7−4:虹色の旅路
熱砂の国・絹の街。
昼は灼熱、夜は寒冷な砂漠の中にあって、広大な川を中心に栄える賑やかな街だ。
古くから川を利用した貿易で人を集め、街の大きな市場は観光名所としても知られている。
水源が限られるからこそ生育される独特かつ芳醇な果実や香辛料を特産品とし、気温差の大きい風土に会わせた織物や工芸品も人気が高い。
そんな街の基盤となる川を用いた貿易を始めたのが、アジーム家の始祖だった。街の成長と共にアジーム家の地位も財産も大きく育ち、現代では世界有数の大富豪と称されるまでになっている。その常識外れのブルジョワっぷりは、跡取り息子であるアジーム先輩の生活態度にも表れていた。
もっとも、それは現実の話。
そして今、僕たちがいるのはバイパー先輩の夢の中。
「う……うそだろ…………」
アジーム先輩は愕然とした様子で立ち尽くしていた。
彼の視線の先には、見渡す限りの砂漠。どこを見ても砂。
「オレんちが無くなってる~~~~~~!!??」
アジーム先輩が頭を抱えて叫ぶ。無理もないというか、なんというか。
道が途絶えていきなり砂漠が現れてる感じなので、おそらくアジーム家の敷地だった部分がまるっと消えてしまっている。作為的って言うか、わざとらしい。
「母屋も、離れも、ジャミルんちも全部ない!みんなどこにいっちまったんだ!?」
「家どころか、草一本生えてねぇんだゾ」
かける言葉も無い僕たちに、通りかかった人が視線を向けてくる。
「君たち、観光客かい?」
『はい。アジーム御殿を見に来たんですけど……』
「ああ、アジーム御殿なら、数年前に持ち主が変わって街の外れの高台に移設されたよ」
「移設ぅ!?」
おじさんが指さした先には、確かになんか大きそうなお屋敷だか城の屋根っぽいものが見える。そしてこの人もアジーム先輩の顔を知らないみたい。アジーム先輩への反応が薄い。
「御殿にお住まいだったご家族の行方をご存知?」
「さぁねぇ。噂じゃ、商売に失敗して御殿を手放す事になったと聞いたが……詳しい事は知らないなぁ」
御殿を買い取った人なら何か知ってるかもしれない、と言い添える。
「情報提供、感謝する」
こちらが口々にお礼を言うと、男性は手を振って去っていった。親切な人だったらしい。
とりあえず顔を見合わせた。アジーム先輩はまだ混乱で硬直している。
「とにかく、御殿が移設されたという場所へ行ってみよう」
「ああ」
「……なんとなく、嫌な予感がするわね」
『僕もだよ、ヴィルさん』
誰ともなく高台に向かって歩き出す。アジーム先輩も機械的についてきた。
街は賑やかで平穏そのもの。活気に溢れて楽しげで、夢の中とは思えないほどリアル。
バイパー先輩も魔法士としてはかなり優秀な人だから、町並みにもツッコミどころがない、という感じかな。範囲もかなり広そう。
日陰を探して歩きつつ、どうにか高台まで辿り着いた。
長い上り坂の先にあって日陰もないし、危うく脱水症状でぶっ倒れるかと思ったけど。無事に辿り着けてよかった。
「マジでオレんちが高台に移設されてる!」
建物を前に、アジーム先輩が我に返ってくれた。
高台の屋敷は、街の建物に比べると数段豪華な建物だ。黄金で飾り付けられているのに、深い赤と黒に合わせて上品な雰囲気にまとまっている。石で舗装された通路も綺麗だし、植木もよく手入れされているようだ。
「あれ?でもよく見ると……外壁の色が塗り替えられてるみてーだ」
「元々はどんな色だったの?」
『インターネットで拾ってきた画像を投影するね』
赤と黒の外壁に、同じ大きさの青緑と白の映像が投影される。こうして見るとだいぶ雰囲気が違う。
「屋根の色が青緑から赤に変わってるんだゾ」
「本当だわ。他にも様変わりしている箇所がある」
「おい、お前たち!そこで何をしている?」
そんな話をしていると、門の横にいた人がこちらに向かって声を張り上げた。見るからに衛兵、という格好の強面の男性だ。
「ここは私有地だぞ。事と次第によっちゃぁ警察に……って」
その視線がアジーム先輩のところで止まる。
「なんだ。よく見りゃお前、カリムじゃねぇか。もうすぐジャミル坊っちゃんの登校時間だってのに、まだ着替えてもいねぇのかよ!」
