7−4:虹色の旅路
………
「全く、冗談じゃないわ」
ヴィルは怒りを口にしながらも、客室内の椅子に深々と腰掛けていた。
その椅子は座っている状態で生じる不快感を徹底的に解消したと言わんばかりの最高級品であり、高級感を全面に押し出した内装にも馴染むデザインとなっている。
見目麗しい彼の姿も、美しく整えられた部屋に馴染んでいた。腰掛けているだけの姿も美術品のように完成されている。
同じ室内で、彼と同じ種類の椅子に腰掛けたセベクとシルバーは何とも言えない顔で彼を見つめ、オルトは無表情なまま室内をうろうろしていた。グリムはクッションに寝そべり、不満げに尻尾で床を叩いている。
「法律的な根拠のある関係ですって?仮にそんなもの持ち出しても、熱砂の国じゃ関係ないって言えちゃうじゃない。ああもう、腹が立つ!」
美しい顔を歪め、苛立たしげに大理石のテーブルの天板を指先で叩く。その様には何とも言えない迫力があるが、セベクたちが無言なのはそれに気圧されてではない。
「何かされる前に、一刻も早くあの子を助け出さなきゃ!」
「悠々と風呂に入って着替えておいて言う事がそれか!!??」
堪えきれなくなったセベクが怒鳴るも、ヴィルは全く動じない。
ヴィルは熱砂の国の伝統的な衣装に着替えていた。『絹の街一番の大金持ち』が客人に用意するに相応しい、上質な絹で作られた一級品。
金糸で描かれた複雑ながら美しい伝統的な模様に、鮮やかな色合い。ピーコックグリーンのターバンは結び方も髪質や色に合わせてこだわって、添えられたジャスミンの花も眩く美しい。房飾りも金属の装飾も一切の妥協が無く、元より端麗な彼の容姿も相俟って、生ける美術品と称するに相応しい完成度だ。
見る人全てが彼の美しさを言葉を尽くして称えるだろう、と言われそうな出来である。
もっとも、彼の同行者にそんな余裕はない。それどころじゃない。
そして彼の方もそんな賛辞をわざわざ求める事はしない。責めるような視線を向けてくる後輩たちに冷静に返す。
「建物の内部構造を見るために決まってるでしょ。……まあ、広すぎてあまり意味が無かったのは認めるけど」
『そうだね。位置情報で見ても、ユウさんが連れていかれた部屋と僕たちがいる部屋はかなり離れてる。浴室も沢山あるみたいだから、偶然を装って接触するのはかなり難しそうだ』
内部の把握を終えたオルトが四人の元へ戻ってくる。
イデアのタブレットに映した地図を見ても、それぞれの現在地を示すマークが点になるほど広大な建物だ。
『唯一の頼みは、自由に動けるカリムさんなんだけど……』
「あの子、ちょっと不安なのよね……」
「建物の中には『闇』の化けたカリムもいるだろう」
「鉢合わせたら絶対に騒ぎになるな……」
『その混乱に乗じて、というのも手段としてはアリだと思うけど、ユウさんの現在の状態が分からないと意味がない』
「ジャミルのユニーク魔法は簡単に自由を奪えてしまう。対峙するならば、それはアタシたちも警戒しなくちゃいけない」
ヴィルの言葉に、セベクたちも頷いて同意を示す。
悠を救出するのであれば、それを邪魔するであろうジャミルのユニーク魔法への対策は欠かせない。『S.T.Y.X.』のデータによれば彼のユニーク魔法は一般的な催眠魔法の性質を逸脱する事は無く、一般的な防衛魔法で防ぐ事が出来る。
ジャミル自身の魔力量に由来して同時にかけられる人数、及びその効果時間は恐ろしく多く長い。もっとも、人数が増えれば効果時間が減る事から、上限は絶対的に存在している。大量の人間を操ればオーバーブロットも免れない。
一般的な防衛魔法で防げるが、悠は魔法が使えないので防ぐ手段が無い。仮に彼の魔力が封印されてない活性状態であったとしても、『呪い』や『負傷』ではないので抗う事が出来ない。
なので悠を救出するならば、ジャミルがいない状態が望ましい。少なくとも、悠に防衛魔法をかけておく時間が必要になる。
