7−4:虹色の旅路
寮内の個室にしては大きなテレビで、高画質の映像を楽しむ。
基本的に談話室にはテレビが置かれてるイメージあるけど、寮長含め個室にあると聞いた事はない。多分、個人的に入れたものなんだろうけど、それにしても大きい。こだわりを感じる、と言えば聞こえは良いけど、まぁこの室内全体に言えるけど、好き勝手やってる感が凄い。
これ自体がハント先輩にとっての理想なら、普段は相当我慢してるって事なのかな。意外。……いや、我慢してくれないと困りそうだけど。周りが。
見せられた映画も舞台もとても素晴らしかった。オーソドックスな学園物の映画や子役時代のミュージカル、稽古映像では仲睦まじいネージュとシェーンハイト先輩の姿と、それを見守るキャストやスタッフの姿が見られた。
小さい頃のシェーンハイト先輩、本当に可愛すぎる。稽古風景での大人顔負けのしっかりした姿がより可愛い。
かと思えば最近の映画では凛々しい青年役を難なくこなしていて、もうとにかくかっこいい。ネージュの影に隠れる悪役なんかじゃない。もう一人の主役だ。
だけど、それに現実の彼との違いを強く感じるのも事実だ。
多分、ヒーローの演技も先輩は問題なく出来る。それは間違いない。だけど心のどこかで『これは違う』と思ってしまう。
……『毒』が足りない。
先輩の持つ屈服したくなる美しさ、その奥にある甘く蕩かすようでいて鋭く胸を刺す、あの感じが足りない。
それはヒーローを演じているから足りないんじゃない。先輩が演じているのなら、ヒーローだろうと勇者だろうと、彼がヴィル・シェーンハイトであるならば、彼の『毒』は絶対に存在する。
その存在すべき『毒』が無い。
これは誰かの願望でしかないのだ。下手をすれば彼の築いてきたものに対する裏切りとも取られかねないような、独りよがりの妄想。
しかし、これがハント先輩の『ヴィル・シェーンハイトの苦悩』を想うが故の願いであったなら、一概に批判する事も出来ない。
シェーンハイト先輩の望む『主役』で在るために、彼の『毒』はあまりにも制御が難しい。
その『毒』さえ無ければ掴めた役がいくつあっただろう、とハント先輩が思い、理想の姿から排除してしまうのも無理はない。
だってそれを考えてしまうほどに、シェーンハイト先輩の主役を求める苦悩は深かった。知り合ったばかりの僕でさえ思うぐらいだから、友人として間近で彼を見てきたハント先輩が思ってもおかしくない。
……なんだか悲しい。
自分の力だけではままならないものを抱えて苦しんでいる。それは同じはずなのに、誰かを想って抱えた悩みは、こんな形で片づけられてしまうと、途端に独りよがりで陳腐なものに思えてしまう。
真剣さに嘘は無いはずなのに。
「……見たかい?カーテンコールで互いを称え合い抱き合うヴィルくんとネージュくんの姿を!」
一方、ハント先輩はぐすぐすと鼻をすすりながら、画面を手で示す。解説通り、一時停止された画面の中でネージュとシェーンハイト先輩が笑顔で抱き合っている。
そういう意味合いじゃないのは解ってるけど、冷ややかな視線を隠しつつ心を殺して画面を見ていた。
「宿敵を演じたからこその、最後の笑顔が……ボ、ボ、ボーテッ!!!!」
幸いにもハント先輩はそんな僕の様子に気づかずに、再生を続ける。まあ後は挨拶してスタッフロールが流れて終わりなんだけど。
ちらっと部屋に飾られた時計を見れば、この部屋に入ってから五時間が経過していた。まぁ映画と舞台を複数だから、それぐらいいくか。……現実ならトイレ休憩必須だろこれ。
「ふなぁ~。ぶっ続けで映画やら演劇のDVDを見せられて、もうクタクタなんだゾ」
「今日鑑賞したタイトルがどれも素晴らしかったのは間違いないのだが……」
「ルークサンの解説と歓声が大きすぎて、全然集中して見られなかった……かな」
「……すまない。夢の中だというのに何故か抗えない眠気が……」
