7−4:虹色の旅路


 息を止めて数秒。肌に触れる空気の変化を感じてから目を開く。
 目の前に広がっている景色には見覚えがあった。学校のコロシアムだ。シェーンハイト先輩のイマジネーションで再現されたもの、だろうけど、景色に違和感はない。
 誰もはぐれずにいられたみたい。それは良い。
「……ユウ、魔石器は取り出せるか?」
「魔石器ですか?いま?」
「今、というか……ここから再び『闇』に飲まれる事があれば、合流が容易になるかと思ったんだが」
『兄さんの夢に渡ってきた時にユウさんが持っていたアイテムの事?』
 シルバー先輩が頷く。
「詳細は不明だが、俺の指輪と共鳴して位置を示したり、夢の主の所まで案内してくれた事がある」
『特定条件下で使える探知機脳がついてるって事か』
『それなら、ユウさんがいつでも使えるようにしておいた方が良さそうだね。「イミテーション」への対応の都合上、単独行動も多くなるだろうし』
『まあデータをスマホから呼び出せるようにしておくだけなら簡単だからやっとくけど。……そういう機能があるなら、もうちょっと何か出来ないかな……』
 後半は完全に自分自身に向けた呟きっぽい。作業に没頭している雰囲気があるので、それはひとまず置いといて。
「ここ、学校のコロシアム……だよね?」
「そうみてーだな……ん?」
 グリムが廊下の奥を見て動きを止めた。
「どうした、グリム」
「誰かの声が聞こえるんだゾ。……子ども?」
「学校の中なのに?」
「むぅ……気にはなるが、今はヴィル先輩を捜すのが先だろう」
「それは確かにそうなのだが……嫌な予感がする」
 ハント先輩が顔をしかめながら呟いた。そして早足で奥の方へと歩いていった。
「え、ちょっ、ルークサン!?」
「勝手に行動するな!」
「俺たちも追いかけよう」
 まぁ、シェーンハイト先輩の居所はハント先輩のユニーク魔法で把握してるワケだから、彼がいないと追いかけられないもんね。
 ハント先輩を追いかけて走り始めてすぐに、僕たちにも子どもの声が聞こえるようになった。複数の子どもの泣き声だ。現実だと間違いなくホラーな現象だけど、今は夢の中にいるし、なんだか声に聞き覚えがあるような気もしていた。
「ルーク!」
 グリムが声をかけても、廊下に立ち尽くしているハント先輩は微動だにしなかった。彼の向こうには誰かが倒れていて、子どものような人たちがそれを囲んでいる。
 ようやく追いついた僕たちが目にしたのは、青ざめた顔で廊下に倒れているネージュと、彼に呼びかけながら泣いている七人のドワーフ族だった。『VDC』のロイヤルソードアカデミーの代表メンバーだ。
 全身から血の気が引く。
 周囲を見れば、廊下の隅に空になった林檎ジュースの瓶が転がっていた。
「これは……一体何事だ!?」
「わからないんです。私たちが文化祭の出店を見て、楽屋に戻ってきたらネージュが倒れていて……!」
 眼鏡をかけたドワーフ族の生徒がしゃくりあげながら答える。
『みんな離れて。僕がネージュ・リュバンシェさんのバイタルをチェックするよ』
 ドワーフ族の生徒たちは、オルトの指示を素直に聞いて離れた。すぐにオルトがネージュの検査を行う。そして表情を歪めた。喜ばしい結果じゃない事は嫌でも理解できる。
『これは……!』
「何をしても起きやがらねえ。ねぼすけなシェルピィでもあるまいし……てやんでぇ!」
「どうしよう、どんどん身体が冷たくなって……このままじゃ、ネージュが!」
 彼らも詳細は解らなくても状況については正しく察知しているらしい。詳細な情報を見たオルトも彼らの言葉を否定しない。
「あっ……そうだ!!」
 エペルが声を上げると、ネージュの前に進み出る。
「目を閉じて、息を止めて……『深紅の果実』!」
 ユニーク魔法の詠唱が終わると、ネージュの身体がガラスの棺に収まっていた。ドワーフ族の生徒たちはぎょっとした顔でエペルを見る。
「な、何しやがるんだ、てめぇ!?」
「僕の『深紅の果実』は、結界内に閉じこめた相手の活動を止める事が出来る。少しの時間なら呪いの進行を遅らせて、彼をこの世に引き留めておけるかもしれない!」
「その間に処置が出来れば……!」
「おい、救護室に行くぞ!この際誰でも良い、ネージュを助けられる奴を探すんだ!泣いてる場合じゃねえ!」
「う、うん!」
 ドワーフ族の生徒たちは泣き続ける一部を残し、半分くらいがばたばたと廊下の向こうへ走り去っていった。
「僕たちも行きましょう」
「……ああ」
 もうハント先輩に行き先を聞くまでもない。