『今はジャミルさんと一緒にどこかに行ってるみたい。……魔法道具で空を飛んでる、のかな?』
「魔法の絨毯か!ここにもあるんだな」
「伝承の魔法道具か」
「オレ様、カリムに乗せてもらった事があるんだゾ。あとスカラビアに閉じこめられた時には、アイツと一緒に脱出したんだ」
グリムは魔法の絨毯に乗った時の事を思い出したのか表情を明るくしたが、その後の修羅場も思い出してへにゃりと萎れる。
「あの時は大変だった……床下から外まで続く穴を子分と一緒に夜通し掘って……昼間は砂漠を行進させられて……ううう」
「そんな映画みたいな事してたの?」
「何をどうしたらそんな事になるんだ?」
「ジャミルのヤツがオレ様たちを巻き込んで騒ぎを起こしたんだゾ!カリムはジャミルに操られてコエーし、ご飯はウメーけど朝から晩まで訓練だの勉強だのさせられて大変だったんだ……」
ウインターホリデーの苦行をグリムが語れば、セベクは意地悪く鼻で笑う。
「怠け者の貴様には丁度いい鍛錬になったんじゃないか?」
「にゃにおう!」
『学習や運動の効率的な時間は科学的に立証されてるよ。詰め込み教育を有り難がるのは古いんじゃないかなぁ?』
「むっ!」
「ああもう、くだらない事で喧嘩しないで。今それどころじゃないでしょう」
後輩を諫めたヴィルが、黙り込んだままのシルバーに目を向ける。目を閉じて考え込んでいる、ように見えるが、隣の幼なじみはすぐに異変に気づいた。
「寝るな、シルバー!」
「はっ!……すまない。椅子の座り心地がよくて、つい……」
「…………覚えてなかったとはいえ、こんなヤツにヤキモチ焼いてたアタシがバカみたいだわ……」
誰にも聞こえない声で呟いてから、ヴィルはわざとらしく咳払いする。
「第一優先事項はジャミルの覚醒。指摘すべき大きな齟齬は、間違いなくカリムとの立場の逆転について、よね」
『鍵になるのはカリムさんだ。いつ頃から立場の逆転が起こった設定なのかは不明だけど、生まれた時から一緒にいるって事なら、どんな時期の嘘だって覆せる』
「……問題はその役割を本人が理解してるかどうか、だけど」
「カリムひとりで『闇』に接触してしまった場合にも危険が伴う。出来たら合流したいのだが……」
『メッセージは送ってみたけど返信なし。位置情報を見るに、モブどもにこき使われて御殿の中をあっちこっち動き回ってますな』
現在に至るまで一行は『闇』のカリムと接触していないため、位置情報に反映できるデータを得られていない。連絡が取れたとしても接触の回避が難しい事に変わりはないのだが、だからこそ手駒はいつでも使える状況にしたいものだ。
「ユウはジャミルと遊覧飛行で、カリムはアタシたちを忘れて従者体験を満喫中。……いま打てる手が無いわね」
『それはそ、……みんな、話を変えて』
「どうした?」
『「イミテーション」がこっちに来る』
オルトの言葉で室内の空気が緊迫した。
ディアソムニア寮のふたりとグリムは部屋の扉を睨み、オルトとヴィルは深々と椅子に座り直す。
ちぐはぐな警戒態勢の中、その時は訪れた。
控えめなノックが室内に響く。室内が静まり、互いに顔を見合わせた。
返事を待たず、もう一度軽やかに扉が叩かれる。
「……どちらさま?」
「悠です。あの、入ってもいいですか?」
「……どっちのユウ?」
「に、偽者じゃないです。皆さんと一緒にここに来た方の悠です」
再び顔を見合わせた。続いてほぼ同時に、全員がイデアのタブレットに視線を落とす。
部屋の前にある位置情報は『イミテーション』のものだ。
オルトがグリムの、シルバーがセベクの口を手で押さえて塞ぐ。激高し暴れようとして押さえ込まれている二人をそのままに、ヴィルは軽やかな足取りで扉の方へと向かった。
「そのまま聞いて。……今は自由なの?」
「偽者の方は、ジャミル先輩とデートに行っちゃったので。話すなら今のうちだと思って」
「そう。賢明ね」
誉めるような言葉を言いつつも、ヴィルの笑顔は冷たい。
