7−4:虹色の旅路


 シルバー先輩のユニーク魔法を使って移動するという事は、『夢の回廊』は通るという事。
 つまり自由落下もある。
「ぬわーーーーーーーーーっ!!!!」
 もはや恒例の落下だが、今回は一人多い。シルバー先輩の背中にいつの間にかオルトがひっついている。
「オルト!この移動方法は何とかならんのかーーっ!?」
『カモフラージュとして、シルバーさんのユニーク魔法の痕跡を残してもらう必要があるからね』
 オルトは特に落下に対して思うところ無いらしい。まぁヒューマノイドにそういう恐怖心とか無いんだろうな。
『今後も、君たちの言う「夢の回廊」を出るまではこの方法をとるのがベターだと思う』
「一体誰の夢へ向かっているんだ!?」
『それは着いてからのお楽しみ!』
「こ、心構えとかさせてもらえないんですかね!?」
『ここはイマジネーションの世界。雑念が入ると不測の事態が起きやすいんだ』
 まぁ、変な想像で事態がおかしくなるのは誰だって避けたいけどさ。
『何も知らなければ「どこに辿り着くんだろう?」「どうなるんだろう?」っていう気持ちで全員の心がひとつになるでしょう?』
「ソレ本当か!?ただ説明すんのがめんどくせーだけじゃねぇのか!?」
『僕に任せてくれれば大丈夫』
 そう言って悪戯っぽく笑う。……やっぱりこの阿鼻叫喚ぶりを楽しんでいる気がする。
 みんなからの疑いの眼差しを無視して、白々しくオルトは明後日の方向を見た。
『ほら、目的の座標が見えてきた。みんな、僕につかまって!』
 また目の前が光に包まれる。涼しさが緩み、明らかに空気が変わった。
「わ~~~~~~~~~~っ!!!!」
 まぁ周囲を見てる余裕なんて無いけど。
『魔導スラスター噴射!』
 オルトの声を合図に、落下速度が緩んでいく。どこか見慣れた景色に気付いた所で、落下は完全に止まった。
『霊素シグナル・トラッキング成功。指定された座標へ到着しました』
 機械っぽいアナウンスがオルトから聞こえた。人形みたいな表情が、すぐに人なつっこい笑顔に戻る。
『はい、お疲れ様~♪みんなどこもぶつけてないかな?』
「め、目が回ってるけど大丈夫なんだゾ~」
「つ、墜落こそしなかったが、貴様に抱えられながらの着地というのは墜落よりも無様に感じるぞ!?」
「オルトは凄いな。俺たち三人と一匹を抱えられるなんて……」
『言ったでしょ?僕に任せてくれれば大丈夫だって』
 オルトは満足げだ。とりあえず下ろしてほしいけど。
 オルトの小柄な身体で三人と一匹を抱えているので、大分芸術的な体勢になってたけど、時間をかけてどうにか降り立つ。
「そういえば貴様、その姿で夢の中に出てきても問題ないのか?」
『ああ、その事なら心配しなくて良いよ。兄さん以外のヒトの夢に登場するNPCである僕は、大抵この姿だろうから』
 言われて見れば、オルトの姿は学校に通い始めてから新しく作られた機体だ。まぁホログラムの時は顔だけだったからあまり区別は付かなかったけど。
『特に重大な齟齬が発生して、夢の崩壊を招いたりはしないはずさ。もしマレウスさんの分身に見つかっても、この姿の方がバレづらいと思う』
 つまり、シュラウド先輩の夢に、オルトは入れないって事か。NPCとして存在しないので誤魔化せない、と。
 …………。
『どうしたの?ユウさん。突然僕の頭を撫でたりして』
「いや……さっきいっぱい褒めてあげようと思ってたのを思い出して」
『ふふっ、ありがとう!せっかくだからハグもしていい?』
「うん、別にいいけど」
「おい、じゃれるのは後にしろ」
 僕にひっついてきたオルトに、セベクが厳しく言う。
『ちぇー。セベクさんのケチ』
「任務中なのだから当然だろう。平和な場所だからと気を抜くんじゃない」
「……そういえば、ここ学校だよね?」
 目の前には見慣れた景色が広がっている。ここは鏡舎やオンボロ寮からメインストリートへ向かう道の、ちょうど合流する直前の所だ。毎朝見てるから間違いない。
「この夢の主が勧誘予定のメンバーという事だな?」
『そういう事だね』
 何となくさりげなく隠れ気味になって、メインストリートの方を覗きこむ。たくさんの生徒たちが談笑しながら、本校舎に向かって歩いていた。特に変わった様子は無いし、夢の主が纏う不思議な光も見当たらない。
