7−4:虹色の旅路
………
頭が混乱している。間違いなくしている。脳味噌が状況を理解するのを拒み続けている。
でも逃げてばかりもいられない。彼を目醒めさせるには大切な事だ。
バイパー先輩の僕への好意は、周りの嫌がらせを兼ねたポーズではない。
いや、でもそっか。シュラウド先輩が前に言ってた。
オーバーブロットした先輩たちと戦った時に癒しの魔力が働いてて、その持ち主である僕に無意識に懐いた可能性があるって。
バイパー先輩がオーバーブロットした時、本気の殴り合いをした。拳を通して魔力が渡った量も恐らくそれなりに多い。
つまり、これは事故。不幸な事故だ。バイパー先輩も別に嬉しくない状態だ。
バイパー先輩が目を醒ましたら説明して、不幸な誤解は解けて一件落着みんなハッピー。
いや醒めた後はそれでいいけどそれまでどうすんだって話。振っても何しても話を聞いてくれる気がしない。
とにかく下に戻ったら、部屋からスマホを回収してシュラウド先輩経由でシェーンハイト先輩たちの状況を教えてもらおう。
宴席って言うからにはナイトレイブンカレッジのみんなの席もあるだろうけど、部屋が同じとは限らないしなぁ。金持ちそういう事しそう。
ちらりと横目でバイパー先輩を見れば目が合った。柔らかく微笑んでくる。大した灯りも無いのに、その目がいつもよりずっと優しい雰囲気なのは解った。
……調子狂う。
誤魔化すつもりで先輩の肩に凭れると、毛布ごと肩を抱かれる。頭に少し重みが乗った。
暖かい時間。でも罪悪感が胸を刺す。
他に好きな人がいるくせにこんな事しちゃダメだろとか、他人の好意を利用するのは最低だとか、いろいろと頭に浮かんでは消えていく。
……僕、何やってるんだろ。
今の状況は元の世界に帰るとか帰れないとかそれ以前の問題なので、こんな事にいちいち悩むのだって無意味なんだと思う。
使えるものは全部使って、とっとと事態を解決するのが正解だ。解っているのに、こうやってふとした時に悩んでしまう。
「そろそろ戻ろうか。宴の準備もだいぶ進んだだろう」
「……そうですね」
「またいつでも一緒に出かけよう。これからいつだって一緒に外に出られる。俺も君もしがらみから逃れて、自由になったんだから」
そう言ってまた嬉しそうに笑う。
その顔を見てると、ここは先輩にとって本当に幸せな夢でもあるんだと思えた。全て都合がいい、というワケではないだろうけど。
魔法の絨毯は出てきた時と同じようにゆっくりとした速度でバイパー御殿の宝物庫へと戻った。空調のおかげで外よりは寒くない。
降りる時もバイパー先輩が先に降りて手を貸してくれた。
絨毯にお礼を言うと、誇らしげに反り返ってから、元の棚に潜り込んでくるくる丸まって大人しくなる。なんか、現実の魔法の絨毯より大人しい気がする。これもバイパー先輩の願望なのかな。細かい。
何となく話す事も無く宝物庫を出る。
「あら、ユウ。それからジャミルさんも」
出た所で、いま丁度通りがかったという様子でシェーンハイト先輩が声をかけてきた。後ろにはグリムやセベク、シルバー先輩とオルトもいる。アジーム先輩だけいない。
シェーンハイト先輩は熱砂の国の伝統衣装に着替えていた。多分、僕が着ているものとほとんど同じデザイン。色が少し違うくらい。
「どこかにお出かけしてたの?」
「……ああ、少し散歩にな。そちらはどうして部屋を出ている?」
「あら、部屋の前にいた警備の人に許可は取ったわよ。ちょっと退屈になっちゃって。……にしても……」
先輩の目がじっと僕の顔を見る。否、視線だけで頭から爪先まで二往復はしてた。
「……最っっっ高に可愛いわね!」
満面の笑みを浮かべると、素早く僕に詰め寄ってきた。風に吹かれて荒れた部分を整えて、更に嬉しそうな顔になる。
「アンタって本当に明るい色がよく似合う。こういう華やかな服をもっと着るべきよ」
「先輩も凄くお似合いです。お揃いなのは嬉しいけど、ちょっとなんか、気後れしちゃうなぁ……」
「他人の事なんか気にしないの。バイパー家の選んだ最高級の品を纏ってるんだから、堂々としてなさい」
先輩に頭を撫でられるとほっとする。こうして合流できた事も純粋に嬉しい。
「ねえ、せっかくだから記念撮影しない?」
「え?」
「だって、こんな素敵な衣装を纏っているんだもの。良いでしょう?」
シェーンハイト先輩がちょっと意地の悪い笑顔を浮かべてバイパー先輩を見た。
僕もバイパー先輩の方を向いて、じっとその目を見つめる。少し泣きそうな雰囲気の顔を作った。
「お願いします、ジャミル様。今日でお別れだと言うのなら、最後の思い出として許していただけませんか?」
「………………わかった」
「ありがとうございます!スマホ持ってきますね!」
「おい、部屋はわかるか?」
走り出そうとした僕をバイパー先輩が呼び止める。そう言えば全然道順見てなかった。
