7−4:虹色の旅路

 ………

 人の声が絶えない、賑やかな屋台市場。
 所狭しと並んだ屋台はどこも商品が沢山並んでいて、店員さんが道行く人に明るく声をかけている。地元の人だけじゃなく観光客も結構いて凄い活気だ。気を抜いたらはぐれちゃうかも。
「ここ、絹の街のラクダバザールだ!どの屋台にも見覚えがあるぜ」
『絹の街……たしか、ジャミル氏の出身地だっけ。調書に書いてあった記憶がある』
「そうそう。オレとジャミルの生まれ故郷。で、ラクダバザールはここいらでとれた生鮮食品がたくさん集まる市場なんだ」
 言われてみれば、確かに食べ物の屋台が多い。食べ歩き向きの料理や串に刺した果物を売ってる屋台もあった。熱砂の国特有のスパイスと肉の焼ける香ばしい匂いや、果物の甘い香りが嗅覚をくすぐる。おなか空いちゃう。
 グリムは食べ物の匂いにメロメロだし、セベクは豊富な品揃えに感心している様子だ。アジーム先輩の様子を見るに、この市場の再現度はかなり高いみたい。バイパー先輩のイマジネーション強度も相当高い、という事だろう。
「そうだ!あのココナッツジュースをヴィルに持っていってやろう」
 アジーム先輩が果物を売っている屋台を見て声を上げる。
「よく冷えててさっぱりしてるから、あれを飲めばきっとヴィルの気分も良くなるはずだ」
「ジュース!ウマそうなんだゾ~!」
『うーん。飲食によるメンタル回復効果は馬鹿にできないけど、所詮は疑似体験だしな……』
 シュラウド先輩の言う事も解るけど、夢の世界でも美味しいものは美味しいんだよなぁ……。でも慎重にしないと、まだ何も情報無いし。
 バイパー先輩が近くにいるなら、見逃したら手間になる。ここはやめとくべきだろうな。
『げ、現金はアイテムとしてサポートツールにセットしてないし、今はやめといたほうが……』
「イデア先輩の言う通りだ。まだジャミル先輩も見つけられていないし、慎重に行動しよう」
「え~!冷たいジュース!今すぐ飲みてぇんだゾ~!」
「こら、わがまま言わない!」
「大丈夫、大丈夫!オレに任せとけって」
 アジーム先輩は『我に策あり』という顔だ。ウインクまでしてるし。……逆に不安になってきた。
「おーい、兄ちゃん。ココナッツジュースを十個くれ!」
「じ、十個も!?本当に大丈夫なのか?」
 はいよー、と屋台の人も軽く請け負っている。まとめ買いは珍しい事じゃないみたい。
 それにアジーム先輩は世界有数の大富豪の息子だし、熱砂の国でも有名人だろう。顔パスって感じで何でも売ってもらえるのかも。
 ……でも誰が持つんだ、十個。
「はい。生ココナッツジュース、おまちどー!」
 持ち歩き度外視な感じで、どかんと山積みで差し出された。この積み方を守ればどうにかなる、のか?
 丸っこい実の上の方がくり抜かれて、太めのストローが挿してある。独特の甘い香りがこれでもかと漂ってきた。
「オレ、これが好きでさぁ。新鮮でうまいから、一口飲んでみろって」
「やった~!オレ様、喉がカラカラだったんだ。いっただっきまーす」
「そ、そこまで言うなら……」
 アジーム先輩は山積みのココナッツジュースを一つずつ取って、グリムとセベクに差し出した。グリムは迷わず、セベクは恐る恐る口を付けた。
「ヒエヒエでさっぱりしてて、ウメ~!」
「……うむ!あまり馴染みのない味だが、上品な甘さで悪くない」
「気に入ったならよかったぜ」
 オススメを気に入ってもらえて、アジーム先輩もご機嫌だ。
 残りのジュースをセベクと協力して何とか抱えた。積める形状なのは助かるけど、バランス崩さないように気をつけなきゃ。
「よーし、ぬるくなる前にヴィルたちにも飲ませてやろう」
「ちょっとちょっと、お客さん!お代は?」
 屋台の店主に呼び止められて、アジーム先輩はきょとんとした顔で振り返る。
「お代?悪い、いま手持ちがないんだ」
「なんだって?もう口をつけたんだ。払ってくれなきゃ困るよ!」
「いつもみたいに、ウチにツケといてくれよ」
「いつも?ウチ?何を言ってるんだ、アンタ!」
 雲行きが怪しくなってきた。セベクと顔を見合わせる。
 一方、アジーム先輩は本気で心外だという顔で屋台の店主を見ていた。
「えっ?まさか、オレのことを忘れちまったのか?」
 屋台に歩み寄り、自分の顔を指さす。
「ほら、顔をよく見てくれ。オレだよ、オレ!カリム・アルアジームだ!」
「アルアジームだぁ?もしそれが本当なら、尚更ツケなんてさせるかよ」
 アジーム家の名前が通じない。それどころか悪評が広まってる。
 つまり、バイパー先輩の夢の中ではアジーム先輩は『大富豪の跡取り息子』じゃないって事になる。
