7−4:虹色の旅路
「お前たち……何を騒いでいる?」
思考を遮ったのは、少し咎めるような調子の落ち着いた声だ。
「どういう事だ、カリム。客を呼ぶなんて、俺は聞いていないが?」
建物の方から現れたのは、見慣れた顔の長い黒髪の少年だ。アジーム先輩と同じ、白と明るい青緑の衣装を纏っている。
足取りはあくまでも静かだけど、声音はなんだか不機嫌そうだ。いつも通りと言えばそうなんだけど。
「客を呼ぶ時は必ず先に報告しろと言ったはずだ。そうすれば……」
意味深に言葉を切ったかと思えば、バイパー先輩によく似た人物は見た事の無い笑顔をアジーム先輩に向けた。
「もっと凄い食事と、音楽隊を用意できたのに~!」
「ジャミル!」
誰もが絶句する。否、アジーム先輩だけは立ち上がって彼を笑顔で歓迎していた。
「水臭いじゃないか、カリム!こんな楽しそうな席を設けてるなら、俺も誘ってくれよ。俺たち、親友……だろ?」
そう言って偽物くさいバイパー先輩がアイドルのようなウインクをしていた。なんか周りが無駄にキラキラしている。
「特大の違和感の塊が出てきたんですけど!?」
「こ、このジャミル……爽やかすぎて背中の毛がぞわぞわするんだゾ……!」
こっちがざわついているのを気にせず、アジーム先輩はバイパー先輩に僕たちを紹介してくれる。いや少しは気にしてくれないか。
「悪い悪い。さっきコイツらと噴水の前で会ってさ。みんなナイト……ナントカって、遠い国の魔法士養成学校から来たらしいんだ」
「へぇ、そうなのか!俺はジャミル・バイパー。カリムと同じカスルサルタナートアカデミーの二年生だ」
いちいち雰囲気が明るい。
バイパー先輩もこういう演技出来そうではあるんだけど、だから余計に怖いし違和感しかない。普段の先輩を知ってると裏に何かありそうとしか思えない。
「親友のカリムともども、俺とも仲良くしてほしい。よろしくな!」
そしてこのキラッと輝く爽やかスマイル。いたたまれない。
アジーム先輩の考えるバイパー先輩の理想の姿がこれだとすると、バイパー先輩が可哀想に思えてきた。そりゃあ、気が合わないわな……。
「俺はシルバーだ。よろしく頼む」
「ナイトレイブンカレッジ、ディアソムニア寮所属。セベク・ジグボルトだ!」
「ヴィル・シェーンハイトよ」
『オルト・シュラウドです』
「オレ様はグリム!」
「羽柴悠です」
さっきは驚いたけど、ひとまず全員立って当たり障りのない挨拶をする。バイパー先輩はこちらを興味深そうに見た。
「へえ。ナイトレイブンカレッジには珍しい生徒も通っているんだな」
「ふふん。オレ様は天才だからな!」
『グリムさんはユウさんと二人で一人の生徒として通ってるんだ。ユウさんは魔法を使えないけど、グリムさんのサポートをしてるんだよ』
「そうか。その身体の大きさだと、人間の魔法士養成学校じゃ何かと不便があるだろうしな」
グリムの話をしながら、バイパー先輩はじっと僕の方を見てくる。
興味がある、という雰囲気。
悪いものは感じないけど、よくよく考えなくてもこれも『闇』だし、警戒するに越したことはない。
「……えっと、何か?」
「ああ、失礼。綺麗な瞳だと思って、つい見入ってしまった」
一瞬何を言われたのか理解できなかった。混乱が更に深まっている。
「黒曜石か、ブラックダイヤモンドか……とても美しい。ずっと見ていたくなるほどに」
「は、い……?」
「もっと君の事が知りたい。良かったら俺と」
「はい、ストップ」
バイパー先輩が伸ばした手をシェーンハイト先輩が遮った。
うっとりとしていたバイパー先輩の目が一瞬、普段のような鋭さを取り戻す。その変化を冷ややかに見つめながら、シェーンハイト先輩は僕を背中に隠した。
「ごめんなさいね。この子ったら見た目通り野暮ったくて、そういうの不慣れなの。遠慮していただけるかしら」
ぶつかり合う視線が静かに火花を散らす。怖い。
『ユウさん、せっかくだから席替えしようよ。こっちにおいで』
「え、う、うん……」
オルトが僕の手を引いて、更にバイパー先輩から距離を離す。そしてバイパー先輩の視線はオルトにも向いて、こちらも静かな火花を散らしていた。
