7−4:虹色の旅路
一夜漬けの割にまぁ、頑張った方じゃないかと思うんだ。
ポジション移動とかも含めて何とか形になった。セベクもシルバー先輩も慣れない様子だったけど頑張ってくれたし。自分も人の事は言えないけど、やっぱ二人も流行の音楽とか興味ない方だったんだな。
教える側に回るのって難しい。グリムのサイズじゃお手本にはなれないから、いちいちデュースの動きを思い出して再現して、それをシルバー先輩にやってもらうっていう手間の多さがしんどかった。実質二人分踊ってた気がするけど気にしてはいけない。
教師は向いてないなぁ。教わってる側の方が気楽でいいや。
学校の敷地は夢の領域内に含まれているので、それを利用してコロシアムに『VDC』のセットを再現した。『S.T.Y.X.』の協力もあって抜群の出来。機材類は音響周りだけ作ってあるけど、大画面ははめ込みだし裏側はほとんどハリボテみたいな感じ。でも踊る分には支障ない。
準備が出来た所で、ハント先輩を呼びに行った。夢の中だからか授業とか決まった時間割があるワケじゃないみたいで、サバナクロー寮で推し活に勤しんでいた。自覚が無いとはいえ、夢の世界をめちゃくちゃ楽しんでるなぁ。
「もしかして、今日はキミの好きなものを私に紹介してくれるのかい?もちろん、お供させていただこう。昨日は存分に私に付き合ってもらったからね」
見せたいものがあると言ったら、こんな返事をしてついてきてくれた。普段は時々含みのある物言いをする人だけど、今の彼はただひたすらに素直な良い人に見える。
ポムフィオーレという環境のせいか、シェーンハイト先輩という『毒』からの影響を受けての変化なのか。
どちらが良い悪いというものではないけど、ただひたすら不思議だなぁと思った。
そんなこんなでコロシアムに入り、通路を抜けてフィールドに出る。
「あ、あのステージは?あれは……エペルくん?」
驚きの声を上げるハント先輩を、正面ど真ん中の最前列の席に座らせて、自分もステージに上がる。メガネをオフにしつつ、舞台上に並び始めたみんなに混ざった。
全員がステージに並んだ所で、エペルが声を張り上げる。
「ルークサン!消してやるぜ、あんたの中の偽物の輝きを!そして思い出させてやる。……あの日の全てを!」
「あの日……!?」
ハント先輩の驚く声が音響にかき消される。
エペルがシェーンハイト先輩と同じ動きで踊り出す。手の振りもタイミングも同じ。小柄でおとなしそうな外見を裏切るような、大胆で堂々とした動きを披露していた。
僕たちは彼を邪魔しないように踊る。一夜漬けの二人に身長の圧倒的に足りないグリムもいるから、違和感があるってレベルじゃないだろう。僕もアジーム先輩の真似をしているだけだから、自分の事に必死で他人の事までカバー出来るわけじゃない。
それでも、ハント先輩は何も言わずに、ステージに釘付けになっていた。合間に見えたその表情は驚きに染まっている。突然始まったステージに驚いているだけでは無いはずだ。
曲が終われば、静寂がコロシアムを包む。あの時のような歓声は無い。それでも『やりきった』という実感だけはあった。
「何故だ……初めての曲とダンスのはずなのに……涙が溢れてくる」
たった一人の観客が呆然と呟く。言葉通り、彼の頬には涙が伝っていた。
「手足も上がりきっていないし、振りもバラバラ……なのに、ああ!何故こんなにも、胸が締め付けられるのだろう!なんて美しく……そして、切ない!」
彼が声を張り上げた瞬間に、景色が大きく歪み足下が不安定になる。同時に、ハント先輩が呻いて頭を抱えた。
あともう一押し。
ステージを降りてハント先輩に近づこうとした時、合流してきたタブレットから鋭い声が聞こえた。
『みんな、気をつけて!周辺の魔法構築式が急速に書き換わってる』
みんなの表情が一気に引き締まった。ほぼ同時に、周囲に黒いモヤが滲み出す。
『……「闇」のお出ましですぞ!』
滲み出したモヤはステージの上で集まって二つの固まりになった。それぞれが人の形を取り、やがて白い制服を着た人物が二人、ステージ上に現れる。
