7−4:虹色の旅路
輝石の国にある美粧の街には、生涯に渡って美を追求した『美しき女王』の伝承が数多く残されていた。
美を追求し薬学に精通した彼女への敬愛と共にこの地で培われた技術は、やがて映画や舞台などのエンターテインメントとも根深く関わるようになる。
そうして織り上げられた数多くの物語を経て、近代的な建築物と古い様式の建築物が調和しながら共存する、独自の街並みを作り上げていった。
世界的に有名なイベントホールである『クインズ・パレス』は街のシンボルとしても相応しい、重厚で荘厳な雰囲気の建物だ。古いと言うにはきらびやかで、新しいと言うには権威を感じる。
その『クインズ・パレス』に多くの映画関係者が集まっている。『ダイヤモンドムービー賞』の授賞式が行われているのだ。
中に入れない一般客も大勢おり、外から会場の様子を固唾を呑んで見守っている。スマホの普及で一般客もネット中継を外で見られるようになったので、会場を気にしつつ自分の手元を見ている者も多い。
「それではいよいよ……『最優秀主演賞』の発表だ」
会場の中と外で同時に期待の歓声が上がる。ついにメインイベント、誰もが祝福されるべき瞬間を待ち望んでいた。
「私もこの封筒の中に誰の名前が書いてあるのか知らない。緊張で手が震えるよ」
プレゼンターは苦笑混じりにおどけて言うが、どこもかしこも、会場に関心を向けている人たちは、ただ一人の名前を確信を持って思い浮かべている様子だった。
「本年度のダイヤモンドムービー賞、栄えある『最優秀主演賞』は」
長い溜めが入る。高揚した空気を落とさない最高のタイミングで、その名は告げられた。
「ヴィル・シェーンハイト!」
ただ一人にスポットライトが当たる。誰もが祝福の声を上げ、拍手の音が会場を満たし、紙吹雪が舞った。
中継のカメラがただひとりを映す。驚きに満ちた表情が、やがて幸せそうな笑顔に変わる。
「アタシが……本当に?」
「おめでとう、ヴィル!さあ壇上へ!輝く王冠は君のものだ!」
プレゼンターに導かれて、若き俳優が壇上へと向かう。栄誉を示すトロフィーを彼の手元に運ぶのは、愛らしい顔立ちの少年だった。その姿を見て、俳優も照れくさそうに笑っている。
場内アナウンスが彼の経歴を語り始める。誰もが知る内容で、この場を飾るただのBGMでしかない、はずだった。
『社会現象ともなった児童書の映画化「僕の願い」では、主人公……ではなく、ライバル役を演じ、圧倒的な存在感を示しました』
その内容に会場がどよめく。そんな様子を気にせず、アナウンスは続く。
『さらに学園ミュージカルドラマ「いつか、お姫様が」でも、主人公……ではなく、主人公を追いつめる悪役を見事に演じきり、嫉妬にとりつかれたヒステリックな演技や、恐ろしい魔女のような笑い声は、見るものの背筋を恐怖で凍らせました』
「このアナウンスは何!?こんなの、全然アタシの経歴じゃないわ」
中継カメラが戸惑った様子の会場を映す。マイクが無くても、彼のよく通る声がカメラ越しに響いていた。
「記念すべき日に、悪い冗談はやめて。誰か、今すぐこのアナウンスを止めなさい!」
『輝石の国出身の彼は現在、魔法士養成学校ナイトレイブンカレッジに在籍。映画を心から愛する彼は映画研究会を創設、同好会のリーダーを務めています』
「ナイトレイブンカレッジ、ですって?アタシは撮影で忙しいのよ。辺鄙な島にある全寮制の学校になんか……」
怒鳴っていた彼が、急に頭を抱えて身を屈める。同時に、周囲の景色が不安定になり大きく揺れた。
「……なんでアタシは、その学校の立地やシステムを知ってるの……?」
『全国魔法士養成学校総合文化祭のプログラムである「ボーカル&ダンスチャンピオンシップ」では……学園の代表チームを率い、オリジナル曲「Absolutely Beautiful」を発表』