明らかに『闇』だから……っていうだけで庇ってくれたワケでもない、か。嬉しいような、複雑な気持ち。
「らしくないな、ジャミル。初対面なのに、そんなにユウが気に入ったのか?」
「そうだな、カリム。自分でもそう思うが……どうにも彼が気になってたまらないんだ」
「一目惚れかぁ~!じゃあ仕方ないな!」
アジーム先輩は豪快に笑っている。いや笑ってる場合か。
『ルーク・ハントさんの夢の中でも、「闇」が作り出したヴィルさんがユウさんに好意的に振る舞っていたから、これはつまり……』
『カリム氏は、ジャミル氏がハシバ氏を好きだと思ってる、って事になるかな』
だから、夢の中で初対面でも最初から好感度がマックスになっている、と。
確かにアジーム先輩は、バイパー先輩が僕に表面上、好意的に接している所を何度か見てる。僕が知らない所でも、そういう話をアジーム先輩にわざとしてるのかもしれない。
自分を後押しさせるために。
「いやー……バイパー先輩のって、そういう感じじゃないんだけどなぁ……」
『どういう意味?』
「多分あの人は、僕に好意的な他の人への嫌がらせも兼ねて、惚れてるように振る舞ってるだけだと思うので……」
『ああ、なるほど。「寮長たらし」と名高いハシバ氏を射止める事で、君にアプローチしてる他の連中にマウントが取れると』
「そんな所だと思います」
オルトは首を傾げ、シェーンハイト先輩は何やら物言いたげな顔をしていたけど、どちらも何も言わなかった。え、なんかあったのかな。
「とにかく、現状はあのジャミル先輩が現実との最大の齟齬だ」
「そこを突かない手は無いだろう」
「……そういえばアンタたち、役者でもないのにさっきはよくすんなり順応できたわね」
シェーンハイト先輩が感心した様子で呟けば、セベクは誇らしげに胸を張る。
「僕たちは猛々しい右大将時代のリリア様にも、筋骨隆々で身長二メートルのエペルにも直面してきた」
「……二メートルのエペル……?」
訝しげな顔の先輩が僕を見る。僕は曖昧に微笑むだけに留めた。実物を見せられるわけじゃないし。
「爽やかで溌剌とした笑顔のジャミル先輩ぐらい、驚くほどの事ではないッ!」
『流石は何人もの夢を渡ってきたメンバー……経験値が違う!』
僕たちの会話を聞いているのかいないのか、バイパー先輩らしき人は周囲を見渡してから、ふと何かに気づいた様子でアジーム先輩を振り返った。
「おいおい、カリム。お前のお気に入りのアイスが並んでないじゃないか」
「食事の方が良いかと思ってさ。だいぶ腹も膨れてきたし、そろそろ出すか!」
「俺はあれにチョコスプレーとココナッツのスライスを山盛りかけて食べるのが好きなんだ」
「わかるぜ。あれめちゃくちゃ美味いよな~!シルキーメロンに載せて食うのも最高だ」
「間違いない」
とても気安い、幼なじみらしい会話で盛り上がっている。会話そのものに何の違和感も無い。
でも、現実の二人には主従関係がある。
主の機嫌を損ねれば、従者は一家で路頭に迷う。
そういう緊張感が、彼らの関係の前提に存在する。
だから、これは夢でしかない。都合が良いだけで何の解決にもならない、ただの夢。
「それじゃあ……ひとっ走り厨房まで行って持ってこいよ、カリム」
「流石にそれは言わないだろう!!??」
バイパー先輩の偽物から出てきた言葉に、さすがにセベクもシルバーも声を張り上げた。その様子を見たアジーム先輩は目を丸くする。
「お、おおっ!?どうしたんだお前たち、急にでかい声出して……」
戸惑った様子のアジーム先輩の真正面にシルバー先輩が立ち、その肩をしっかりと掴んだ。真剣な表情でアジーム先輩を見ている。
「カリム……よく思い出してほしい。お前の幼い頃からの友人であるジャミルは、本当にこんな男だったか?」
「え?え?お前たち、ジャミルの事も知ってるのか?」
アジーム先輩が戸惑う横で、バイパー先輩は冷ややかな視線をシルバー先輩に向けていた。
こんな所も違和感がある。バイパー先輩なら、初対面の相手がアジーム先輩にこんな詰め寄り方をしてきたら遮るだろう。