しょんぼりと肩を落としてバイパー先輩の所に帰る。
「……わかりません……」
「わかった。一緒に戻ろう」
ため息混じりに言いながら、優しく頭を撫でてくれた。
「ここで待っててくれ。記念撮影なら庭の方が良いだろう。案内する」
みんなの返事を待たずに、バイパー先輩は僕の手を取って歩き出す。早歩きだけど不快感をアピールしてるような雰囲気ではない。
何となく見覚えのある扉の前で足が止まった。
「ほら、ここだ」
「ありがとうございます!」
急いで部屋に入り、枕の下を探る。スマホはそこに置かれたままだった。誰かが触った痕跡もない。
画面を開けばメッセージが数通。全部シュラウド先輩からだ。
『イミテーションが君のフリをして接触してきた、みんなに離脱を勧めて失敗、動向に注意』
文面を見て浮かれた気持ちが落ち着く。
今更だけどアジーム先輩は大丈夫だろうか。僕たちの状態は『S.T.Y.X.』も見てくれてるだろうし、シュラウド先輩からの連絡が無いならまだ大丈夫、と思っていいのかな。
そんな事を考えながら、あまり待たせると不審がられそうなので何事も無かったような顔でさっさと部屋を出る。
「見つかったか?」
「はい」
笑顔で返事をすれば、よくできましたとばかりに頭を撫でてくる。……なんかペット扱いな気がする。
さっきの宝物庫の前まで戻ると、さっき心配していた人の姿がそこにあった。
「ジャミル!ユウ!」
何やら大きな筒を抱えたアジーム先輩がめいっぱいの笑顔で駆け寄ってくる。バイパー先輩は疲れたため息を吐いた。
「ジャミル様、だ!」
「おっとわりぃ!ジャミル様!」
「……全く反省してないな、お前……」
バイパー先輩の疲れた様子に気付いているのかいないのか、アジーム先輩はニコニコ笑顔のままだ。
「宴の準備は終わったか?」
「おう、だいぶ進んでるぜ!お前の大好物のカレーもデーツもシルキーメロンもたっぷりだ!」
「……そうか。ならいい」
「そんな事よりさ」
「そんな事!?」
「ほら、これ見てくれよ!」
目を剥くバイパー先輩の前に、アジーム先輩は抱えていたものを広げた。
それは一枚の、とても高級そうな絨毯だ。なんとなく模様に見覚えがある。
「魔法の絨毯のレプリカか」
「うちにあるのと違って魔法はかけられてないけどな!」
さすが、バイパー先輩は一目で模様の区別がついたらしい。一方、アジーム先輩は嬉しそうに笑っている。
「確かに質は良いが……わざわざ買ってきたのか?」
「おう。ザハブ市場の織物屋に今日の宴のための敷物を買いに行ったら見つけたんだ」
「またお前は無駄な買い物を……ふっかけられてないだろうな?」
「大丈夫、変なものは買ってきてないから。あそこの織物屋、品物の質は確かだろ?」
「ふむ……まあいいだろう」
どうやらそこまで怒る事でも無かったらしい。訝しげな表情は不遜な笑顔に変わる。
「確かに絨毯の一枚や二枚で目くじらを立てる事もないな。うちは街一番の大金持ちなんだから」
お気に入りのフレーズいただきました。
「あの店主、前に行った時と違ってすげぇ怖い顔してたし、感じ悪かったぜ。『ジャミル様のお使いだ』って言ったらコロッと笑顔になってたけど」
「それはそうだろう。どの店もバイパー家にはお得意様になってほしいはずだ」
「昔、とーちゃんやジャミルと一緒にあの織物屋に行った時……オレが『魔法の絨毯だ!』ってこれを床に広げて乗っかって怒られたんだ」
覚えてるか?とアジーム先輩が問えば、バイパー先輩は間髪入れずに返す。
「忘れるものか。絹製のヴィンテージの絨毯に、お前が泥のついた靴で乗った時の店主の顔……うっ!?」
バイパー先輩の表情が苦しげに歪む。同時に、周囲の景色も大きく歪んだ。
アジーム先輩は真剣な表情で苦しむバイパー先輩を見つめている。
「……カリムのように落ち着きが無い奴を、俺が高級店に連れて行くわけがない。なんだこれは?急にめまいが……ッ!」
今にも倒れそうな身体を思わず支える。先輩は僕の手を握り、肩に頭を預けてきた。手は大げさなくらい震えてるし、汗も凄い。凄く苦しそうだ。
仕方ない事とは言え、罪悪感が湧いてくる。しかし追及を緩めている余裕は無い。いつ邪魔が入るかわからないのだから。
「織物屋以外にも、何度も一緒に出かけただろ。屋敷を抜け出してラクダバザールに行って、ココナッツジュースを一緒に飲んだ」
「一緒に出かけただって?お前が勝手に抜け出して、俺が慌てて追いかけたの間違いだろ!」
思わずといった様子で反論して、悲鳴に近い声をあげた。また世界が大きく歪んでいく。
『抑えきれないジャミル氏のツッコミ魂が刺激されている……!』
「いいぞ!もう一押しだ、カリム!」
頭を振りながら、バイパー先輩は戸惑いを口に出す。まるで自分に言い聞かせるように?
