7−4:虹色の旅路
さすがにそろそろ慣れてきた気がしていた夢の間の移動だけど、結局は毎回、何かしらのイレギュラーが起きていた。
今回で言えば、自分たちの夢に戻る二人の移動が入るので、出発時から到着までの間にシルバー先輩にひっついてる人のバランスが変わる。ので、いつぞやのような回転が加わる危険はあった。
ポムフィオーレの二人の誘導は本当に一瞬で終わった。いつやったかわかんなかったぐらい。なんだけど。
「……いやあああああああああああああああああああああああああああっっっっっっ!!!!!!!!!!」
落下が始まった直後から、聴覚を埋め尽くす大絶叫。いやまぁ僕は向きで言えば下の方にいたので、上に残されていく声を浴びる立場には無かったんだけど。
朝焼けの空を背景に、ポムフィオーレ寮長の寮服の長い袖がひらひらとしていてとても綺麗。……なんだけど、その隙間からシェーンハイト先輩に締め上げられてみるみる顔色が悪くなっているシルバー先輩が見えていて気が気じゃない。代わってあげたくても、手を離したら僕がふっとばされかねないし。
一瞬の息継ぎでこんなにも人は叫べるのかと思えるぐらいの叫び声が、移動中ずっと続いていた。
人体って不思議。世界トップレベルの役者って凄い。
周囲の景色が変わった事に気づく余裕すら無かった。いつものようにオルトに受け止められて、新たな地面に着陸する。
『霊素シグナル・トラッキング成功。指定された座標に到着しました』
「イヤーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!こんなの聞いてない!早く終わって~~~~~~~!!!!!!」
「ヴィル先輩……ッ!も、もう、移動は終わっているッ……!」
シルバー先輩が必死で訴える。それすらかき消す勢いでシェーンハイト先輩は叫んでいたが、ふと我に返った。
「…………え、もう終わっている?」
そうしてやっとオルトの腕から降りてこれたけど、シルバー先輩もシェーンハイト先輩も顔色が悪い。シェーンハイト先輩の背中をさするとお礼を言われた。自然に肩に腕を回され頭を撫でられたけど、少し手が震えてる。
「……途中からヴィル先輩の腕に締め上げられて全く身動きが取れなかった。親父殿との組み手中にかけられた関節技を思い出す……」
これ途中でシルバー先輩が気絶してたらどうなってたんだろう。今はオルトがいるから大丈夫だろうとは思うけど。一応注意した方がよさそう。
シルバー先輩の首に腕がかかる位置に初見の人を置くのは危険。
「俺一人だけなら着地体勢が取れなかっただろう。オルトの誘導に感謝する」
「移動中ずっと叫び続けるとは、なんという肺活量と声量だ。耳がどうにかなるかと思ったぞ!」
『声量に関してはセベクさんも人のこと言えないと思うけど』
オルトが冷静にツッコミを入れると、セベクもちょっと気まずそうな顔になった。
やっとシェーンハイト先輩も落ち着いてきたみたいで、手の震えが無くなるとほぼ同時に僕の肩を抱いていた腕が離れた。深々とため息を吐いている。
「……ミキサーにかけられる冷凍ブルーベリーって、きっとこんな気持ちね……」
「その……スマートにエスコートできず、すまない」
シルバー先輩が気まずそうに謝ると、シェーンハイト先輩は咳払いした。いつものように背筋を伸ばしてシルバー先輩を見る。
「勘違いしないで。シルバーを責めてるわけじゃないわ。少し驚いて、取り乱してしまっただけよ」
『ヒーーーーーッハハハァ!まさかあのヴィル氏の濁点まみれの汚い悲鳴が聞けるとは思いませんでしたぞ!』
冷静に話しているシェーンハイト先輩を煽るように、シュラウド先輩が楽しそうに感想を述べた。シェーンハイト先輩の殺気立った視線がタブレットに向いたが、タブレットはご機嫌な様子で空中を跳ね回っている。