「この生徒のうちの誰かが、この夢の主という事か」
「っていうか、オルトは勧誘する相手を把握してるでしょ?その人捜した方が早くない?」
「オルト、そろそろ教えてくれよ。コレ、誰の夢なんだゾ?」
『それは……』
 オルトが言い掛けた瞬間に、振動が身体に伝わってきた。みんなも気付いた様子で顔を見合わせている。
 振動はどんどん大きくなっていた。まるでこっちに走ってきてるみたい。なんか重い足音みたいなのも聞こえてきて、みんなで鏡舎の方を振り返った。
「はった!朝練の日さ限って寝坊してまった!おぐれだらレオナ先輩さドヤされる!」
 聞こえてきたのはやけに大きい独り言だった。訛りの強い特徴的な口調で、酷く慌てている様子だ。
 凄く聞き覚えのある声。しかし声と同じ方向から足音らしき音も近づいてくる。
 声の主の姿が見えた。
 筋骨隆々とした逞しい体躯。制服がはちきれそうなくらいの、広い肩幅と厚い胸板。踏み出す足は力強く、足音は校舎まで響きそうなぐらいだった。太く立派な首に、華奢で可憐で砂糖細工のように繊細な顔が乗っかっている。
「いそげ、いそげ~っ!」
 エペルの顔をした巨人が慌てた様子で走ってくる。その周りには、夢の主の証である、鳥のような光が舞っていた。
「エ、エペルーーーーーーーッ!?」
 誰もが驚愕の声をあげずにはいられない。
 アンバランスってレベルじゃねえ。雑コラ作ったってもう少しどうにかするだろ。ちょっと今すぐツノ太郎にクレーム入れたい。
「なんだあれは!?僕たちは一体何を見せられている!?」
 セベクが困惑の声を上げる中、エペルは急いだ様子でメインストリートの方へ駆け抜けていく。木の陰になって僕たちの姿は見えてなかったみたい。
「あ、悪夢だ……」
「そういやエペルのヤツ、いつも『ジャックみたいにムキムキになりたい』って言ってたんだゾ」
「なるほど。日頃から同級生の姿を見ているから逞しい身体は鮮明に想像できた。しかし、身体に見合う精悍さを持った自分の顔までは想像できなかった……という事か」
 それは……ちょっと解るかもしれない。
 僕も身長や体格は欲しいけど、今の顔のままだと不釣り合いになるのも解っている。かといって、体格に見合った顔立ちの自分も何となく想像つかない。
 つまり、僕も『幸せな夢』を見ていたら、あんな感じだったかもしれないのか……早めに目が醒めててよかった。
「何も『なるほど』ではないが!?アイツは自分の姿に何の違和感も持っていないのか!?」
『夢の中では、奇想天外な出来事も不思議と受け入れたりするものだって言うしね』
『ふぅむ。エペル氏はイマジネーション強度がだいぶ貧弱ですな。これなら、意外と簡単に夢から醒ます事が出来るかもしれませんぞ』
 不意に聞こえてきた声に振り返れば、シュラウド先輩のタブレットがふよふよ浮いていた。
「あれ、イデアの声がするんだゾ」
「これこれ、タブレット」
『兄さん、通信状況は良好?』
『画質はイマイチ。秘密組織のスーパーハッカーみたいにモニターを見ながら指令を出す役をやりたかったんだけど、移ってる映像も解像度もしょぼくて、ビデオ通話かVlogを眺めてるみたいで緊張感ないっすわ』
 それでも、一応リアルタイムで様子は見られるんだ。まぁ、開発の仕事もあるんだし、それぐらいの方が良いんじゃないかなぁ。鮮明だと気を取られて仕事の方に集中出来なさそう。
「……ところで、イマジネーション強度が貧弱って……?」
『そのままの意味だよ』
 板からさらりと言葉を返される。
『エペル氏は誰から見ても違和感がある状態でしょ。構造の作り込みが甘い、イコール脆弱性を突きやすいって事』
「ふむ、そういう事か」
 シルバー先輩が真面目な顔で頷く。
「であれば、まずは何か大きな衝撃を与えてみるといいかもしれない。セベクも強めの一撃を食らった際に、そのショックで目を醒ました」
「脆弱性を突きやすいってそういう意味じゃなくないですか!?」
「む、そ……そうか?」
「うーむ、少々荒っぽすぎる気はするが……実際、自分がそれで目醒めているから否定はできんな」
「とにかく、細かい事はいいからエペルのヤツを追いかけるんだゾ!見失っちまう!」