「俺が従者を追う意味がわからない……そんな事、俺はしていないはずだ!……そうだよな?」
縋るように僕に問う。僕を『外から来た許嫁の双子の兄弟』と設定した事さえ揺らいでいた。傍にいる僕がどっちなのか解っていない。
「俺たちは幼なじみで、生まれた時からずっと一緒で、卒業したら結婚して、幸せに……」
「ユウはオレたちの幼なじみじゃない。ナイトレイブンカレッジで出会ったんだ」
「……ぁ……」
バイパー先輩の身体からどんどん力が抜けていく。今にも床に倒れてしまいそうで、どうにか支えながら膝をついた状態で留めた。
「ナイトレイブンカレッジに入る少し前……二人で厄介な事件に巻き込まれた事があったよな」
アジーム先輩は、無表情にバイパー先輩を見下ろしている。いつも笑顔の人だから、それだけで少し怖く感じた。
「危ないところでジャミルが機転をきかせて、ユニーク魔法で悪い奴らを仲間割れさせてくれたんだ」
そこで少し表情が緩む。
アジーム先輩がバイパー先輩を深く信頼する、一因であり一片の話。
共に過ごしてきた時間の中にある、無数の思い出の一つに過ぎない。
けれどアジーム先輩の中では、そのどれもが大なり小なり、星のように輝いているのかもしれない。
「それでオレたちは、無事に家に帰ってこられた。お前がいなかったらどうなってたことか!」
太陽の瞳がバイパー先輩を照らす。バイパー先輩は首を横に振ってそれを拒絶した。
「ううっ……知らない、そんなのは……!」
苦しげな表情で揺らぐ自分を支えようと必死になっている。僕の手を握る力も緩まない。
「お前はいつだって、最高に頼りになる『親友』だった。ジャミルに任せておけば全部うまくいくって信じて疑わなかった」
アジーム先輩はいつもより静かな声で語る。嘘は感じられない。演技でもない。
「……でも、そう思ってたのはオレだけで、お前はずっとイヤだったんだよな」
滲んだのは後悔だろうか。
親友だなんて言っておいて、その親友の気持ちを少しも察する事が出来なかった過去の自分。
悔やんでも仕方ないが無視も出来ない事実。
「だからスカラビア寮生やユウたちを操って、オレを実家に追い返そうとしたんだろ?」
バイパー先輩は戸惑った視線をアジーム先輩に向ける。覚えが無いと言いたげだ。でもアジーム先輩は止まらない。
「ウインターホリデーの時は、参ったよ。お前に裏切られて、大嫌いだったって言われて、すげーショックだった」
「ウインターホリデー……裏切り?……っあ、頭がッ!」
「ジャミル、オレ……お前が考えてることは正直まだよくわかんねー。でも、これだけはわかるぜ」
アジーム先輩は真剣な顔でバイパー先輩を見た。射抜くような視線を受けて、バイパー先輩が一瞬身を竦める。
「今のお前の姿は、本当にお前が望んだ姿じゃない」
砂漠を照らす太陽のように、無慈悲な言葉を突きつける。
それは決して悪意ではない。事実はただ其処にあるだけで、善も悪もありはしない。
ただ受け止める側の気持ちひとつで、暴いた後の展開は如何様にも変わる。
「お前が望む『最高の自分』って、こんなんじゃないだろ!」
アジーム先輩の姿がスカラビアの寮長としての姿に変わる。
「思い出せ、本当の自分を!」
ダメ押しの一声に、バイパー先輩の表情がまた苦しげに歪んだ。
大きく歪んで曖昧になった景色が、一瞬スカラビア寮の景色になる。
「なんだ、今の光景は?知らないはずなのに……知っている!」
醒めかけている。それは間違いない。
自分が傍にいるべきか、手を離すべきか考えてしまう。こうして僕が支えていたら、夢の中の設定を補強してしまうような気がした。
だけど、こんな弱った状態のバイパー先輩を振りほどくのは良心が痛む。僕を強く握っている手は恐怖と不安に震えているように思えた。
ここで手を払ったりしたら、悪い方向に落ちてしまいそうで怖い。
「俺は……本当の俺は……っ!」
「ジャミル様~~~~!!!!」
あと少し、というところで廊下の奥の方からアジーム先輩の声が聞こえた。足音はあっという間に近づいてきて、止める間もなくバイパー先輩に寄り添う。
「お前は……オレ!?」
現れたのはアジーム先輩の偽者だ。今はアジーム先輩がスカラビアの寮服に戻ったので判りやすいが、同じ服装だったら見た目だけではおそらく見分けがつかない。
「ジャミル様、しっかりなさってください!すぐに医者に診せましょう!」
「カ、カリム……?」
「ええ、そうです。オレが本物のカリム。あなたの忠実な従者です」
