7−4:虹色の旅路
「そうね。でも……ここじゃ日差しが強すぎる。日焼けが気になるし、屋内に移動しない?」
「あっはっは!移動なんかしなくても、屋根をここに持ってこさせりゃいい。今日は風も気持ちいいしな」
いつの間にか雨が止んでいる。もう十分身体も冷えたから日差しも心地よいくらいにはなってるけど、乾いたらまた暑さに苦しむ状態に逆戻りだ。
そんな僕たちの怪訝そうな顔を無視して、アジーム先輩は手を叩いて声を張り上げた。
「おーい!みんな、宴の準備だ!!」
「はい、カリム様!」
そんな声がどこからか聞こえたかと思うと、建物やら物陰やら、気配も感じなかったけどどこにいたんだってくらい沢山の人が、そこかしこから出てきた。みんな質素だけど清潔そうなきちんとした身なりで、動きに無駄が無い。
彼らは広場にパラソルを立てて日陰を作り、綺麗な模様の敷物を敷いていく。僕たち全員が座っても十分すぎるくらいの場所を確保して、更に色とりどりのクッションを並べた。そして背の低いテーブルに軽食やデザートをこれでもかと並べていく。おいしそうな揚げ饅頭とか、肉と野菜が挟まった薄焼きパンとか、ドーナツやパイみたいなものとか、みずみずしい果物まで。
急に来た客人をもてなすにしては力が入りすぎてる。夢の中だから、夢の主の思い通りになるのは当たり前なんだけど、現実味が薄すぎて庶民には呆然と見つめる事しか出来ない。
「……凄いな。みるみる準備が整っていく。彼らは何者だ?」
「アイツらは実家から連れてきたオレの従者たちだ」
「カリム様、宴の準備が整いました!」
「よーし、それじゃ始めようぜ。みんな座ってくれ!」
勧められて、いそいそと敷物に腰掛ける。肌触りが軽やかで、素人でも高級品だと理解できた。こんなものを地面に広げていいのか心配になる。……夢の中だから気にしなくていいんだろうけど。
「地面に座ってお茶をいただくなんて、まるでピクニックね。熱砂の国の伝統的なラグも、カラフルなクッションカバーも素敵だわ」
「お、気に入ったか?なら、どれでも好きなのを土産に持って帰っていいぜ」
「どれでもって……このラグもクッションカバーも全部シルクよね?熱砂の国産のシルク製品って、かなり高価なものなんじゃ……」
「遠慮すんなよ。ウチには売るほどあるからさ。っていうか、それがウチの商売なんだけどな。あっはっは!」
太っ腹すぎる。でも夢の中だからとかじゃなく、普段から割とこういう感じだよな……。
夢の中と現実の齟齬を探すって、やっぱ簡単じゃないんだなぁ。
「飲み物も食べ物も、おかわりはいくらでもある。遠慮なく食っていってくれよな!今日の出会いに、乾杯!」
「乾杯!」
渡された茶器を軽く掲げて乾杯する。
お茶はすっきりと甘くて身体が内側から冷えていくようだ。当然のように茶器も高そう。うっかり落とそうものなら茶器が割れるだけでなく、敷物やクッションまで汚れる事になる。賠償なんてなったら幾らになるか分からない。夢の中で良かった。
「ふな~。でっけーうちわで扇いでくれて、風がそよそよ気持ちいいんだゾ~」
「だろ?熱砂の国は日差しは強いけど、湿気が少なくてカラッとしてるから、日陰に入っちまえば結構涼しいんだ」
……日本の夏とは大違いだなぁ……。
「ほら、この青カビチーズを載せたクラッカーが美味いぞ。じゃんじゃん食え!」
「ふなっ!カビのクラッカー!?それだけはいらねぇんだゾ!」
グリムがぎょっとした顔で逃げると、アジーム先輩は残念そうだった。ここでもグリムに興味津々みたい。グリムが揚げ饅頭を頬張るのを楽しそうに見ていた。
従者さんたちの作ってくれる心地いいそよ風の中で、おいしい食べ物を楽しむ。幸せ。夢の中だもん、いかにもカロリーの塊みたいなお菓子も怖くない。
ふと視線を感じて横を向くと、シェーンハイト先輩が優しい視線を僕に向けている。見惚れてしまいそうなほど綺麗なんだけど、自分がシロップたっぷりのドーナツを手に持っている事を思い出して気まずくなった。
「アンタって本当に幸せそうに食べるわね」
頭を撫でられて、胸の中が暖かいものでいっぱいになる。いろいろあったし悲しい気持ちにもなったけど、それが全部帳消しになるぐらいの幸せを貰っているのかもしれない。
