7−4:虹色の旅路


 虹色の光に包まれ、『夢の回廊』を通り、誰かの夢へと向かう。
 いつもの流れだ。そろそろ慣れてきたつもりだった。
 ただ落ちてるだけでも割とビビるのに、回転が加わったらそれどころじゃないよ。
 人数が多いから抵抗の具合がいつもと違うのか、それともオルトの誘導による都合かは不明だけど、とにかくグリムを離さない事だけに集中していた。
 やがて周囲の空気が変わって、落下が緩んでいく。オルトが僕たちをまとめて抱えて着地した。
『霊素シグナル・トラッキング成功。指定された座標に到着しました』
 アナウンスの後に、全員が下ろされる。相変わらず芸術的な状態だが、さすがに二回目なのでちょっと慣れた。
「……もう別の人の夢に移動したの?」
「ああ。オルトのおかげでかなりスムーズに移動できた」
 ちょっと戸惑った顔のエペルに、シルバー先輩が気遣わしげな視線を向ける。
「エペル、気分が悪くなっていないか?夢を渡るのは初めてだろう」
「気分が悪い?何言ってんですか、サイコーですよ!」
 そしてエペルは全力の笑顔で答えた。強がりでもない、本気でそう思ってると感じられる笑顔だ。
「すっげぇスピードで飛びながらぐるぐる回転して……ジェットコースターみたいで、たげ楽しかった!!」
 エペルはこういうの好きな方か……。『嘆きの島』に向かう時のは操縦者で集中してるから平気だったんだと思ってたけど、それだけでもないのかもしれない。
「それに、僕マジフト部所属なんですよ。現実ではまだレギュラー入りはできてないけど……揉まれるのは慣れっこです」
「そうか。頼もしいな」
 小柄だけどド根性。
 ポムフィオーレ寮に相応しい素質の持ち主、ってヤツなんだろうなぁ。魔法薬学の成績も良いみたいだし、三年生になる頃には寮長になってたりして。
 まぁそんな事を考えてる場合じゃないんだけど。
「では、すぐにでも夢の主探しを始めよう」
「ここは……サバナクロー寮?」
 そう言われて周囲を見回し、確かにサバナクロー寮だと気付く。特段、知ってる景色から変わった様子は無い。
「という事は、サバナクロー寮生の夢か?」
「え、でもポムフィオーレ寮の生徒を起こしに行くんじゃないの?」
「おや?キミたち……そこで何をしているんだい?」
 後ろから声をかけられて、驚いて振り返る。
 確かに知ってる声だが、振り返った先にいた人物は別人のようだった。
「その寮服……ポムフィオーレとイグニハイドに、ディアソムニアの生徒だね」
 芝居がかった口調に、低く落ち着いた穏やかな声。これも見知った彼の特徴だ。そうなんだけど。
「獅子の縄張りたる我がサバナクロー寮に何の御用かな?」
 そう言って首を傾げてみせた青年は、野性味溢れる姿をしていた。
 サバナクロー寮の寮服である皮のジャケットやジーンズを身につけ、背中に矢筒と弓を背負っている。シャツの袖は乱雑に千切れ、鍛え抜かれた上腕が露わになっていた。肌は日焼けして顔にはそばかすが浮かび、金髪はボサボサで乱暴に括られている。トレードマークの帽子は薄汚れていて、葉っぱがついている。ポーチに乱雑に突っ込まれたメモ用紙とかペンとか、とにかく外観の全てが普段の彼に比べて荒っぽい。
「ル、ルークサン!?」
 エペルが驚きのあまり声を上げる。
 ふと見ると、ハント先輩らしき彼の周りを鳥のような光が飛び回っていた。つまり、この夢の主は間違いなく彼だ。
「いま私の名前を呼んだのは……ポムフィオーレ寮の一年生。エペル・フェルミエくんだね」
 そして、確定してしまった。目の前にいるワイルド丸出しの青年は、ポムフィオーレ寮の副寮長であるルーク・ハントその人だ。
「確か、キミはマジカルシフト部所属だと記憶しているのだけれど……もしかして、部長のレオナくんを訪ねてきたのかい?」
「ちょ、ちょっと待て!そんな事より……ルーク、なんでオメーはサバナクローの寮服を着てるんだゾ!?髪の毛もボサボサ、いっぱい葉っぱくっつけて……ヴィルが見たらぜってー怒るんだゾ!」
「ヴィル?ヴィルとは……俳優のヴィル・シェーンハイトの事かい?」
「ああ。ポムフィオーレ寮長を務める、ヴィル先輩の事だ」
 シルバー先輩が答えると、ハント先輩は笑い出す。
「ヴィルくんがポムフィオーレ寮長だって?キミは面白い冗談を言うね」
 本気で笑ってる。僕たちをからかっているワケではない。
「確かに彼がナイトレイブンカレッジに通っていたら、きっとポムフィオーレの所属になっただろうけれど」