偽者は穏やかに笑う。見た事ない顔のアジーム先輩すぎて違和感が凄い。
「ジャミル、よく見ろ!ソイツはオレじゃない!」
「アイツはあなたの命を狙う刺客。アイツの言葉に耳を貸してはいけません」
真逆の事を言う二人のアジーム先輩を前に、バイパー先輩の混乱状態はすぐには収まりそうにない。
「衛兵!刺客とその一味を捕らえよ!」
アジーム先輩が声を張り上げると、部屋のそこかしこから『闇』が湧いて出てきた。本物のアジーム先輩とバイパー先輩の間を『闇』が遮ろうとする。
そして僕の真後ろに湧いてきた『闇』が、バイパー先輩から僕を強引に引きはがした。反撃する間もなく、手足を押さえ込まれる。
「ユウ!!」
咄嗟に奪い返そうとしたバイパー先輩を、偽者のアジーム先輩が遮った。
「アレはユウの双子の兄弟ではありません。詐欺師です」
「詐欺……師……?」
「ええ、そう。ジャミル様に取り入り、富も名声も奪わんとした卑しい賊です」
逃げようにもびくともしない。周囲に視線を向けて『イミテーション』を探すけど、視界が悪くて見つからない。
「アレは他の賊共に輪をかけて悪質だ。存在を許してはなりません。今すぐ処刑しましょう」
アジーム先輩とは思えないような、冷淡な声。周囲を埋め尽くす『闇』の向こうで、みんなが息を飲んだのが雰囲気で分かった。
すぐに『闇』が首に巻き付いて、強く絞められて息が出来なくなる。もがくほどキツくなって、どんどん意識が遠ざかっていく。
「……やめろ」
「絞首がお気に召さなければ、斬首に致しますか?火炙りというのも趣があって良いかと」
このままだと首の骨が折れてどのみち死ぬ気がする。
意識が無くなったところで止めて、お好みの処刑方法にしますって事?良い趣味してるわマジで。
「やめろ!!!!」
誰かの叫び声と同時に、全身の拘束が外れた。もちろん首に巻き付いていた『闇』も解けて、一気に酸素が入ってくる。
地面に倒れて咳き込む僕を、誰かが抱きしめた。
「ユウ、しっかりしろ!ユウ!」
バイパー先輩の声だ。肩を揺さぶってるのも先輩だろう。
どうにか顔を上げれば、いつになく心配そうな先輩の顔が見えた。少しほっとした様子になったかと思うと、僕を強く抱きしめる。
「ジャミル様!それは偽者です!惑わされてはいけません!」
「うるさい、黙れ!!」
バイパー先輩が一喝すると、アジーム先輩の偽者は黙り込んだ。
「さっき俺が苦しんでいる時に、傍で俺を支え続けたのはこのユウだ。お前でも、あっちのユウでもない!」
「そ、それは……」
「第一、お前が本物だという証拠がどこにある?ここにいないユウだって、本当に本物か?何を以てお前は自分を本物だと宣う気だ?」
「落ち着いてください、ジャミル様!」
「誰に向かって口を利いている!!」
なんかめちゃくちゃになってきた。完全に醒めたワケじゃないけど、夢の主にとっては都合の良い登場人物であるはずの『闇』にまで疑心暗鬼になってる。
室内を埋め尽くす『闇』は、僕とバイパー先輩の足下にまで広がってきた。途端、下半身が『闇』に沈み始める。
「せ、先輩!落ち着いて、逃げないと……」
「…………ああ、そうだ。邪魔者はいらない。役立たずもいらない」
バイパー先輩は更に強く僕を抱きしめた。どこか虚ろな目のまま、一緒に『闇』に沈んでいく。
「もっと優秀で、従順な者を従えよう。全てを手に入れる、支配者となる俺に相応しい者たちを」
とんでもなく独りよがりな言葉だ。妙な迫力があって、上手く反論が思いつかない。
「君と幸せになるために」
声は恍惚としているのに、空虚な感じがして怖い。
もう肩まで『闇』が迫っている。体中が冷たい。先輩に触れてる部分だけは少し暖かくて、それだけが多少救いだったかもしれない。
「待ってくれ!ジャミル!ユウ!」
「ジャミル様!!」
ふたりのアジーム先輩の声が重なる。ほぼ同時に、『闇』が四方から隆起して僕とバイパー先輩を飲み込んだ。
頭が混乱している。間違いなくしている。脳味噌が状況を理解するのを拒み続けている。
でも逃げてばかりもいられない。彼を目醒めさせるには大切な事だ。
バイパー先輩の僕への好意は、周りの嫌がらせを兼ねたポーズではない。
いや、でもそっか。シュラウド先輩が前に言ってた。
オーバーブロットした先輩たちと戦った時に癒しの魔力が働いてて、その持ち主である僕に無意識に懐いた可能性があるって。
バイパー先輩がオーバーブロットした時、本気の殴り合いをした。拳を通して魔力が渡った量も恐らくそれなりに多い。
