさらわれて後には何も残らない。
「俺は狭いランプの中で一生を終えるつもりはない。恨み言ばかりの、みじめな自分にはおさらばだ!」
 どこか吹っ切れたような決別の言葉。策謀も疑いも無い、誠実さが感じられる。
「今に見ていろ……俺は必ず願いを叶える。三つだけなんてケチくさい事は言わずに、十個でも、百個でもな!」
 そして素直な欲望を口にする。
 ランプの魔人頼りでは三つしか叶えられないけど、自分が頑張れば幾つだって願いは叶えられる。『自分には何も出来ない』と諦めていては出来ない事だ。
「フハハ……アーーッハッハッハッハ!」
 とても楽しそうに笑っている。邪魔するのが申し訳ないくらい。
 オーバーブロットの後も多少吹っ切れた感じはあったけど、今回は更に明るい感じがする。色々あったけど、前向きになったなら良かった。
 笑ってる間に変身を解除して、気が済むまで高笑いさせておく。意外と早く我に返って、こっちに歩いてきた。
「…………終わってたんなら止めてくれないか」
「気持ちよさそうに笑ってたんで、つい」
 にこやかに返すと、不満そうな顔で額を小突かれた。続いて、髪の毛の蛇がこっちににゅっと顔を近づけてくる。
「ひょえっ!」
 思わず後ずさると、バイパー先輩はすかさず意地の悪い笑顔を浮かべた。
「ああ、君は蛇が苦手だったっけな」
「は、ははははいとても!なので引っ込めていただきたいのですが!」
「そう言うなよ。正面から見ると意外と愛嬌があるだろう?」
 正面から、と言われてじっと顔を見てみた。
 赤い目もこっちをじっと見つめていて、舌がチロチロしてる。
 恐る恐る指を近づけてみると、甘えるように顔を擦り付けてきた。ちょっと可愛い。
「……これはバイパー先輩が動かしてるんですか?」
「さぁ?俺の感情は反映してるのかもしれないがな」
 撫でるように指を動かすと、心地よさそうにしている気がした。……いかん、ずっとじゃれてしまう。
「と、とにかくここを出ましょう!」
「どうやって?」
「一応、そのための用意がありますから」
 スマホを操作して、例の魔石器を取り出す。緑の刀身が光を放ち、穴の空いた天井の向こうへと光の糸を伸ばした。
「つかまってください、バイパー先輩」
「わかった」
 手を差し伸べてるのに、しっかりと抱きつかれる。……まあ勢いあるから、その方が安心ではあるけど。
 バイパー先輩の背中に腕を回した瞬間、腕がぐっと引っ張られる。天井の穴を越えた所で光に包まれ、そこで意識が途切れた。

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