「今のうちにこの夢を離脱して、態勢を整えた方が良いと思うんです。偽者の方は僕が何とかしますから」
「そうしたいのは山々だけど、カリムがいないと無理だわ。彼をここに置いていくワケにはいかない」
「カリム先輩の事は、僕なりに何とかしてみます。いまは、確実に確保できる先輩たちの安全の方が優先です」
「あら、お気遣いありがとう。……そこまで言うなら、どうにかしてくれないかしら?」
「どうにか、って」
「本物のカリムにこの部屋の場所を知らせて、アタシたちと合流させて頂戴」
ヴィルの提案に対し、扉の向こうの『悠』は何も答えなかった。ヴィルは追及を緩めない。
「この世界のモブどもにとって、アンタはご主人様の婚約者。……アンタならそれぐらいは出来るわね?」
「え、ええ……!で、でも、僕も従者の立場だし……」
「無理にでもどうにかしなさい。こういう時ぐらい根性見せないでどうするの」
アンタも役者でしょ、と言い掛けて飲み込む。扉の向こうの偽者に、そんな言葉をかけてやる価値は無い。
「……とにかく、アタシたちはカリムが合流しなければ離脱は選択しない。アタシたちで出来る事を探すわ」
「そ、そんな!危ないですよ!」
「危険はもとより承知の上よ」
また扉の向こうの悠は黙り込む。考える時間を与えない。
「アンタも自分の安全を考えなさい。連中が戻ってきた時に部屋にいなかったら何されるか分からないわよ」
「…………わかり、ました。ごめんなさい。カリム先輩の事、出来そうなら探してみます」
「お願いね」
足音が遠ざかる。位置情報が十分に離れてから、オルトはグリムを押さえる手を放した。
「し、死ぬかと思った……」
『グリムさんったら全力で暴れようとするんだもん』
「だって、子分のニセモノだろ!?とっつかまえて倒してやれば良かったのに!」
「そう上手くいくとは限らないわ。こっちはカリムの居場所が判っても制御が出来てない。ある意味、人質を取られているようなものだもの」
「……実際、俺たちが交戦したとして勝てる可能性はあるのか?」
『うーん。正直どっちとも言えない』
シルバーの疑問に対し、イデアが考えながら答える。
『強化装備があるとはいえ、魔力が封印されてるハシバ氏でも勝てているからには、おそらく「イミテーション」の能力は「闇」の再現できる能力値の範囲を逸脱してない』
「……待て。ならば僕たち全員でかかれば倒せたのではないか!?」
『だけど、「闇」は夢の世界の主のイマジネーションに応じて現実に存在する能力の再現は可能。なんなら現実より強くする事も出来る』
「あのユウが現実のユウより強いって事?」
『そういう単純な話じゃなくて、違う能力を添加されている、されてなくても勝手に自分に付けてる可能性がある、って事』
「どういうコトなんだゾ?」
『例えば「イミテーション」がジャミル氏のように洗脳魔法を身につけてるかもしれない』
室内が静まる。
『ある程度はジャミル氏の設定に拠るかもしれないけど。そんなもの不意打ちで使われたら混乱は必至でしょ?』
「……部屋に入れなかったのは我ながら良い判断だったわね」
「……確認したいのだが」
セベクが戸惑った顔で声をあげる。
「ユウの魔力の存在をジャミル先輩も知っているのか?」
『知ってる』
『「イミテーション」が潜り込んでる夢の対象者は全員知ってるよ』
「エペルとルークも知ってるわ。あの子がファントム相手に大立ち回りする現場にも居合わせたしね」
「思ったより多いな!?」
『本来はあの子を守るための情報共有だったんだけどね。こうなってくると余計な事したかなぁ……』
画面の向こうで吐いたため息が一行にも聞こえる。
ヴィルは同情の視線をタブレットに向け、誤魔化すように目を閉じた。
「今はそこを悔いても仕方ない。これからの事を考えましょう」
『そうっすな。ま、とりあえず「イミテーション」相手の戦闘は出来る限り避ける方向でよろ』
「そうだな。さっきの様子を見るに、この夢の『イミテーション』はかなり狡猾な性格のようだ。用心しておくに越した事は無いだろう」