つまり、これは事故。不幸な事故だ。バイパー先輩も別に嬉しくない状態だ。
バイパー先輩が目を醒ましたら説明して、不幸な誤解は解けて一件落着みんなハッピー。
いや醒めた後はそれでいいけどそれまでどうすんだって話。振っても何しても話を聞いてくれる気がしない。
とにかく下に戻ったら、部屋からスマホを回収してシュラウド先輩経由でシェーンハイト先輩たちの状況を教えてもらおう。
宴席って言うからにはナイトレイブンカレッジのみんなの席もあるだろうけど、部屋が同じとは限らないしなぁ。金持ちそういう事しそう。
ちらりと横目でバイパー先輩を見れば目が合った。柔らかく微笑んでくる。大した灯りも無いのに、その目がいつもよりずっと優しい雰囲気なのは解った。
……調子狂う。
誤魔化すつもりで先輩の肩に凭れると、毛布ごと肩を抱かれる。頭に少し重みが乗った。
暖かい時間。でも罪悪感が胸を刺す。
他に好きな人がいるくせにこんな事しちゃダメだろとか、他人の好意を利用するのは最低だとか、いろいろと頭に浮かんでは消えていく。
……僕、何やってるんだろ。
今の状況は元の世界に帰るとか帰れないとかそれ以前の問題なので、こんな事にいちいち悩むのだって無意味なんだと思う。
使えるものは全部使って、とっとと事態を解決するのが正解だ。解っているのに、こうやってふとした時に悩んでしまう。
「そろそろ戻ろうか。宴の準備もだいぶ進んだだろう」
「……そうですね」
「またいつでも一緒に出かけよう。これからいつだって一緒に外に出られる。俺も君もしがらみから逃れて、自由になったんだから」
そう言ってまた嬉しそうに笑う。
その顔を見てると、ここは先輩にとって本当に幸せな夢でもあるんだと思えた。全て都合がいい、というワケではないだろうけど。
魔法の絨毯は出てきた時と同じようにゆっくりとした速度でバイパー御殿の宝物庫へと戻った。空調のおかげで外よりは寒くない。
降りる時もバイパー先輩が先に降りて手を貸してくれた。
絨毯にお礼を言うと、誇らしげに反り返ってから、元の棚に潜り込んでくるくる丸まって大人しくなる。なんか、現実の魔法の絨毯より大人しい気がする。これもバイパー先輩の願望なのかな。細かい。
何となく話す事も無く宝物庫を出る。
「あら、ユウ。それからジャミルさんも」
出た所で、いま丁度通りがかったという様子でシェーンハイト先輩が声をかけてきた。後ろにはグリムやセベク、シルバー先輩とオルトもいる。アジーム先輩だけいない。
シェーンハイト先輩は熱砂の国の伝統衣装に着替えていた。多分、僕が着ているものとほとんど同じデザイン。色が少し違うくらい。
「どこかにお出かけしてたの?」
「……ああ、少し散歩にな。そちらはどうして部屋を出ている?」
「あら、部屋の前にいた警備の人に許可は取ったわよ。ちょっと退屈になっちゃって。……にしても……」
先輩の目がじっと僕の顔を見る。否、視線だけで頭から爪先まで二往復はしてた。
「……最っっっ高に可愛いわね!」
満面の笑みを浮かべると、素早く僕に詰め寄ってきた。風に吹かれて荒れた部分を整えて、更に嬉しそうな顔になる。
「アンタって本当に明るい色がよく似合う。こういう華やかな服をもっと着るべきよ」
「先輩も凄くお似合いです。お揃いなのは嬉しいけど、ちょっとなんか、気後れしちゃうなぁ……」
「他人の事なんか気にしないの。バイパー家の選んだ最高級の品を纏ってるんだから、堂々としてなさい」
先輩に頭を撫でられるとほっとする。こうして合流できた事も純粋に嬉しい。
「ねえ、せっかくだから記念撮影しない?」
「え?」
「だって、こんな素敵な衣装を纏っているんだもの。良いでしょう?」
シェーンハイト先輩がちょっと意地の悪い笑顔を浮かべてバイパー先輩を見た。
僕もバイパー先輩の方を向いて、じっとその目を見つめる。少し泣きそうな雰囲気の顔を作った。
「お願いします、ジャミル様。今日でお別れだと言うのなら、最後の思い出として許していただけませんか?」
「………………わかった」
「ありがとうございます!スマホ持ってきますね!」
「おい、部屋はわかるか?」
走り出そうとした僕をバイパー先輩が呼び止める。そう言えば全然道順見てなかった。
しょんぼりと肩を落としてバイパー先輩の所に帰る。
「……わかりません……」
「わかった。一緒に戻ろう」
ため息混じりに言いながら、優しく頭を撫でてくれた。
「ここで待っててくれ。記念撮影なら庭の方が良いだろう。案内する」