『……え?「彼がナイトレイブンカレッジに通っていたら」って?』
「おや、知らないのかい?彼はロイヤルソードアカデミーに通っている。俳優仲間であり、大親友でもあるネージュ・リュバンシェと共にね!」
 開いた口が塞がらない。
 頭がぐらぐらしてきた。解釈違いにも程がある。
 愕然としている僕らをよそに、ハント先輩は雑誌のインタビューの内容を引用しながら、彼らの関係性を事細かに語り始めた。合間に感極まったタイミングでグリムを揺さぶったり、エペルの背中を叩いたりしている。
『すごい……誰一人相槌を打っていなくてもトークの勢いが全く衰えない!』
「オタクの悪いトコ出てる……」
 このタイプのパワフルなオタクが周囲にいなかったので、何というか気圧されるばかりだ。
 ネージュの熱烈なファンだって聞いた時はオタクだと不思議と思わなかったんだけど、いま目の前にいるハント先輩は完全にオタクだ。
 ハント先輩の観察眼と記憶力が推し活に全振りされるとこうなるって事か。
 雑誌のインタビューの内容どころか、当人たちの回答の口調まで完コピされてるのが薄ら寒い。穴が開くほど読み込んだ、というヤツなんだろうけど、こんな状況でやられると引くしかない。
「……尊いッ!!!!それ以外にこの二人の関係を表せる言葉があるかい!?」
「ええい、急に大きな声を出すな!!!!驚いたではないか!!」
 ハント先輩に負けないぐらいの大声でセベクが怒ると、さすがのハント先輩も我に返った。
「あっ、すまない。つい夢中になってしまって……サバナクローでは、演劇やヴィルくんやネージュくんを話を出来る人が少なくてね」
「そ、そうなんですね……」
 そりゃそうでしょ。サバナクローの連中、そういうの興味なさそうだもん。
 苦笑いしていると、ハント先輩の視線が僕で止まった。何となく唐突な沈黙に、みんなも何事かという顔になる。
「その……間違っていたら済まない。キミは、ハシバ・ユウくんかな?」
「え?はあ……そうですけど」
「やはり!お会いできて光栄だ。名前が同じなのでまさかとは思っていたが……芸能活動を休止していたのは、我が校で学ぶためだったんだね」
「…………はい?」
 頭が真っ白になった。どういう事だよ。
「ヴィルくんやネージュくんと共に子役時代から切磋琢磨し、主演作にこそ恵まれていないが、アクションからコメディまでこなす年齢に見合わぬ多彩さは見事の一言に尽きる!」
「え、いえ、えっと……」
「俳優ファンたちがキミの代表作となるべき作品を心待ちにしている中での休止発表に、界隈では落胆が広がったものだが……こうしている間も演技の修練を積んでいるという事だね。私も一目見ただけでは気づけなかった。素晴らしい!!」
「オメー、何言ってんだ?ユウがゲイノウカツドウ?」
 グリムが訝しげな顔をしているが、ハント先輩は気にした様子は無い。
 僕は必死で頭を回転させる。真っ白になっている場合じゃない。
「……人違いです。名前が同じだけですね」
「え、だ、だが……」
「昔からよく間違われるんですよ。出身地が近くて名前まで同じで、顔も似てるって無責任に言われるし。正直ちょっと迷惑なんです」
「それは……失礼した。申し訳ない」
「いえ、よくある事なんで。言いふらしたりとかされなければそれでいいです」
 心から申し訳なさそうな顔をするハント先輩に、出来るだけ無表情に返した。本気で迷惑そうな顔をしておかないと、下手な勘ぐりをされても面倒な事になる。僕が下手に嘘を答えて、夢の世界に更にのめり込まれても嫌だし。
『興味深いお話をありがとう、ルーク・ハントさん!』
 オルトがにっこりと微笑む。
 オルトをイグニハイド寮生と認識したって事は、ハント先輩の世界でもオルトは生徒として存在しているのかな。そんなに細かい事を気にしていないのか、まぁどっちでもいいや。
『ねえ、もっとその二人の事を知りたいんだけど……もう少し詳しい話を聞かせてくれないかな?』
 オルトの提案に対し、誰もがぎょっとしていた。ハント先輩の方は僕たちの反応に気付いた様子はなく、驚きに目を見開いた後、嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「本当かい!?も、もちろんだとも!!実は、ヴィルくんとネージュくんがダブル主演の映画が近日公開されるんだ。その映画を特集した雑誌が本当に素晴らしくてね」
