7−4:虹色の旅路


 もうこの流れも慣れたもの、と思うと危ないというのは前の移動で思い知った。一緒に移動する人間のバランスが変わる度に、ただ落ちるだけでは済まない状態になる可能性が上がると仮定して、今回はしっかりとシルバー先輩に抱きついておく。
 その甲斐があったのかなかったのか、さっきよりは平穏な感じの落下で移動が終わった。着地はオルトのおかげで最早気をつける必要すら無くなってる。
『霊素シグナル・トラッキング成功。指定された座標へ到着しました』
 地面が近づいた頃にみんなで上手い事降りて、このアナウンスも落ち着いて聞く事が出来た。オルトの声なのに事務的な口調だから、いつ聞いてもちょっと不思議な気持ちになる。
「ふぅ……みんな無事に夢を渡れたようだな」
「オルトが一緒に移動するようになってから、頭から地面に落っこちる事が無くなったんだゾ」
 着地の頑張り甲斐は無くなってしまったが、これはこれで助かる。
 一方、初めての移動だったのに難なく軽やかに着地していたハント先輩は、シルバー先輩を見て目を輝かせていた。
「メァヴェイユ!今のが、夢を渡れるというシルバーくんのユニーク魔法なんだね。移動中、ずっと景色の美しさに目を奪われていたよ!」
「初めて夢を渡ったというのに、景色を見る余裕があるとは……流石だな、ルーク先輩。副寮長の肩書きは伊達じゃない」
「眩しい朝日が空を切り裂く間際の黎明。あるいは、星が瞬く夜の帳が降りる直前の黄昏。雲間を飛び交う、見た事もない不思議な鳥のシルエット……。まさに夢のような光景だったよ!」
 ハント先輩が詩的な表現で景色の美しさを語る。まぁ確かに綺麗だよね。夢のような、というか、夢だけど。
 ……ホント、突然投げ出されるんじゃなければ、気が済むまで眺めていたいくらいなんだけどなぁ。今後あれぐらいの空模様を見たら、落ちる感覚も一緒に甦りそうでちょっと怖い。
「それにしても、ここ……どこだろう?学園でも麓の街でもないみたい」
 エペルが疑問を口にして、僕も改めて周囲を見回す。
 街の中、という雰囲気ではない。全く知らない場所だ。施設の駐車場から続く広場、って感じ。凄く綺麗に手入れされて雰囲気はあるけど、ここだけで何の施設かは皆目検討がつかない。
「ま、待っておくれ。あの美しい門構えは、まさか……!」
 ハント先輩の声で彼の視線を追う。
 視線の先には、この施設の入り口らしきものがあった。開かれた門のようなアーチに、名前を示す荘厳な雰囲気の文字が踊っている。
「『クインズ・フィルム・スタジオ』……む?確か……有名な映画制作会社の名前だったような……」
「有名どころか!『クインズ・フィルム・スタジオ』なしに映画の歴史は語れないとすら言われてるほどだよ!」
 ハント先輩が声を張り上げ、みんなが仰け反る。
「美しき女王の伝説を描いた世界初のカラー長編アニメーション映画『Beautiful Queen』を観た事は?あれはまさに芸術作品さ!」
「な、なんだ!?ルーク先輩がまた早口になったぞ」
「まさか、まだ完全に覚醒していないのか?」
『心配しなくて良いよ。好きなものを語る時つい早口になるのは、ただのオタクあるあるだから』
「おっと、失礼。つい興奮してしまった」
 みんなの冷ややかな反応で我に返り、冷静に状況を分析する。
「このスタジオがあるという事は、ここは輝石の国の『美粧の街』だろうか?」
『夢の主……ヴィルさんもきっと近くにいる。「イミテーション」の詳細な位置情報は掴めていないから、慎重に動こう』
 了解を返そうとした瞬間、割と近い所から物凄い歓声が聞こえた。
 広場にいた人たちが施設の入り口の方に集まっていた。『クインズ・フィルム・スタジオ』から出てきた有名人に群がっているらしい。
 そっと様子を窺えば、その中心に見覚えのある人がいる。
 陽光に溶けてしまいそうな金髪。整った顔立ちに、すらりとした細身の長身。
 シェーンハイト先輩は、群がっている人たちに笑顔で対応していた。いつもより短い髪と見慣れない私服姿、帽子も被ってるしサングラスもしている。けれどその輝きは全く陰る事が無い。