それは彼が従者だからこその行動。……でもこんなに明るく友達想いの『親友』が、彼を真っ先に守ろうとしないのにも違和感があった。
アジーム先輩のイマジネーション強度は高くない、というのも頷ける。
表面は明るいイメージを繕っても、アジーム先輩が知ってるのは結局、狡猾で抜け目の無い『彼』なのだ。
『ジャミル氏って、別に陰キャじゃないけど、こんな陽キャでもないよね?』
「そうだそうだ!それに、親友だって言うけど……ウインターホリデーにカリムが『友達になろう』って誘った時に、『絶対にお断りだ』ってキッパリ言ってたんだゾ!」
「絶対に……お断り?ジャミルが?」
グリムに指摘されて、アジーム先輩が苦しげに呻いた。
次の瞬間、周囲の景色が歪む。身体に触れる空気の感触が、暑くなったり涼しくなったり落ち着かない。
「な、なんだ今のは……?あっ、頭が、いてぇッ!」
「カリム!おい、しっかりしろ」
そこでやっとバイパー先輩の偽物が『らしく』動いた。頭を抱えるアジーム先輩をシルバー先輩から引き離すと、忌々しげな視線をこちらへ向けてくる。
「貴様ら……さてはカリムを狙う刺客だな!?衛兵!衛兵ーッ!」
偽物が声を張り上げれば、不安定に揺れる景色のどこからともなく『闇』が染み出してくる。まるで人の形をしていないが誰も驚かない。周囲に控えていた従者たちさえ、いつの間にか『闇』に変わっている。
「このドブネズミどもを捕まえろ!」
完全に『闇』はバイパー先輩の偽物に従っていた。確か、寮長クラスにはゲームマスターが張り付いてるって話だったけど、これはバイパー先輩がゲームマスターって事でいいのかな。
実力的にはバイパー先輩の方が高いはずだけど、ツノ太郎がそこまで認識してるとも限らないし。
「オ、オレは……ジャミルの親友……ううっ!地面がぐらぐらする……!」
「カリム、しっかりしろ。衛兵も来てくれた。もう大丈夫だ!」
アジーム先輩はずっと困惑している様子だった。その困惑を反映してか、周囲の景色も揺らいだままだ。『闇』も無限に湧いてきて、僕たちがアジーム先輩に接触するのを阻んでいる。
「なあ、ジャミルは……オレの親友だよな?」
これだけ『闇』がいても、音までは遮られない。
聞こえてきたのはいつになく弱々しい、アジーム先輩らしからぬ、縋るような声音だった。
「オレを裏切ったり、しねぇよな?」
「当たり前じゃないか。何を馬鹿な!」
バイパー先輩の顔をした『闇』は、気安く求められた答えを返す。両手を広げ、妙に明るく笑って見せた。
「そんな恐ろしい事、考えた事もないよ!」
「嘘言ってんじゃねーッ!」
すかさずグリムが叫んだ。
「オメー、思いっきりカリムを裏切ったし、オレ様たちごと時空の果てまでぶっとばしたんだゾ!」
「時空の果て……」
グリムの声は届いているらしい。アジーム先輩が呟くと、周囲の気温が急激に下がった。揺らぐ景色が、荒涼とした砂漠へと変わっていく。太陽の届かない暗闇と、温度の無い砂の海がどこまでも広がっていた。
多分、グリムの言葉から連想される景色が再生されている。動揺しているから、耳から入ってくる言葉を無意識にそのまま受け入れて、夢の世界に反映してしまっているんだ。
今ここに再現されているのは、彼にとっての『時空の果て』の景色。それはスカラビア寮を構成する結界の端の端。
彼が現実で目にした『時空の果て』そのもの。
「うわっ……さ、寒いッ!なんだコレは!?」
「ああ、かわいそうなカリム。厚意で彼らをもてなそうとしたのに、裏切られて気が動転しているんだろう」
言葉ばかりは優しく思いやりに溢れている。だけどこんな言葉を、彼が吐くとは思えない。
「こっちを見ろ、カリム。俺がいれば何も心配いらない……そうだろう?」
アジーム先輩が苦しそうな表情のまま顔を上げる。バイパー先輩の偽物と正面から見つめ合っていた。
「カリム、俺を信じろ」
そう告げた途端に、呻いていたアジーム先輩の表情が抜け落ちた。
「……オレはジャミルを、信じる……」
様子を見てピンと来た。
バイパー先輩のユニーク魔法『蛇のいざない』。
いや、っていうか『闇』って元になった人のユニーク魔法使えるの!?相手によってはめんどくささ倍増しないかこれ!?