みんなの返事を待たずに、バイパー先輩は僕の手を取って歩き出す。早歩きだけど不快感をアピールしてるような雰囲気ではない。
何となく見覚えのある扉の前で足が止まった。
「ほら、ここだ」
「ありがとうございます!」
急いで部屋に入り、枕の下を探る。スマホはそこに置かれたままだった。誰かが触った痕跡もない。
画面を開けばメッセージが数通。全部シュラウド先輩からだ。
『イミテーションが君のフリをして接触してきた、みんなに離脱を勧めて失敗、動向に注意』
文面を見て浮かれた気持ちが落ち着く。
今更だけどアジーム先輩は大丈夫だろうか。僕たちの状態は『S.T.Y.X.』も見てくれてるだろうし、シュラウド先輩からの連絡が無いならまだ大丈夫、と思っていいのかな。
そんな事を考えながら、あまり待たせると不審がられそうなので何事も無かったような顔でさっさと部屋を出る。
「見つかったか?」
「はい」
笑顔で返事をすれば、よくできましたとばかりに頭を撫でてくる。……なんかペット扱いな気がする。
さっきの宝物庫の前まで戻ると、さっき心配していた人の姿がそこにあった。
「ジャミル!ユウ!」
何やら大きな筒を抱えたアジーム先輩がめいっぱいの笑顔で駆け寄ってくる。バイパー先輩は疲れたため息を吐いた。
「ジャミル様、だ!」
「おっとわりぃ!ジャミル様!」
「……全く反省してないな、お前……」
バイパー先輩の疲れた様子に気付いているのかいないのか、アジーム先輩はニコニコ笑顔のままだ。
「宴の準備は終わったか?」
「おう、だいぶ進んでるぜ!お前の大好物のカレーもデーツもシルキーメロンもたっぷりだ!」
「……そうか。ならいい」
「そんな事よりさ」
「そんな事!?」
「ほら、これ見てくれよ!」
目を剥くバイパー先輩の前に、アジーム先輩は抱えていたものを広げた。
それは一枚の、とても高級そうな絨毯だ。なんとなく模様に見覚えがある。
「魔法の絨毯のレプリカか」
「うちにあるのと違って魔法はかけられてないけどな!」
さすが、バイパー先輩は一目で模様の区別がついたらしい。一方、アジーム先輩は嬉しそうに笑っている。
「確かに質は良いが……わざわざ買ってきたのか?」
「おう。ザハブ市場の織物屋に今日の宴のための敷物を買いに行ったら見つけたんだ」
「またお前は無駄な買い物を……ふっかけられてないだろうな?」
「大丈夫、変なものは買ってきてないから。あそこの織物屋、品物の質は確かだろ?」
「ふむ……まあいいだろう」
どうやらそこまで怒る事でも無かったらしい。訝しげな表情は不遜な笑顔に変わる。
「確かに絨毯の一枚や二枚で目くじらを立てる事もないな。うちは街一番の大金持ちなんだから」
お気に入りのフレーズいただきました。
「あの店主、前に行った時と違ってすげぇ怖い顔してたし、感じ悪かったぜ。『ジャミル様のお使いだ』って言ったらコロッと笑顔になってたけど」
「それはそうだろう。どの店もバイパー家にはお得意様になってほしいはずだ」
「昔、とーちゃんやジャミルと一緒にあの織物屋に行った時……オレが『魔法の絨毯だ!』ってこれを床に広げて乗っかって怒られたんだ」
覚えてるか?とアジーム先輩が問えば、バイパー先輩は間髪入れずに返す。
「忘れるものか。絹製のヴィンテージの絨毯に、お前が泥のついた靴で乗った時の店主の顔……うっ!?」
バイパー先輩の表情が苦しげに歪む。同時に、周囲の景色も大きく歪んだ。
アジーム先輩は真剣な表情で苦しむバイパー先輩を見つめている。
「……カリムのように落ち着きが無い奴を、俺が高級店に連れて行くわけがない。なんだこれは?急にめまいが……ッ!」
今にも倒れそうな身体を思わず支える。先輩は僕の手を握り、肩に頭を預けてきた。手は大げさなくらい震えてるし、汗も凄い。凄く苦しそうだ。
仕方ない事とは言え、罪悪感が湧いてくる。しかし追及を緩めている余裕は無い。いつ邪魔が入るかわからないのだから。
「織物屋以外にも、何度も一緒に出かけただろ。屋敷を抜け出してラクダバザールに行って、ココナッツジュースを一緒に飲んだ」
「一緒に出かけただって?お前が勝手に抜け出して、俺が慌てて追いかけたの間違いだろ!」
思わずといった様子で反論して、悲鳴に近い声をあげた。また世界が大きく歪んでいく。
『抑えきれないジャミル氏のツッコミ魂が刺激されている……!』
「いいぞ!もう一押しだ、カリム!」
頭を振りながら、バイパー先輩は戸惑いを口に出す。まるで自分に言い聞かせるように?
