7−4:虹色の旅路
ネージュの先導でスタジオの外を目指す。みんながこっちを気にしている気配はあるけど、気づかないフリをしていた。
NPCの『羽柴悠』は確かにシェーンハイト先輩の近くにいる。反応を見るに、ぱっと見の見た目はそんなに変わらないっぽい。多分、スタッフにも可愛がられてる。『羽柴悠』がシェーンハイト先輩と親しいからゴマをすっている、という感じではなかった。
恐らく、彼らにとっての仕事仲間…………俳優になっている。
この配役がシェーンハイト先輩の望みだと理解は出来る。先輩は僕が役者を目指さないと言った時、才能を惜しむ言葉をくれた。同じ舞台に立てたら良いと思ってくれたなら、これほど光栄な事も無い。
でも共演の喜びを向けているのは、僕のフリをした誰かなんだと思うと、嫉妬で気が狂いそうになる。絶望で何もかも投げ出したくなる。
せめて浮気者だ、薄情者だと罵倒できたら気も晴れるだろうに、そんな資格も僕には無い。
「……あの、訊いてもいいですか?」
自分に向けられた言葉だとしばらく気づかなかった。いつの間にかもうスタジオの出口に着いている。
「……僕ですか?」
「はい。あの、本当にユウくんの、えっと、ご親戚とかじゃないんですか?」
「……ええ。違いますよ。他人の空似です」
涼しい顔をして答えた。セベクなどは怒鳴りつけそうになるのをぐっと堪えているのが表情だけで解る。
一方、ネージュの方はほっとしたような顔になった。
「そうですよね。良かった。ヴィル様がユウくんに誤解されちゃったらどうしようかと思って」
「…………誤解?」
「ヴィル様が怒ったのは、僕が不甲斐ないから。ヴィル様は何も悪くないのに、ユウくんに変に思われたら申し訳ないもの」
ネージュの言葉に不穏なものを感じた。思わず少し後ずさる。
「俺たちは口を挟める立場ではないが……ミスを注意するにしても、彼の言い方には少々、問題があるように感じた」
「あんなけちょんけちょんに言われて腹が立たねーのか!?」
「えっ、腹が立つって……僕が?ヴィル様に?」
「それ以外に誰がいるのだ」
セベクが呆れた顔で言うけど、ネージュはきょとんとしている。いつも通りのあざとさだと思うのだが、今日はなんだか妙に不気味な感じがした。
「そんな事あるわけないよ。だって、彼の言う事はいつだって、全部正しいもの」
みんなも表情が変わった。明らかに何かがおかしい。
「彼は世界で一番美しく、誰からも愛されるスーパースター!『ここ』では彼に逆らう人なんて誰もいない。全ては彼の思うがまま」
ネージュは笑い出す。軽やかな声色で、甘やかな雰囲気で、どこか虚ろで毒々しい。
エペルとハント先輩が視線を遮るように僕の前に立つ。セベクやシルバー先輩も警戒を露わにネージュを睨みつけていた。
「僕たちは、とっても素敵な夢を見ているの。だから……」
いつの間にかネージュの周りを黒いモヤが取り巻いている。確かにそこにあったはずのネージュの顔が、真っ黒く染まって見えなくなった。
「邪魔したら、絶対に許さないから」
「コイツ、『闇』だったのか!?」
「来るぞ、構えろ!」
噴き出した『闇』を炎や風の魔法が払っていく。ダメージを受けているのに、『闇』は笑いながら何度も僕たちに向かってきた。……正確には、僕の方に。
「ねえ、今どんな気持ち?」
飛び散った『闇』の欠片がネージュの声で囁く。
「自分と同じ顔に、好きな人の隣を奪われる気分はどう?」
あまりにも的確にこっちの心情を突いた言葉だった。咄嗟に言葉も出ず固まっていると、グリムの炎がその欠片を焼き払う。
「子分!ぼーっとするんじゃねーんだゾ!」
「ご、ごめん」
そうこうしている間に、『闇』はほとんど払われていた。それでも妙に楽しそうな笑い声がどこからか聞こえてくる。
「素敵な夢……邪魔しないで……」
そんな言葉を最後に『闇』の気配は完全に消えた。笑い声ももう聞こえない。
「……みんな、怪我はないか?」
お互いに顔を見合わせ頷く。とりあえずは大丈夫そう。
「コラーーー!お前たち、そこで何をしている!」
これからどうしよう、と訊く前に聞こえてきた怒声に身を竦めた。声の方向を振り返れば警備員らしき男性が二人、こちらに走ってきている。
「『クインズ・フィルム・スタジオ』の前で魔法の撃ち合いをするだなんて!どこの学校の生徒だ!」
『みんな、ここは一度撤退しよう。これ以上騒ぎが大きくなると、「闇」が更に集まってくる可能性がある』
「ウィ!得られた情報も整理したい。どこか腰を落ち着けられるところを探そうじゃないか」
誰ともなく走り出す。その背中を必死で追いかけた。後ろから聞こえてくる怒号はやがて遠くなり、聞こえなくなる。
知らない景色に飲み込まれていく中で、さっきの事がずっと頭の中をぐるぐる回っていた。
『自分と同じ顔に、好きな人の隣を奪われる気分はどう?』
挑発されていた。『闇』も僕をNPCと完璧に区別して認識している。
その意味を明確に汲み取る事は出来ていない。邪魔者扱いされるならまだしも、嘲笑されるなんて思ってもみなかった。それともあれも『黒薔薇の魔女』の影響なんだろうか。
ツノ太郎の魔法領域の副産物であろう『闇』までも侵食されて行動を変えてしまっているのなら、僕の想像より遙かに面倒な事になりそうだ。