7−4:虹色の旅路


 誘導されるがまま車に乗せられ、バイパー御殿に運び込まれ、早々に風呂にぶち込まれた。
 それがもうやたら広いし花は浮いてるし超豪華。御殿の名は伊達じゃない。
 んで、男女問わず沢山の従者の人が入れ替わり立ち替わりやってきて、マッサージだスキンケアだと、これでもかと言わんばかりに世話を焼かれた。
 だんだん自分が無くなっていくような、現実味の薄い状況に思考が追いつかない。
 入浴後は奥まった所にある部屋に案内され、天蓋付きの大きくて柔らかいベッドに寝かされる。宴の前のお召し替えまでおくつろぎください、なんて言って従者の人は出て行った。
 呆然と天蓋を見つめる。うわぁめっちゃ豪華。高そう。こんなベッド初めて寝たなぁ。永遠に眠れそう。
 ふと頭を横に向ける。お風呂に入る前に着ていた、ナイトレイブンカレッジの制服が畳んで置いてあるのが目に入った。
 そこで我に返る。
 慌ただしく起きあがり、急いで制服に駆け寄った。祈るような気持ちでズボンのポケットを探り、自分のスマホが出てきて胸を撫で下ろす。
 壊れてないし、多分変な細工もされていない。ホーム画面のアプリの一覧も変わってないし、念のため確認したけど新しく何かダウンロードされた様子もない。魔法での細工はシュラウド先輩が対策してるだろう。
 夢の中だと内部にしか通じないものだから、『闇』の警戒を免れたみたいだ。
 ふとメッセージアプリの通知に気づく。シュラウド先輩からだ。
 念のためベッドに戻ってシーツをかぶり、メッセージを開く。
『無事!!!!????』
 鬼のような連投に若干引きつつ、既読の通知が来たのか更に勢いづく連投を止めるべく文章を綴る。
『無事です、スマホ没収されなくて助かりました』
『いまどんな感じ?』
『部屋にひとりです。逃げようと思えば逃げられるかも』
『ヤツが近づいてる。スマホ隠して』
 送るとほぼ同時に来たメッセージを見て、画面を閉じてスマホを枕の下に押し込んだ。
 数秒と経たず、部屋の扉がノックされる。
 返事をしないまま部屋の扉を見つめていると、やがて扉が勝手に開いた。悪びれもせず堂々とした態度で、自分と同じ顔の人間が部屋の中に入ってくる。
「…………起きてるなら返事してくれれば良かったのに」
 穏やかな声でそう言った。本当に兄弟に言うみたいな自然な喋り方。僕はただ無言で『イミテーション』の顔を睨む。
「……何しに来たの」
「様子を見に。婚姻の前に花嫁が亡くなってしまうような事があったら、ジャミル様が悲しんでしまうから」
「邪魔者を消したいのはあなたの方でしょ?」
「僕はご主人様の願い事を叶えてあげたいだけ」
 ただにこやかに微笑む。殺気は感じないけど油断できない。
「ご主人様が二人ともお嫁さんにしたいなら、僕はそれを叶えてあげる。ここでは何でもご主人様の思うまま」
 柔らかい笑顔が不気味で仕方ない。
 こいつにとっては僕だけ引き離されるのは好都合だっただろうし、止める理由が無い。
 スマホ持っておけば良かったかな。枕の下から引っ張り出す動作の分、遅れが出るのは避けられない。シェーンハイト先輩の夢の中にいたヤツみたいに、強化装備並の腕力があったら生身じゃ対応できないだろう。
 相手を警戒し睨みながら考えていると、また部屋の扉がノックされた。『イミテーション』は何事も無かったような顔をして扉を開く。
「ジャミル様!」
 そしてバイパー先輩の顔を見ると、ぱあっと明るい笑顔になった。本当に心の底から嬉しそうにしか見えない。
「ここにいたのか」
 バイパー先輩も柔らかく微笑んで、『イミテーション』の頭を撫でる。本当に可愛がっているらしい。この姿を見たら、恋仲だというのも頷ける。
「家族の再会を邪魔して悪いが、頼みがあるんだ」
「頼み?」
「カリムについていてほしい。今日のあいつは、どうもいつにも増して注意力が散漫でな。大事な宴席が台無しになりかねない」
 どうやらアジーム先輩は夢の中の存在としてうまく紛れ込めているようだ。見た目には区別つかないみたいだし。
 多分シェーンハイト先輩たちも御殿のどこかにはいるんだろう。うまく連携できてればいいけど。
「ジャミル様のお願いとあらば!」
「すまないな。よろしく頼む」
 心底嬉しそうな顔をして、『イミテーション』は部屋を出ていった。バイパー先輩と僕が部屋に残される。
 扉が閉まってしばらくしてから、バイパー先輩はこちらを振り返った。僕の表情が強ばるのを見て意地悪く目を細める。
「何、そう警戒しないでくれ。悪いようにはしないから」