セベクの言葉にシルバーも頷く。
「ユウとも情報を共有しておきたい所だが……」
『まだ街の上空を旋回しているね』
「降りてくるタイミングを見計らって、強引にでも接触しましょう。話をするなら急いだ方が良いわ」
『ハシバ氏のスマホは敵に取られたりしてないんで、今の話をまとめて送っておきますわ。万が一合流できなくてもそれで確認できるでしょ』
粗方の方針がまとまったところで、退屈な待機状態へと戻ってしまった。時間を潰す雑談の話題をそれぞれが何となく探す中、シルバーが真剣な顔のまま呟く。
「……それにしても驚いた。ジャミルがあんなにもユウに執着しているなんて」
珍しく言葉通りの衝撃を感じさせる表情だ。暇を持て余す同行者の視線を気にせず、独り言のように続ける。
「まさか『イミテーション』も含めて、二人とも娶ると言い出すとは……」
『あー。文化的背景の違いってヤツっすな』
「ユウには実際に双子のお姉さんがいるらしいから、違和感なく想像できたんじゃないかしら」
「でも、ユウはねーちゃんとは似てないって言ってたんだゾ。真冬のプールにいじめっ子を突き落としたりするヤベーヤツだって」
『そういうのでホントにヤバいエピソード出てくる事あるんだ……』
『ユウさんの暴力性も割と似たようなもののような気はするけど……』
「あの子なら強いて言えば、いじめっ子を声も出せないほどボコボコにした後に、被害者面して自分のやった事を存在しない第三者かいじめっ子自身に擦り付けるわね」
「それはそれで最悪ではないか!?」
「……そうね、あの子はただの『良い子』じゃない。清廉潔白でも純粋無垢でもない。そんな感じに振る舞って、そういう幻想を抱いた相手を利用する狡賢い所もある」
そう語るヴィルの表情は、心底から楽しそうだ。理解できない、という顔をしているセベクをそのままに話を続ける。
「でも、あの子の性根は間違いなくヒーローなの。全てを救えなくても、それが長い目で見れば間違っていても、目の前の命を無視できない」
本人は『その場に居合わせただけ』なんて言っちゃうけどね、と言い添えて苦笑する。
「ジャミルがあの子に好意を持つのも無理は無いわ。誰かを助けようとしてる時のあの子、本当に素敵なんだから!……もう少し自分を大切にしてほしい気もするけど」
『それな』
『本当にそれはそう』
「確かに、自分から囮を買って出ていたな……悪手とも言い切れないのが余計に質が悪い……」
「ドワーフ鉱山でも一人で行くって聞かなくて、止めるのが大変だったんだゾ」
それぞれが所感を述べれば、シルバーは苦笑するしかない。しかしふと首を傾げた。
「ユウは自分がジャミルに好かれているとは思ってなさそうだったな」
「そうね」
『ハシバ氏、同性にモテる割に鈍感っていうか、警戒する割に脇が甘いっていうか……』
「あの子、『友達』が自分に恋愛感情を向けてるかもしれない、っていう発想が無いみたい」
『王道パターン全否定なんですが!?』
「まぁジャミルの場合は、本人の態度がそれらしく見えないっていうのがあるんでしょうけど」
『うーん……割とアピールはしていたように思うんだけど。ヴィルさんから見ると何かが足りないって事?』
「ええ、そうよ」
『それって何?』
「……情熱よ!」
室内が静まりかえる。戸惑い呆然とする面々との温度差を無視して、ヴィルは熱弁を続ける。
「『あの子がいないと人生がたちゆかなくなる』ってぐらいの、同情を引いてしまうほどの情熱よ。アイツはかっこつけすぎてるわ。それぐらいの気持ちを表さなければ、あの子の心は動かせない」
ヴィルは一人頷きながら自信満々に語っていた。何とも言えない空気が流れる中、オルトがはっと顔を上げた。
『こっちに向かって高度が下がってる。ユウさんたちが戻ってくるよ!』
室内が一気に緊迫する。さっきまでの話を忘れたように、誰もが真剣な表情で互いに顔を見合わせ頷きあった。
