7−4:虹色の旅路


 ハント先輩が元通りに弓を背負うと、エペルが嬉しそうな顔で駆け寄っていった。
「ルークサン!」
「ああッ、愛しの姫林檎!」
 そしてハント先輩の方も嬉しそうな笑顔でエペルを迎える。
「誰をも眠らせる毒を持つキミが、私の眠りを醒ましてくれたなんて!」
 躊躇いなく思いっきり、力強く抱きしめた。エペルから濁った悲鳴が上がる。
「ぐ、ぐるじいでず!」
「す、すまない……」
 さっと身体を離したかと思えば、その目には見る間に涙が浮かんだ。
「……姫林檎、どうか、どうか私の裏切りを許しておくれ。……共に戦いぬいた『VDC』を、嘆きの島を……全て忘れてしまっていたなんて!」
「そんなに泣かないでください。えっと、ハンカチ……やべ、持ってない」
 懐を探って、エペルはばつの悪そうな顔になる。
「『アイロンをかけたハンカチの一枚くらい、常に持ち歩きなさい』ってヴィルサンに言われてるのに……」
「ふふふ。そうだったね。私も転寮したばかりの頃は、ヴィルに毎日のように同じ事を言われていた」
「大事な事を忘れてたのは、ルークサンだけじゃない。僕だって、みんなの助けがなかったら歪んだ夢をずっと見続けてたはずです」
 エペルが言うと、ハント先輩は周りにいた僕たちに笑顔を向けた。
「メルシー!メルシー・ボクー!みんなには感謝してもしきれないよ」
 とりあえずほっと一息。
「まったく……戦うだけでなく、踊りまでやらされるとは思わなかったぞ」
『ヒヒッ、無様に手と足が一緒に出ているセベク氏の勇姿、しっかり録画してありますぞ』
「貴様、今すぐ消せ!!誰かに見せたら承知しないぞ!」
 セベクがタブレットに向かって怒鳴る一方、ハント先輩は驚きの目をタブレットに向ける。
「その声は……『自室の君』!?そこにいるのかい?おお……!キミが寮長として、下級生を導いてくれたんだね」
『え?い、いや別に。り、寮長として下級生を導いたっていうよりは……Pとしてプロデュースしたっていうか、マネージャーとして働いたっていうか……』
 いつの間にかそっちの方がメインになってるし。好きなのかな、そういう設定。
 シュラウド先輩の言葉を特に気にした様子もなく、ハント先輩は真剣な表情をタブレットに向ける。
「イデアくん。リリアくんの送別会の後に何があったのか、詳しく私に教えてくれないだろうか?」
『り、りょ……。じゃあ、ちょっとこの動画を見てもろて……』
 そして『例の動画』が再生される。ハント先輩はタブレットの画面を食い入るように見つめていた。ちょっと怖い。
「なんという事だ!ここに至るまで、みんなには壮絶な戦いがあったのだね」
 動画が終わって開口一番、この台詞が出てくるのも彼らしいと言うか何というか。
 相変わらずの芝居がかった発言を特に気にした様子もなく、シルバー先輩が彼の前に進み出る。
「ルーク先輩、どうか俺たちに力を貸してもらえないだろうか。ポムフィオーレの一翼を担うあなたが仲間になってくれるなら、とても心強い」
「お願いするのは私の方さ、シルバーくん。どうか私に、キミたちの手助けをさせておくれ」
 あっさりと返された。
「このままキミたちを行かせては、私は女王の御前で顔を上げる事もできず俯くばかりになってしまう」
 いつものように胸を張って、笑みすら浮かべて言い切る。
「私の中で燃える奮励の魂にかけて、受けた恩に報いる事をここに誓うよ!」
「ありがとう。どうかよろしく頼む!」
『シルバー氏、ルーク氏のあのテンションに一瞬で順応できるの、実はスゴくない……?』
『それじゃあ、次の夢に移動しよう。と、その前に……ルークさん。装備を寮服か制服に変更する事は出来る?』
「おっと!これは失礼」
 シュラウド先輩の呟きを遮るように、オルトがハント先輩の前に進み出る。ハント先輩は軽い調子で受けて、あっさりといつもの姿に戻った。整えられた金髪と綺麗な帽子に、着崩しの無いポムフィオーレの寮服。見慣れてるから、こっちの方が落ち着くなぁ。
「……これでどうかな?」