「俺が従者を追う意味がわからない……そんな事、俺はしていないはずだ!……そうだよな?」
縋るように僕に問う。僕を『外から来た許嫁の双子の兄弟』と設定した事さえ揺らいでいた。傍にいる僕がどっちなのか解っていない。
「俺たちは幼なじみで、生まれた時からずっと一緒で、卒業したら結婚して、幸せに……」
「ユウはオレたちの幼なじみじゃない。ナイトレイブンカレッジで出会ったんだ」
「……ぁ……」
バイパー先輩の身体からどんどん力が抜けていく。今にも床に倒れてしまいそうで、どうにか支えながら膝をついた状態で留めた。
「ナイトレイブンカレッジに入る少し前……二人で厄介な事件に巻き込まれた事があったよな」
アジーム先輩は、無表情にバイパー先輩を見下ろしている。いつも笑顔の人だから、それだけで少し怖く感じた。
「危ないところでジャミルが機転をきかせて、ユニーク魔法で悪い奴らを仲間割れさせてくれたんだ」
そこで少し表情が緩む。
アジーム先輩がバイパー先輩を深く信頼する、一因であり一片の話。
共に過ごしてきた時間の中にある、無数の思い出の一つに過ぎない。
けれどアジーム先輩の中では、そのどれもが大なり小なり、星のように輝いているのかもしれない。
「それでオレたちは、無事に家に帰ってこられた。お前がいなかったらどうなってたことか!」
太陽の瞳がバイパー先輩を照らす。バイパー先輩は首を横に振ってそれを拒絶した。
「ううっ……知らない、そんなのは……!」
苦しげな表情で揺らぐ自分を支えようと必死になっている。僕の手を握る力も緩まない。
「お前はいつだって、最高に頼りになる『親友』だった。ジャミルに任せておけば全部うまくいくって信じて疑わなかった」
アジーム先輩はいつもより静かな声で語る。嘘は感じられない。演技でもない。
「……でも、そう思ってたのはオレだけで、お前はずっとイヤだったんだよな」
滲んだのは後悔だろうか。
親友だなんて言っておいて、その親友の気持ちを少しも察する事が出来なかった過去の自分。
悔やんでも仕方ないが無視も出来ない事実。
「だからスカラビア寮生やユウたちを操って、オレを実家に追い返そうとしたんだろ?」
バイパー先輩は戸惑った視線をアジーム先輩に向ける。覚えが無いと言いたげだ。でもアジーム先輩は止まらない。
「ウインターホリデーの時は、参ったよ。お前に裏切られて、大嫌いだったって言われて、すげーショックだった」
「ウインターホリデー……裏切り?……っあ、頭がッ!」
「ジャミル、オレ……お前が考えてることは正直まだよくわかんねー。でも、これだけはわかるぜ」
アジーム先輩は真剣な顔でバイパー先輩を見た。射抜くような視線を受けて、バイパー先輩が一瞬身を竦める。
「今のお前の姿は、本当にお前が望んだ姿じゃない」
砂漠を照らす太陽のように、無慈悲な言葉を突きつける。
それは決して悪意ではない。事実はただ其処にあるだけで、善も悪もありはしない。
ただ受け止める側の気持ちひとつで、暴いた後の展開は如何様にも変わる。
「お前が望む『最高の自分』って、こんなんじゃないだろ!」
アジーム先輩の姿がスカラビアの寮長としての姿に変わる。
「思い出せ、本当の自分を!」
ダメ押しの一声に、バイパー先輩の表情がまた苦しげに歪んだ。
大きく歪んで曖昧になった景色が、一瞬スカラビア寮の景色になる。
「なんだ、今の光景は?知らないはずなのに……知っている!」
醒めかけている。それは間違いない。
自分が傍にいるべきか、手を離すべきか考えてしまう。こうして僕が支えていたら、夢の中の設定を補強してしまうような気がした。
だけど、こんな弱った状態のバイパー先輩を振りほどくのは良心が痛む。僕を強く握っている手は恐怖と不安に震えているように思えた。
ここで手を払ったりしたら、悪い方向に落ちてしまいそうで怖い。
「俺は……本当の俺は……っ!」
「ジャミル様~~~~!!!!」
あと少し、というところで廊下の奥の方からアジーム先輩の声が聞こえた。足音はあっという間に近づいてきて、止める間もなくバイパー先輩に寄り添う。
「お前は……オレ!?」