「全く、冗談じゃないわ」
ヴィルは怒りを口にしながらも、客室内の椅子に深々と腰掛けていた。
その椅子は座っている状態で生じる不快感を徹底的に解消したと言わんばかりの最高級品であり、高級感を全面に押し出した内装にも馴染むデザインとなっている。
見目麗しい彼の姿も、美しく整えられた部屋に馴染んでいた。腰掛けているだけの姿も美術品のように完成されている。
同じ室内で、彼と同じ種類の椅子に腰掛けたセベクとシルバーは何とも言えない顔で彼を見つめ、オルトは無表情なまま室内をうろうろしていた。グリムはクッションに寝そべり、不満げに尻尾で床を叩いている。
「法律的な根拠のある関係ですって?仮にそんなもの持ち出しても、熱砂の国じゃ関係ないって言えちゃうじゃない。ああもう、腹が立つ!」
美しい顔を歪め、苛立たしげに大理石のテーブルの天板を指先で叩く。その様には何とも言えない迫力があるが、セベクたちが無言なのはそれに気圧されてではない。
「何かされる前に、一刻も早くあの子を助け出さなきゃ!」
「悠々と風呂に入って着替えておいて言う事がそれか!!??」
堪えきれなくなったセベクが怒鳴るも、ヴィルは全く動じない。
ヴィルは熱砂の国の伝統的な衣装に着替えていた。『絹の街一番の大金持ち』が客人に用意するに相応しい、上質な絹で作られた一級品。
金糸で描かれた複雑ながら美しい伝統的な模様に、鮮やかな色合い。ピーコックグリーンのターバンは結び方も髪質や色に合わせてこだわって、添えられたジャスミンの花も眩く美しい。房飾りも金属の装飾も一切の妥協が無く、元より端麗な彼の容姿も相俟って、生ける美術品と称するに相応しい完成度だ。
見る人全てが彼の美しさを言葉を尽くして称えるだろう、と言われそうな出来である。
もっとも、彼の同行者にそんな余裕はない。それどころじゃない。
そして彼の方もそんな賛辞をわざわざ求める事はしない。責めるような視線を向けてくる後輩たちに冷静に返す。
「建物の内部構造を見るために決まってるでしょ。……まあ、広すぎてあまり意味が無かったのは認めるけど」
『そうだね。位置情報で見ても、ユウさんが連れていかれた部屋と僕たちがいる部屋はかなり離れてる。浴室も沢山あるみたいだから、偶然を装って接触するのはかなり難しそうだ』
内部の把握を終えたオルトが四人の元へ戻ってくる。
イデアのタブレットに映した地図を見ても、それぞれの現在地を示すマークが点になるほど広大な建物だ。
『唯一の頼みは、自由に動けるカリムさんなんだけど……』
「あの子、ちょっと不安なのよね……」
「建物の中には『闇』の化けたカリムもいるだろう」
「鉢合わせたら絶対に騒ぎになるな……」
『その混乱に乗じて、というのも手段としてはアリだと思うけど、ユウさんの現在の状態が分からないと意味がない』
「ジャミルのユニーク魔法は簡単に自由を奪えてしまう。対峙するならば、それはアタシたちも警戒しなくちゃいけない」
ヴィルの言葉に、セベクたちも頷いて同意を示す。
悠を救出するのであれば、それを邪魔するであろうジャミルのユニーク魔法への対策は欠かせない。『S.T.Y.X.』のデータによれば彼のユニーク魔法は一般的な催眠魔法の性質を逸脱する事は無く、一般的な防衛魔法で防ぐ事が出来る。
ジャミル自身の魔力量に由来して同時にかけられる人数、及びその効果時間は恐ろしく多く長い。もっとも、人数が増えれば効果時間が減る事から、上限は絶対的に存在している。大量の人間を操ればオーバーブロットも免れない。
一般的な防衛魔法で防げるが、悠は魔法が使えないので防ぐ手段が無い。仮に彼の魔力が封印されてない活性状態であったとしても、『呪い』や『負傷』ではないので抗う事が出来ない。
なので悠を救出するならば、ジャミルがいない状態が望ましい。少なくとも、悠に防衛魔法をかけておく時間が必要になる。
『今はジャミルさんと一緒にどこかに行ってるみたい。……魔法道具で空を飛んでる、のかな?』