 そしてずらずらと映画の概要を語り出す。絶対長いよなぁ、と思いつつもオルトがああ言ってしまったので黙って聞いているしかない。
「オイ、オルト!オメー何いってんだゾ。せっかくルークの長ぇ話が終わりそうだったのに!」
 グリムが小声で怒りながら、オルトを小突く。対するオルトは涼しい顔だ。
『この夢の中で一番現実との違いが大きいのはその二名の現状だ。彼らの情報を深堀りすれば、ルーク・ハントさんのイマジネーションに綻びが生じる可能性がある』
「そうだな。もう少し彼に話を聞いて、情報を集めた方が良さそうだ」
 シルバー先輩も頷いている。それは確かにそうなんだけど……そこら辺の情報だけで、これ本当にどうにかなるのかなぁ。
「ここで少し待っていておくれ!今、雑誌を持ってくる!すぐ戻るよ!アデュー!」
 と思っていたら、勝手に盛り上がって寮の中に走っていってしまった。止める間も無かった。唖然としてたら全てが終わっていたに等しい。
「ルーク先輩が凄まじいスピードでいなくなってしまった……」
「寮内に入っていったから、そう遠くへは行かないと思うが……夢の主とあまり離れすぎると良くないのだったな」
「ああ。念の為、追いかけよう」
 鏡の前から寮の中ぐらいの距離なら今までの感じからしてまぁ大丈夫だと思うけど、待っているのも暇だし。
「それにしても、ルークサンの夢の中でユウクンが俳優になってるなんて……」
「いやーびっくりしたなー」
「あからさまな棒読みやめろよ。……でも、ユウクンが子役やってたのって、元の世界の話、だよね?」
「そうだよ」
「貴様、本当に芝居の経験があるのか!?」
「昔の話ね。子どもの頃の話」
 ハント先輩が僕をシェーンハイト先輩と並べるような俳優として配役しているのは意外ではあった。普段の僕を見て結びつくとも思えないし。……いやまぁ、なんか言ってた気はするけど、でも役者としての素質を評価をしていたとしても、シェーンハイト先輩と同レベルに置くかなって疑問が残る。
 ハント先輩は『VDC』の練習中も結構客観的で厳しい目をみんなに向けていたと思うし、事実として自分の価値観を優先してロイヤルソードアカデミーに投票していたワケだし。そんな人が僕の演技を見た事も無いのに、そんな評価を下すだろうか。
 …………可能性としては。
 僕とシェーンハイト先輩の仲を応援してくれているから、傍にいられるような配役になってる、とか。あとは裏庭でやってた本読みを見られていたか、どっちかかな。……どっちだとしても訊きづらいなぁ。
「まぁとにかく、あの感じだと僕への興味はネージュやシェーンハイト先輩に比べるとそこまで深くなさそうだし、僕がきっかけにはなりそうにない」
『やっぱり、この世界での二人の情報を集めて、現実との違いを突きつける方が効果的だろうね』
「ルークのヤツ、どこに行ったんだゾ?」
 サバナクロー寮には何度か入った事があるけど、寮生の部屋があるエリアには入った事ないんだよなぁ。
 寮内に人の気配は無い。まぁ今つっかかられたらややこしいから助かるんだけど。
『この廊下の突き当たりの部屋に彼の霊素反応がある。行ってみよう』
 オルトの誘導に従って歩き出す。
 野性味溢れる内装と板張りの床、縄で出来たこの寮の生徒相手では気持ちばかりの柵といった、特徴的な内装を暢気に眺めつつ進んだ。
 突き当たりの部屋には、確かに人の気配がある。扉の向こうから何やらごそごそと動く音と、誰かの声が聞こえた。
 オルトが部屋の扉をノックする。
『ルーク・ハントさん?いる?』
「雑誌一冊持ってくるのに、何をもたもたしている?」
「待たせてすまない!雑誌以外にも見せたいものがあって……おっと!」
 声をかければ返事があったけど、代わりに何かが盛大に倒れるような音がした。何か倒したっぽい。
「中からなんか変な音がしてるんだゾ」
「だ、大丈夫!すぐに行くから、扉は開けないでおくれ!」
 切実な台詞だった。見られて困るような状態なんだろうか。
 合宿の時の様子を見るに片づけが出来ないとかそういう事は無さそうなんだけど、でもサバナクロー寮の姿だとなんか雰囲気も違うし、結構部屋の中大惨事なのかな。
「尋常ではない様子だ。……まさか、『闇』が襲ってきたのでは!?」
「なにっ!?こうしてはおれん!今助けるぞ、人間!」
 え、マジで言ってる?明らかに部屋汚いから入ってこないでのニュアンスじゃなかった?