『ルーク・ハントさん。貴重な映像をたくさん見せてくれてありがとう!もう時間も遅いし、僕たちはそろそろお暇するよ』
不満げな一同の感想を遮るように、オルトがハント先輩に微笑みかける。ハント先輩の方もやっと時間を意識したのか、驚きつつ笑顔を見せた。
「楽しい時間は矢のように一瞬で過ぎ去る、とはこの事だね。今日は本当に有意義な時間を過ごせたよ!ありがとう。またいつでも遊びに来ておくれ!」
「もう二度と来たくねぇんだゾ……」
『それじゃあ、おやすみなさい。ルーク・ハントさん』
みんながぞろぞろと部屋を出て行く。その中でエペルだけが、どこか浮かない顔でうなだれていた。見ていると、意を決した様子で顔を上げる。
「……ルークサン、あの……最後にひとついいですか?」
「ん?どうかしたかい?」
「……本当に忘れちゃったんですか?『VDC』の事……」
「『VDC』……?ああ、とても素晴らしかったね!ネージュくんとヴィルくんによる『みんなでヤッホー』は!」
エペルが目を見開く。
中継が切れた後、先輩たちがステージの上で歌っていたらしいという話は聞いた。でも多分、ハント先輩が言ってるのはそういう意味じゃない。
「あのステージは何度見ても、その光景の美しさに涙が溢れてしまうよ」
恐らく、この夢の中でも『VDC』に優勝したのはロイヤルソードアカデミーで、シェーンハイト先輩がその一員に加わっているのだ。
……絶対に似合うワケがない。なのに、ハント先輩は受け入れてしまっている。
「鑑賞会はいつでもできる。あのステージを見て一緒に盛り上がるのは、次の楽しみとしよう」
別れの挨拶をして、ハント先輩の部屋を出る。エペルは浮かない顔のままだった。多分、僕と同じような事を考えているのだろう。
特に見咎められる事も無く、寮の外に出る。校舎へ続く鏡の前で何となく足を止めた僕たちは、何とも言えない顔で互いの顔を見合わせていた。
『……共感性羞恥でずっとフリーズしてた。興奮したオタクって外野から見るとあんな感じなんだ……』
シュラウド先輩が呆然とした様子で呟いた。いたたまれない。
「なんなのだ、あの男は?五時間中十秒も黙らなかったぞ」
「現実のルークも、あそこまでハイテンションじゃねぇんだゾ」
「そもそも、なぜポムフィオーレの副寮長がサバナクロー寮生になっている?」
そういえばそうだ。その辺、聞きそびれたなぁ。
「もしやルーク先輩はサバナクローに転寮したいという願望を持っていたのだろうか?」
「それは、ルークサンが昔、サバナクロー寮生だったから……かな」
「なにっ?転寮したという事か?」
「うん。ヴィルサンと出会って、意気投合して、ポムフィオーレに転寮したんだって」
つまり、入学前から転寮まではあのワイルドな感じだったのか……。今の様子からは全く想像がつかない。人は変わるというけど、変わりすぎじゃないか。あの芝居がかった喋り方がどっちでも何となく気にならないのが一番不思議だけど。
『この夢の中のヴィル・シェーンハイトさんは学業に専念する事なく、映画やドラマなどの長編作品にも出演し続けている。そして、ナイトレイブンカレッジには通っていない』
オルトが冷静に情報を分析する。
ロイヤルソードアカデミーのネージュが今どの程度活動をしているかは知らないけど、もしかして向こうの方が芸能活動への理解と協力がある感じなのかな。
ナイトレイブンカレッジも無いとは思えないけどなぁ。学園長、校内に売れっこ芸能人がいるとか、そういうの大好きだろうし。
『つまりこの夢でのルーク・ハントさんは、「ヴィルさんと友人になった」という事実が無い。だから転寮する事なく、三年生になってもサバナクローに所属している』
エペルの顔を見れば、さっきからずっと浮かない顔のままだ。
シェーンハイト先輩と並んでエペルに指導をしていた人だから、まぁ複雑な気持ちにもなるかな。