現れたのはアジーム先輩の偽者だ。今はアジーム先輩がスカラビアの寮服に戻ったので判りやすいが、同じ服装だったら見た目だけではおそらく見分けがつかない。
「ジャミル様、しっかりなさってください!すぐに医者に診せましょう!」
「カ、カリム……?」
「ええ、そうです。オレが本物のカリム。あなたの忠実な従者です」
偽者は穏やかに笑う。見た事ない顔のアジーム先輩すぎて違和感が凄い。
「ジャミル、よく見ろ!ソイツはオレじゃない!」
「アイツはあなたの命を狙う刺客。アイツの言葉に耳を貸してはいけません」
真逆の事を言う二人のアジーム先輩を前に、バイパー先輩の混乱状態はすぐには収まりそうにない。
「衛兵!刺客とその一味を捕らえよ!」
アジーム先輩が声を張り上げると、部屋のそこかしこから『闇』が湧いて出てきた。本物のアジーム先輩とバイパー先輩の間を『闇』が遮ろうとする。
そして僕の真後ろに湧いてきた『闇』が、バイパー先輩から僕を強引に引きはがした。反撃する間もなく、手足を押さえ込まれる。
「ユウ!!」
咄嗟に奪い返そうとしたバイパー先輩を、偽者のアジーム先輩が遮った。
「アレはユウの双子の兄弟ではありません。詐欺師です」
「詐欺……師……?」
「ええ、そう。ジャミル様に取り入り、富も名声も奪わんとした卑しい賊です」
逃げようにもびくともしない。周囲に視線を向けて『イミテーション』を探すけど、視界が悪くて見つからない。
「アレは他の賊共に輪をかけて悪質だ。存在を許してはなりません。今すぐ処刑しましょう」
アジーム先輩とは思えないような、冷淡な声。周囲を埋め尽くす『闇』の向こうで、みんなが息を飲んだのが雰囲気で分かった。
すぐに『闇』が首に巻き付いて、強く絞められて息が出来なくなる。もがくほどキツくなって、どんどん意識が遠ざかっていく。
「……やめろ」
「絞首がお気に召さなければ、斬首に致しますか?火炙りというのも趣があって良いかと」
このままだと首の骨が折れてどのみち死ぬ気がする。
意識が無くなったところで止めて、お好みの処刑方法にしますって事?良い趣味してるわマジで。
「やめろ!!!!」
誰かの叫び声と同時に、全身の拘束が外れた。もちろん首に巻き付いていた『闇』も解けて、一気に酸素が入ってくる。
地面に倒れて咳き込む僕を、誰かが抱きしめた。
「ユウ、しっかりしろ!ユウ!」
バイパー先輩の声だ。肩を揺さぶってるのも先輩だろう。
どうにか顔を上げれば、いつになく心配そうな先輩の顔が見えた。少しほっとした様子になったかと思うと、僕を強く抱きしめる。
「ジャミル様!それは偽者です!惑わされてはいけません!」
「うるさい、黙れ!!」
バイパー先輩が一喝すると、アジーム先輩の偽者は黙り込んだ。
「さっき俺が苦しんでいる時に、傍で俺を支え続けたのはこのユウだ。お前でも、あっちのユウでもない!」
「そ、それは……」
「第一、お前が本物だという証拠がどこにある?ここにいないユウだって、本当に本物か?何を以てお前は自分を本物だと宣う気だ?」
「落ち着いてください、ジャミル様!」
「誰に向かって口を利いている!!」
なんかめちゃくちゃになってきた。完全に醒めたワケじゃないけど、夢の主にとっては都合の良い登場人物であるはずの『闇』にまで疑心暗鬼になってる。
室内を埋め尽くす『闇』は、僕とバイパー先輩の足下にまで広がってきた。途端、下半身が『闇』に沈み始める。
「せ、先輩!落ち着いて、逃げないと……」
「…………ああ、そうだ。邪魔者はいらない。役立たずもいらない」
バイパー先輩は更に強く僕を抱きしめた。どこか虚ろな目のまま、一緒に『闇』に沈んでいく。
「もっと優秀で、従順な者を従えよう。全てを手に入れる、支配者となる俺に相応しい者たちを」
とんでもなく独りよがりな言葉だ。妙な迫力があって、上手く反論が思いつかない。
「君と幸せになるために」
声は恍惚としているのに、空虚な感じがして怖い。
もう肩まで『闇』が迫っている。体中が冷たい。先輩に触れてる部分だけは少し暖かくて、それだけが多少救いだったかもしれない。
「待ってくれ!ジャミル!ユウ!」
「ジャミル様!!」
ふたりのアジーム先輩の声が重なる。ほぼ同時に、『闇』が四方から隆起して僕とバイパー先輩を飲み込んだ。