景色や観衆がどんなに揺らいでも、アナウンスの声は全く揺るがない。淡々と、朗々と、これで当然と言わんばかりに言葉を紡ぐ。
『ヴィルは見事にフロントマンを務め上げ、第二位の好成績を残しています』
この場の主役だったはずの俳優は酷く混乱した様子でうずくまり、会場のざわめきと戸惑いは外にも伝播していた。
『そして何より彼は……美しき女王の奮励の精神に基づく、ポムフィオーレ寮の寮長!』
アナウンスがざわめきを押しのけるように声を張る。
「我らの美しき女王、『毒の君』だ!」
そして壇上に現れたのは、ハント先輩とエペルだ。二人の姿を見て、シェーンハイト先輩は驚きの声を上げる。
「ア、アンタたちは昨日の!?どうやってココに……」
そこで中継映像がぶち切れた。画面が真っ暗になって反応しない。
「ふなっ!オイ、見えなくなっちまったんだゾ!」
「何が起きた!?」
『僕たちも中に向かおう!二人を援護しなきゃ!』
それぞれが返事をしてクインズ・パレスに向いた瞬間だった。
周りにいて会場や手元を見ていた観客たちが、全員こっちを向く。その異様な光景に一瞬気圧され足が止まった。
観客たちの周囲から黒いモヤが噴き出し、人間だったものがどんどん形を変えていく。
大きなイベントホールを取り囲んでいた客が全て『闇』になってしまった。
「ふ、ふぎゃー!?なんなんだゾ!?」
「僕たちの合流を妨害する気か!」
手にしていたスマホをホーム画面にして、アプリに触れる。待機状態の完了を確認せずに、いつものように構えた。
「ドリームフォーム・シャイニングチェンジ!」
目の前に眩しい光が散る。衣装が変わって身体が軽くなった。
『ハシバ氏、とりあえず急いで!会場にいたアレが間違いなく「イミテーション」だ!』
「了解!!」
『魔導ビーム、発射準備完了!入り口までの道を一気に切り開く!!』
オルトのアナウンスに続いて、閃光がクインズ・パレスまでの道を焼き払った。地面が見えた一瞬の間に、全力で駆け抜ける。前を塞ごうとする『闇』を殴って蹴って払いながら、最後の大きな扉は張り付いていた『闇』ごと蹴り飛ばした。
「シェーンハイト先輩!!」
思わず声を張り上げた。会場の中も客席からステージまで『闇』でいっぱいで、壇上でうずくまっているシェーンハイト先輩にはネージュと誰かがひっついている。
僕の声に、シェーンハイト先輩は確かに顔を上げた。目が合ったと思う。
溶けかけた客席を足場に飛ぶようにステージへ向かった。
あともう少し、という所で、シェーンハイト先輩にひっついていた誰かがこちらに走ってくる。こっちも速度は緩めない。
同時に踏み切って、放った跳び蹴りが交差した。拮抗したまま圧倒しきれず、同時に飛び退く。着地も同時。
「……ユウが、ふたり……!?」
シェーンハイト先輩が戸惑った声を上げる。
一方、『イミテーション』は冷ややかな目で僕を見ていた。写真で見た通り、華奢で愛らしい雰囲気だけど、僕を見る目には感情が浮かんでいない。
「随分と浮かれた姿だね。空気読めないの?」
「お生憎様、空気は読むもんじゃなくて吸うもんだよ。……人間じゃないあんたにはいらないかもしれないけどね」
「何の話?人間じゃないなんて、整形してまで人の真似してるアンタには言われたくないんだけど」
「こっちだって自然に任せてこの顔なんだわ。あー偽物に言われるのホンット腹立つ!」
僕は怒鳴りつつ構えた。相手も感情を見せないまま構える。
この場に合わせた華やかな装いで、一見して男性にも見えないぐらいなのに、強化装備を貰っている僕と同程度の腕力で殴りかかってくる。華奢なのは見た目だけって事みたい。想像力次第でステータスも都合良くできる世界とはいえ、なんかずるい。