「魔法の絨毯か!ここにもあるんだな」
「伝承の魔法道具か」
「オレ様、カリムに乗せてもらった事があるんだゾ。あとスカラビアに閉じこめられた時には、アイツと一緒に脱出したんだ」
グリムは魔法の絨毯に乗った時の事を思い出したのか表情を明るくしたが、その後の修羅場も思い出してへにゃりと萎れる。
「あの時は大変だった……床下から外まで続く穴を子分と一緒に夜通し掘って……昼間は砂漠を行進させられて……ううう」
「そんな映画みたいな事してたの?」
「何をどうしたらそんな事になるんだ?」
「ジャミルのヤツがオレ様たちを巻き込んで騒ぎを起こしたんだゾ!カリムはジャミルに操られてコエーし、ご飯はウメーけど朝から晩まで訓練だの勉強だのさせられて大変だったんだ……」
ウインターホリデーの苦行をグリムが語れば、セベクは意地悪く鼻で笑う。
「怠け者の貴様には丁度いい鍛錬になったんじゃないか?」
「にゃにおう!」
『学習や運動の効率的な時間は科学的に立証されてるよ。詰め込み教育を有り難がるのは古いんじゃないかなぁ?』
「むっ!」
「ああもう、くだらない事で喧嘩しないで。今それどころじゃないでしょう」
後輩を諫めたヴィルが、黙り込んだままのシルバーに目を向ける。目を閉じて考え込んでいる、ように見えるが、隣の幼なじみはすぐに異変に気づいた。
「寝るな、シルバー!」
「はっ!……すまない。椅子の座り心地がよくて、つい……」
「…………覚えてなかったとはいえ、こんなヤツにヤキモチ焼いてたアタシがバカみたいだわ……」
誰にも聞こえない声で呟いてから、ヴィルはわざとらしく咳払いする。
「第一優先事項はジャミルの覚醒。指摘すべき大きな齟齬は、間違いなくカリムとの立場の逆転について、よね」
『鍵になるのはカリムさんだ。いつ頃から立場の逆転が起こった設定なのかは不明だけど、生まれた時から一緒にいるって事なら、どんな時期の嘘だって覆せる』
「……問題はその役割を本人が理解してるかどうか、だけど」
「カリムひとりで『闇』に接触してしまった場合にも危険が伴う。出来たら合流したいのだが……」
『メッセージは送ってみたけど返信なし。位置情報を見るに、モブどもにこき使われて御殿の中をあっちこっち動き回ってますな』
現在に至るまで一行は『闇』のカリムと接触していないため、位置情報に反映できるデータを得られていない。連絡が取れたとしても接触の回避が難しい事に変わりはないのだが、だからこそ手駒はいつでも使える状況にしたいものだ。
「ユウはジャミルと遊覧飛行で、カリムはアタシたちを忘れて従者体験を満喫中。……いま打てる手が無いわね」
『それはそ、……みんな、話を変えて』
「どうした?」
『「イミテーション」がこっちに来る』
オルトの言葉で室内の空気が緊迫した。
ディアソムニア寮のふたりとグリムは部屋の扉を睨み、オルトとヴィルは深々と椅子に座り直す。
ちぐはぐな警戒態勢の中、その時は訪れた。
控えめなノックが室内に響く。室内が静まり、互いに顔を見合わせた。
返事を待たず、もう一度軽やかに扉が叩かれる。
「……どちらさま?」
「悠です。あの、入ってもいいですか?」
「……どっちのユウ?」
「に、偽者じゃないです。皆さんと一緒にここに来た方の悠です」
再び顔を見合わせた。続いてほぼ同時に、全員がイデアのタブレットに視線を落とす。
部屋の前にある位置情報は『イミテーション』のものだ。
オルトがグリムの、シルバーがセベクの口を手で押さえて塞ぐ。激高し暴れようとして押さえ込まれている二人をそのままに、ヴィルは軽やかな足取りで扉の方へと向かった。
「そのまま聞いて。……今は自由なの?」
「偽者の方は、ジャミル先輩とデートに行っちゃったので。話すなら今のうちだと思って」
「そう。賢明ね」
誉めるような言葉を言いつつも、ヴィルの笑顔は冷たい。