「悪い事をする人はみんなそう言うんですよ」
「信用されていないな。ちゃんと君の学友たちは招き入れてやったし、今日の宴で盛大にもてなしてやるつもりなのに」
「どこにいるんですか」
「教えるわけないだろう」
 最後の言葉はとても冷ややかだった。絶対に逃がさない、と言われてる感じ。
「僕は別に、ナイトレイブンカレッジで虐待されてるワケじゃありません」
「だから?」
「こんな形でみんなと引き離されるのは納得できません!」
「君の納得は必要ない。……君は謂わば洗脳されている状態だ。正常な判断力を失っている」
「……随分とまぁ、許嫁の方を可愛がってるんですね。こんなやり方でも願いを叶えてやろうっていうんだから」
「当然だろう。……まぁ、君もこれから同じ立場になるわけだが」
 会話してるうちに隙を見せないものかと思ったけど、バイパー先輩が相手だと厳しいな。少しも糸口が見出せない。
 じりじりと後ずさって距離を取ろうとしたけど、一息に距離を詰められ腕を掴まれた。強引に抱き寄せられる。
「……さっきよりは少しマシになったか」
 髪を撫でて肌に触れ、満足したような顔で額に口づけてくる。
「これからもっともっと綺麗に整えてやろう。宝石は曇り無く磨いてやらないとな」
「ほ、宝石?」
「良い食事を与えて、環境を整えて、誰よりも幸せにして、……俺なしじゃいられない身体にしてやる」
 暗く淀みを含んだ、野心家の目。
 現実のバイパー先輩がたまに見せる顔。
 背筋を悪寒が走る。一体何を企んでいるのか、と警戒せずにはいられない。
 僕の顔を見て何を思ったのか、バイパー先輩は表情を崩した。
「そんなに怯えなくていい。取って食ったりしないさ」
 無邪気に笑うと、子どもがぬいぐるみでも抱くように雑に抱きしめて頭を撫でてくる。
「……やっと手に入れたんだ」
 か細い声で呟く。一瞬耳を疑うほど、普段の彼からは想像もつかない、幼い雰囲気の言葉だった。
 真意を尋ねるか悩む間もなく、バイパー先輩は身体を離した。
「そうだ、最初の目的を忘れる所だった」
「も、目的?」
「宴までやる事が無くて暇だろう?夜空の散歩と洒落込もうじゃないか」
 強引に手を引いて外に出ようとして、僕の服装を見て足を止めた。バイパー先輩がぱちんと指を鳴らすと、白い光が一瞬だけ目の前を埋め尽くす。身体を見下ろせば、熱砂の国のものらしい衣装に包まれていた。
 複雑な模様が描かれたつやつやの生地に、キラキラした鈴やら細かな房飾りがついている。頭にも布が巻かれているというか、爪とか髪も勝手にセットされていた。ゆったりとしたシルエットだけど、だらっとした感じにはなっていない。豪華な民族衣装って感じ。
「……うん。よく似合っている」
 バイパー先輩は満足そうに笑うと、再び僕の手を取って今度こそ部屋を出た。
 やたら広くて豪華な屋敷の中を迷い無く歩いて、明らかに物々しい警備のついた扉に入っていく。
 そこは宝物庫だったらしい。綺麗に並んだ棚に、綺麗なガラスケースに納められたきらびやかな装飾品や年季の入った古道具が几帳面に並んでいる。スカラビア寮の宝物庫とは建物の見た目は似ているのに雰囲気が全然違う。バイパー先輩の性格が出てるんだろうか。
「散歩に行くぞ、魔法の絨毯」
 バイパー先輩が声をかけると、棚の中で丸まっていた絨毯の一つが嬉しそうな感じで飛び出してきた。
 魔法の絨毯自体は、スカラビア寮でアジーム先輩といる時と特に変わった様子は無さそう。いや細かい模様とかは全く覚えてないけども。
 そういえばバイパー先輩と一緒に助けに来てくれた事があったから、アジーム先輩だけでなくバイパー先輩とも元から仲良しなのかもしれない。だったら夢の中でもこういう関係になるか。
 バイパー先輩と少しじゃれ合った後、絨毯は床と平行に広がる。バイパー先輩は迷い無く乗り込み、僕に手を差し伸べた。
「さあ、おいで」
 どうしたものかと悩むけど、結局抵抗も難しい状況なのは変わらない。
 目を醒まさせるヒントとか見つかるかもだし、と自分に言い聞かせて、バイパー先輩の手を取った。その瞬間、いつになく無邪気に笑った、気がする。
 …………なんか調子狂うな。
 もっとこう、悪巧みの笑顔のイメージが強いんだけど、今日はやたらと普段と違う顔を見せられている。
 所作には本来の『有能な従者』の彼を感じられた。細やかに行き届きつつ意識しないとその凄さが解らなくなりそうなくらい自然。だけどいつもより表情が豊かで明るい。
 従者として普段は抑えている感情表現を、これでもかとしている感じがする。無邪気で、年相応で、とても楽しそう。