「ジャミル?ジャミルがここにいるのか!?」
「何を寝ぼけたこと言ってやがる。いるも何も、ここはジャミル坊っちゃんがお住まいになっているバイパー御殿だぞ!」
「バイパー御殿!?」
安直すぎない!!??とツッコミを入れそうになるのを必死で堪える。
『そ、それじゃあ、カリム氏の家を買い取ったのって……』
「ジャミル坊っちゃんのお父上。バイパー家のご当主だ。金に困ってたアジーム家から、この屋敷を買い取ってやったのさ」
……まぁ、そうなるよなぁ……。
現実的に可能かどうかはさておいて、アジーム先輩の存在を消さずに理想を叶えるなら順当な所かもしれない。ツノ太郎の解釈であってバイパー先輩の意思とは関係ない部分もいっぱいあるだろうけど。安直なネーミングとか。
「ご当主はもともとアジーム家の従者だったが、今じゃこの絹の街一番の金持ち!」
つまりアジーム先輩の立場を、ごっそりバイパー先輩に移した感じになるのかな。
アジーム家は『事業に失敗した』から、信用も全くなくあんな目に遭ったと。あるいは事情に疎い詐欺師だとでも思われたのかもしれないなぁ。
「カリム。食うにも困ってたお前ら一家を救ってくださったバイパー家に、毎日よぉく感謝するんだぞ」
「お、お……おう?」
アジーム先輩は情報量に理解が追いついていない様子だった。まぁそうだろうけど。この人はバイパー先輩を信頼しているワケだし。
「ん?」
不意に衛兵の人がこちらを覗き込んできた。なんかじろじろと僕を見ている。
「あ……あの、何か?」
「いや……ユウちゃんに似てる気がしたんだが、……髪と目の色だけだな」
「ユウちゃん、とは?」
「ジャミル坊っちゃんの許嫁さ。とびっきり可愛い子でね。そこの眼鏡のボウズと髪と目の色だけはそっくり同じなんだ」
思わずみんなと顔を見合わせる。いやまぁそりゃいるよなって話なんだけどさ。
「元々はアジーム家に一緒に仕えてたんだが、その頃からジャミル坊っちゃんとは恋仲だったそうだ。坊っちゃんが学校を卒業したら結婚する予定なんだが、きっと街をあげてのお祭り騒ぎになるだろうなぁ」
衛兵の人はしみじみとしている。
なんというか、ここまで予想通りだと何もコメントが出てこない。
この環境なら彼が僕に執着する理由が存在しないはずなのに、それでも許嫁にされている事には疑問があるけど。
でもそれはツノ太郎のガバガバプロデュースのせいかもしれないし、『イミテーション』が何かした結果なのかもしれないし、あまり問題ではないかもしれない。
ひとまず、情報を整理して作戦を練るべきだろう。バイパー先輩の傍には『闇』のアジーム先輩がいるだろうし、長居は無用。
そう進言しようとした瞬間、どこからともなく音楽が聞こえてきた。熱砂の国特有のものなのか、スカラビア寮の宴で演奏されるものに雰囲気が似ている気がする。
「なんだ?どこかから音楽が聞こえてきたぞ」
『門の方からだ!』
オルトが指さした先には、屋敷に繋がる門がある。あんな大きな門なら開閉に音ぐらいしそうなものなのに、音楽が消されてしまう事は無い。
開いた門から出てきたのは、装飾された巨大な象だった。悠々と門をくぐり抜けてこちらに歩いてくる。後ろには踊り子や沢山の動物、従者を引き連れているみたいだった。
そして象は背中に大きな屋根付きの鞍を載せている。そこに人の姿があった。
長い黒髪、浅黒い肌。黒と赤が特徴的な衣装を纏い、堂々と立っている。笑顔で街を見下ろすバイパー先輩の周囲には、鳥のような形の光が舞っていた。
「さあ、行進だ!隊列を乱すなよお前たち!」
バイパー先輩が高らかに言い放てば、後ろに続いている従者たちが声を揃える。
……ウインターホリデーの時に行進させられた時も、操られたアジーム先輩こんな感じだったな。バイパー先輩って、こういう偉ぶり方をしたいっていう願望があるんだろうか。
「さあ、そこのけ!邪魔だ!ジャミル様のお通りだ!」
衛兵の人が声を張り上げ、僕たちは慌てて道を開ける。
「カリム!なんでお前まで避けてるんだ!」
そして衛兵の人にアジーム先輩が怒鳴りつけられてた。
「さっさとこの傘を持って隊列に加われ!ボーッとしてんじゃねぇ、このとんまめ!」