「今は夢の中だもの。好きなだけ食べなさい」
「えへへ」
「現実に戻った時に同じ食生活してたら、改善するまでうちの寮に監禁するから、そのつもりで」
「………ひえ……」
目が本気だ。怖い。
怯えながらも、一度手にした食べ物を戻すワケにはいかない。
噛むとじゅわっとシロップが滲むドーナツを頬張る。くどいぐらいの甘さなのに、後味が軽くて残らない。すごくおいしい。もう一個食べよう。
「それにしても、カリムの面倒を見るためだけに随分たくさんのスタッフがいるのね」
シェーンハイト先輩は周囲の従者たちを見回しながら言う。彼らは視線を受けても気にした様子はなく、適度に目を伏せながら淡々と、アジーム先輩の世話と僕たちへのもてなしを続けている。
「うちの学校にもアンタのような大富豪がいるけど……彼が連れている従者は一人だけよ」
「へぇ。きっとソイツの従者はめちゃくちゃデキるヤツなんだろうな!」
シェーンハイト先輩はさりげなく現実のアジーム先輩の事を持ち出したけど、アジーム先輩の方が気づいた様子は無い。
そういえば、バイパー先輩はどこにいるんだろう?アジーム先輩の夢なら、いないって事は無いと思うんだけど。
「ウチの学校は、オレみたいに従者を何人も連れてきてるヤツがけっこういるぜ」
「なんと!羨ましい……」
そんな言葉にセベクが目を見開いていた。
「ナイトレイブンカレッジは、闇の鏡に選ばれた者だけが学園内に滞在を許される。僕が若様のお側でお仕えするためには、入学資格を得るしか道は無かった」
言われてみれば、従者なんかぞろぞろ連れてたら邪魔そうだし、セキュリティ的にもよろしくなさそう。
全寮制の学校って閉鎖的なイメージあるけど、ある意味では安全なのかもなぁ。事故とはいえ僕みたいなのが紛れ込んできたりもしてるから、完璧とまでは言えないけど。
「へー、セベクは誰かに仕えてるのか?」
「うむ。僕がお仕えしているのは茨の谷の次期当主にしてディアソムニアの寮長であらせられるマレウス・ドラコニア様だ!」
「茨の谷か。とーちゃんから話を聞いた事があるぞ。確か妖精の国で、製糸業が有名……だっけ?」
授業で触れたような気はするけど、あんまり詳しくは覚えてないや。いかにも真面目に聞いていますという顔をしながらアジーム先輩を観察する。
「特別な虫の繭や植物から作られる反物や、刺繍が見事だって聞いたぜ。あそこの国の品は、とーちゃんでもめったにお目にかかれない稀少品なんだとか」
「ああ、茨の谷の伝統衣装には見事な刺繍が施されている。よく知っているな」
「へへ。全部とーちゃんからの受け売りだけど」
アジーム先輩は照れくさそうに笑う。
確か、アジーム家は国の政治にも関わるぐらいの大富豪で、アジーム先輩はその跡取り息子。
絹製品が商売道具って話だから、布とか、商売に関わるものについては教え込まれてるんだろうな。
……そういえばナイトレイブンカレッジには興味なさそうだったけど、国の場所は正確に把握してるっぽい。僕、自分の世界の世界地図どころか、自分の住んでる国の都道府県もちゃんと把握してる自信ないや。
そう思うと、アジーム先輩やっぱり凄い人っぽいよなぁ。何でも出来るバイパー先輩からすれば劣って見えるのかも知れないけど、教えられた事が身につかない人じゃないみたいだし。将来凄い大人物になりそう。
「茨の谷の刺繍工芸の素晴らしさは、永きにわたり職人の技術が継承され研鑽し続けてきたからこそのものだ」
セベクが誇らしげに言う。
妖精は長生きだから、技術を磨く時間も長くありそう。そうなれば、きっと信じられないぐらい素晴らしい刺繍が出来上がるに違いない。
……時間におおらかだっていう部分がちょっと不安なぐらいか。稀少っていうのも納得かも。
「人間の国には、娘の命のために製糸業を滅ぼしかけた愚王もいるらしいがな」
「呪いにかかり、眠りについた姫の伝承に登場する父王の話か」
「眠りについた姫の伝承って?」
「とある国の話だ。姫が生まれた事を祝う宴席に、招かれざる客が現れた」
その者は、全ての悪の支配者とも呼ばれる悪い魔女。
魔女は姫に呪いをかけた。それは『十六歳の誕生日、姫は糸車の針に指を突き刺し、永い眠りにつくだろう』という呪い。
