7−4:虹色の旅路
………
きらびやかで上品な商店街を、宛もなく歩き始める。
通り過ぎるそこかしこの店で、シェーンハイト先輩がイメージキャラクターをしている広告が目に留まった。その度に腹の奥に、重い何かが溜まる。
逃げるワケにはいかない。このままにもしておけない。
でもせめて今は、何も考えずにいられる場所に行きたい。
何気なく上を見る。ガラスの天井の向こうには夕闇が近づいていた。
明日には『ダイヤモンドムービー賞』の授賞式が行われて、そこで偽物の自分が、シェーンハイト先輩からプロポーズされるのかもしれない。
正気でいられるかな。ちょっと自信ない。
そろそろ商店街の端に着いちゃう。どうしよう、折り返して戻るか。でもみんなと鉢合わせになったらやだなぁ。
なんて考えていたら、いきなり腕を掴まれた。驚いて振り返ると、帽子とサングラスを身につけた、それでも綺麗な人だと解る、長身の男性がいた。
…………シェーンハイト先輩。
「……見つけた」
ぽつりと呟いて、強引に腕を引いてくる。
「あ、あの、人違いで」
「知ってるわ。用があるのはアナタの方よ」
それ以上何も言えなくなる。
どうしよう。どうしようもない。
振り払って逃げるべきか。どこに行こうとしてるのか解らないし、偽物と対面させられたらどうしよう。
そんな事を迷っている間に、ビルの中に入ってしまう。どうしよう、道順見て無かった。さっきの場所まで戻れるかな。
エレベーターに乗り込んで、最上階まで昇る。早く逃げなきゃ、と思うのになかなか踏み出せない。
連れてこられたのは、広いダンスホールだった。飴色のフローリングに、ガラス張りの天井。壁際にはお洒落なバーカウンターもあって、大人の社交場って感じの雰囲気だ。きっと夜になったら、星空が綺麗に見えるんだろう。
そんな場所でもシェーンハイト先輩は平然としていて、スタスタと僕を引っ張って歩いて、バーカウンターに面した椅子に座るように促した。もう逃げられない気がして、諦めて座る。シェーンハイト先輩も隣に座った。
「いつもの頂戴。この子には温かいミルクティーを、砂糖入りで」
バーテンダーの人は何も言わずに準備を始めた。慣れない雰囲気に、僕は黙って座っている事しか出来ない。
どうしよう。なんで連れてこられたんだろう。
店員さんらしき人たちは掃除してたりするけど、もしかして開店前なのかな、とか関係ない事ばかり考えそうになる。
「……さっきは悪かったわ」
「え?」
「……昼間も、よね。無理矢理引っ張ってごめんなさい。腕は痛くない?」
「あ、ああ。大丈夫です。頑丈なのが取り柄なので」
「……そう」
また静かになる。バーテンダーさんの動きを何となく見ているしか出来ない。
実に真面目な仕事ぶりだ。こんな所で紅茶を頼む人なんかいそうにないのに、お洒落なティーセットが出てきて、手際よく紅茶を淹れている。同時進行で、なんか凄いお洒落なドリンクを作ってシェーンハイト先輩に渡していた。多分、ノンアルコールだとは思うけどよく解らない。
程なく紅茶も出てくる。いい香りとおいしそうな湯気。いただきます、と呟いて口を付ければ、程良い甘さと温かさで気持ちが落ち着いてくる。
視線を感じる。怖くて横を見られない。
「……不思議な子。どうして目が離せないのかしら」
なのに思わず顔を見てしまった。とても優しい目が向けられている。慌てて目を逸らした。
ちょっと泣きそう。でも今のシェーンハイト先輩に僕の記憶なんて無いから、泣いても困らせてしまうだけだ。何とか気持ちを散らして堪える。
「アナタたち、本当に学生なの?どこから来たの?」
「賢者の島にある、ナイトレイブンカレッジって所からです」
「へぇ、そう。知らないわね」
