7−4:虹色の旅路


「カリム!大丈夫か?」
 シルバー先輩も疲れているだろうに、真っ先にアジーム先輩に駆け寄った。
「う、うぐ……っ、ううぅっ……うわぁ~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」
 呆然としていたアジーム先輩が呻いたかと思えば、大声で泣き出した。誰もが一瞬動きを止める。
「オレ……どうしてジャミルが偽物だって気づけなかったんだろう。腹割って話せる、本当の友達になりたいって……本気で思ってるのに!」
 しゃくりあげながら嘆く言葉も、紛れもなく本心なのだろう。だから悔しくて、情けなくて泣いているのだと思う。
 ……そうは言っても完全に覚醒する前から、バイパー先輩が本物でない事には無意識に気づいてたみたいだから、そんなに嘆く事でもないと思うけどなぁ。不可抗力だし。
「オレは……オレは結局、オレに都合がいいジャミルを選んでた。ジャミルに合わせる顔がない……」
『そんなに落ち込まないで、カリム・アルアジームさん』
「そうよ。これはマレウスがアンタの願いを拡大解釈して作り出した夢」
 励ます言葉をかけながら、シェーンハイト先輩は少しだけ表情を曇らせる。
「合わせる顔がないっていうなら、アタシだって同じ。歪んだ夢の中では、ネージュを小間使いにしてこき使ってたし……」
「え……それは本当に合わせる顔がねーな……」
 涙の滲んだ目を丸くして、心からの素直な感想を口にする。素直すぎる。
「アンタ、そういうところよ!」
「あっ!今の否定しなきゃいけないところだったか!?ゴメン!」
『ま、それでこそナイトレイブンカレッジのお祭り男、カリム・アルアジ~ムその人って感じですわ』
「ああ、そうだな。俺の知るカリムは、落ち込んでもすぐ切り替えて立ち直る強い男だ」
「いつまでも泣いているんじゃない。それこそ、ジャミル先輩に合わせる顔がなくなるぞ」
「……へへ、お前たちの言うとおりだ。ありがとな、みんな!」
 みんなに励まされて、アジーム先輩はいつも通りの太陽のような笑顔を浮かべた。見ているこっちも少し気持ちが明るくなる。
「……ところで。オレ、なんでこんな格好でこんな事になってんのか、サッパリわからねーんだけど。何が起こってるのか、教えてくれねーか?」
『了解!じゃあ、この動画を見てくれる?』
 シュラウド先輩のタブレットが例の動画を映し出す。アジーム先輩は素直に画面を見ていた。特に途中で茶々を入れたりはせず集中している。
「なるほど。みんなもオレと同じように、マレウスに夢を見せられてるって事か」
 事態は正しく把握してくれたらしい。そこは良かった。
「なんかわかんねーけど、すっげぇヤバい事になってんなぁ~!」
 これがこの人のデフォルトなのは解ってるんだけど、なんか気が抜けるんだよなぁ……。
「ああ。何としてもマレウス様の魔法領域内に捕らえられた人々を解放したい。それに……このまま被害が拡大し続ければ、マレウス様は人類の敵とみなされてしまう」
 彼のどこか気の抜ける雰囲気に全く影響されないシルバー先輩すごい。
「だからカリム……どうか俺たちに力を貸してほしい!」
「当たり前だろ、シルバー!どーんと任せとけ!……で、オレは何をすればいいんだ?」
「アンタ……今はありがたいけど、依頼内容を確認する前に安請け合いするのはやめた方がいいわよ」
「やべっ!頼まれごとは一旦持ち帰って検討するって答えるようにジャミルに言われてたんだった」
 バイパー先輩の苦労が偲ばれる。
「でも今はジャミルもいないし……ま、なんとかなるだろ!あっはっは!」
 まぁ持ち帰って検討しようにも、相談する相手もいないわけだし。仕方ない。
『え、えー……ではカリム氏、君にはそのジャミル氏を覚醒させるのを手伝っていただきたく……』
「ジャミルを、オレが?」
『うん。多くの記憶を対象と共有しているヒトの方が、より覚醒に導きやすいのは間違いない。今回も良いデータがとれたよ』
「いつもはジャミルがオレを起こしに来てくれるから……オレがアイツを起こしにいくなんて、なんだか新鮮だな」
 アジーム先輩はなんだか嬉しそう。
 ……バイパー先輩、どんな夢を見てるんだろう。なんか想像できないな。
「よし!それじゃあ早速アイツの夢に出発しようぜ!」
『待って。カ、カリム氏って魔法で装備を変えられる?』