 そして人に囲まれていても、彼の周りには明らかに、夢の主の証である鳥のような光が舞っていた。
 シェーンハイト先輩は集まっているファンに笑顔で対応している。サインを求められれば応え、自分のグッズも見逃さず、小さなファンには特別親切にしつつ気遣いも忘れない。表情もとても楽しそうだった。
「もっとみんなと過ごしたいけれど……次の予定があるの。ごめんなさいね」
 そんな惜しむ言葉にも嘘は無さそうに見える。とても優しい声だ。
「明日の『ダイヤモンドムービー賞』のライブ中継、楽しみにしててちょうだい。それじゃ、みなさん。ごきげんよう!」
 明るく挨拶して、シェーンハイト先輩はスタジオの中へ戻っていく。彼を見送るファンたちは、その美しさを口々に讃えていた。
「わかるよ!彼の美しさの前では、どんな宝石の輝きも霞んでしまう。普段と少しテイストの違う髪型や衣装もまた、ボーテッ……!」
 ハント先輩は彼らに同調して涙を流さんばかりの様子だ。まぁ確かに素敵な私服姿ではあるんだけど。
「うーん。ヴィルサン……現実とあまり変わらない気がする」
「そうだな。ナイトレイブンカレッジが外部に解放されるハロウィーンや総合文化祭でも、ヴィル先輩の周りには、いつもさっきのような人だかりができていた」
「そういえば『VDC』の時は、ヴィル先輩とネージュ・リュバンシェが出演するからと警備が増員されたほどだったな」
「ヴィルのヤツ、現実とそんなに変わらねぇんなら、もしかして、イデアとオルトみてぇにもう目が醒めてるんじゃねーのか!?」
「……それはどうかなぁ……」
 上手く言えないけど、なんか嫌な予感がする。
 シェーンハイト先輩の『幸せな夢』なんて想像もつかないから具体的に何とも言えないけど、なんか嫌な状況になってそうなんだよなぁ。
「とにかく、アイツを追いかけて声かけてみよーぜ!」
「いや、ちょっとグリム!?」
 僕が止める間もなく、グリムはスタジオの中へ走っていってしまった。
「待って、グリム!勝手に入っちゃダメだって!!」
 距離が離れて聞こえていないのか、グリムの足は止まらない。慌てて追いかける。……自分も中に入っていいワケないんだけど、もうそれは謝ってどうにか切り抜けるしかない。
 門の中には事務所っぽいオフィスビルのような施設の他に、倉庫のようなものが沢山並んでいた。とんでもない広さの施設だ。通路も広い。人の気配が薄いのが不幸中の幸いかもしれない。
 必死でグリムの後を追う。時折シェーンハイト先輩の声か匂いでも探ってるのか足を止めるけど、すぐにまた走り出してしまってなかなか追いつけない。
 やっと一つの建物の前で足を止めた。倉庫みたいな建物は撮影スタジオらしい。重そうな入り口の前でグリムが四苦八苦していた。
「捕まえた!勝手に入ったらダメだってば!」
「ヴィルがここに入っていったんだゾ!」
「さっき慎重にって言われたでしょうが!」
「目が醒めてればその必要もねえだろ」
「そうとは限らないってば」
 押し問答していると、入り口の方が勝手に開いた。慌てて横に避ける。
「ん?……あ、ユウちゃん。お疲れさまー」
「ヴィルくんに会いにきたの?相変わらず仲いいねー」
 出てきた人たちはスタッフのようだった。僕の顔を見て、あっさりと笑いかけてくる。
「あー、でも今は行かない方が良いんじゃ……?」
「いやー、ユウちゃんなら大丈夫でしょ。むしろ止めてもらった方が良いかも」
「まぁそっか。じゃあね、ユウちゃん。ごゆっくり」
「あ、はい。お疲れさまです……」
 気軽に手を振るスタッフたちにお辞儀をして見送る。僕に抱えられたグリムは首を傾げた。
「あいつら知り合いか?」
「ううん、知らない人」
「んん?」
「でも多分、この世界にいる『羽柴悠』とは知り合いなんだと思う」
「……子分のニセモノか!」
「そういう事だね」
 今この建物の中に『イミテーション』はいないようだ。かち合う可能性はあるけど、入る事は出来る。
 スタッフの人の口振りも気になる。『止めてもらった方が良い』って何?