 シェーンハイト先輩がいるのは『VDC』の会場……ステージの上だ。
「これはつまり、……ヴィル先輩の呪いを防ぐ事が出来なかった状況、という事か」
「……ヴィルサンから見れば、誰も悪事に気づかなかった状態、って事になるのかな」
 セベクの言葉にエペルが応える。
「自分のやろうとした事を、ヴィルサンは、ルークサンにもユウクンにも……誰にも知られたくなかっただろうから」
「……ああ、ヴィル!何故なんだ!」
 ほとんど黙り込んでいたハント先輩が嘆きの声を上げる。
「こんな悪夢のような方法で世界一になっても、美しくない。彼はそれを知っていて、自分の行いを後悔していたはずなのに」
「おそらく精神が『闇』に引きずられているんだ。俺も『闇』に取り込まれてしまった時は、自分を見失っていた。ヴィル先輩も、きっと……!」
「たとえ夢の中だとしても、『取り返しがつかない』事になんかさせるもんか」
「ああ。行こう、我らが女王の御前へ!」
 もはや苦い思い出ばかり蘇る場所だけど、落ち込んでもいられない。
 ステージ裏にある入場待機場所を目指して走っていたが、先頭のハント先輩が足を止めた。
「どうしたんですか?ルークサン」
「……道がおかしい。どこまで走っても入場待機場所に辿り着けない」
『うん。位置情報が動いていない。……コロシアムの中の空間が歪んでいるみたい』
「どういう事だ?」
「……『イミテーション』の妨害だったりして」
 言いながら、不愉快すぎて顔に出てしまう。
 さっきの『イミテーション』の表情が引っかかっていた。シェーンハイト先輩に存在を否定されてからの、あの顔。
 何をしでかすか分からないっていう印象も含めて、頭から離れない。
「……やむを得まい。客席側から向かおう」
「観客が『闇』に変わる可能性を考えるとあまり通りたくないが……進めないのでは仕方ない」
 すぐに方向転換して手近な出口からフィールドに出た。ステージから一番遠い出口だけどもう仕方ない。
 やはりステージには、シェーンハイト先輩の姿があった。各校の代表が並ぶ中で、ロイヤルソードアカデミーの場所だけ不自然に空いている。
「全国から集まった、実力ある学生たち。その歌声は、ダンスは、どんな宝石にも負けない輝きを放っていました」
 あの日と同じ司会の口上。会場内の『早く発表しろ』という空気。
 夢の中とは信じられない再現ぶりだ。
「全てのチームに優勝のトロフィーを進呈したいところですが、涙を飲んで発表させていただきます」
 客席の合間を縫ってステージへ向かう。全席指定席で通路は確保されていたはずなのに、何故か通路まで人がいっぱいで思うように進めない。姑息な事しやがって。
「『ボーカル&ダンスチャンピオンシップ』世界一の栄冠を手にする、優勝校は…………ナイトレイブンカレッジです!!」
 待ち望んだ言葉を受けて、シェーンハイト先輩が目を見開く。空に花火が上がって祝福の紙吹雪が注ぎ、会場中から割れんばかりの歓声と拍手がステージへ向けられた。
「第一位のナイトレイブンカレッジは、高い歌唱力と技術力で、圧巻のステージを見せてくれました。跪きたくなるような完璧なパフォーマンスは、まさに『完全無欠の美しさ』!世界一、おめでとうございます!」
 歓声を浴びて、シェーンハイト先輩は本当に嬉しそうだった。ここが夢の中でさえなければ、いつまでだって見ていたい。
 だけどこんな嘘だらけの栄光、あなたに相応しくない。許してはいけない。
「素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた全ての学校の代表選手たちに、今一度大きな拍手を!」
 会場が拍手の音で埋め尽くされる。互いの声は聞こえないし、人が多すぎていつの間にかはぐれてしまっていた。背中にひっついてるグリムはともかく、みんな大丈夫かな。
 優勝校のインタビューが始まるので、シェーンハイト先輩を先頭にメンバーが前に出てくる。見慣れた面々だけど、シェーンハイト先輩以外は『闇』が作り出した偽物だ。とっとと蹴散らしてやりたい。
 苦々しく思いながら前に進んでいると、ステージに設置された大型モニターの映像が突然変わった。
「ふな?なんだ?」
 映っているのはコロシアムの廊下だ。カメラがゆっくりと動いて、ガラスの棺の中で眠るネージュを映す。その周りでは、ドワーフ族の生徒たちが泣いていた。
 会場内は何が始まったのかとどよめいている。それはステージ上も同じだった。誰もが大会の事を忘れて、画面に見入っている。