「ノンッ!待ってくれ、どうか中には入らないで……っ!!」
 扉の向こうからそんな切実な声も聞こえてきたが、真面目なディアソムニア寮の二人には聞こえていなかったらしい。せめて自分は共犯になるまいと部屋に背を向ける。
「う、うわ~~~~~~~~~~っ!?」
 そして扉が開いた瞬間、中を見た面々が一斉に驚きの声を上げた。
「こ、この部屋は一体……!?」
「高度な術式を発動するために用意された儀式の部屋か!?」
「あ、あああ……っ!入らないでと言ったのにッ!」
『……ルーク・ハントさん。驚いたよ』
 一体どんな状態か気になる。でも見ちゃいけない気がする。
『まさかあなたが、同じグッズを複数買いして自室をデコる系のオタクだったなんて……!』
「ひぃっ!!!!無数のヴィルサンが壁からこっちを見てる!夢に出そう!」
 無数のシェーンハイト先輩、って言葉で良心がぐらつく。
 シェーンハイト先輩のコラボグッズってキャラクター的じゃないというか、アパレルとか化粧品とかの方が圧倒的に多いじゃん。モデル仕事の写真がいっぱい貼ってあるとか、そういう事?
 見たい。凄く見たい。
 …………ちょっとだけなら、いいかな。
 そっと、みんなの背中越しに扉の向こうを覗く。
 まるで左右が違う部屋かのように、二色に分かれた部屋だった。二色って言うか、向かって左はネージュ、右はシェーンハイト先輩とエリア分けされていて、それぞれのグッズが壁を埋め尽くしている。グッズの内容も普段使いが出来そうな小物類やインテリアから多種多様なぬいぐるみ、タペストリーにポスターにポストカード、使う勇気が一生出なさそうな顔面プリントのクッションまであって、実に多彩だ。全く同じグッズを几帳面に並べて飾っているエリアもある。
 友達の作った『祭壇』ぐらいは見た事あるけど、あれって可愛い方だったんだなぁとしみじみ思う。複数買いも最小限だし、どちらかというと複数買いしたものは保存用って感じで綺麗にしまってたし。もしかして飾っている以上に保存用も別にあるんだろうか。あの別荘を見るに裕福な家柄だろうとは思ってたけど、いろいろと恐ろしい。
 ……あの、ころっとした感じのぬいぐるみ可愛いなぁ。現実にも売ってないかなぁ。いやまぁ、元の世界に帰る時に持って帰れないから買っても仕方ないんだけど。それにしても可愛い。
 そんな事をぼんやり考えていると、ハント先輩が怪しく笑い始めた。
「寮生活の三年間、ずっと隠し通してきたというのに……」
 思わず顔を見れば、なんか目が据わっている。現実でもたまに怖い表情はするけど、それは質の違う恐怖を感じた。
「……秘密を知られてしまったからには、ただでキミたちを帰すわけにはいかない」
「なに……っ!?」
 みんなも警戒を露わにする。
「付き合っていただこうか……私の推し俳優たちのDVD鑑賞に!!」
 そして誰もが戸惑い固まった。
 ハント先輩はぱあっと明るい笑顔になると、がしっとセベクの肩を掴む。
「さあ、みんなこちらに座って!見せたいものがたくさんあるんだ!」
「おい、勝手に話を進めるな。僕たちは見るなんて一言も……うっ、び、微動だにしない、だと!?」
 セベクが強引にテレビの前に座らされた。
「強く押さえつけられているわけでも、魔法を使われているわけでもない。なのに……」
「に、逃げられない……ッ!」
「ふ、ふなぁ~~!」
『みんな、これも「覚醒」のための情報収集……覚悟を決めよう!』
 オルトだけは素直に従って座ったけど、誰も彼も抵抗空しく座らされていた。強すぎる。
 そしてハント先輩は、扉を覗きこむ体勢のままの僕に微笑んだ。
「ユウくんも、こちらへどうぞ」
「映画ですか?」
「舞台もあるよ!初回生産限定の稽古映像付きだ」
「見ます!!!!」
「貴様は我欲を控えろ馬鹿者ーーーっ!!」

3/60ページ