『朝練に遅れる、って事はマジフト部の朝練に向かってるんだね。部活棟の方に行ってみよう』
 ひとまず全員で、オルトの指示通りに向かう。足音を追いかける形になったけど、まぁあの大きさなんで目立つ目立つ。
「エペル!」
 グリムが声を張り上げると、大きな背中が動きを止める。
 振り返れば、愛らしい笑顔が見下ろしてきた。
「おっ、グリム~!ユウ~。おはよう!後ろさいるのはオルトと、ディアソムニアの……見ねったメンツだな」
 挨拶はいつも通り。でも口調は方言丸出しで微妙に何を言っているのか解らない。
 シェーンハイト先輩の『指導』が無くなるとこうなるのか。先輩が研修でいなくなった後、大丈夫なのかなぁ。
「みなしておっかね顔しちゃばってなした?」
「な、何を言っているんだ貴様は!」
 そして方言が聞き慣れないのはセベクも同じだった様子。そんなセベクに対して、エペルの雰囲気が剣呑なものに変わる。
「はぁ?わい~は……たしかD組のセベク、だが?なしたのや?もしかしてわさ喧嘩売っちゃな?」
 エペルはガンつけながら、ずいっとセベクに顔を近づけた。身体の大きさの威圧感と、美人の怒った顔の迫力がうまく噛み合わない。しかしだからこそ不気味で怖い。多分、セベクも同じものを感じてたじろいでいるんだと思う。
「ひぇ……エペルのヤツ、セベクよりもずっと背がでかくなっちまってるんだゾ」
『それどころか、ジャック・ハウルさんよりも大きいかも。彼の「大柄で逞しくなりたい」という願望が反映された姿なんだろうね』
 って、暢気に分析している場合じゃない。
「え、エペル。ごめんね、セベクは方言聞き慣れてないから、そういうつもりじゃないと思うよ」
「んー?」
 エペルの顔が今度はこっちに向いた。もうなんかそういうモンスター見てる気分。何の罰ゲームだよ。
「ユウ、なんか顔色が悪りね?」
「え?」
「大変だ、保健室あんべ!」
「え、ちょ」
 こっちが弁解する隙を与えず、エペルは僕を抱え上げた。軽々とお姫様抱っこの体勢にした所で、僕の顔を見て微笑む。
 誰でも見惚れるような綺麗で愛らしい笑顔なのに、そこから伸びてる太いムキムキの首が全てを台無しにする。後ろ見たらポリゴンの継ぎ目みたいなの見えそう。見たいけど見たくない怖い怖い。
「……ユウってば軽ぃや。見た目の通り華奢なんだなぁ」
「ユウが、華奢…………?」
「今のエペルに比べれば、誰でも華奢になるだろうな……」
 シルバー先輩は呆然と呟き、セベクがしみじみと言う。
 ……あ、解った、コイツ合宿の時に僕に押さえ込まれたの根に持ってるな!!
『エペルさん。ユウさんはちょっと朝ご飯食べ過ぎちゃっただけだから大丈夫だよ』
「ほんとけ?」
「そうそう。ちょっといま走ってきて脇腹痛くなってるだけだから」
「なーんだ」
 紛らわしいなぁ、みたいな事を言いながらやっと下ろしてくれた。ちょっとホッとする。
「オイ、エペル!オマエは一年生の中でも背がちっせーほうで、オレ様とそんなに変わらなかったはずだろ」
「え?わが一年生のながでも背えちっせほうだってな?」
 グリムの言葉を、エペルは豪快に笑い飛ばす。
「なあんぼな。わっきゃ入学してがら背うってのびでよ、今だば一年生でいぢばんでげんだ。うぢの寮長だって追い抜いだんだはんで」
「そんなはずはない!リリア様の送別会で会ったお前は、今よりずっと小柄だったぞ」
「リリア先輩の……送別会?」
 エペルはピンときていない顔で首を傾げている。いやその体格でその仕草ホント似合わねえ。でもツッコミづらい。
『エペル・フェルミエさん。いくつか質問をいいかな?』
 話が前に進まないのを見かねてか、オルトが仕切り直す。
『僕も背を伸ばしたいなと思ってるんだけど……いったい何を食べてどんな運動をしたらそんなに急に大きくなれたの?』
「えっと、にぐど、牛乳ど、林檎……あど、野菜とが?とにかくうって食ったんだ」
『ふぅん。それで、あなたがヴィル・シェーンハイトさんの身長を追い抜いたのはいつ頃?』
「そいだば……はった?いづ、だったべ?わがヴィル先輩よりおっきぐ……うっ!」
 エペルが呻くと、周囲の景色が大きく歪んだ。
 こんな質問だけでも目覚めるきっかけになるのか。……セベクの時って、結構な力業だったのでは?