「ナイトレイブンカレッジの皆さんのステージ……素晴らしかったわ!」
「そうだね、ヴィーくん!僕たちも頑張って練習してきた成果をみんなに見てもらおう」
それはロイヤルソードアカデミーの制服を着たシェーンハイト先輩と、ネージュだった。もちろん闇の作り出した偽物なんだけど、見た目には本人のように見える。
…………白が似合わないワケじゃないと思うけど、シェーンハイト先輩には似合わないと思うんだよなぁ、この制服。
「それじゃあ、聞いてください。『みんなでヤッホー』!」
童謡の伴奏が会場中に響く。こちらの制御している音響設備が乗っ取られたワケじゃない。夢の中だから、『闇』の方でも情報は思いのまま、というヤツだろう。
「あ……あ……この曲は……」
頭痛に苦しんでいたハント先輩が顔を上げる。そして二人の声に合わせて歌い出した。
「なっ!?嘘だろ、せっかく夢から醒めかけてたのに!」
もうこちらの事など視界に入った様子はない。なんならさっき見ていたステージの事さえ忘れていそう。
童謡だから曲は短いけど、その短い一曲のおかげで苦労が水の泡だ。
…………ああもう、本当に悔しい。
現実の『VDC』ではネージュにも事情や努力があったから多少飲み込めたけど、『闇』は映像をそのまま再生しているだけみたいなもんだろうから、そういうのが無い分、余計に腹が立つ。
「ううっ……ふたりの歌声に、全ての悲しみや悔恨が浄化されてくようだ……。なんて、なんてボーテな光景……」
そんなものをあっさり全肯定している彼にも腹が立つっちゃ立つワケですけど。
舞台上の二人はただ微笑んでいた。勝ち誇ってる様子なのがムカつく。
わざと強く足音を立ててステージに上る。
「今日のステージはナイトレイブンカレッジの貸し切りなんで。邪魔者はご退場いただけます?」
僕が睨みつけて言うと、ネージュの偽物は嬉しそうに笑っていた。いや余裕かよ。
「ユウくん!」
「は?」
そして抱きつかれた。慌てて引きはがすと、今度は後ろから誰かに抱きしめられる。
「ユウったらつれない事を言うじゃない」
シェーンハイト先輩の偽物が僕の頭を撫でながら言った。お気に入りのぬいぐるみでも抱きしめるみたいに、後頭部に頬ずりされる。
「突然、活動休止なんかするから心配したのよ」
「えへへ、でも嬉しい。久々に会えてほっとしちゃった!」
ネージュの偽物が再び抱きついてくる。今度は逃げられない。二人とも妙に力が強い。
「い、いや、ちょ、離……」
「ダメよ。アタシの気が済むまで離さないわ」
「離さないから!」
「た、助けてグリムー!」
「ふなー!子分から離れろー!」
「何をやってるんだ貴様らは!!」
じたばたしている僕にグリムとセベクが駆け寄ってくる。
そんな騒ぎが耳に入っているのかいないのか、ハント先輩は妙に悦に入った顔で舞台上を見ていた。
「お、おお……友の再会……なんと尊い……!」
目の前で繰り広げられているものを何だと思ったのか。他に観客のない会場内にその声はやたらと響きわたる。
「今この瞬間……キミたちは世界で一番美しい!」
この言葉で、呆然としていたエペルに殺気が宿った。
「オイ!ちょっと待てよ!!」
エペルがハント先輩の胸ぐらを掴む。顔を無理矢理ステージに向けさせた。
「よく見ろ!本物のヴィルサンはもっと性悪そうで、眉毛の角度もすげーキツくて!睨まれたら心臓がギュッてなるくらい、眼光が鋭くて……!」
僕から引きはがされた舞台上の二人は、ハント先輩の方を向いてきょとんとしている。しかしそのおかげで比較もしやすいだろう。
「あんたの『毒の君』は!俺たちの女王様は!もっともっと……毒々しくて、美しいだろーが!!」
「毒々しくて……美しい……?」
ハント先輩が首を傾げる。
「あの日ヴィルサンが一番欲しかった言葉を、あんな偽物たちに安売りしてんじゃねえ!」
エペルの鋭くまっすぐな言葉に、ハント先輩は完全に反論を封じられていた。
「ロイヤルソードアカデミーに一票入れた時より、今のあんたの方がよっぽど酷い裏切り者だ!」