「そいつの言葉を信じないで!」
思わず叫ぶ。
「アジーム先輩を操ろうとしてる!自分をしっかり持って!!」
「操る……オレを?ジャミルが……」
再びアジーム先輩の表情が歪み、周囲の景色も揺れる。
「俺がそんな事するわけないだろう。見ろ、この誠実な瞳を。嘘をついているように見えるか?」
その『そんな事するわけない』が既に嘘なんだよなぁ。実行済みだもん。
「カリム!ジャミルの目を見ては駄目!」
シェーンハイト先輩が『闇』に応戦しながらも声を張り上げる。空間が不安定なせいか、こっちも『闇』を圧倒しきれない。
景色はやがてスカラビア寮の談話室に変わる。窓の向こうの赤黒い空は、バイパー先輩がオーバーブロットした時の景色と同じだ。
「カリム、俺とお前は赤ん坊の頃から兄弟のように育ったよな」
「ああ、そうだ……ずっと一緒だった……」
「俺の両親の雇い主は、お前の父。だが俺たちは、お互いの立場に遠慮する事なく、何でも本音で語り合ってきた」
バイパー先輩の偽物は穏やかに語りかけていた。
大富豪の跡取り息子と、大富豪の従者の息子。
ずっと一緒に育ったけれど、その間には厳然とした立場の違いが存在する。
アジーム先輩が屈託無く裏表無く育った一方で、バイパー先輩は鬱屈した思いを腹の内に抱えて育った。
その思いを外に出す覚悟を決めるまでに、わずかな自由と希望のために勝ち目の薄い賭けに出るまでに、大人に簡単に潰される子どもの抵抗を実行に移すまでに、どれほどの苦悶と葛藤があったか知れない。
もし彼の言う通り本音で語り合えていたなら、きっとあんな事は起きなかった。
でも現実はそうじゃない。
「俺とお前は唯一無二の親友……そうだろう?」
「お前の言うとおりだ……オレたちは本音で語り合える親友……ぐぅっ!」
バイパー先輩の優しい言葉を肯定しながら、アジーム先輩はまた苦しそうに呻いて頭を抱えた。
偽物の言葉は都合の良い言葉のはず。アジーム先輩にとっては望ましい言葉のはず。
それなのに、アジーム先輩は苦しんでいる。彼の言葉を受け入れていない。
心のどこかで『これは彼じゃない』と確信を持っているんだ。
「本音で語り合えるですって?アタシの知ってるジャミルとソイツは、随分違うようね」
シェーンハイト先輩が鋭い声音で会話に割り込む。
「澄ました顔の下では、虎視眈々と前を行くものの首に喰らいつこうと狙っている。ギラついたハングリー精神を感じ取ったからこそ……アタシはジャミルをNRCトライブのメインボーカルに選んだ」
「……NRCトライブ?その名前、どこかで……っ!」
「しっかりするんだ。彼の言葉に耳を貸すな、カリム!」
「ジャミルは、アンタの全てを肯定してくれる甘い存在なの?違うわよね」
戦いながら喋っているのに、シェーンハイト先輩の声は歪んだ空間でもしっかりと響いていた。アジーム先輩にもちゃんと届いている。
「小言が多くても、内心は他人を見下していて……腹に一物も二物もある信用ならない男。アタシだったら、アイツを腹心には選ばないわ」
……ハント先輩も隠し事が多くて油断ならないタイプだと思うんだけど、シェーンハイト先輩的には違うらしい。まぁハント先輩はバイパー先輩に比べれば圧倒的に善人だ、とは思うけど。
「でもアンタは、こっぴどく自分を裏切ったその男と『本当の』友人になりたいと願い……本当になれると信じていた」
普通の人には出来ない事だ。
だって、犯した過ちは簡単には消えない。一生消せない。何をしてもどこにいてもついてまわる。
外野でさえ覚えているのだから、被害者本人が無かった事になんて出来るワケがない。
また同じように裏切られるかもしれない。