「今のうちにこの夢を離脱して、態勢を整えた方が良いと思うんです。偽者の方は僕が何とかしますから」
「そうしたいのは山々だけど、カリムがいないと無理だわ。彼をここに置いていくワケにはいかない」
「カリム先輩の事は、僕なりに何とかしてみます。いまは、確実に確保できる先輩たちの安全の方が優先です」
「あら、お気遣いありがとう。……そこまで言うなら、どうにかしてくれないかしら?」
「どうにか、って」
「本物のカリムにこの部屋の場所を知らせて、アタシたちと合流させて頂戴」
ヴィルの提案に対し、扉の向こうの『悠』は何も答えなかった。ヴィルは追及を緩めない。
「この世界のモブどもにとって、アンタはご主人様の婚約者。……アンタならそれぐらいは出来るわね?」
「え、ええ……!で、でも、僕も従者の立場だし……」
「無理にでもどうにかしなさい。こういう時ぐらい根性見せないでどうするの」
アンタも役者でしょ、と言い掛けて飲み込む。扉の向こうの偽者に、そんな言葉をかけてやる価値は無い。
「……とにかく、アタシたちはカリムが合流しなければ離脱は選択しない。アタシたちで出来る事を探すわ」
「そ、そんな!危ないですよ!」
「危険はもとより承知の上よ」
また扉の向こうの悠は黙り込む。考える時間を与えない。
「アンタも自分の安全を考えなさい。連中が戻ってきた時に部屋にいなかったら何されるか分からないわよ」
「…………わかり、ました。ごめんなさい。カリム先輩の事、出来そうなら探してみます」
「お願いね」
足音が遠ざかる。位置情報が十分に離れてから、オルトはグリムを押さえる手を放した。
「し、死ぬかと思った……」
『グリムさんったら全力で暴れようとするんだもん』
「だって、子分のニセモノだろ!?とっつかまえて倒してやれば良かったのに!」
「そう上手くいくとは限らないわ。こっちはカリムの居場所が判っても制御が出来てない。ある意味、人質を取られているようなものだもの」
「……実際、俺たちが交戦したとして勝てる可能性はあるのか?」
『うーん。正直どっちとも言えない』
シルバーの疑問に対し、イデアが考えながら答える。
『強化装備があるとはいえ、魔力が封印されてるハシバ氏でも勝てているからには、おそらく「イミテーション」の能力は「闇」の再現できる能力値の範囲を逸脱してない』
「……待て。ならば僕たち全員でかかれば倒せたのではないか!?」
『だけど、「闇」は夢の世界の主のイマジネーションに応じて現実に存在する能力の再現は可能。なんなら現実より強くする事も出来る』
「あのユウが現実のユウより強いって事?」
『そういう単純な話じゃなくて、違う能力を添加されている、されてなくても勝手に自分に付けてる可能性がある、って事』
「どういうコトなんだゾ?」
『例えば「イミテーション」がジャミル氏のように洗脳魔法を身につけてるかもしれない』
室内が静まる。
『ある程度はジャミル氏の設定に拠るかもしれないけど。そんなもの不意打ちで使われたら混乱は必至でしょ?』
「……部屋に入れなかったのは我ながら良い判断だったわね」
「……確認したいのだが」
セベクが戸惑った顔で声をあげる。
「ユウの魔力の存在をジャミル先輩も知っているのか?」
『知ってる』
『「イミテーション」が潜り込んでる夢の対象者は全員知ってるよ』
「エペルとルークも知ってるわ。あの子がファントム相手に大立ち回りする現場にも居合わせたしね」
「思ったより多いな!?」
『本来はあの子を守るための情報共有だったんだけどね。こうなってくると余計な事したかなぁ……』
画面の向こうで吐いたため息が一行にも聞こえる。
ヴィルは同情の視線をタブレットに向け、誤魔化すように目を閉じた。
「今はそこを悔いても仕方ない。これからの事を考えましょう」
『そうっすな。ま、とりあえず「イミテーション」相手の戦闘は出来る限り避ける方向でよろ』
「そうだな。さっきの様子を見るに、この夢の『イミテーション』はかなり狡猾な性格のようだ。用心しておくに越した事は無いだろう」