「あ、あだま……いでっ!」
 エペルが痛みを訴えると、エペルの足下から『闇』が吹き出してくる。瞬く間に周囲へと広がり、隆起して人の形を取った。
『夢から逸脱したユーザーを取り締まる、ゲームマスターのおでましですな』
 シュラウド先輩の声と同時に、『闇』の姿が完璧に人間に変わった。
 シェーンハイト先輩とハント先輩が、エペルの両隣に立っている。自分たちは『闇』が変わっていく様を見ていたけど、痛みに頭を抱えていたエペルは、唐突に現れた二人の違和感に気付いた様子は無い。
『……どうやらアレは、対象が存分に夢に浸れる状況に引き戻しやすい姿を取るようだね』
「ああ。本当に嫌な手を使う……俺の時もそうだった」
 シルバー先輩は忌々しげに言いつつ、警戒を強めている。もちろんセベクも、オルトも。 
「エペルがアタシの背を追い抜いたのは、確かウインターホリデーが終わったくらいだったかしら」
 偽物のシェーンハイト先輩は、オルトの質問に代わりに答えるように語りかける。その微笑みも声も、先輩にそっくりだ。
「ヴィル先輩!そ……そんでしたっけ?そんだったがも……」
「エペル。アンタずいぶん早く寮を出て行ったのに、まだこんな所で油を売ってるの?」
「朝練さ行ぐとぢゅうで、ちょうどユウだぢさ会って……」
「友との語らいも大切だが、キミはマジフト部期待のルーキーなんだろう?」
 ハント先輩もやはりそれらしい言葉を紡ぐ。
「レオナくんからもよく話を聞いているよ。上級生のタックルにも負けない、鍛え上げられた体躯。チームのオフェンスの要だとね」
 いや、キングスカラー先輩は絶対ハント先輩にそんな話しない。っていうかハント先輩とそんな頻繁に話さないだろ、あの人。
 すっげー嫌ってそうというか、天敵って感じの雰囲気だったと思う。多分、シェーンハイト先輩同様に実力は認めてるんじゃないかなぁ。そういう視点は冷静で的確なんだけど、だからって反りが合わない奴と無理やり仲良くするタイプじゃない。
 仮にエペルを高く評価してたとしても、ハント先輩にだけは話さないと思う。盗み聞きしたとかなら解るけど。
「サバナクローへの転寮も視野に入れてほしいと請われているそうじゃないか」
「あら、そうなの?」
「えへへ……んだんです……」
「まったく、油断も隙もない」
 シェーンハイト先輩は厳しい表情を浮かべる。その敵意は話題に出たキングスカラー先輩に向けられているものだ。目の前の雑コラエペルじゃなくて。
「エペルは強く、美しく、逞しい……まさに美しき女王の奮励の精神を体現するポムフィオーレ寮生。誰がサバナクローなんかに渡すもんですか」
「えぇ~。強くて美しくて逞しいだがって……そいだばよげ褒めすぎですよぉ!」
 言葉は謙遜してるけど、顔はニコニコ上機嫌だ。シェーンハイト先輩に必要とされて、明らかに喜んでいる。
「いつも言ってるでしょう、エペル。過剰な謙遜はアナタの美しさを陰らせる。ポムフィオーレ寮生として、常に自信を持って胸を張っていなさい、と」
「無い」
 思わず口を突いて出てしまった。もう止められない。
「……ユウ?どうし」
「こんなクソコラハリボテ筋肉ダルマを、シェーンハイト先輩が認めるワケないだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
 怒りのまま叫ぶ。
「そりゃあね、筋肉つける事自体は否定しないと思うけど!何事にも限度があるって言うに決まってるでしょ!!??雑、本当に仕事が雑!!!!自分が見えてないにも程がある!!そんなザマで『美しき女王の奮励の精神を体現するポムフィオーレ寮生』って言われて喜ぶとか、脳味噌筋肉通り越してスッカラカンじゃねえかテメエ!!!!!!シェーンハイト先輩をバカにしてんのか!!!!!!!!」
『あー。ガチ勢のブチギレいただきました』