 スマホを取り出し、メガネを呼び出す。そういえば、ここに来てからまだかけてなかった。今はサポートツールのおかげですぐに付けたり外したりできるから、夢を渡る間は外すようにしてたんだよね。しがみついてる間に割っちゃう心配も無いし。気をつけないとかけ忘れるのが難点だな。
 ってそんな事はどうでもいい。
「……グリム。中に入って様子を見るけど、静かにしててね」
 僕が言うと、グリムが神妙な表情で頷いた。扉を開き、なるべく音を立てないように中に入る。
 通路には人の気配が無い。みんな休憩中で出払ってるって事だろうか。
「来るのが遅い!」
 恐る恐る歩いていると、前方から怒鳴り声が飛んできた。多分、撮影スタジオの方だ。換気でもしているのか、扉が開いている。
 グリムと顔を見合わせて、そっと扉の中を覗きこんだ。
「アタシがファンの対応をする時にフォローについて来ないなんて、一体何を考えてるの!?」
「ご、ごめんなさい。監督さんに用事を頼まれて……」
「あら。アシスタントの仕事を放棄する言い訳?良い度胸ね」
 シェーンハイト先輩と、誰か気の弱そうな男の子の声だ。
 もう少し奥まで入り込むと、撮影用機材の合間に置かれた椅子に座った先輩と、その前に立って頭を下げている黒髪の男の子が見えた。凄い剣幕で怒る先輩に対し、男の子は言い訳をしつつ何度も謝っている。それが余計に火に油を注いでいる感じで、次々に指摘が増えていった。
「あ、やっと見つけた!」
 後ろを振り返れば、エペルたちがスタジオに入ってくる所だった。
「おい、グリム!!貴様、勝手な行動は慎めといつも言って……」
 怒った表情のセベクが怒鳴りかけた瞬間に、グリムが飛び出してその口を塞ぐ。
「シーーーーッ!!デケェ声出すんじゃねーんだゾ!」
「ふがっ?」
 小声で怒鳴るという器用な事をしているグリムに対し、セベクは状況が飲み込めない様子で首を傾げている。僕も静かにとジェスチャーしつつ、シェーンハイト先輩たちのいる方を指さした。
「アタシが五分以上外に出る時は、必ず日傘を持ってくるように言ってあるはずよね」
「ご、ごめんなさい。車の中に忘れてきちゃって」
「信じられない。アンタそれでもアタシのアシスタントなの?」
 まだあるわ、と言い添えて更に続ける。少しも機嫌が直る気配はない。
「今日の控え室、入ってみたらゴミが落ちてた。鏡にも指紋が……どういうつもり?」
「せ、清掃は頼んでおいたんですけど……」
「美しいアタシがメイクするための部屋よ。直接アンタが確認しておくのが常識でしょう?この役立たず!!」
「もっ、申し訳ありません!」
 八つ当たりのような罵倒だ。
 確かに普段から厳しい人だけど、こんな怒り方じゃないはずだ。叱るにしても、いつもなら意味がある。聞き分けのない後輩相手ならまだしも、従順に反省を見せている人間に対して、こんな叱り方をする人じゃない。
 これが、あの人の『幸せな夢』?
 これ以上見ていたくなくて、思わず部屋の外に出る。かと言って離れる訳にもいかないし、出た所で止まっているのが精一杯だった。それでも声は聞こえてくる。
「すぐに掃除用具を取ってきて、床も鏡台もピカピカに磨き上げておきなさい。いいわね!」
「ハイッ!すぐに!」
 男の子が大きな声で返事して走り出した。足音がこっちに近づいてくる。隠れないと、と思う暇も無かった。
「わっ!?」
「おっと!」
 明らかにぶつかった気配がした。そちらを振り返れば、黒髪の男の子をハント先輩が支えている。
「ごめんなさい、こんなところに人がいるなんて思わなくて……」
「キミは、『白雪の君』!?」
 ハント先輩の声でやっと気づいた。
 ロイヤルソードアカデミーの制服じゃないし、雰囲気もずいぶん違う。だけど愛らしい顔立ちも声色も、ネージュ・リュバンシェその人だ。
 一方、ネージュの方はハント先輩の言葉に首を傾げている。
「えっ?ろあ……?」
「ちょっと。何をごちゃごちゃ騒いで……」
 そしてそんなに距離が無いから当然なんだけど、騒ぎを聞きつけてシェーンハイト先輩までこちらに来てしまった。僕たちを見て目を丸くしている。
「えっ!?誰、アンタたち!?」
 みんなが顔を見合わせる中で、さりげなく死角になるようセベクの後ろに隠れた。
「何で一般人がスタジオの中にまで入ってきてるの?見学の予定なんか聞いてないわよ」
「ヴィル!よく見てみろよ。オレ様たちになんか見覚えあるだろ?」
 そう言われて下を見たシェーンハイト先輩は、グリムを見て嫌悪を露わにした。
「ヤダッ!なにこの汚い野良猫?」
「ふなっ!?野良猫!?オレ様たちの事、わからねーのか!?」
「何を訳のわからない事を……ちょっと!気安く触らないで。服に毛がつくでしょう。シッシッ!」