セベクの言葉にシルバーも頷く。
「ユウとも情報を共有しておきたい所だが……」
『まだ街の上空を旋回しているね』
「降りてくるタイミングを見計らって、強引にでも接触しましょう。話をするなら急いだ方が良いわ」
『ハシバ氏のスマホは敵に取られたりしてないんで、今の話をまとめて送っておきますわ。万が一合流できなくてもそれで確認できるでしょ』
粗方の方針がまとまったところで、退屈な待機状態へと戻ってしまった。時間を潰す雑談の話題をそれぞれが何となく探す中、シルバーが真剣な顔のまま呟く。
「……それにしても驚いた。ジャミルがあんなにもユウに執着しているなんて」
珍しく言葉通りの衝撃を感じさせる表情だ。暇を持て余す同行者の視線を気にせず、独り言のように続ける。
「まさか『イミテーション』も含めて、二人とも娶ると言い出すとは……」
『あー。文化的背景の違いってヤツっすな』
「ユウには実際に双子のお姉さんがいるらしいから、違和感なく想像できたんじゃないかしら」
「でも、ユウはねーちゃんとは似てないって言ってたんだゾ。真冬のプールにいじめっ子を突き落としたりするヤベーヤツだって」
『そういうのでホントにヤバいエピソード出てくる事あるんだ……』
『ユウさんの暴力性も割と似たようなもののような気はするけど……』
「あの子なら強いて言えば、いじめっ子を声も出せないほどボコボコにした後に、被害者面して自分のやった事を存在しない第三者かいじめっ子自身に擦り付けるわね」
「それはそれで最悪ではないか!?」
「……そうね、あの子はただの『良い子』じゃない。清廉潔白でも純粋無垢でもない。そんな感じに振る舞って、そういう幻想を抱いた相手を利用する狡賢い所もある」
そう語るヴィルの表情は、心底から楽しそうだ。理解できない、という顔をしているセベクをそのままに話を続ける。
「でも、あの子の性根は間違いなくヒーローなの。全てを救えなくても、それが長い目で見れば間違っていても、目の前の命を無視できない」
本人は『その場に居合わせただけ』なんて言っちゃうけどね、と言い添えて苦笑する。
「ジャミルがあの子に好意を持つのも無理は無いわ。誰かを助けようとしてる時のあの子、本当に素敵なんだから!……もう少し自分を大切にしてほしい気もするけど」
『それな』
『本当にそれはそう』
「確かに、自分から囮を買って出ていたな……悪手とも言い切れないのが余計に質が悪い……」
「ドワーフ鉱山でも一人で行くって聞かなくて、止めるのが大変だったんだゾ」
それぞれが所感を述べれば、シルバーは苦笑するしかない。しかしふと首を傾げた。
「ユウは自分がジャミルに好かれているとは思ってなさそうだったな」
「そうね」
『ハシバ氏、同性にモテる割に鈍感っていうか、警戒する割に脇が甘いっていうか……』
「あの子、『友達』が自分に恋愛感情を向けてるかもしれない、っていう発想が無いみたい」
『王道パターン全否定なんですが!?』
「まぁジャミルの場合は、本人の態度がそれらしく見えないっていうのがあるんでしょうけど」
『うーん……割とアピールはしていたように思うんだけど。ヴィルさんから見ると何かが足りないって事?』
「ええ、そうよ」
『それって何?』
「……情熱よ!」
室内が静まりかえる。戸惑い呆然とする面々との温度差を無視して、ヴィルは熱弁を続ける。
「『あの子がいないと人生がたちゆかなくなる』ってぐらいの、同情を引いてしまうほどの情熱よ。アイツはかっこつけすぎてるわ。それぐらいの気持ちを表さなければ、あの子の心は動かせない」
ヴィルは一人頷きながら自信満々に語っていた。何とも言えない空気が流れる中、オルトがはっと顔を上げた。
『こっちに向かって高度が下がってる。ユウさんたちが戻ってくるよ!』
室内が一気に緊迫する。さっきまでの話を忘れたように、誰もが真剣な表情で互いに顔を見合わせ頷きあった。