『さすがは三年生。自力、かつスムーズに装備変更が完了したね』
「ぐ、ぐぬ……僕たちも早く装備変更魔法を身につけなくては。あの恥ずかしい呪文を卒業するためにもッ……!」
 ……さすがに夢を渡ってる間に身につけるのは無理じゃないかなぁ。
『そうだ。マレウスさんとの最終決戦フィールドへのリンクコード……パーティー会場への招待状も渡しておかなきゃ』
「パーティーか……ふふふ、胸が高鳴るね!招待状、しかと頂戴したよ」
 ハント先輩は招待状を受け取り、しっかりと懐にしまう。
 着々と頼もしい戦力が増えている。ずっとこの調子で進めたら良いけどなぁ。
『……ルークさんのダミーデータも、本部からダウンロード完了。ホログラムを出力するよ』
 そしてエペルの時と同じように、夢の中に残していくダミーデータが出力される。さっきまでのハント先輩が再び現れて、当のハント先輩は驚いた顔をした。
「オーララ!自分の姿を客観的に眺めるというのは、なんとも不思議な気持ちになるものだね」
 ご機嫌な様子だが、楽しそうな声とは裏腹に鋭い視線がダミーデータに向けられている。あの、向けられるとちょっと居心地が悪い視線だ。いつもの先輩らしい、と言えばそうなんだけど。
「だが……わずかに靴の踵の減り方が本物の私とは違っているようだ。『竜の君』に見破られないといいが……」
「そんな細けえトコに気づくの、ぜってーオメーしかいねーんだゾ!」
「はっはっは!ついクセでじっくりと観察してしまった」
 確かに、ツノ太郎はそんな細かいところまで見ないかもしれないなぁ。
『……っと、ボスエリアに入る前に、ここで「イミテーション」について情報を共有しておこう』
「イミテーション?」
『現在、存在が確認されている第三勢力だ。ハシバ氏の外見のNPCとして特定の人物の夢に紛れこみ、本物のハシバ氏を排除する事を目的として行動すると見られている』
 エペルとハント先輩の顔がこちらを向いた。とりあえず頷く。
『次の行き先……ヴィル氏の夢に「イミテーション」の魔力が確認されている。ほぼ間違いなく遭遇する事になるだろう』
「……私たちはどう行動すれば良い?」
『ヴィル氏に対する基本行動は同じだ。ヴィル氏に夢だと気づかせて目醒めさせ、仲間に加わってもらう。それに対し「イミテーション」は妨害行動に出ると思うけど……それだけとも限らない』
「どういう事ですか?」
『「イミテーション」はマレウス氏の作った夢の世界のNPCでありながら、夢の世界を守る事を第一目的としていない』
 シュラウド先輩の夢の中で、夢の主に夢だと気づかれかねない発言をしていた事がその根拠だという。
 端的に言えばその行動は予測不可能。
『……だから気をつけてほしい。マレウス氏の夢の世界は夢の主を傷つけるようには出来ていないと思うけど、「イミテーション」はその法則から外れる可能性が高い』
「……ユウくんだけでなくヴィルにも危険が及ぶ可能性がある、という事だね」
 握った拳に力が入る。
 また、自分のせいで誰かが危険な目に遭ってしまう。それを避けるためにここに立っているつもりだけど、果たして僕に守れるのだろうか。
 ばしっと背中を叩かれて思わず背筋を伸ばす。振り返るとエペルがニヤリと笑っていた。
「シケた面してんなよ、元・魔法少女だろ!」
「……そうか、あの時の……彼から散った魔力の花弁がその『イミテーション』になったという事か」
『そういう事。……ルーク氏見えてたんだ。オルトの撮影した映像をコマ送りにしてやっと視認出来るレベルだったのに……』
「一瞬だったが、俺にも見えた」
『ワァ……』
 シュラウド先輩が小動物のような声を出す。自分はそれどころじゃなかったけど、結構見えてた人いたんだなぁ。
『とにかく、対象への接触時は慎重に。情報収集から始めてもらえると助かる。ハシバ氏が対象の夢に入った後の「イミテーション」の行動パターンとか、情報が少なすぎて対策が出来ない状態なんだ』
「了解だ。意識しておこう」
「……ご面倒をおかけします……」