 絨毯が夕闇の空へと飛び出していく。昼間に比べれば風は心地いい。ぐんぐん高度を上げて街の上を飛べば、たくさんの灯りがイルミネーションみたいにキラキラして見える。
 高さを自覚してちょっと怖くなり、ごまかすように空を見上げれば、群青の布に白い砂を散らしたみたいな星空だった。まだ地平線に夕日の色が残ってるから、もう少ししたらもっと光が際だつのだろう。
 どこまでも続く砂の海に、点々と人の痕跡がある。どこに続くか分からない道が続き、果ては見えない。それがどうにも寂しいのに、『出口がある』という希望のようにも思えた。
 スカラビアの上空を飛んだ時も綺麗な景色だったけど、絹の街もとても綺麗な景色だと思った。あくまでもバイパー先輩の記憶の再現だというのなら、きっと先輩自身の細やかな思い入れも反映されているに違いない。
「お気に召していただけたかな?」
 声に振り返れば、先輩が悪戯っぽく笑っている。
「とても綺麗な街ですね」
「遠くから見れば、な。住んでみれば……まぁ悪い所ばかりでもない」
「市場とか賑やかでしたもんね」
「貿易で栄えた街だからな。おかげで物を見る目も交渉術も養える」
 苦笑するしかない。まぁ、商売って親切にしているばかりじゃうまく行かないイメージだよね……。
「街を流れるヤーサミーナ河では花火大会も行われるんだ。国内外から観光客が集まって、普段とは比にならない賑やかさになる」
「へえ……楽しそうですね」
 僕あんまりそういうイベントに馴染みが無いんだよね。人の集まる所には苦手意識あるし。
「バイパー家は特別観覧席を確保して鑑賞する事になるだろう。人混みの心配はいらないぞ」
「そうですか。凄いんですね」
「このぐらいは当然だよ。うちは街一番の大金持ちなんだから」
 このフレーズ聞くの何回目だろう。気に入ってるのかな。
 しばらく街の上をゆっくりと旋回する。風は心地よさより寒さを感じるようになってきた。タイミング良く毛布を被せられる。
「バイパー…………さん、は、寒くないんですか」
「俺の心配はいらない。……ふたりきりの時は『ジャミル』でいいよ」
「そういうわけには……」
「みんなの前では『ジャミル様』だ。正式な婚姻が結ばれるまでは、君たちは従者の立場だからな」
 ちょっと意地の悪い笑顔で言われた。僕が不満そうな顔をするのを見て、また楽しそうに笑う。
「ナイトレイブンカレッジじゃ随分ひどい扱いを受けてるって話なのに。主が変わるのがそんなに不満か?」
「そりゃ至れり尽くせりの何もしなくていい暮らしではないですけど、それなりの自由はありますからね」
「ここでだって欲しい物は与えてやるぞ。望む事も叶えてやる」
「あなたの許す範囲の中で、でしょう?」
「……参ったなぁ」
 全然参ってなさそうな顔と声で言う。
「どうしたら俺の事を信じてくれる?」
「とりあえずみんなの所に返してください。それから考えます」
「そんな事をしたら君は二度と俺の元に戻らないだろう?」
「さあ?段階を踏んでくれる慈悲深い優しい旦那様の事は信じたくなるかもしれませんよ」
「……なかなかうまくまとまらないな」
 困ったような顔で僕の頭を撫でた。
 なんか、僕の愛想のない受け答えに対して、随分と機嫌の良い答えが返ってくる。不思議。
「変な事を言っていいか」
「どうぞ」
「君と話している方が、許嫁と話している時より楽しいんだ」
「ええ……」
「酷い男だよな。ずっと傍で尽くしてくれた子より、今朝出会ったばかりの君に心惹かれている」
 まぁ、そう言ってしまうと確かに最低なんだけど、今回の場合は事情がなぁ。
 この夢の世界の思い出は嘘で出来てる部分もいっぱいあるし、『イミテーション』絡みのエピソードなんて全部捏造だ。
 そして現実の僕と『イミテーション』の間には確かに差があって、それが夢の世界に違和感を覚えるきっかけになる事も期待されてる。
 でもそれは、シェーンハイト先輩みたいに現実での僕を沢山見てくれる人じゃないと気づけない、かもしれない。
 …………あれ?
 これじゃあまるで、バイパー先輩が本当に僕の事を好きみたいじゃない?
「ユウ」
 静かに名前を呼ばれる。いま名前を呼ばれたのは、間違いなく僕。
 まだ少し幼さの残る骨ばった手が、頬を撫でて髪を梳いていく。冷えた肌に、先輩の体温が心地良い。
 混乱した頭の中を整理する事も出来ないまま、星灯りさえ吸い込んでしまいそうな先輩の瞳を、見つめ返すことしかできなかった。

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