「じゃあルークのヤツ、本当はヴィルと仲良くなんてなりたくなかったって事か?」
「あるいは、ヴィル先輩と仲良くなるよりも、彼が芸能界で活躍し続ける姿を見たかったのかもしれん」
まぁ、『推し』は『推し』であって恋愛感情は無いっていう人もいるから、それと似たようなもので『間近で見たい』とは思っても、『仲良くなりたい』とは思ってなかったのかもしれない。
『……それはどーかな』
素人の見解に対し、シュラウド先輩は異議を唱える。
『マレウス氏の作り出した夢の中で定義されてる「幸せ」ってかなり表面的って言うか……解釈が浅くて、解像度低めな感じがするんすわ』
冷ややかな言葉には、自分が見せられていた夢への不満が感じられた。
『例えばルーク氏が、ネージュ氏とヴィル氏両者の幸せを心から願っていたとして……芸能界にありがちなギスギスした嫉妬やら蹴落とし合いが無い、優しい世界で推し二人がずっとニコニコしてたら幸せでしょ?……みたいな』
そこに、現実のハント先輩がシェーンハイト先輩と築いてきた日々の蓄積は存在しない。それだけじゃない。シェーンハイト先輩自身が築いてきたキャリア、下手をすればネージュの築いてきたものも、何もかもを否定するようなものだ。
それを『お前自身が望んだ事だ』と責任転嫁して受け入れろと押しつけている。ハント先輩は記憶を封じられて正常な判断を遮られて、受け入れさせられている。
歪んだ世界。ツノ太郎に悪意は無いのだろうけど、それにしても受け入れがたい。
「……イデアサンの意見も正しいと思う。でも、ルークサンがこんな夢を見てる理由はそれだけじゃないかもしれない」
エペルが物憂げな表情のまま口を開く。
「どういう意味だ?」
「現実のヴィルサンは、ネージュに対してかなり強いライバル心を持ってるんだ。『VDC』の頃は、絶対に世界一になるって……ネージュに勝つんだって、ずっとピリピリしてて。それで……」
言いづらそうに口を噤む。少しの沈黙を挟み、エペルは意を決した顔になって続けた。
「ヴィルサンは、世界一にかける想いが強すぎた。だから、『VDC』当日……普段なら絶対にしない、今まで築いてきたヴィルサンの全部をぶっ壊すような事をしちゃったんだ」
黙って俯いている事しか出来ない。
僕がもっと早く戻っていれば、二人の間に入っていれば、あんな追いつめられ方にはならなかったはずだった。
好きな人に嫌われたくない、なんて自分勝手な打算のせいで、何もかもぶち壊しになってしまった。
『あー……そういやヴィル氏がオーバーブロットしたのは「VDC」当日だったって調書に書いてあったっけ』
『そうだね。もしヴィル・シェーンハイトさんがネージュ・リュバンシェさんをライバル視していなければ、彼はオーバーブロットしていなかったかもしれない』
そうだったらどんなによかっただろう。
きっと回避する道は沢山あった。僕が気づけなかっただけで。
胸が痛む。
「……あの日の事は……ヴィルサンだけじゃなく、ルークサンにとってもすごく辛くて悲しい出来事だったんだと思う。誰よりもヴィルサンの事を信頼してたのは、ルークサンだったから」
シェーンハイト先輩がハント先輩を信じていたように、ハント先輩もシェーンハイト先輩を信じていた。その信頼関係は付き合いの短い僕にだって感じ取れるものだった。
だからこそ彼らも苦しんでいたに違いない。
「そういやアイツ、呪いがかかったジュースを飲み干そうとしてたんだゾ。オレ様、あん時はルークのヤツがテンパりすぎて変なコト言い出したんだって思ってたけど……」
「ルークサンは身体を張ってでもヴィルサンを止めたかったんだろうし、もしかすると、それだけじゃなくて……二度と目覚めない呪いにかかってしまいたいくらい、ショックだったのかもしれない」
大切な人たちが対立しているなんて、間に挟まれた身としては辛い事だ。