「そうなんですか?名門とか言われてるけど、うちの学校もまだまだですね」
「勉強は好き?」
「あー全然。苦手な事ばっかりで。運動してる方がマシですね」
「あら、意外ね。真面目そうに見えるのに」
「見た目だけでも真面目そうにしてると先生からの評価が全然違いますから」
「まぁ、悪い子」
下手に覚醒を狙わずに、楽しく会話が続くように意識して話を合わせる。本当に他愛ない、日常の出来事をお互いに話しているだけ。まるで普通の友人のように。何となくバーテンダーさんとかも穏やかに若者の交流を見守っている気がした。
「明日、ダイヤモンドムービー賞の授賞式ですよね。いいんですか、こんな所にいて?」
「今日はもう予定は無いもの。全部キャンセルしちゃったから」
えぐい事してるな。いや、夢の中なんだから何も問題ないけど。現実でもたまにそういう事する人いるみたいだし。
シェーンハイト先輩はグラスの中身を呷って、また僕の方を見る。
「……アナタの事が、ずっと心に引っかかってたの」
「恋人に似てるからですか?」
「知ってるの?」
「みんな知ってるんでしょう?」
「……まぁ、そうなんだけど」
繊細なグラスを綺麗な手で弄びながら、拗ねたような顔をする。
「アタシがダイヤモンドムービー賞の授賞式でプロポーズするなんてバカな噂が流れちゃって、お祝い気分が台無しよ」
「えー?実際どうするつもりだったんですかー?」
「するワケないでしょ。アタシ、愛の誓いはふたりきりでしたいの」
「あはは、それもロマンチックですね。メディアは残念がるでしょうけど」
「発表会見はしてやるわ。それで十分よ」
「それもそっか」
よし、話を逸らせた。
「……どうしてかしら」
「へ?」
「後悔、してるんだと思うの。アナタに罵声を浴びせた事」
話を戻すな。くそ、手強い。
「いやいや、悪いのは僕たちですから。警備の人たちにちゃんと断りを入れてから入るべきでした。貴方が気にする事じゃありませんよ」
「だって、アナタとても傷ついた顔をしてたじゃない」
「そりゃ、天下のヴィル様に怒られたら誰だってそういう顔にもなりますよー」
「違う」
軽口を遮られる。ずいっと顔が近づいてきた。
「違うの。うまく説明できないけど、そういうのじゃなくて……」
「あーっと、見てる人に誤解を招きそうなのでもうちょっと離れてくださーい」
相手の口の前を手で隠す仕草をすると、ちょっとむっとした顔になった。
「『天下のヴィル様』相手に随分な態度じゃなくて?」
「僕は我が身の方が大事ですから。平穏な生活最高。平凡が一番」
「つまらない男ね」
怒った顔で元の距離に戻った。でも視線は僕から外さない。
「……ねえ、本当にアタシたち、今日が初対面?」
「そうですよ、間違いなく」
「もしかして、前世で恋人同士、だったりして」
「それ作品賞にノミネートされてる作品のあらすじに書いてある台詞ですよね。そこらじゅうで見かけるんで覚えました」
「……もういいわ」
勝った。
本人には自分の中の疑問を解消する以上の意味は無いだろうし、夢の中でどんな事になろうと関係ないとは思うけど、さすがにね。
いくら好きな人でも、浮気相手は嫌だなぁ。傍目には同一人物なんだけどさ。
「ねえ、授賞式は見に来るの?」
「まぁ、修学旅行で来てる時にちょうど行われるワケですから、出来れば見に行きたいですね」
「一緒にいた子たちと?」
「ええ。よほどの事がなければ」
「そう」
シェーンハイト先輩はしばらく考え込むように黙った。そろそろ外が暗い。お店、誰も入ってこないけど営業時間大丈夫なのかな。
「………………まさか、あの中にアナタの恋人がいるの?」
「は?」
何を言われたか咄嗟に理解できなかった。僕の反応をどう思ったのか、シェーンハイト先輩が再び怒った顔で詰め寄ってくる。
