7−4:虹色の旅路
ジャハーサヒールカレッジの中は涼しかった。外が明るいから中は少し薄暗く思えたけど、それが目に優しくて丁度いいくらいに感じる。
絹の街の活気とは対照的に静かな学校だ。行き交う生徒たちも年齢にそぐわない雰囲気で、真面目そうな生徒ばかり。スカラビア寮の生徒をもう少し大人しくさせたらこんな感じになるのかもしれない。
学校を案内するバイパー先輩に、『イミテーション』は何も言わずについてきていた。というか、バイパー先輩と一緒に出てきてから今まで一言も発していない。『ユウ』という名前の紹介すらバイパー先輩がしていたし、その時も無言で頭を下げるだけだった。
そんな許嫁の態度にバイパー先輩が首を傾げたりする事は無い。むしろ当然というか、誇らしげにすら見えた。
国が違えば文化が違うし、異世界なんだから更に違って当たり前。熱砂の国ではこういう作法なのかもしれない。一応、バイパー先輩が下克上しても『ユウ』の立場は従者のままみたいだし。
建物の中は見た目以上に広く、設備が充実している。この辺はナイトレイブンカレッジとも似通った部分がありつつ、歴史ある学校の不満点を解消したような新しい学校らしい感じだ。こういう部分はバイパー先輩が常日頃思ってる事が反映されているのかもしれない。
昼食やら休憩を挟みつつ、授業の見学などもさせてもらい、なんだかんだで放課後まで過ごしてしまった。従者として染み着いたものなのか、あらゆる段取りが完璧で一切のストレスを感じない。さすがバイパー先輩。
見学も終わりという雰囲気で、生徒も利用するような雰囲気のラウンジに案内された。
熱砂の国特有のデザインの内装が多い中、ここはどれかと言えば西洋風っぽい。丸テーブルにシンプルな椅子が複数個設えられている。
手近な席に何となく座れば、待ちかまえていたらしい従者の人が冷たいお茶を配り、一緒に座ろうとしたアジーム先輩を引っ張って立たせていた。
同じ従者の立場だろうに、『イミテーション』の方はバイパー先輩の横に平然と座っている。
「俺も、他の魔法士養成学校の話は非常に興味があるんだ」
「あら、そうだったの?」
「ああ。ナイトレイブンカレッジといえば、確か……貴重な魔法道具である、闇の鏡を有しているんじゃなかったか?」
「その通りよ。よくご存知ね」
「熱砂の国は古代から魔法道具作りが盛んで、数多くの魔法道具に関する伝承が残っているんだ」
空飛ぶ魔法の絨毯、大蛇の杖、先読みの砂時計、魔法のランプ等々。
このジャハーサヒールカレッジを象徴する偉人である砂漠の魔術師も、様々な魔法道具を用いて大義を成したとの伝承が伝わっているという。
絹の街周辺の砂漠には遺跡があり、現代に至っても古代の魔法道具が発掘される事があるらしい。
そんな背景もあって、この学校の生徒は魔法道具に興味を持つ生徒が多いのだとか。
「うちの宝物庫にも、世界中から集めた数え切れない魔法道具が収蔵されている。ぜひ君たちの学校が所蔵する魔法道具の話を聞かせてくれ」
シェーンハイト先輩はさり気なくオルトと視線を合わせた。オルトは動かない。セベクもシルバー先輩も何も言わない。
一瞬の事だけど、『シェーンハイト先輩の判断に任せる』の意思表示だと何となく思った。グリムは気にせずお茶とお菓子を楽しんでいる。
「そうしたいのは山々だけど……もう夕方でしょう?アタシたち、今夜の宿も用意できてないし、今日は帰らなくちゃ」
「おや、だったらうちに泊まればいい。部屋を用意させよう」
「嬉しい申し出だけど、今回は遠慮させてもらうわ」
「まあそう言わずに。これ以上、身内を外の人間に預けておくわけにはいかないのでね」
「……身内?」
バイパー先輩は答えずに立ち上がる。表情を変えないまま、僕のメガネをさっと奪い取った。