「装備?ん~、制服と寮服なら多分いけるぜ。慌ててると、後ろ前になっちまう事があるけど!」
『じゃ、じゃあとりあえずどっちかに着替えてもらっていい?』
「えーっ!?」
 声に驚いてびくぅっ、とタブレットが跳ねた気がした。
 一方、アジーム先輩は残念そうな顔で着ている服を摘まむ。
「この服、すげー仕立てがよくて着心地が良いし、デザインも派手で気に入ってるんだけどなぁ」
 確かにアジーム先輩にはよく似合っている。先輩のイメージに近いというか。
 普段のスカラビアの寮長服も勿論似合ってるんだけど、水のイメージが強いから明るい青色も馴染むんだろうな。
「なにより、オアシスの名君っぽくて格好いいと思わないか?」
「貴様、見た目にこだわっている場合か!」
「まあ……次に渡るのは同郷のジャミルの夢なわけだし、カリムだったらその格好のままでも大丈夫じゃないかしら」
 今回は制服姿のアタシたちの方が浮いていたくらいだし、とシェーンハイト先輩も助け船を出す。シュラウド先輩はちょっと呻いた。
『い、いざ着替えた時に服が後ろ前だと悪目立ちするし……一応サポートツールインストールしとくよ……』
「着替え用の術式を付与してくれたって事か?」
『そういう事。使い方はセベク氏かシルバー氏に聞いて』
「おー、助かるぜ。サンキュー、イデア!」
 タブレット相手でも屈託のない笑顔を見せる。強い。
『次の夢に渡る前に、もうひとつ話さないと』
「ん、なんだ?」
『ジャミル氏の夢に潜んでいるであろう敵性体「イミテーション」について』
 シュラウド先輩がこれまでの情報をかいつまんで説明する。アジーム先輩は真剣な表情で聞きつつ、時折僕を振り返っていた。
「うーん……ユウのニセモノ、かぁ……」
『今のところジャミル氏の夢に大きな変調は見られないから、まだ夢の世界の主導権はジャミル氏にある』
 タブレットがこっちに向いた。
『例によって例のごとく、「イミテーション」は夢の主の近くにいるだろう。まだ情報が完璧に揃ったワケじゃないから、近づく時は慎重にね』
「はい」
「なんか、オレたちから見分ける方法とかねーのか?」
『それはジャミルさんの夢に行ってみないと何とも言えないかな。本人と並べると明らかに違うけど、片方だけ見ても分からないぐらいの違いしかない場合もあるから』
「ん~そうか~。じゃあ、ユウに会ったら警戒するのが無難、って事か」
「そうなるな」
「ご面倒をおかけします……」
「気にすんなよ、ユウのせいじゃないんだからさ」
 明るく笑ってくれるけど、なかなか気に病まないって難しいよなぁ。
『大体、夢の主のユウさんに対する願望が反映されてるから、過去例だと幼なじみになってたよ。そして異世界からの来訪者、っていう経歴が丸ごと無くなってる』
 推測だけど、と前置きしてオルトは続ける。
『夢の世界での願望優位の関係性に、ユウさんの経歴をそのまま違和感なく組み込むのが難しいんだと思う。現実の事件で関係性が深まった間柄なら尚の事、その傾向は顕著に出るんじゃないかな』
「……そっか。なら、ジャミルの夢ではオレも含めた幼なじみになってるのかもしれないな」
『そうだね。かなりの確率で、ジャミル氏の夢でもカリム氏はキーパーソンになってるはずだ。影響が強すぎて完全に排除する事が出来ない存在』
『だとすると、ジャミルさんの夢の現実との齟齬を指摘するのは、今までより楽になるかもしれない』
「……そうだと助かるんだがな」
 セベクがちょっと不安そうな顔をしている。本当、想定通りに進んでくれれば助かるんだけど。
 現実、なかなかそうはいかないんだよなぁ。夢の世界なのに。
『あ、「S.T.Y.X.」本部から、カリムさんのダミーデータが送られてきたよ。早速出力するね』
 すぐにアジーム先輩のホログラムが現れる。相変わらず全く違和感の無いクォリティ。
 本物のアジーム先輩は目を輝かせて、後ろや横に回ってホログラムを見る。
「うお~っ、すげぇ!オルトが作ったオレの影武者、オレにもどっちが本物か見分けがつかないぜ」
「それはどうなのだ……?」
「これだったら、絶対にマレウスも気づかねーな!」
 満足そうに笑って言った直後、ふと不安そうな顔になる。
「ジャミルは目利きだから本物のユウが現れればすぐに気づくと思ったけど…………大丈夫だよな?」
「僕に訊かれましても」
「今はジャミルを信じるしかないわね」
 シェーンハイト先輩が僕の頭を撫でる。