一度でも選択肢に入った行動は、その後も選択肢に入り続ける。善行も悪事も等しくそう。
だから一度でも過ちを犯した者は、何もしていない者よりリスクが高く評価される。みんなそれを知っているから。
「見切りをつけて別の友人を探した方が楽だし、建設的。だけどアンタはそうしなかった」
時間が経って許せるようになったからとか、そういう事ではない。
アジーム先輩は事件の直後から、バイパー先輩を元通り傍に置く選択をした。
彼と共に過ごした月日。そこに存在した事実。
それを根拠に、彼は一度の過ちで、バイパー先輩への信頼を消す事はしなかった。
「その非合理さが、諦めの悪さが、無神経なポジティブさが……カリムをカリムたらしめる『芯』であり、アンタの恐ろしさのはずよ」
狡猾な毒蛇でさえ飲み込む事の出来なかった、砂の海を照らす太陽。
アジーム先輩が他人から自分への評価をどう思っているのかは分からないけど、シェーンハイト先輩の言葉に耳を傾けるその表情は戸惑いを見せていた。
そんな様子が目に入ったようで、シェーンハイト先輩は意地の悪い笑みを浮かべる。
「偽物を掴まされて満足しているなんて、大商人の跡取りが聞いて呆れるわ」
これにはアジーム先輩もちょっと傷ついたような顔になった。
「腑抜けていないで、さっさと目を醒ましなさい!カリム・アルアジーム!」
ぴしゃりと叱られて、アジーム先輩が目を見開く。
だって、彼はとっくに気づいているんだ。目の前の幼なじみが本物じゃない事に。
「カリム、こっちを見ろ。お前が信じているのは、俺だけのはずだろう!」
「……違う」
アジーム先輩が、初めて偽物に抵抗らしい抵抗を示した。肩を掴んでくる偽物を突き放す。
「オレが、オレが信じているのは……」
頭を抱えてアジーム先輩が絶叫する。心配になるくらいの、普段の柔らかな声音からは想像もできないくらいの壮絶な悲鳴だった。
身体から力が抜けて、床に膝を着く。俯いたアジーム先輩に、バイパー先輩の偽物がすぐさま駆け寄って手を伸ばした。
「カリム!大丈夫か?すぐに医者に診せよう」
その手をアジーム先輩が乱雑に払う。
「……そうだったな。ジャミルは、昔からいつだってオレを一番に心配してくれた」
「何を当たり前の事を。親友なんだから当然だろう」
「でも……それはオレがジャミルの主だからで、親友だからじゃない」
きっぱりと言い切って、アジーム先輩は偽物を睨みつける。その目には痛みのためか涙が滲んでいるが、強い意志が感じられた。
対する偽物は、本物が演技でしかしないような悲愴な表情をアジーム先輩に向ける。
「カリム!?なぜそんな悲しい事を言うんだ。お前は俺を……信じてくれないのか?」
「オレが信じてるのは、お前じゃない。オレが友達になりたいのも……お前じゃない!」
アジーム先輩は立ち上がり、手にしていた杖を偽物に向けた。
「よく言ったわ、カリム」
シェーンハイト先輩も満足そうに笑っていた。
アジーム先輩が目を醒ましたからか、『闇』の勢いが急速に衰えている。目の前の敵を一掃したシルバー先輩とセベクが、アジーム先輩を守るように偽物の前に立ちはだかった。
「俺の話を聞いてくれ!カリム!!」
「往生際が悪い!」
体術に優れたバイパー先輩を再現していても、武器を持ったシルバー先輩とセベクが相手では分が悪い。偽物なりに策を巡らせたのだろうが、セベクが問答無用でトドメを刺せば、その身体は不定形の『闇』へと変わった。
「カリム……俺はずっと……お前の、そばに……」
偽物は消えるその時まで、都合の良い綺麗な言葉を吐き続けていた。
他の『闇』も出てこなくなり、スカラビア寮の談話室は静かになる。赤黒い空は星の綺麗な夜空に変わっていて、聞こえてくるのはみんなの呼吸だけ。