「……ああ、やはりそっくりだ」
そう言って目を細める。
「以前から彼が言っていたんだ。生き別れの双子の兄弟がいると」
「それがこの子だって言いたいの?生憎だけど」
「他人の空似とでも言うつもりか?こんなに似ていて、その理屈が通るとでも?」
「世界には同じ顔の人間が三人はいると言うだろう!」
「そのうち二人が双子の兄弟じゃないとは限らない」
いつの間にか、僕の椅子の両脇や後ろにバイパー家の従者らしき人が立っている。少し体当たりしたぐらいじゃびくともしなさそう。逃げられない。
「ああ、そんなに怯えて……大丈夫だ。もう怖れる事はない」
バイパー先輩がおもむろに顔を近づけてくる。睨みつけても余裕の笑顔は変わらない。
「……君は何も言わなくていい。服従を示す嘘など、もう必要ないんだ」
そう優しく囁かれたけど、とにかく否定しようとした。
なのに声が出ない。口が動かない。いっそぶん殴ってやりたいのに、身体が全く動かせない。
そこでやっと魔法で自由を奪われてるのだと自覚したけどもう遅い。
「うちのユウが服従を強いられてると言いたいワケ?」
「違うと言いたいのか?身寄りのない子どもが衣食住を盾に取られて、小間使いのようにこき使われるのが自然な事だとでも?」
「……大体合ってるから違うって言いづれーな……」
グリムがぼそっと呟いた。シェーンハイト先輩に睨まれて固まる。
「俺の大事な許嫁の、たったひとりの肉親だ。彼はこちらで保護させていただく」
身体が勝手に椅子から立ち上がり、従者に手を取られ歩かされる。
バイパー先輩の正面で足が止まれば、先輩の手が優しく頭を撫でて頬に触れた。
「……髪も肌もこんなに荒れて、可哀想に」
慈しむように微笑んでから、バイパー先輩はナイトレイブンカレッジの面々を振り返る。
「今夜は盛大な宴席を設けよう。花嫁が二人に増える祝いだ」
…………なんて?
「……待ちなさい、何よそれ」
「ああ、異国の人間には馴染みが無いのか。この国では地位ある者に、肉親が揃って嫁ぐのも珍しくないんだ」
「偉そうな事を言っておいて、ユウの意思を無視する気!?」
「まさか。ちゃんと確認するさ。二人きりでね」
無茶苦茶だ。人の気持ちをなんだと思ってやがる。
殴りかかるどころか首さえ動かせない。意識だけ鮮明にあるのが嫌だ。いや気がついたら終わってるのも良くはないけど!
「ふざけないで。その子はアタシの」
「何だ、法律的な根拠のある関係を結んでるのか?こちらの求婚を阻害するに相応しい、正当な立場があると?」
「それは……」
シェーンハイト先輩が言葉に詰まる。そうなるのを解ってたとでも言うように、バイパー先輩は余裕の笑顔だ。
「話にならないな」
「なあ、ジャミル……」
「黙ってろ。お前に発言を許した覚えはない」
そこだけ物凄い怒りを感じた。アジーム先輩は不満げに口を閉ざす。
「今ならまだ君たちを賓客としてもてなす事が出来る。大事な花嫁を連れてきてくれた異国のキャラバンに感謝を込めて、ね」
「……脅しのつもりか」
「まさか。事実を述べたまでだよ」
バイパー先輩は不敵に笑っているようだった。
「今日の宴は君たちにとって、熱砂の国での素晴らしい思い出になるだろう。一緒に来ていた学友が一人減った事などすぐに忘れられるくらい」
まるでさっきまでの会話なんて無かったみたいな態度で語っていた。その間にもラウンジには屈強な体躯の従者が増えて、みんなを取り囲んでいく。有無を言わさない雰囲気だ。
「そこでじっくりナイトレイブンカレッジの話も聞かせてくれ」
僕はひとり歩かされる。振り返る事さえ出来ないまま、みんなの視線が、気配が、どんどん遠ざかっていく。
……どうしよう。コレどうしたらいいんだ!?