「完全に目醒めていなくても何かを感じて、特別な感情を抱くかもしれない」
 経験者は語る。
「それが覚醒のきっかけを生み出さないとも限らないでしょう?」
「……そうだな。うん。ジャミルならきっと大丈夫だ!」
 アジーム先輩はにかっと笑う。
 不安要素はつきまとうけど、こればっかりは仕方ない。竜の妖精が作り出した魔法領域で仲間の目を醒まして回るなんて経験、あるワケないし。
『カリム・アルアジームさん。移動する前にこれを渡しておくね』
 オルトはどこからともなく取り出した封筒をアジーム先輩に差し出す。
『これはカリムさん専用の、マレウスさんとの最終決戦場への招待状』
「最終決戦か……くぅ~~~、熱くなってきたぜ!!」
 受け取った招待状を握りしめて、どこか楽しそうな声を出す。
「みんなを起こすためにも、マレウスのためにも、絶対に勝とうな!」
「おう!!」
「ええ」
 アジーム先輩の激励に、それぞれが気持ちを込めた返事をする。なんか青春っぽいな。
『き、急にテンションが少年漫画みたいになってきた……!ナイトレイブンカレッジイチの陽キャパワー、恐るべし……!』
 シュラウド先輩の感想に苦笑する。
 なんだかんだ、アジーム先輩も人を乗せるのが巧いタイプなんだよなぁ。んで、シルバー先輩もセベクも素直だし、グリムも乗りやすいし、シェーンハイト先輩も割と熱血と親和性の高いところあるし、空気が熱くなりやすいメンバーが揃ってるんだと思う。
 でもまとまりがあるのは良い事だよな。こんな状況でいちいち喧嘩もしてられないし。
『それじゃあ、早速次の夢へ移動しよう』
「カリム、俺の腕につかまってくれ」
「おっ、次の夢にはシルバーが運んでくれるのか?」
「こんな顔して、かなり運転が荒いタイプよ。舌を噛まないようにしっかり口を閉じておきなさい」
 初めて夢を渡るアジーム先輩にそんな忠告をしつつ、シェーンハイト先輩は物憂げな表情になる。
「ああもう……仕方がないとはいえ、あれをもう一度体験しなきゃならないなんて……」
「なんとか軽減する方法ないですかね……」
『うーん……移動中、気絶しててもらうとか?』
「意識が無いまま知らないところに移動させられるのも、それはそれでイヤだわ……」
「じゃあ何か、気が紛れるものを用意しておくとか……」
『例えば?』
「…………ぬいぐるみ抱いとく、とか」
 沈黙が流れる。
「関係ないかー……」
「妥協案でグリムを抱くのはどうだ?」
「オレ様もう絞められるのはイヤなんだゾー!!」
「ケモノだと臭いがあるもの。余計に気分が悪くなるかも」
 そう言いながら、僕を背中から抱きしめてきた。励ましたくて先輩の手に触れると、優しく握り返してくる。
『……えーと、イチャつかんでもろて』
「精神を安定させてるの。ちょっと待ってなさい」
『うん。落下を想像して乱れたバイタルがちょっと落ち着いてきてる』
 本当に効果あるんだ……。それはそれで良いけども。
「あ、シルバー先輩の絞め落とし防止策として、僕が先輩との間に入るとかどうでしょう」
「重心が偏って余計に軌道が乱れるのではないか?」
「…………そうね。そうなりそう。却下で」
 なんか一瞬不穏な空気が流れた気がしたんだけど気のせいか。まぁいいや。
 こうなってくると、もはや対策らしい対策は出来そうにない。
「先輩には何とか頑張っていただくしかなさそうですね」
「そうなるわね。……はぁ」
 ため息が重々しい。こういう部分を助けられないのはつらいなぁ。
 バランスを考慮して、なるべく体格が同じぐらいの面々が対称の位置にいるようにした。僕とアジーム先輩、シェーンハイト先輩とセベクの組み合わせで考えると良い感じにまとまった。と思う。
 何せ移動を始めるまで、どんな状態になるか全く予想が出来ない。オルトの誘導も関わってくるみたいだし、油断は禁物。
「みんな、準備はいいな?」
 シルバー先輩の身体をしっかりと掴む。不安そうなシェーンハイト先輩と目が合ったので微笑んでおいた。先輩も微笑みを返してくれる。
 どうか平穏無事に移動が終わりますように。
「いつか会った人に、いずれ会う人に……『同じ夢を見よう』!」
 虹色の光に視界が包まれる。砂漠の夜の冷たさが一瞬で遠ざかっていった。

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