「あの中の誰?」
「え、いや」
「はぐらかさないで答えなさいよ。あの空気読めない銀髪の男?確かに顔は良いけど、絶対に苦労するわよあのタイプは。やめておきなさい」
「いや、そういうんじゃないですよ」
「じゃあ誰!?」
「僕にお付き合いしてる人はいません!!」
きっぱり言い切ると、シェーンハイト先輩は落ち着いた表情になって席に戻った。長く細いため息を吐く。
「ごめんなさい。なんか……我慢できなくなったわ」
「事情を知らない人から見たら立派な修羅場でしたよ。今の」
「大丈夫よ。開店前だし」
「そろそろお時間なのでは?」
バーテンダーさんの顔を見れば、何とも言えない表情だった。どっちだ。迷惑なのか平気なのか全然解らない。
「そうね。ごめんなさい。いつもありがとう」
シェーンハイト先輩が言うと、バーテンダーさんは恭しく頭を下げた。先輩が懐から出した黒いカードを受け取って、いそいそと奥に下がっていく。
「あ、お代……」
「奢るわ。無理矢理連れてきちゃったし。そもそも高校生に出せる金額の店じゃないわよ」
「それは、まぁ……そうでしょうけど……」
シェーンハイト先輩は悪戯っぽく笑う。僕の頬をつついた。
「やっとアタシの顔を見てくれるようになったわね」
宝石のように綺麗な紫の瞳が嬉しそうに細められる。
その表情を見た瞬間、胸の中にいろんなものがこみ上げてきた。泣きそう。顔を背けたタイミングでバーテンダーさんがカードと明細持って戻ってきたから、潤んだ目はギリギリ見られなくて済んだと思う。
「付き合ってくれてありがとう。……ホテルはどこ?送っていくわよ」
「あー、大丈夫です。友達と合流してから戻るので」
「…………そう」
エレベーターでそんな話をすれば、最後には面白くなさそうな顔をしていた。
「お友達も一緒に送ってあげましょうか?」
「そこまでヴィル様のお手を煩わせるワケにはいきませんから。早く『彼』の所に戻ってあげてください」
「……アタシのハニーはそんな事で嫉妬なんかしないわよ。とびっきりの良い子なんだから」
「だったら、そのとびっきりの良い子を不安にさせるような事しちゃダメでしょう。貴方の恋人なんて何も無くても不安でいっぱいでしょうに」
エレベーターが一階に到着する。玄関の向こうに、なんか高そうな車が止まっているのが見えた。多分、シェーンハイト先輩のお迎えだろう。
「それじゃ、お茶ごちそうさまでした」
深々と頭を下げて、とっとと踵を返して外に出ようとした。
「また会える?」
どこか不安そうな声だった。振り返ると、声と同じく不安そうな表情で僕を見る彼がいた。いつもと違って頼りなく、か弱く見える。
「授賞式は、多分見に行きますよ」
何も考えていない顔で笑いかけて、返事は待たずに外に出た。そのまま雑踏に紛れるようにして建物を離れる。ふと振り返れば、建物の前に止まっていた車が走り去っていく所だった。その姿が完全に見えなくなってから、ビルの壁に背中を預けて、深々とため息を吐く。
何事かと思った。心臓に悪いにも程がある。
やっぱり記憶は無さそうなんだけど、……なんだけど。ちょこちょこ僕を気にかけてくれる言葉があるのが気になるっていうか。シルバー先輩の言ってた事、実は当たってたのかな。
いやあの時の判断は絶対に間違ってない。それは胸を張って言える。
……記憶を封じられても、理想の『ユウ』が傍にいても、僕を気にかけてくれた。
これは多分、凄く希望のある事実なんだと思う。期待しすぎるのは良くないけど『理想の偽物が隣にいたら絶対に気づいてもらえない』という程でもない。
何だか少し気分が軽くなった。……相手に記憶も自覚も無くても、好きな人から特別扱いされれば、僕も機嫌が良くなるという事か。なんか、そういう自分をあんまり自覚したくなかったなぁ。