僕たちが戦っている事に、シェーンハイト先輩は戸惑っている様子だ。『闇』も乱入してきた僕を邪魔しようとして、ハント先輩やエペルに妨害されている。かと言って、ゲームマスターであるネージュまで攻撃している余裕は無さそう。
シルバー先輩たちが合流してくれれば余裕が出来るだろうけど、外の『闇』の量を考えるとあまり期待できない。
ゆるやかにジリ貧。思った以上に状況が悪い。
でもこれを覆さないと、先輩を取り戻せない。
諦めてやるものか。
「人の事ニセモノとか言うけどさぁ、アンタは何なの?」
自分と同じ声が語りかけてくる。いや正直これが自分の声なんて思いたくないけど。嫌悪感が酷い。
「いつでも誰かに嫌われないように、聞き分けの良い子を演じてるだけの嘘つきのくせに」
「だったら何?」
「ヴィルの事だって、本当は好きでもなんでもないんじゃない?恋心がどういうものかなんて、アンタに解るワケないじゃん」
偽物が醜悪な笑みを浮かべる。確かに自分と同じ顔なのに、あの女がいる気がした。
「アンタはどこに出しても恥ずかしい人でなしの疫病神。アンタが息をしてるだけで周りの人間が不幸になるんだよ。……ヴィルもね」
言い返せない。
相手はこっちの気を散らすために暴言を吐いてるだけだと解っている。それでも向けられた言葉が胸を刺す痛みは確かにあった。
そのせいで注意が散漫になっていたのだろう。『闇』に足を掴まれ動くのが遅れ、相手の蹴りを防御するしかなくなった。衝撃で舞台から叩き落とされる。生身だったら骨が折れてそうな一撃だ。『S.T.Y.X.』の装備って凄い。
起きあがろうとした瞬間に、闇が手足を掴む。引きずり込まれるのではなく、その場に固定された。引きちぎろうと力を入れるが、後から後から生えてきて身体を掴んでくる。キリが無い。
シュラウド先輩の言うとおり、確かに最低限の機能だったかもしれない。もっとも、その最低限の機能が無かったらとっくに死んでそうな相手なので、文句とかは無いんだけど。
舞台の上の『イミテーション』が勝ち誇った笑みを浮かべている。
「大丈夫。本当はじっくり痛めつけたいところだけど、僕は優しいからすぐに終わらせてあげる」
楽しそうだけど、そうやって余裕ぶっこいてダラダラやってる隙に反撃食らうのがお前らのお約束だろ。学習しろっつの。いや困るからやっぱしなくていっか。
下らない事を考えながら拘束の数を把握しつつ、相手がトドメを刺しに来るその時を待つ。そこが数少ない、確実に狙える隙のはずだ。
最大に緊張が高まった、その瞬間。
「……やめて!」
シェーンハイト先輩が『イミテーション』の肩を掴んだ。先輩は苦しそうに表情を歪めていて、身体には力が入っていない。それでも、『イミテーション』は目を見開いて動きを止めた。
「……なんで。なんで止めるの?」
「ダメ、その子を傷つけないで……!」
「あなたの『ユウ』はここにいるでしょう?ほら、ちゃんと見てよ」
「そう、だけど、でも……!」
先輩が痛みに呻きながら地面に膝をつく。
それを追うように屈むと、『イミテーション』はシェーンハイト先輩の顔を掴んだ。
「僕はアナタの理想の恋人。可愛らしくて従順で、いつも傍にいる大事な子。そうでしょう?」
「……アナタ…は……」
先輩の声はどこか虚ろだ。多分、意識が朦朧としているんだと思う。夢を見ているような様子で、でも声だけはハッキリと出ていた。
「…………アナタ……誰……?」
その瞬間、ホール内の空気が止まったような気がした。何か決定的な前提が崩れたような不穏が沈黙として流れる。
多分チャンスだ。『闇』の動きが鈍っているうちに、拘束を引きちぎって立ち上がる。
しかし今度は『闇』が集まって壁のように立ち上がり視界を遮られる。雪崩れて来る前に退がって更なる拘束は免れたけど、先輩との距離は更に空いてしまった。
