7−4:虹色の旅路


 夢の中の領域はその人のイマジネーション強度によって広さが異なる。
 ハント先輩の領域は広く、少なくとも学校全域がカバーされているとの事。各寮もちゃんと再現されていて、その領域内にいればとりあえず『闇』には襲われないだろうとシュラウド先輩は分析していた。まぁ絶対ではないから警戒は必要みたいだけど。
 そんなこんなで、エペルが僕たちを連れてきたのはポムフィオーレ寮のボールルームだ。寮生たちのNPCは積極的に活動するものではないらしく、僕たちを訝しげに見たりはするけど絡まれたりはしなかった。とても助かる。
「『VDC』を再現する!?」
 そしてほっとしたのも束の間、エペルからの提案はとんでもないものだった。
 でも冗談ではないらしい。驚きの声に対し、エペルは真剣な表情で頷く。
「きっと……どんな言葉よりルークサンに大きなショックを与えられるはず」
「で、でもよ。ステージとか曲とか、どうするんだゾ!?」
『音源は現実世界のネットに上がってる「VDC」の動画から再生できるよ』
『うん。それにここは夢の中……強固なイメージさえあれば、ステージの「情報」を構築する事は可能だ』
 グリムの疑問に対し、イグニハイドの二人からは心強い言葉が出る。しかし更にセベクから待ったがかかった。
「歌は音源でいいとしても、踊りは誤魔化せないだろう?」
 もっともだ。再現すると言うからには、そしてハント先輩の心を動かすには、それなりの完成度が必要になる。
「僕とシルバーは踊りの経験など全くないぞ。貴様らのステージは客席で見た。とても初心者に踊れるとは思えないが……」
「第一、ここにいる人数じゃ足りないんだゾ」
「それは……大丈夫だと思う。ルークサンのポジションを空けるんだ。それできっと伝わるから」
 セベクとグリムの表情が青ざめる。
「という事は……ユウを頭数に入れてるのか!!??」
「再現どころじゃなくなるんだゾ!!子分の音感とリズム感の無さをナメるんじゃねー!!!!」
「僕だってそれは知ってるけど!でもこれが一番だと思うから!」
『手拍子下手すぎてメトロノームの方がバグったと錯覚されるハシバ氏には荷が重すぎんか……?ホログラムでバックダンサー加えた方が良くない?』
『うーん、今から間に合うかな……棒立ちでも実在の人の方が良い、かも?』
「誰にでも不得手な事はある。仕方ない」
 シルバー先輩の慰めの言葉のせいで余計に惨めに感じられる。
「……後で覚えてろよ」
『でも、現実的な問題として、ユウさんをどうするかは考えないと。人数の再現性を削るか、ステージ上の完成度を削るか、どちらか決めなくちゃいけない』
「……実は、ちょっと試したい事があるんだよね」
「試したい事?」
 みんなが首を傾げる。視線は無視してタブレットを見た。
「えーっと、音楽ってもういま用意できます?」
『いつでもいけますぞ』
「あ、じゃあちょっと待ってください」
 制服のジャケットを脱いで部屋の隅に投げた。ついでだからネクタイも外して、メガネも置いておく。カーディガンのボタンを外して開いた状態にした。袖を捲って、一度顔を両手で覆う。
 深く呼吸して、必要なものを頭の奥から引きずり出す。
「……音楽お願いします」
 何度も耳にした歌声が響く。余計な感情はいらない。
 僕は今、『VDC』でのアジーム先輩の物真似をしているんだ。
 ひたすらに彼を真似る。明るくまっすぐな声、しなやかな動き、華やかな表情。彼が持つ全てを、僕の身体で表現する。合わせるのはリズムじゃない。聞こえた音に対しての、アジーム先輩の動きをひたすらに再現し続けた。
 夢中で動き続けていたから、みんなの反応を見ている余裕が無い。せっかくのボールルームなのに鏡も目に入らなかった。記憶の中から動きや声を引き出して再現し続ける事に精一杯で、アジーム先輩らしさとは何か、を考えているうちに曲が終わっていた。
「……えーと、どうだった?」
 みんなが目を丸くしたまま動かないので、思わず訊いていた。
 最初に我に返ったのはエペルだった。怒った顔で僕に詰め寄り、胸ぐらを掴んでくる。
「え、ちょっ」
「おめぇ、嘘ついてたな?」
「ち、違っ……」
「踊れねえって嘘ついて『VDC』の時サボってたんだな!!??」
「違う!本当に違うから!!落ち着いて、話を聞いて!!」
 慌てた様子でオルトが飛んでくる。
『エペルさん、落ち着いて!普段の彼の音痴ぶりはわざとやる方が難しい事だよ!!』
「じゃあ今のは何だよ!!」
『ほーん……察し。ハシバ氏、形態模写は出来るんだ?』
「……形態模写?」
 エペルが目を丸くしながら、シュラウド先輩のタブレットを見る。
『所謂「モノマネ」っすな。ハシバ氏自身の音感とリズム感が絶望的でも「歌とダンスの上手い人」の真似を徹底すればそれなりのものができると』
「……上手く出来てたようで何よりです……」
「えっと、じゃあ今のは……」