『ユウさーん』
遠くから呼ばれて振り返れば、オルトがグリムを抱っこして飛んでくる所だった。
「もしかして探してくれたの?ごめんね、急に出てっちゃって」
『ううん、大丈夫。居場所は常に解ってたから』
そっか。シュラウド先輩やオルトなら位置情報みたいなので僕たちの居場所とか把握してるか。便利。
『それより、……ヴィル・シェーンハイトさんと一緒にいたでしょ?何か話した?』
そっちも解るんかい。夢の中でデートは出来ないな。いやこの大変な時にデートなんかするなって話だけど。
「うん、ちょっと世間話をね」
『変な事されてない?酷い事言われなかった?』
「全然まったく。むしろクインズ・フィルム・スタジオでの事、謝られちゃった。授賞式も見にきてね、だって」
オルトは理解不能、という顔で目をパチパチさせている。グリムは不機嫌な顔で僕の肩に飛び移ってきた。
「オレ様、腹減っちまったんだゾ。なんか食いに行こう!」
「そういえば、僕もお腹空いてきちゃった。もう晩ご飯の時間かな」
『……そうだね。明日はきっと大仕事になるから、今のうちに沢山食べておかないと!』
「あ、授賞式でなんかやるんだ」
『そういう事!ルーク・ハントさんのアイディアだよ』
おっかねえ。何やる気だあの人。
それはそれとして。
「じゃあ、晩ご飯食べながら作戦会議かな?セベクにも謝らなくちゃ」
『近くに高評価のビストロがあるから、そこで待ち合わせにしよっか。おすすめは豚肉のシチューだって』
「ふな!うまそうなんだゾ!早く行こう!」
「行こう行こう!」
オルトの先導に従って歩き出す。夢の世界でもおいしいご飯はおいしいのだ。シェーンハイト先輩の夢なら、期待も大きい。
英気を養って、明日は絶対にあなたを取り戻す。
偽物なんかに負けてやるものか。
きらびやかで上品な商店街を、宛もなく歩き始める。
通り過ぎるそこかしこの店で、シェーンハイト先輩がイメージキャラクターをしている広告が目に留まった。その度に腹の奥に、重い何かが溜まる。
逃げるワケにはいかない。このままにもしておけない。
でもせめて今は、何も考えずにいられる場所に行きたい。
何気なく上を見る。ガラスの天井の向こうには夕闇が近づいていた。
明日には『ダイヤモンドムービー賞』の授賞式が行われて、そこで偽物の自分が、シェーンハイト先輩からプロポーズされるのかもしれない。
正気でいられるかな。ちょっと自信ない。
そろそろ商店街の端に着いちゃう。どうしよう、折り返して戻るか。でもみんなと鉢合わせになったらやだなぁ。
なんて考えていたら、いきなり腕を掴まれた。驚いて振り返ると、帽子とサングラスを身につけた、それでも綺麗な人だと解る、長身の男性がいた。
…………シェーンハイト先輩。
「……見つけた」
ぽつりと呟いて、強引に腕を引いてくる。
「あ、あの、人違いで」
「知ってるわ。用があるのはアナタの方よ」
それ以上何も言えなくなる。
どうしよう。どうしようもない。
振り払って逃げるべきか。どこに行こうとしてるのか解らないし、偽物と対面させられたらどうしよう。
そんな事を迷っている間に、ビルの中に入ってしまう。どうしよう、道順見て無かった。さっきの場所まで戻れるかな。
エレベーターに乗り込んで、最上階まで昇る。早く逃げなきゃ、と思うのになかなか踏み出せない。
連れてこられたのは、広いダンスホールだった。飴色のフローリングに、ガラス張りの天井。壁際にはお洒落なバーカウンターもあって、大人の社交場って感じの雰囲気だ。きっと夜になったら、星空が綺麗に見えるんだろう。