『自分のトコの寮生に情けない姿を見せずに済んでラッキーでしたなァ?』
「黙りなさい、イデア。その液晶を叩き割られたいの?」
『フヒヒッ!どうぞ?液晶が割られても拙者にダメージは通りませんし。しかもここはイマジネーションの世界!残機はいくらでも補填できますゆえ~』
「あ、あの……シュラウド先輩そのぐらいで……」
っていうか、今の姿を見てよく煽れるな。画面の向こうと現実に目の前にしている人間の違いだろうか。シュラウド先輩だってああいうの得意そうには見えないけど。
シェーンハイト先輩はタブレットから僕に視線を移した。ちょっと責めるような視線を浴びて、僕も言葉に詰まる。
「ユウ。アンタ、夢から夢への移動がこんな荒っぽいって知ってたの?」
「え……はい、それはもう。一応……」
「知ってたなら何で教えてくれなかったの」
「ご、ごめんなさい……先輩が苦手だと、思わなくて……」
どうしよう、今すぐ逃げたい。頭の中がいろいろとぐちゃぐちゃになってる。
見かねた様子でグリムが僕と先輩の間に立った。
「子分はさっき、『嘆きの島で自分たちを助けてくれたからヴィルは大丈夫だ』って言ってたんだゾ!」
「え?あ……」
「いえ、あの、本当に僕の勝手な思いこみで。本当にごめんなさい」
「ちが、違うの待って!」
「僕がちゃんと確認してればよかった。そうしたらあの時だって、先輩が飛び降りてまで助けなきゃいけない事になんて、ならなかった、のに」
もうやだ。耐えられない無理。
走って逃げようとする一瞬前に、シェーンハイト先輩が僕の腕を掴んだ。問答無用で強く抱きしめられる。
「アタシの方こそごめんなさい。そうよね、アナタがアタシにくだらない意地悪するわけないわ。イデアじゃあるまいし」
先輩の手が背中を撫でてくれる。そうされても思い出してしまった光景と感情はなかなか消えてくれなくて、勝手に涙が溢れてきた。
「もう大丈夫だから。嫌な事を思い出させたわよね、ごめんなさい」
『泣~かした~泣~かした~。ヴィ~ル氏~が~泣~かした~』
「おだまり!!半分以上はアンタのせいでしょうがッ!!!!」
タブレットからアッ……と小さな声が漏れた。周囲で何かがうろうろする気配がしている。
『あ……え、えっと……ごめん、ハシバ氏……』
こころなしかタブレットがしおれている気がする。
「……謝られても困りますし……ちょっと距離を置かせてください……」
『そんなぁ!!待って、拙者にも弁解のチャンスをくだされ!!』
『僕たちにそんなもの無いよ、兄さん。諦めて』
「貴様ら、一体ユウに何をしたんだ……」
オルトが冷静にタブレットを回収していく様を見て、セベクが呆然と呟いている。
一方、グリムが僕の身体をよじ登ってきた。シェーンハイト先輩が離れると、入れ違いに僕の胸元に収まってくる。
「ふぃー、肉球があちぃんだゾ」
「抱っこしたら余計に暑いんじゃない……?」
答えつつ、やっと周囲の状況に目を向ける気持ちの余裕が出来た。
身体に夏みたいな太陽の熱線が注いでいる。湿気は少ないけど、暑いものは暑い。
「ジャケット脱ぐから肩の方につかまってくれない?」
そう言うと素直につかまる場所を変えてくれる。なんとかジャケットを脱いだもののカーディガンもあるし、袖をまくってもまだ暑い。
「日差しが強いわね……現実だったら日焼け対策を万全にしないと出てこられないところだけど」
『夢の世界だから、その辺りは心配ないね。日焼けした、というイメージが無ければ肌にダメージも無いはずだよ』
夢の世界って便利な事もあるよね。まぁこの気温を出歩くのはやっぱしんどいから夢の中でも嫌だけど。
「気温も寮服なら平気だけど……見たところ外部の施設だから、制服でいるべきでしょうね」
少し物憂げな表情で、シェーンハイト先輩は制服に着替えた。シルバー先輩たちもそれに従って着替えたけど、どう見ても暑そう。ジャケット脱げばいいのに。