『カリム・アルアジームさんの動きを再現したものだね。音に対して若干の遅れは見られたけど、動きも声も七割以上一致してたよ』
 やっとエペルの手が離れた。ほっと胸を撫で下ろす。
「……そんな事が出来るなら、『VDC』の時も出られたんじゃねえの?」
「シェーンハイト先輩が『誰かの真似』で納得すると思う?」
「…………思わない」
「でしょ。それに、出来るかもしれないって思うようになったのは最近なんだ。……それこそハント先輩のおかげだね」
「ルークサンの?」
 僕は頷く。
「前にね、『歌も踊りも出来ないと思いこんでるんじゃないか』って言われたんだよ。ハント先輩に」
「あ、『VDC』の申し込みの時だな!」
「そう、それ。あの時は心外だったけど、でも時間が経つにつれて『本当に出来ないのかな』って考える事が増えてね」
 まぁ、挑戦する機会なんて今日まで無かったんだけど。
「……なんかずっけぇ」
「ずっこくないですぅ。僕からしたら誰かの真似じゃなくオリジナルで表現できるみんなの方がずっけぇですぅ」
 不満そうなエペルに口を尖らせて言い返すと、脇腹を指で軽く刺された。痛い。
『まぁ、創作は模倣の積み重ねって言うし、そう卑屈にならんでもろて』
『それに、これで最大の懸念点は解決だ!』
 いつの間にか最大の懸念点にされてた。泣きたい。
「グリムクンもダンスの振り、覚えてる?」
「あったりめーだろ!オレ様たちがどんだけヴィルの『ストップ!曲止めて!』の声で震え上がって、どんだけ繰り返しオメーらのダンスを見たと思ってんだゾ」
 エペルは苦笑いしていた。改めて全員を見る。
「じゃあ、ユウクンとグリムクンはシルバーサンにバックコーラス隊の振りを教えて。僕はセベククンとオルトクンにメインボーカル隊の振りを教える」
 オルトはこういうのすぐ覚えられそうだし、エペルの負担は意外と少ないかもしれないな。それに今のエペルにはめちゃくちゃ頼もしい雰囲気がある。きっと大丈夫だ。
「みんなには、一晩で詰め込める限界までダンスを覚えてもらう」
「い、一夜漬けで完璧に踊れるわけがないだろう!?」
「振りを間違えてもいい。みんながバラバラでも……不完全でもいいんだ」
 静かな言葉が胸を刺す。
「だってあの日の僕たちは……全然、完璧なんかじゃなかったから」
 間違いなく全力だったけど、結果も含めて苦い思い出となってしまった。でも無かった事にも出来ない。
 特にエペルには、あの日々があったからこそ得られたものが沢山あるんだと思う。
 ……さっきの夢で言えば、シェーンハイト先輩たちに認められて喜んでいたのがそれだよなぁ。合宿の最初の頃のエペルなら、彼の言葉にあんなに喜んだりはしなかったと思う。悔しい顔をさせたいとか、そういう感じだったんじゃないかな。
 だから『VDC』の合宿も無かった事になっているこの夢は、余計に受け入れられないのかもしれない。
 シェーンハイト先輩のポジションはエペル、バイパー先輩はオルト、エペルのポジションにはセベクが入る。バックコーラス隊はエースの位置にグリム、デュースの所にシルバー先輩、僕はさっきやったアジーム先輩のポジションで、ハント先輩のポジションは空ける。
「イデアサン!全員でダンスを合わせられるようになったら、全体を見てビシバシダメ出しをお願いします!」
『フヒヒッ!任せてくだされ。拙者アイドルダンスを見る目はちょっとばかり厳しいですぞ~!』
 シュラウド先輩の声が妙に生き生きしている。アイドル系も守備範囲なんだ……広いな……。
『そ、そだ……エペル氏。「VDC」を再現するなら、い、衣装も制服に揃えた方がいいんじゃないの?』
「あっ、そうか!どうしよう、僕、制服を持ってない……」
『ヒ、ヒヒヒ……その辺は拙者にお任せあれ。本番までには装備データを用意しておきますゆえ』
「本当ですか?ありがとうございます!イデアサン!」
 シュラウド先輩の内なる思いを知らず、エペルは全力の笑顔をタブレットに向けていた。周囲にキラキラしたエフェクトが見えそうなぐらいの眩しい笑顔。
『ウッ!眩しい!い、一瞬にしてアイドル育成ゲームの世界に転生してしまったかと思った……。ポムフィオーレ、恐るべし……』
 なんかシュラウド先輩はぶつぶつ言ってるけど、エペルは無視してポジションの確認をしている。
『っていうか今の拙者、完全にボーイズアイドルグループのマネージャーかPでは?イデアマネージャー……シュラウドP……。デュフッ!悪くありませんな……』
「オルト、音源こっちで再生できるようにした方が良くない?」
『うーん、PCに変なデータ入れたら、異変と見なされてマレウスさんに見つかっちゃうんじゃないかなぁ……』
『あっあっあっ、待ってPがちゃんと仕事するから!除け者にしないで!』
 シュラウド先輩が妄想の世界から戻ってきた所で、エペルがみんなを見回す。
「それじゃあ、みんな。練習を始めよう!……『音楽かけて』!」

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