 映像の中に、新しい登場人物が現れた。ナイトレイブンカレッジの制服を着た、愛らしい少年だ。様子のおかしいドワーフ族の生徒たちに気づいた感じで声をかけ、棺の中にいるネージュを覗きこむ。
「ゆ、ユウ!?画面の中にユウがいるんだゾ!」
「……『イミテーション』だ」
 見た瞬間に解った。だから何という話ではあるけど。
 映像の中の『イミテーション』はドワーフ族の生徒の一人から薬の瓶を受け取ると、棺の傍らに跪いた。エペルの魔法が解除され、出てきたネージュを抱き起こす。手にした薬瓶の中身を口に含むと、迷わずネージュに口づけた。
 会場が更にざわめく。ステージ上のシェーンハイト先輩の表情は見えないけど、呆然と立ち尽くしているように見えた。
 会場の困惑など無視するように、映像の中の物語は進んでいく。
 口移しで与えられた薬を飲み下した後、青ざめていたネージュの頬には次第に薔薇色が戻り、やがてゆっくりと瞼が開いた。ドワーフ族の生徒たちは歓喜した様子で飛び跳ねて、ネージュに抱きついている者もいる。にっこりと笑ってそれを受け入れるネージュの姿が映ると、会場にまた拍手が起こり始めた。
 そして直後にステージ上にネージュとドワーフ族の生徒たちが現れれば、会場の盛り上がりは最高潮に達する。誰もがネージュの名前を呼び、彼の登場を喜んでいた。
「えー……ここで予定を変更し、順位には反映されませんが、ロイヤルソードアカデミーのパフォーマンスを披露していただきます!」
 司会の発表に、会場は再び歓声と拍手で満たされた。困惑した様子のシェーンハイト先輩が『闇』で出来たNRCトライブの面々によって舞台の後ろの方へ引きずられていく。
「みなさん、聞いてください!『みんなでヤッホー』!」
 ネージュは華やかな笑顔で会場に呼びかけ、観客も歓声で応える。音楽が流れ出せば、あの時と同じパフォーマンスが始まった。
 会場がひとつになって、誰もが彼らのステージの愛らしさに魅了されていく。
 呆気に取られそうになったけど、それどころじゃない。早くステージに行かなくちゃ。普段ならそこまで距離を感じる場所じゃないのに、今はとてつもなく遠い。確実に前には進んでいるけど、とてもじゃないけどパフォーマンス中に間に合わない。
 演奏が終われば、また会場中が拍手と歓声に満ちる。ネージュを呼ぶ声も止まない。ネージュは現実でもそうであったように、観客に愛想を振りまいていた。
「ありがとうございました!一緒に参加できなかったのは残念だけど、みんなで頑張った歌とダンスをお披露目できてよかったです!」
「体調不良との事でしたが、もう元気になりましたか?」
「はい、もうすっかり!せっかくヴィーくんにジュースを貰ったのに、なかなか体調が戻らなくて……迷惑をかけてごめんなさい」
 和やかな苦笑が会場内を満たす。さっきまでの熱狂ぶりが嘘のように会場内が落ち着いていた。
「え……それって、ヴィルがネージュに渡したジュースに変なものが入ってたって事?」
 男とも女ともつかない、誰かの声が妙に響いた。大きな声で疑問を呈したり、鋭く糾弾するような声音ではない。だけど確実に人に伝わり、その内容が瞬く間に会場内に伝わって不穏なざわめきを起こす。
「……もしかして、優勝するために妨害したとか?」
「確かに、今の感じだと優勝してたのはネージュだよね」
「うわー最低。やっぱりそういう事する人だったんだ。幻滅」
「評判悪いもんなぁ。共演者イジメとかの噂めちゃくちゃ聞くし」
「それで芸能界やめちゃった子とかいるんだって。おっかなーい」
 どんどんざわめきが大きくなっていく。その全てが、シェーンハイト先輩を否定する言葉を吐いていた。こんだけ数がいたら絶対に聞き取れないはずなのに、夥しい量の悪口の内容が妙に聞き取れてしまう。
 それはステージ上のシェーンハイト先輩も同じなのだろうか。周りの登壇者が誰も彼も平然として、何の異常も無いと言わんばかりに微笑んでいるのに、彼だけどんどん顔色が悪くなっていく。
 いつの間にか空が真っ赤に染まっていた。確かに『VDC』の閉会は夕方だったけど、夕焼けにしては色が毒々しい。
 ステージ上の大型モニターの映像が不自然に歪み、SNSの画面を映す。視聴者の投稿したコメントを映しているのだろうが、その内容は全てシェーンハイト先輩を糾弾し否定するものだった。彼を擁護する言葉は一切表示されない。流れるのが早すぎてまともに読めないのに、何故か『味方が一人もいない』という事だけは理解できる。