そしてシェーンハイト先輩は『闇』によって舞台の奥へと流されていた。『イミテーション』はさっきの位置から動いていないが、先輩が向かう先にはネージュが待ちかまえている。ハント先輩もエペルも向かおうとしてるけど、『闇』の方は全力で僕たちを足止めしてきて思うように進めない。
「シェーンハイト先輩!!」
叫んだけど、耳に入っていないのか振り返ってもくれない。
「ほら、ヴィル様。僕の方をよぉく見て」
ネージュが勝ち誇った様子で先輩に語りかける。
「あなたが欲しかった『最優秀主演賞』のトロフィーだよ。金色で、キラキラしてて……綺麗でしょう?」
何か手に持ってるように見えるけど、何もかもが『闇』に変わってしまったからには、そこに黄金のトロフィーなんて無い。だけどシェーンハイト先輩はそれに気づいた様子もなく、譫言のように呟く。
「ええ……ええ。ずっとそれが欲しかったの。アタシが世界一である証……」
「ダメだ、ヴィル!『闇』の言葉に耳を傾けてはいけない!」
ハント先輩が鋭く声をかけるけど、シェーンハイト先輩の姿はどんどん『闇』に沈んでいく。
「そうだよ。ここにいれば、何の努力もしなくても君はずっと、ずぅっと世界で一番でいられる」
ネージュの声で『闇』が甘く囁く。
「美しさを保つためのきついトレーニングも、面倒なスキンケアも、何もしなくていい。辛い想いも、悔しい想いもしなくて済むんだ」
不快感を拳に込めて『闇』を殴って払うが、後から後から出てきてキリが無い。舞台にすら近づけない。
「だから……ね、ヴィーくん。そのまま目を閉じて…………」
「先輩!!」
「ほら、私から逃げ切ってみせて。『果てまで届く弓矢』!」
シェーンハイト先輩の姿が『闇』に完全に沈みきる直前、ハント先輩の放った魔法が彼に吸い込まれた。そこから奇跡が起きる事はなく、彼の姿は『闇』の中に消えていく。
悔しさに歯噛みしながら、舞台の上の『イミテーション』を睨みつけた。『イミテーション』の方も静かながら憎しみの籠もった視線を僕に向けている。勝ち誇った笑みでも浮かべているところだろうに、実際は真逆だった。
面白くない、と言いたげな顔。
ホール内を満たす『闇』に紛れて、その姿が消えた。ネージュの姿をしたゲームマスターもいつの間にかいなくなっている。残されたのは僕と、ハント先輩とエペルだけだ。
「『闇』がどんどん押し寄せてくる!このままじゃ、俺たちも飲まれちまう……っ!」
建物の壁も床も『闇』に変わってしまったし、アレがこっちに崩れてきたら逃げられない。
せめてはぐれないために、力を振り絞ってエペルたちに向かって走る。『闇』の拘束はさっきよりも緩い。ゲームマスターがいなければ効果的に妨害する事はできないみたい。
僕たちの合流とほぼ同時に、グリムたちがホールの内部に飛び込んできた。足下を塞ぐ『闇』を焼き払って、僕たちに駆け寄ってくる。
『三人とも無事!?』
「ヴィルが『闇』に取り込まれてしまった!咄嗟にユニーク魔法で目印をつけたのだけれど……どんどん下へ下へ沈んでいっている!」
「すぐに追おう!今ならまだ引き戻せる!」
「追うって……このドロドロに飛び込むって事!?」
「大丈夫だよ、死にはしないから。……多分」
「そこは自信満々に言い切ってくれないと余計に不安になるだろ!?」
変身解除を宣言して装甲を解く。充電は五割を切っていた。あの『イミテーション』と戦うならタイマンでも七割ぐらいは欲しい。それまで生身で時間が稼げればいいけど。
『彼がこれ以上深い眠りに落ちると、より覚醒させるのは困難になる』
「急ぎましょう」
はぐれないように互いの身体を掴む。次の瞬間、壁の『闇』が一気に崩れて、僕たちをまとめて飲み込んだ。