「うおっ!?わ、わかったぜ!」
傘を押しつけられて、慌ただしくパレードに加わっていく。どうやらこのパレードに『闇』のアジーム先輩は参加していないらしい。変な感じ。
先頭のバイパー先輩を乗せた象が通り過ぎる瞬間、視線を感じて顔を上げた。
バイパー先輩の後ろに乗っていた人物が、冷ややかな目でこちらを見下ろしている。
興味も殺意も感じない、ただただ冷たいだけの視線。
僕と同じ顔で、バイパー先輩と同じような黒と赤の衣装を纏っている。
バイパー先輩の乗った象が完全に通り過ぎるまで視線は向けられていた。長い長いパレードが、楽しそうな音楽と共に目の前を通り過ぎていく。
『……よし、僕たちもあのパレードを追おう!』
「アジーム先輩もついていっちゃいましたからね」
合流するにはついていくしかない。
派手な一団の後ろを目立たないようについていく。どうやら街の真ん中の大通りを抜けていくつもりらしい。
街の人たちにとっては見慣れた光景なのか反応は薄い。いや楽しそうに見ている人は少なからずいるけど、お祭り騒ぎの大歓迎って感じじゃなかった。物珍しそうに後ろをついていく観光客を咎める事もないし。
先頭のバイパー先輩がたまに何か怒ってるけど、恐らくはパレードの出来に不満があるのだろう。傘が低いとか列が揃ってないとか、そういう感じの。指摘の度にパレードは整えられ、完成度を上げていく。
時間にして三十分以上、ほぼ直線だけど相当な距離を歩いた。前の方では無人の鞍を載せた象がどこかへ連れて行かれ、飾りのついた傘が畳んで片づけられている。
パレードがすっかり形を無くした後、目の前にあったのは巨大な施設だった。広大な前庭の奥に、熱砂の国の伝統的な様式の建物の屋根が見えている。
「ここが目的地みたいね」
「……かなりの距離を練り歩いたな。街を端から端まで横断したんじゃないか?」
無言で肯定しつつ、誰とも無く施設の敷地へ入っていく。
まず巨大な噴水が目を引いた。真ん中の黄金の像から水が噴き出している。なんとも涼やかな光景だが、前庭の日差しを遮るものが全く無い。石造りの地面は歩きやすいけど、結局、とても暑い。
「ここは……カリムの夢で見た学校に似ているが、少し雰囲気が違うようだ」
言われてみれば、確かに似てる。
建物の色が白と青緑から黒と赤に変わってたり、噴水の所の像が違う人になってるっぽい。……間違い探しでもさせられてるのか。
「ここの像、カリムの夢ではぽっちゃりした爺さんの像だったよな……ん?コイツ、ナイトレイブンカレッジのメインストリートにある像と似てねぇか?」
グリムが噴水の像を見ながら首を傾げた。言われて覗きこんでみると、確かに細身の身体や身に纏っているローブは似ている気がする。
「学園にあるものとポーズは違うが、砂漠の魔術師のようだ」
『なんか、ゴルフしてるみたいなポーズ。表情もうちの学園にあるヤツよりハッチャケ気味な気が……』
「おーい、みんなー!」
アジーム先輩の声が聞こえて一斉に振り返る。元気そうなアジーム先輩が笑顔で駆け寄ってくるところだった。周りに誰も連れてはいない。
「アジーム先輩、ご無事で何よりです」
「おう、自分で歩くパレードってのも新鮮だな!」
いつものように快活に笑い飛ばしてくる。衣装はさっきの白と青緑のものだし、オルトが平然としているから『闇』が化けたニセモノって事は無いだろう。
「ジャミル先輩はどうした?」
「それがさぁ、片づけがどうとかって押し流されちまったんだよ。みんなの所にくればいるかと思ったんだけど」
「こちらにはいない。もう建物の中に入ってしまったかもしれないな」
「そっか~……ん?この像、砂漠の魔術師か?」
「丁度その話をしていた所よ」
『学校の像と違って変なポーズだよね、って』
「ああ、砂漠の魔術師がペテン師を杖で遠くまでぶっとばしたところかも。小さい頃に読んだ絵本で、こんなポーズを見た気がするぜ」
オアシスの名君を尊敬しているアジーム先輩の夢の中では、彼の像が噴水に飾られていた。
つまり、バイパー先輩は砂漠の魔術師を尊敬している、って事でいいのかな。
……尊敬している人物の黄金の像を噴水に設置するのは、熱砂の国の金持ちの通例か何かなの?