そんな場所でもシェーンハイト先輩は平然としていて、スタスタと僕を引っ張って歩いて、バーカウンターに面した椅子に座るように促した。もう逃げられない気がして、諦めて座る。シェーンハイト先輩も隣に座った。
「いつもの頂戴。この子には温かいミルクティーを、砂糖入りで」
バーテンダーの人は何も言わずに準備を始めた。慣れない雰囲気に、僕は黙って座っている事しか出来ない。
どうしよう。なんで連れてこられたんだろう。
店員さんらしき人たちは掃除してたりするけど、もしかして開店前なのかな、とか関係ない事ばかり考えそうになる。
「……さっきは悪かったわ」
「え?」
「……昼間も、よね。無理矢理引っ張ってごめんなさい。腕は痛くない?」
「あ、ああ。大丈夫です。頑丈なのが取り柄なので」
「……そう」
また静かになる。バーテンダーさんの動きを何となく見ているしか出来ない。
実に真面目な仕事ぶりだ。こんな所で紅茶を頼む人なんかいそうにないのに、お洒落なティーセットが出てきて、手際よく紅茶を淹れている。同時進行で、なんか凄いお洒落なドリンクを作ってシェーンハイト先輩に渡していた。多分、ノンアルコールだとは思うけどよく解らない。
程なく紅茶も出てくる。いい香りとおいしそうな湯気。いただきます、と呟いて口を付ければ、程良い甘さと温かさで気持ちが落ち着いてくる。
視線を感じる。怖くて横を見られない。
「……不思議な子。どうして目が離せないのかしら」
なのに思わず顔を見てしまった。とても優しい目が向けられている。慌てて目を逸らした。
ちょっと泣きそう。でも今のシェーンハイト先輩に僕の記憶なんて無いから、泣いても困らせてしまうだけだ。何とか気持ちを散らして堪える。
「アナタたち、本当に学生なの?どこから来たの?」
「賢者の島にある、ナイトレイブンカレッジって所からです」
「へぇ、そう。知らないわね」
「そうなんですか?名門とか言われてるけど、うちの学校もまだまだですね」
「勉強は好き?」
「あー全然。苦手な事ばっかりで。運動してる方がマシですね」
「あら、意外ね。真面目そうに見えるのに」
「見た目だけでも真面目そうにしてると先生からの評価が全然違いますから」
「まぁ、悪い子」
下手に覚醒を狙わずに、楽しく会話が続くように意識して話を合わせる。本当に他愛ない、日常の出来事をお互いに話しているだけ。まるで普通の友人のように。何となくバーテンダーさんとかも穏やかに若者の交流を見守っている気がした。
「明日、ダイヤモンドムービー賞の授賞式ですよね。いいんですか、こんな所にいて?」
「今日はもう予定は無いもの。全部キャンセルしちゃったから」
えぐい事してるな。いや、夢の中なんだから何も問題ないけど。現実でもたまにそういう事する人いるみたいだし。
シェーンハイト先輩はグラスの中身を呷って、また僕の方を見る。
「……アナタの事が、ずっと心に引っかかってたの」
「恋人に似てるからですか?」
「知ってるの?」
「みんな知ってるんでしょう?」
「……まぁ、そうなんだけど」
繊細なグラスを綺麗な手で弄びながら、拗ねたような顔をする。
「アタシがダイヤモンドムービー賞の授賞式でプロポーズするなんてバカな噂が流れちゃって、お祝い気分が台無しよ」
「えー?実際どうするつもりだったんですかー?」
「するワケないでしょ。アタシ、愛の誓いはふたりきりでしたいの」
「あはは、それもロマンチックですね。メディアは残念がるでしょうけど」
「発表会見はしてやるわ。それで十分よ」
「それもそっか」
よし、話を逸らせた。
「……どうしてかしら」
「へ?」
「後悔、してるんだと思うの。アナタに罵声を浴びせた事」
話を戻すな。くそ、手強い。
「いやいや、悪いのは僕たちですから。警備の人たちにちゃんと断りを入れてから入るべきでした。貴方が気にする事じゃありませんよ」