それが極まって殺意にまでなってしまうなんて、信じたくない気持ちも強いだろう。僕だって信じたくなくて、どうしてもギリギリまで踏み出せなかった。
バカな事をした。本当に。
「……つまりルーク先輩は、『VDC』に至るまでの日々を無かった事にして、辛い思い出を封じている状態、という事か」
「そんな……辛い経験の先に、大きな幸せが訪れる事もあるのに……!」
『わかりみが深い。エンタメも夢も、ご都合ラッキー展開ばっかりだと冷めるしね』
後輩たちに共感を示しつつ、とはいえ、と挟んで話を切り替える。
『流石というかなんというか、ルーク氏はとんでもなくイマジネーション強度が高い』
『うん。ルーク・ハントさんの夢は細部までかなり丁寧に作り込まれてる。雑誌の発売日とか、DVDの内容までかなり「それっぽい」んだよね』
『それな』
こう言うからには、恐らくハント先輩が言っていた雑誌や見せてくれたDVDは現実には存在しないのだろう。……存在しないものを、夢の中とはいえ想像だけであんなに作り込めるハント先輩が恐ろしいけど、それはまぁさておき。
『マレウス氏の解像度の低さを、ルーク氏自身がつよつよに補強してる。エペル氏の言葉にも一切揺らがないし、「闇」が出てくる様子すらない』
単純に疑問を呈したりツッコミを入れるだけでは、アドリブで簡単にかわされてしまう。『闇』が出てくるまでもない。
『愉快なオタク生活を満喫してるだけじゃないなら、覚醒させるのはけっこう骨が折れそうっすな』
想像力で補えない、言葉では逃げられないような、決定的な一撃を与える必要がある。
『……エペルさん。これは全部夢だ』
浮かない顔のエペルを見かねてか、オルトが声をかける。
『悲しい出来事や思い通りにならなかった経験を勝手に「悲劇」と決めつけられて、マレウスさんに記憶を封じられている状態。ルークさん自身が、ヴィルさんや君たちとの日々を無かった事にしたいと思ってるわけじゃない』
「うむ。オルトの言うとおりだ」
セベクが続く。
「それに『闇』は夢の主以外の負の感情に反応し、襲ってくる事もある。だから深く悲しむのはよせ、エペル」
「にゃははっ!大泣きして『闇』に引っ張り込まれたヤツが、先輩ヅラでなんか言ってるんだゾ」
「なっ……コラ!グリム!貴様、余計な事を言うんじゃない!」
セベクとグリムがじゃれ合うのを見て、空気が和む。エペルも思わずと言った様子で笑顔になった。
「……そうだよね。僕がルークサンの目を醒ましてやんなくちゃ!」
『ふふっ。その意気だよ、エペルさん』
空気も何とか前向きになった。何があろうと今は立ち止まっている場合じゃないもんね。僕も切り替えなくちゃ。
「じゃ、ハント先輩を起こす作戦を立てないとだね」
「……ユウも顔色が優れないように見えるが、大丈夫か?」
「え?あー、……ハント先輩の部屋にあったグッズって現実には無いんだよなーと思ったら、なんか落ち込んじゃいまして」
『まー現実のヴィル氏だったら絶対に許可が出なさそうなラインナップでしたな』
「いいなぁ、あのコロコロしたぬいぐるみ。机にひとつ飾っておきたい」
「……寝ぼけてるのか、貴様」
「寝ぼけてないから話を戻すよ。一番違うところはシェーンハイト先輩とネージュの現在。そこを突くのが一番手っ取り早そうだけど、現実の二人の状況を言い逃れできないレベルで示す方法が、今の僕たちには無い」
『映像で現実の二人の姿を見せても、非公開映像かなんかだと変換されるだろうね。外見は現実とほとんど変化が無いし、細かなニュアンスの違いで訴えかけるには映像では弱すぎる』
「う~ん。アイツ、ちょっとやそっとのショックじゃ全然夢から醒めそうにないんだゾ」
「あのね……今、一つだけアイデアを思いついたんだけど」
頭を捻っている僕たちに、エペルがおずおずと口を挟む。自信無さそうな雰囲気とは裏腹に、その目はやる気に満ちていた。
「みんな聞いてくれる、かな?」