 って、今はそんな事を考えている場合じゃない。
「俺の店で食い逃げしようなんざ、いい度胸だな!そこを動くんじゃないぞ。すぐに警察に突き出してやる!」
「おい、貴様!大きな口を叩いたくせに、これはどういう事だ!?『闇』に見つかりやすくなるから、騒ぎは起こしたくないというのに……」
「お、落ち着けって。盗むつもりなんてこれっぽっちも……そうだ!オレと一緒にアジーム家まで来てくれ。そうすればすぐに……」
「彼らを警察に突き出すのは待ってくれ!」
 騒ぎに気づいた人たちの視線が痛い中、涼やかな声がざわめきを切り裂く。程なく姿を見せたシルバー先輩が、屋台を出ようとしている店主に駆け寄った。
「店主、彼らは俺の友人だ。お代は俺が払おう」
「なにぃ?」
 訝しげな屋台の店主だったけど、シルバー先輩の差し出した札束を見て口を閉ざした。枚数を数えて、不機嫌そうな顔ながらそれを懐にしまう。
「……まあ、払ってくれるなら誰でもいいけどよ」
「連れが迷惑をかけてすまなかった」
「ふん!今度はいかれたオトモダチから目を離すんじゃないぞ!」
 屋台へと戻る店主にシルバー先輩に倣って頭を下げつつ、ココナッツジュースを抱えてその場を離れた。
 しばらく興味深そうな視線を向けられていたけど、通りを抜けて川縁に出れば、さすがに追いかけてまで見てくるような奴はいない。
 そこでやっと一息ついた。
「……大きな騒ぎにならずに済んでよかった」
「シルバー、わりぃ!助かったぜ!」
「オルトがイデア先輩から連絡を受けて、すぐに現金を持たせてくれたんだ」
『はぁ、ヒヤッとした。だ、だからやめとけって言ったのに……』
 なんだか申し訳ない。もう少し真剣に止めればよかった。
 一方、アジーム先輩は不思議そうな顔で首を傾げている。
「おっかしーな。オレ、絹の街じゃ生まれてから一度も『金を払え』なんて言われた事ないぜ」
『もはや富豪っていうか、王様みたいな扱いですな……』
「あのジュース屋の兄ちゃんも昔なじみだし、一体どうしちまったんだ?」
「カリム。現実と変わらない様子に見えても、ここは夢の中だ。現実とは全く違う世界に変わってしまっている場合もある」
「あ、そっか。オレの夢の中も、現実とは全然違う世界になってたんだから……ジャミルの夢も同じように、どっか歪んじまってるってことか」
 合点がいった様子だけど、でもやっぱり首を傾げる。
「……ジャミルの夢なのに、街の人がオレを知らないってのはどういうことだ?」
「それどころか、あの人の口振りだとかなり悪評が広まっていそうでしたよ」
「確かに」
 僕の感想にセベクが頷いている。
 バイパー先輩にとってアジーム先輩は人生に密接に関わる人物だから、理想を再現した夢の中であっても『存在を消す』事はおそらく出来ない。
 が、現実とは大きくかけ離れた境遇に叩き落とす事は多分出来る。
 ……なんかヤバい事になってそう。
「……とりあえず、シェーンハイト先輩たちと合流しましょう。これも渡さないと」
 僕たちが抱えているココナッツジュースを見て、アジーム先輩がはっとした顔になった。
「そうだな!せっかく買ったんだし!」
「オレ様、もう一個飲みたい!」
「はいはい」
 新しいものを渡して空を回収。……空って言ってもそんなに軽くないなぁ。
 最初の場所に戻ると、シェーンハイト先輩とオルトが心配そうな顔で待っていた。ココナッツジュースを渡しつつ情報共有。
「……悪評、ねぇ……」
「絹の街の出身であるアジーム先輩から見ても、市場の再現度はかなり高いみたいです」
「おう、店の並びも変わってないし、知ってる奴らばっかりだ」
「それでいて『尚更ツケなんてさせるか』か……」
『現実とはかなり状況が変わっていると見るべきだろうね。月並みだけど、主従の立場が逆転してる、とか』
「う~~~ん。ジャミルがそんな事するかなぁ……」
 アジーム先輩は何だか不服そう。……でも、現状それが一番ありそうな気がする。
 アジーム家が没落してるなら、それに従ってたバイパー家はどうなる、って話になるんだよなぁ。
 都合の良い幸せな夢の中で、没落した主に付きしたがって一緒に苦労しているとは考えにくい。バイパー先輩の性格だと特に。
「とにかく、ジャミルがいそうな場所をあたってみよう。市場にはいなかったようだし、本人がいなくては目を醒まさせる事も出来ない」
「それじゃあ、まずはオレんちに行ってみようぜ。ジャミルんちも、ウチの敷地内にあるからさ」

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