「……カリム!カリムはいないのか!」
そんな時、建物の方から聞き覚えのある人の声がした。アジーム先輩はぱあっと顔を明るくして大きく手を振る。
「おう、いるぜ!ここだ!」
「『ここだ!』じゃない!」
ぴしゃっと怒られて身を竦める。
程なく現れたのは、さっき象に乗っていたバイパー先輩だ。外見は普段とほとんど変わらないけど、服装だけはアジーム先輩の着ている服の色違いみたいな感じ。よく見ると細かい装飾とかも違ってるっぽいけど、それはひとまず脇に置いておこう。
彼の後ろには、似たような服装の少年が一人ついている。
肩で切りそろえた茶色の髪に、濃い灰色の瞳。
澄ました顔の『イミテーション』は、バイパー先輩とアジーム先輩のやりとりを無言で見守っている。
「……おい。なんだ、その服は?また色変え魔法の失敗でもしたのか?」
「ん?別に失敗はしてないぜ。オアシスの名君みたいで格好いいだろ?」
「ジャハーサヒールカレッジの制服は、偉大なる砂漠の魔術師が纏っていたという伝統的な赤と黒。勝手に白く脱色するとは何事だ!」
怒りながら、バイパー先輩は魔法でアジーム先輩の服の色を変えた。こうして同じ服装の人が増えると制服らしく見えてくるから不思議。
「おぉ、色が変わった。この色も悪くないな。サンキュー、ジャミル!」
「『ジャミル様、ありがとうございます』だろう!?」
怒鳴りつけてから、呆れた顔で脱力している。
それにしても、スカラビアの二人ともが名前こそ違えど、雰囲気の似ている学校を夢の中に作り出しているって事は、実際に熱砂の国に魔法士養成学校を作る話があったのかな。
アジーム先輩のご実家なら国内に学校を作る話に関わらないとは思えないし、跡取り息子とその従者なら計画の内容をどっかで目にしててもおかしくない。
でも現実ではその計画は実現しなくて、アジーム先輩もバイパー先輩もナイトレイブンカレッジに通う事になった。その事に関して満足していないというか、わだかまりが残っているという点が二人に共通している。
正解がどこにあるというものではないけど、なんだか複雑な気分だ。
「まったく……お前はいつまでもボンボン気分が抜けなくて困る」
バイパー先輩はいつものように呆れた様子でアジーム先輩に詰め寄る。
「いいか?アジーム家はバイパー家に一生かかっても返しきれないほどの借金があるんだ。少しでも俺の役に立つよう、きりきり働け」
「おう、わかったぜ!」
元気の良い返事に、バイパー先輩は更にうんざりした顔になった。
なんか……主従が逆転しても、結局いつもとそんなに変わってない気がする。
「……ところで、君たちは一体誰だ?このジャハーサヒールカレッジは、一般客は立入禁止だぞ」
やっとバイパー先輩の注意がこちらに向いた。『イミテーション』もこっちに視線を向けてくる。
相変わらず肌で感じる殺気みたいなものは無い。一言も発してないし、ここに来てから動いたのは視線だけだ。恐らくは『従者』の役を徹底しているのだろう。変な事を言われないなら今は助かるけど。
バイパー先輩に気づかれたら面倒くさそうなので、さり気なくセベクを盾にして視界に入りづらそうな所に立つ。
「俺たちは賢者の島にある魔法士養成学校、ナイトレイブンカレッジから来た」
「ナイトレイブンカレッジといえば、伝統ある魔法士養成学校だな。そんなところの生徒が、なぜここに?」
「アタシたちは映画研究会に所属してるの。撮影のために絹の街を訪れたんだけど、この学園の噂は以前から聞いていたから、ぜひ内部を見学させてもらいたくて。来客用受付を探していたら、つい建物の素晴らしさに目を奪われて迷い込んでしまったのよ」
『困っている僕たちを見かねて、カリムさんが声をかけてくれたんだ。ねっ!』
シェーンハイト先輩のアドリブにみんなが合わせる。アジーム先輩も大きく頷いていた。
「そういう事だったのか。ふぅ~む?」
バイパー先輩は訝しげな表情で僕たちを見回す。セベクの後ろに隠れた僕の事も覗き込んできたけど、特に表情を変える事は無かった。
「まあ、怪しそうなところはない……か」
少し警戒を緩めた様子になると、小声で呟く。
「身なりもみすぼらしいし、どいつもこいつも冴えない顔だ。ただの学生だろう」
「オイッ、全部聞こえてるんだゾ!」
「ああ、これは失礼。つい本音が……」
グリムに指摘されても涼しい顔だ。
アジーム先輩は無邪気で無知だから呆れられつつ許されてる部分あるけど、これは許せる態度じゃないよなぁ。そういう部分を隠さないのも『街一番の大金持ち』という立場に甘えているのか。……アジーム家並の大富豪にしても、ちょっと迂闊な態度の気はするが。
「客人の案内ならば、カリムよりも生徒会長を務めるこの俺が適任だ」
「まあ、本当?生徒会長自らおもてなししてくださるなんて、アタシたちラッキーね」
「カリムに案内させて、この学園の生徒のレベルが低いと思われてはたまらないからな」
「へぇ!ジャミルは生徒会長やってんのか。すげ~な~」
「何故『初めて聞いた』という反応をしてるんだ!?お前はこの学園の生徒なんだから知ってただろ!」
思わずといった様子でツッコミを入れ、咳払いしてからこちらに向き直る。
「ここで立ち話もなんだな。中へ案内しよう」