『ポムフィオーレの寮長って「凄い毒薬が作れる」人しかなれないんでしょ?』
『ライバルを亡き者にしようとしたって事?こわっ。マジで無理』
『顔が綺麗でも殺人未遂の前科者を応援するのは嫌だわ』
『ていうか、こんな事しちゃったら、もう終わりでしょ』
『醜い悪は滅びた』
 その画面をシェーンハイト先輩が見ている。遠目にも怯えた顔で会場を振り返り、戸惑った様子で首を横に振る。
「……ち、ちが、アタシは……」
 僅かに何か言おうとしたけど、異様な光景を前に言葉にならない様子だった。
 世界中のどこにも味方がいない。
 舞台袖に逃げようとする彼の両腕を、ハント先輩とエペルの姿をした『闇』が掴んだ。
「それでは優勝チームのアンコールステージです!」
 薄ら笑いを浮かべた共演者たちが拍手をする。観客も嘲笑を浮かべ、罪人のようにステージに引きずり出されるシェーンハイト先輩を見つめていた。
 視線は集まっているのに、その美貌も築いてきたキャリアも持っている実力も、もう誰の目にも留まらない。興味本位の視線は、悪事を暴かれたトップスターの凋落の瞬間を生で見られる下卑た喜びに満ちている。
 ステージの上は空の色のせいかライトの加減か、まるで燃えているように真っ赤に染まっていた。
 舞台の中央に引きずり出された罪人を、軽蔑と嘲笑の視線が焼く。
 もう誰も彼を『美しい』とは言わない。
「いやああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!!」
 シェーンハイト先輩が絶叫した瞬間、凄まじい轟音と共に地面が揺れた。空も地面も作り物の世界が砕けて、隙間から溢れた『闇』が世界を飲み込んでいく。
「な、なんだ!?」
「これ絶対ヤバい!」
 狂ったような笑い声がそこらじゅうで聞こえる。観客も出演者も滅茶苦茶になってる周囲の状況には目もくれず、僕たち以外の誰も彼もがステージ上で頭を抱えて苦しんでいるシェーンハイト先輩を見て下品に笑っている。頭がおかしくなりそう。
「グリム、しっかりつかまって!」
 返事は待たずに走り出した。前を埋め尽くしていた観客は、地面の割れ目に飲まれて笑いながら『闇』に同化していく。気分が悪い光景だけど、そのおかげで『闇』に足を取られながらも、前には走れた。
『ユウさん、ダメだ!このままここに残るのは危険すぎる!戻って!!』
 オルトがこちらに向けて叫んだ。シルバー先輩やセベク、エペルもハント先輩もオルトに合流しつつある。
「グリム。……オルトたちの事、守ってくれる?」
「しょーがねーな。任されてやるんだゾ」
「ありがとう。頼りにしてるよ、親分!」
「おう、後でな。子分!」
 グリムがステージまでの『闇』を一気に焼き払う。直後に、その身体をオルトに向かって投げつけた。グリム自身の脚力もあって、うまい事いい感じに飛んでいってる。
 もう振り返らない。全力でステージ上のシェーンハイト先輩に向かう。
 世界の崩壊はステージまで迫っていて、シェーンハイト先輩のすぐ傍にも闇が迫っていたけど、先輩は逃げる事も出来ず、耳を塞いでうずくまって震えている。
「シェーンハイト先輩!!!!」
 声の限り叫ぶ。無事を祈る気持ちがそうさせていた。
 世界の崩れる音と不気味な哄笑の響く中でも届いたようで、シェーンハイト先輩はわずかに顔を上げる。虚ろで悲しげな目が、確かに僕を見ていた。
「……ユウ……!」
 縋るように手を伸ばしてくる。僕もその手を目指して一直線に走った。
 あと一歩。
 そこでステージごとコロシアムの床まで砕け散った。指先さえ触れる事なく、シェーンハイト先輩の身体が『闇』に飲まれる。足場を失った僕の身体も『闇』に落ちていく。咄嗟にスマホをポケット越しに強く握りしめ、息を止めて目を閉じた。


「ヴィルサン、ユウクン!!!!」
『離脱するよ、シルバーさんにしっかりつかまって!』
「……やはり、私だけでも……!」
「今更行っても間に合わん!大人しくしろ!」
「しかし!」
「オメーら、子分を信用してねーのか?合宿でもあんなに一緒に過ごして、『嘆きの島』にも一緒に行ったんだろ?」
「グリム……」
「オレ様の子分は最強なんだゾ。たった一人でだって、ヴィルの事を助けるなんて楽勝だ!」
「……そうだな。今はユウを信じよう」
『シルバーさん、お願い!』
「いつか会った人に、いずれ会う人に……『同じ夢を見よう』!」

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