そして、目を見開く。すぐに痛そうに顔を歪めたのは、目醒める前の頭痛のせいじゃないだろう。
「いいかげん目を醒ませ!ルーク・ハントーーーーーーーッ!!」
ダメ押しの怒鳴り声がコロシアムに響いた。
そして再び、世界が大きく歪み始める。
「ロイヤルソードアカデミーに一票……裏切り者……」
苦しそうに呻いては地面が揺らぐ。言葉を挟めずに、見守っている事しか出来ない。
「……そうだ、世界で……世界で一番美しいのは……あ、あああ!」
ハント先輩の絶叫が響いた。
静寂が戻ると同時に、地面が固さを取り戻す。一瞬の間を置いて、割れんばかりの歓声と拍手がコロシアムを埋め尽くした。誰もが驚き辺りを見回す中で、苦しんでいた彼がゆっくりと立ち上がる。
「ふ、ふふ……そうだ。『あの日』はこんな風に万雷の喝采がコロシアムに鳴り響いていた」
どうして忘れていたんだろう。
どうして忘れていられたんだろう。
切ない響きの呟きは、責めるように彼自身に向けられていた。
「雪の降る庭で、語り合った日々……画面を睨みつける、悔しげなキミの横顔……真っ赤な林檎に仕込まれた毒を、飲み干す事が出来なかったあの日を!!」
その言葉で、エペルがぱあっと顔を輝かせた。
「やった!ルークサンが目を醒ました!」
僕たちが胸を撫でおろす一方、偽物たちは戸惑った表情を彼に向ける。
「『R』さん、悲しい顔をして、どうしたの?ね、もう泣かないで」
「ねえ、一緒に歌いましょう。みんなで歌えば、きっともっと笑顔になれるはずだわ」
「さあ、君も舞台に上がって……」
その声が途中で止まる。
「アナタ、なぜアタシたちに向けて矢をつがえているの!?」
偽物の言う通り、ハント先輩は背負っていた弓を構え、舞台上の二人に向けていた。まだ目元には涙が残ったまま、それでもまっすぐに偽物の二人を睨んでいる。
「正気!?アタシたちは世界的人気俳優、ヴィル・シェーンハイトとネージュ・リュバンシェよ!?」
本物なら絶対に言わなさそうな台詞に、苦笑いが漏れた。きっと似たような感想を抱いただろうハント先輩は、穏やかに言葉を紡ぐ。
「ああ、夢と判っていても尚……キミたちを傷つけようとしている事に涙が止まらないよ」
「ネージュ、アタシの後ろへ!」
ハント先輩が弓を下ろさないと見ると、シェーンハイト先輩の偽物はネージュを背中に庇った。
「美しいこの子を傷つける事は許さないわ!」
「ヴィーくん!あぶないよ!もし美しい君に何かあったら、僕は悲しみに押しつぶされてしまう!」
ネージュの偽物はその背中にしがみついている。台詞がどんどん本物から遠ざかっている気がした。ハント先輩が目醒めた事で参照できるデータが減ったとかあるんだろうか。
……偽物同士だからというのもあるだろうけど、この光景、不快感しかないなぁ。
「なんという尊い友情……けれど。仲睦まじいキミたちの姿こそ、私の醜い裏切りの証!」
ハント先輩は力強く言い切る。もう完全に目が醒めたようだ。
「終わりにしよう……今ここで!」
矢が放たれる。偽物が炎で打ち落とすけど、矢に乗せられていた魔法までは防ぎきれなかった。炎が風に煽られて、放った偽物の方に牙を剥く。
響く悲鳴は声ばかりよく似ている。今更、誰も動揺しないけど。
「みんな、力を貸して!」
ネージュの偽物が声を張り上げると、どこからともなく『闇』が複数体現れた。多分、現実ならドワーフの仲間たちなんだろうけど、特に『闇』が彼らを模している様子はない。
すかさず寮服に着替えて、みんなが戦闘に加わる。
向こうの方が数が多かったのは最初のうちだけ。偽物を相手取るハント先輩やエペルを妨害させないよう、『闇』を優先的に始末すればやがて復活しなくなっていった。
「『R』さん……どう、して……?」
「溶けていく……美しいアタシがぁ……!」
姿が維持できなくなり不定形の『闇』へと戻りつつある偽物たちが嘆く。それを見るハント先輩の表情は今も悲しげだ。それでも矢をつがえ、まっすぐ彼らに向ける。素早く放たれた二本の矢はまだ残る『闇』の胴体を射抜いた。それがトドメとなったようで、『闇』は姿を失い虚空に溶けていく。