 グリムが近づこうとすると、うっとおしそうに手を振った。本当に汚らしいと思ってる表情と声。演技や悪ふざけでは絶対に無い。
「ひ、ひでーんだゾ!オレ様たち、オンボロ寮で一緒に合宿までしたのに……」
「はぁ……たまにいるのよね。妄想と現実の区別がつかない厄介なファンが」
 呆れた様子で呟いている。
「ていうか、アンタたち……いつから立ち聞きしてたわけ?」
「あなたがアシスタントに対し、日傘を持ってこなかったのを叱りつけていたところからだ」
「ええっ!それ正直に言っちゃうの!?」
 シルバー先輩が素直に答えると、心底から面倒くさそうな顔をしていた。
「信じられない。……さてはアンタたち、学生に扮したパパラッチね?アタシの美しいイメージに泥を塗ろうっていうんでしょう」
 忌々しげに言う。こっちの言い訳など聞いてくれそうにない。
「すぐにマネージャーに連絡して出版関係に根回ししておいてもらわないと」
 そう呟いたかと思えば、殺気を含んだ視線がネージュに向けられた。
「アシスタント!全部アンタが不甲斐ないせいよ。今まで築き上げた美しいアタシのイメージに傷がついたらどうしてくれるの!?」
「も、申し訳ありません!」
「……アンタたち。もし今日ここで見聞きした事をSNSに書き込んでごらんなさい」
 そして視線は僕たちにも向けられた。
「ありとあらゆる手を使って、その口に毒林檎をねじ込んでやるわ!」
「も、もちろんさ、ムシュー!決して他言しないと誓うよ」
 ハント先輩が即答すると、訝しげながらも少し殺気が引いた。
「さっさとその藪蚊たちをスタジオの外へ!それから、警備室にすぐに連絡して」
「ハイ!ただちに!」
 ネージュに飛ばす指示は、不審者を見つけた業界関係者として的確なものだと思えた。こういう所はきっと変わらない部分なんだ。
 みんながネージュについて歩き出す。自分もさりげなくそれについていった。
 なるべく目を合わせないように、視界に入らないように、目立たないように。
 会釈するように顔を伏せて、セベクの影に隠れたまま、先輩の前を通り過ぎようとした。
「……待って!」
 突然、腕を掴まれた。心臓が止まるかと思った。
 反射的に振り返ると、すぐにメガネを奪われる。
「……ユウ。どうしてこんな所にいるの?」
 一気に頭が真っ白になった。
 気づいてくれた喜びと、気づかれてしまった戸惑いとがぶつかって、何も言えなくなる。
「コイツら一体なんなの?なんでアタシから隠れようとしていたの?……いえ、それ以前に」
 矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。困惑した様子で責める調子ではなく、声と表情は段々と怯えているような気配を帯びていく。
「……アナタも、聞いてたの?」
 最後の言葉は、少し声が震えていた。あの時と同じ、絶望を前にした時のような声音。
 やめて。それ以上、聞きたくない。
「人違いです」
 気づいたら口走っていた。
 取り繕えと脳が命令し思考が回る。欺くために心が冷えていく。
「……昔からよく間違われるんです。僕ごときが、『ヴィル様』と知り合いだなんてとんでもない」
 困った感じの愛想笑いを浮かべる。従順で素直で、何も知らない人間になる。
「僕は何もない、ただの一般人です。勝手に入って、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
 腕を掴んでいたシェーンハイト先輩の手から徐々に力が抜けて、やがて完全に離れた。そこで向き直り、深々と一度頭を下げておく。
「すみません。メガネを返していただけますか。それが無いと、またここの方にご迷惑をかけてしまいますから」
 シェーンハイト先輩はひたすら混乱している様子だった。何か言葉を探していたようだけど結局何も言わず、ただメガネを畳んで返してくれた。お礼を言って、もう一度頭を下げる。
「さ、グリムも見つかったし外に出ましょう。皆さん、一緒に捜してもらっちゃってすみませんでした」
 みんなに外に出るよう促した。なんかおろおろしているネージュに視線を向ける。
「アシスタントさん。僕たち彼を捜すのに夢中で、どこから来たか分からないんです。お手数ですが、出口まで案内していただけますか?」
「あ、はい。こ、こっちです」
 ずっと背中に視線を感じていた。それを無視し続ける。
 これで正しかったのかは分からない。今更、後悔したって遅いし。
 物言いたげなグリムを抱えあげ、黙ってみんなの後ろをついて歩いた。

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