「だって、アナタとても傷ついた顔をしてたじゃない」
「そりゃ、天下のヴィル様に怒られたら誰だってそういう顔にもなりますよー」
「違う」
軽口を遮られる。ずいっと顔が近づいてきた。
「違うの。うまく説明できないけど、そういうのじゃなくて……」
「あーっと、見てる人に誤解を招きそうなのでもうちょっと離れてくださーい」
相手の口の前を手で隠す仕草をすると、ちょっとむっとした顔になった。
「『天下のヴィル様』相手に随分な態度じゃなくて?」
「僕は我が身の方が大事ですから。平穏な生活最高。平凡が一番」
「つまらない男ね」
怒った顔で元の距離に戻った。でも視線は僕から外さない。
「……ねえ、本当にアタシたち、今日が初対面?」
「そうですよ、間違いなく」
「もしかして、前世で恋人同士、だったりして」
「それ作品賞にノミネートされてる作品のあらすじに書いてある台詞ですよね。そこらじゅうで見かけるんで覚えました」
「……もういいわ」
勝った。
本人には自分の中の疑問を解消する以上の意味は無いだろうし、夢の中でどんな事になろうと関係ないとは思うけど、さすがにね。
いくら好きな人でも、浮気相手は嫌だなぁ。傍目には同一人物なんだけどさ。
「ねえ、授賞式は見に来るの?」
「まぁ、修学旅行で来てる時にちょうど行われるワケですから、出来れば見に行きたいですね」
「一緒にいた子たちと?」
「ええ。よほどの事がなければ」
「そう」
シェーンハイト先輩はしばらく考え込むように黙った。そろそろ外が暗い。お店、誰も入ってこないけど営業時間大丈夫なのかな。
「………………まさか、あの中にアナタの恋人がいるの?」
「は?」
何を言われたか咄嗟に理解できなかった。僕の反応をどう思ったのか、シェーンハイト先輩が再び怒った顔で詰め寄ってくる。
「あの中の誰?」
「え、いや」
「はぐらかさないで答えなさいよ。あの空気読めない銀髪の男?確かに顔は良いけど、絶対に苦労するわよあのタイプは。やめておきなさい」
「いや、そういうんじゃないですよ」
「じゃあ誰!?」
「僕にお付き合いしてる人はいません!!」
きっぱり言い切ると、シェーンハイト先輩は落ち着いた表情になって席に戻った。長く細いため息を吐く。
「ごめんなさい。なんか……我慢できなくなったわ」
「事情を知らない人から見たら立派な修羅場でしたよ。今の」
「大丈夫よ。開店前だし」
「そろそろお時間なのでは?」
バーテンダーさんの顔を見れば、何とも言えない表情だった。どっちだ。迷惑なのか平気なのか全然解らない。
「そうね。ごめんなさい。いつもありがとう」
シェーンハイト先輩が言うと、バーテンダーさんは恭しく頭を下げた。先輩が懐から出した黒いカードを受け取って、いそいそと奥に下がっていく。
「あ、お代……」
「奢るわ。無理矢理連れてきちゃったし。そもそも高校生に出せる金額の店じゃないわよ」
「それは、まぁ……そうでしょうけど……」
シェーンハイト先輩は悪戯っぽく笑う。僕の頬をつついた。
「やっとアタシの顔を見てくれるようになったわね」
宝石のように綺麗な紫の瞳が嬉しそうに細められる。
その表情を見た瞬間、胸の中にいろんなものがこみ上げてきた。泣きそう。顔を背けたタイミングでバーテンダーさんがカードと明細持って戻ってきたから、潤んだ目はギリギリ見られなくて済んだと思う。
「付き合ってくれてありがとう。……ホテルはどこ?送っていくわよ」
「あー、大丈夫です。友達と合流してから戻るので」
「…………そう」
エレベーターでそんな話をすれば、最後には面白くなさそうな顔をしていた。
「お友達も一緒に送ってあげましょうか?」