呪いを恐れた王は、姫を守るために国中の糸車を焼いてしまったという。
「えっ!それで、その姫さんはどうなったんだ?」
「話せば長くなるので省略するが、紆余曲折の末に呪いは解け、姫は末永く平和に暮らしたらしい」
「魔法史の授業で少しだけ出てきたトピックね」
そ、そうなんだ……あったっけ?……落ち着いたらちゃんと復習しとかないと……。
「アタシは、娘のために一大産業を滅ぼすなんて、とんでもない親バカな王だと思ったけれど」
「そーか?子どものためならなんでもしてやりたいのが、親ってもんだろ」
アジーム先輩は物語の父王に共感している。自分も割とそっち寄りかなぁ。
物語の中の事だから、そんな深く考えるのも馬鹿馬鹿しい事かもしれないけど、でもやっぱり自分の大切な人の命って、言ってしまえばそれだけの価値があるもの。
産業は他を探せるけど、命は戻らないし代わりも無い。
周りが迷惑なのは、まぁそうなんだけどさ。
「オアシスの名君も、娘のために法律を変えたって逸話が残ってるぜ」
彼の統治していた時代には、姫は王子としか結婚してはいけないという法律があった。
しかしオアシスの名君の娘は、貧しい青年に恋をした。
オアシスの名君は最初こそ反対していたが、紆余曲折あって青年を認め、娘が好きな人と結婚できるように法律を変えたのだという。
「すげーいい話だよな~」
アジーム先輩は目を輝かせている。いつも通りの姿だ。
考え方も雰囲気も、ナイトレイブンカレッジで見かけるアジーム先輩と何も変わりないように思う。
「……なぁ。カリムのヤツ、普段と全然変わらなくねえか?」
シルバー先輩たちと茨の谷の文化について話すアジーム先輩を横目に、グリムがぼそっと呟く。
「そうね。現実と大きく違っているのは、ナイトレイブンカレッジに入学していないという点……」
『一般人なら早々にエグめの齟齬が発生して脆弱性が露呈しそうな夢だけど……カリム氏は世界有数の大富豪。アジーム家の財力をもってすれば、現実でも簡単に学校を設立できるでしょうからな』
『カリムさん、漫画やアニメの富豪キャラそのものだもんね……』
あなた方のご実家も相当だと思うんですけど。
心の中でツッコミを入れつつ周囲の状況にも目を配りながら、作戦会議に耳を傾ける。
『カリム氏の場合は、本人のイマジネーション強度が高いというより……現実でも非現実的な大富豪である、プラス細かい事を一切気にしない大雑把な性格が夢の補強を手助けしてる』
「……でも、少し意外だわ」
『意外って、何が?』
「カリムがナイトレイブンカレッジを忘れている事よ」
シェーンハイト先輩が疑問を言葉にする。
「アタシが知る生徒の中でも、あの子は学園生活を心から楽しんでいる様子だったから」
アジーム先輩は割とどこでも楽しく過ごせるタイプっぽいけどなぁ……。
あの人を緊迫させるには、相当な敵意か悪意が無いと難しい気がする。
『まだパターン化できるほどの検証材料が無いから、あくまで憶測での発現になってしまうけど』
オルトが前置きして答える。
『この夢のカリムさんがナイトレイブンカレッジに通っていない事、イコール彼が学園生活に不満を抱いていた……ではないはずだよ』
「どういう事?」
『ヴィルさんも夢の中ではナイトレイブンカレッジに通ってなかったよね。それは、あなたが日頃から芸能活動をセーブして学業に専念した事を後悔して過ごしていたから?』
「まさか!そんなわけないでしょう……あ」
『でしょ?人間の思考回路……心って、意外と複雑なんだ』
「……アンタに気付かされるなんて、アタシもまだまだね」
シェーンハイト先輩が苦笑すれば、オルトは満足そうに笑みを浮かべる。
つまり、やっぱりアジーム先輩のこの夢は『ナイトレイブンカレッジでの生活に不満があった』からこうなってるのではない。
『ふぅむ……このパターンはルーク氏のように「ナイトレイブンカレッジに入学するルートで起きる悲劇」を回避したルートなのかもしれませんな』
ナイトレイブンカレッジに入学しなければ避けられた悲劇。
少なくとも、彼自身がそう思っている事。
……それってもしかしなくても、ウインターホリデーの時の事?