『今回の事は全然ユウさんのせいじゃないからね!!勝手に封印を上書きされて、ユウさんはむしろ被害者だよ!!』
 思わず謝ると、オルトが何故か怒ってくれた。ハント先輩も頷いている。
「君が『封印』を受けたままこの世界にやってきた事も、誰にも予想できなかった事故だ。そう背負い込まないでおくれ」
「そういうワケにはいかないです。何て言うか……気持ち的に……」
「せっかく長年閉じこもっていた殻を破る事が出来たんだ。気持ちも前向きに行こうじゃないか」
「……殻……?」
「形態模写とは言え、素晴らしい歌とダンスだった。練習を積み重ねればいつか、模倣とは思えないほどの完成度に仕上げる事が出来るだろう」
 さっきのステージの時、ちゃんと見てたって事か。お世辞もあるだろうけど、ちょっと恥ずかしいな。
 ハント先輩が帽子を脱いで胸に抱く。僕の顔をまっすぐに見た。
「穢れをはねのけ凛と咲き誇る、我らが『白百合の君』。君が戦いに立つのならこの『愛の狩人』、惜しみない援護を誓おう」
「あ、ありがとうございます……」
「そして願わくば、我らの女王と並び立ち二人の幸せな笑顔も見せておくれ」
 どこまで本気にしていいやら。ちょっと愛想笑いを浮かべるに留めた。
 とか思ってたらバッと音がつきそうな勢いでハント先輩がシュラウド先輩を振り返った。
「『自室の君』、至急確認したい」
『ひぃっ!!なになになに!?』
「先のセベクくんへの発言から察するに、夢の世界の様子は映像記録に残っているのだね?」
『え、まぁ……基本的にはそうだけど……』
「…………例えば、後で私的に映像記録を譲っていただく事など出来ないだろうか。具体的には、私がエペルくんに怒られる直前のステージ上の映像を!!」
 凄く真剣な表情で言ってるのだが、内容は欲望に忠実である。
「そして私が知り得ぬ間の『白百合の君』と姫林檎が戯れている映像があれば是非に!!!!」
『あー…………検討しておきマス……』
「ありがとう、『自室の君』!」
 セベクが物言いたげに僕を見た。無言で首を横に振っておく。
 あとで断ってくれるように頼んでおこうかな。誰に言えば良いんだろうこういうの。
「よぅし、いざ冒険の旅に出発しようじゃないか!」
 ハント先輩はご機嫌で僕たちを振り返る。気づいているのかいないのか、僕やエペルの疑惑の視線には全く触れない。
「みんな、心残りは無いか?」
 微妙な空気には全く気づかない様子で、シルバー先輩が僕たちを見渡す。
「これより夢を渡る。俺の身体にしっかりつかまってくれ」
「オルト、僕、背中側につかまってみたい!」
『あ、じゃあ右と左でうまく調整しよう』
「ふむ。バランスを考えれば、私が左右どちらかの腕に掴まった方が良さそうだね」
「さっきは回転が加わって酷い目に遭ったからな……掴まる人間のバランスが悪いと安定しないのかもしれない」
「と、なると僕とグリムが正面に抱きつくのか……」
「シルバー固ぇからイヤなんだゾ」
「ワガママを言うな」
「すまないな……少しの辛抱だから」
 どこか緊張感の薄い会話を繰り広げつつ、全員がシルバー先輩にひっついた。……これ以上増えたら掴まるところ無い気がするなぁ。
 ご機嫌なポムフィオーレの二人はともかく、セベクは同じ事を考えていそうな気がする。
 スカイダイビングみたいな繋がり方でも渡れるならどうにかなるかもしれないけど、うっかり手を離したら吹っ飛んではぐれちゃいそうで危ないもんなぁ。
 僕がそんな事を悶々と考えている間に、シルバー先輩はいつものようにユニーク魔法の呪文を詠唱する。
「いつか会った人に、いずれ会う人に……『同じ夢を見よう』!」
 視界が光に包まれる。
 …………やっとあなたに会える。
 そう思う気持ちもある。でも不安も沢山ある。
 理想の姿をした偽物がいたら、現実の本物は受け入れてもらえないかもしれない。
 信じたい。きっと気づいてくれる。
 でももし気づいてくれなかったら、自分は一体どうするのだろう。

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