「そこまでヴィル様のお手を煩わせるワケにはいきませんから。早く『彼』の所に戻ってあげてください」
「……アタシのハニーはそんな事で嫉妬なんかしないわよ。とびっきりの良い子なんだから」
「だったら、そのとびっきりの良い子を不安にさせるような事しちゃダメでしょう。貴方の恋人なんて何も無くても不安でいっぱいでしょうに」
エレベーターが一階に到着する。玄関の向こうに、なんか高そうな車が止まっているのが見えた。多分、シェーンハイト先輩のお迎えだろう。
「それじゃ、お茶ごちそうさまでした」
深々と頭を下げて、とっとと踵を返して外に出ようとした。
「また会える?」
どこか不安そうな声だった。振り返ると、声と同じく不安そうな表情で僕を見る彼がいた。いつもと違って頼りなく、か弱く見える。
「授賞式は、多分見に行きますよ」
何も考えていない顔で笑いかけて、返事は待たずに外に出た。そのまま雑踏に紛れるようにして建物を離れる。ふと振り返れば、建物の前に止まっていた車が走り去っていく所だった。その姿が完全に見えなくなってから、ビルの壁に背中を預けて、深々とため息を吐く。
何事かと思った。心臓に悪いにも程がある。
やっぱり記憶は無さそうなんだけど、……なんだけど。ちょこちょこ僕を気にかけてくれる言葉があるのが気になるっていうか。シルバー先輩の言ってた事、実は当たってたのかな。
いやあの時の判断は絶対に間違ってない。それは胸を張って言える。
……記憶を封じられても、理想の『ユウ』が傍にいても、僕を気にかけてくれた。
これは多分、凄く希望のある事実なんだと思う。期待しすぎるのは良くないけど『理想の偽物が隣にいたら絶対に気づいてもらえない』という程でもない。
何だか少し気分が軽くなった。……相手に記憶も自覚も無くても、好きな人から特別扱いされれば、僕も機嫌が良くなるという事か。なんか、そういう自分をあんまり自覚したくなかったなぁ。
『ユウさーん』
遠くから呼ばれて振り返れば、オルトがグリムを抱っこして飛んでくる所だった。
「もしかして探してくれたの?ごめんね、急に出てっちゃって」
『ううん、大丈夫。居場所は常に解ってたから』
そっか。シュラウド先輩やオルトなら位置情報みたいなので僕たちの居場所とか把握してるか。便利。
『それより、……ヴィル・シェーンハイトさんと一緒にいたでしょ?何か話した?』
そっちも解るんかい。夢の中でデートは出来ないな。いやこの大変な時にデートなんかするなって話だけど。
「うん、ちょっと世間話をね」
『変な事されてない?酷い事言われなかった?』
「全然まったく。むしろクインズ・フィルム・スタジオでの事、謝られちゃった。授賞式も見にきてね、だって」
オルトは理解不能、という顔で目をパチパチさせている。グリムは不機嫌な顔で僕の肩に飛び移ってきた。
「オレ様、腹減っちまったんだゾ。なんか食いに行こう!」
「そういえば、僕もお腹空いてきちゃった。もう晩ご飯の時間かな」
『……そうだね。明日はきっと大仕事になるから、今のうちに沢山食べておかないと!』
「あ、授賞式でなんかやるんだ」
『そういう事!ルーク・ハントさんのアイディアだよ』
おっかねえ。何やる気だあの人。
それはそれとして。
「じゃあ、晩ご飯食べながら作戦会議かな?セベクにも謝らなくちゃ」
『近くに高評価のビストロがあるから、そこで待ち合わせにしよっか。おすすめは豚肉のシチューだって』
「ふな!うまそうなんだゾ!早く行こう!」
「行こう行こう!」
オルトの先導に従って歩き出す。夢の世界でもおいしいご飯はおいしいのだ。シェーンハイト先輩の夢なら、期待も大きい。
英気を養って、明日は絶対にあなたを取り戻す。
偽物なんかに負けてやるものか。