『ユウさんが魔法を使えたらポムフィオーレ寮生だって見立て、結構納得だよね』
『脳筋体育会系だし、美意識高めで自分の見た目も気を使ってるみたいだし、割とね』
 呆気に取られていた三人の中で、エペルが真っ先に我に返った。
「は、ハリボテだぁ……?この筋肉のどこがハリボテだってんだ!」
「生意気なジャガイモね。一体どこに目をつけてるのかしら」
「うるせー!!!!解釈違いのクソボットが喋るな!!!!!!」
「オーララ、どうしてしまったんだい?いつものキミはもっと冷静で理性的だというのに」
「こんなクソ茶番見せられて冷静でいられるか!!勝手に天敵と世間話する仲にされてるキングスカラー先輩にも謝れ!!!!」
「もうめちゃくちゃなんだゾ」
 グリムが僕の背中をよじ登り、肩に乗っかってくる。エペルの視線にだいぶ近い場所から、まっすぐに訴えかけた。
「おい、エペル!オメー、『VDC』の時に言ってたじゃねーか。『今の自分の武器を最大限に活かして、愛らしさでネージュに勝ってやるんだ』って!」
「『VDC』……?」
「オメーの武器って、ムキムキな事じゃなかったはずだろ!」
「わの、武器……ううっ!」
 再び世界が歪む。
 グリムのおかげで、エペルが本当の自分を思い出そうとしている。
「エペルが揺らいでいる!もっと言ってやるがいい、グリム!」
「エペル。そんなジャガイモの言葉に耳を貸すのはやめなさい」
「そうとも。ヴィルの言う事に従っていれば間違いはないよ、エペルくん!」
「オマエはデュースと一緒に、自分の個性を武器にしてやるんだって張り切ってた!……忘れちまったのか!?」
 偽物の二人の声に、グリムは負けない。力強くエペルに語りかけてくれる。
「オレ様、あん時オメーの事……ほんのちょっとだけだけど、カッケーヤツだと思ったのに!」
「……ん、んだ、わ、わは……ッ!今しかねった、強さ、あ、愛らしさっと……」
 エペルが頭を抱えたまま悲鳴を上げた。叫び声と共に巨体から光が溢れて、その姿が一瞬見えなくなる。
 光が止むと、そこにいたのはいつもの大きさのエペルだった。苦しそうに肩で呼吸している。
「俺……どうして忘れちゃってたんだろう……『今の自分』を認めて、強くなるって……」
 どこか切なさを感じる、儚げな声。でも芯の強さも感じられる。
「小さくて、丸くて、強そうには見えない。でも……どんな相手でも一撃で仕留める、美しき女王の毒林檎。……そんな毒林檎のような、自分だけの強さを手に入れるって……あの日誓ったのに!」
 顔を上げれば潤んだ瞳が見える。その涙は痛みによるものか、悔しさによるものか、あるいはその両方か。いずれにしても、声と同じく深い決意を感じる表情に、『美しき女王の奮励の精神を体現するポムフィオーレ寮生』らしさを見た。
 目にした者の心を貫くほどに強く、息を飲むほどに美しく、平伏すほどに逞しい。
 怒りも忘れてはしゃぎそうになったが、解釈違いのクソボットはまだ稼働している。元に戻ったエペルを見て、何とも大げさに嘆き始めた。
「なんてこと、エペル……そんな貧弱な姿になってしまって」
「ノンッ!輝く七つの丘のごとき隆々とした筋肉はどこへ?」
「ああ、可哀想に。泥のついたジャガイモたちに呪われて、姿が変わってしまったのね」
 身体が小さくなった分、距離が離れたエペルに対して、クソボットが手を差し伸べる。
「こっちへいらっしゃい。逞しく美しい姿に戻してあげるわ」
「さすがはヴィルだ。それがいい!さあ、エペルくん。こちらへおいで」
 エペルは冷ややかな表情で彼らを見た。もう惑わされる事は無い。
「……俺の知ってるあんたたちは、そんな事絶対に言わない!」
「なんですって?」
「デカくて逞しい身体に憧れてないって言えば、嘘になる。……でも、だけど!」
 エペルは自分の言葉で決意を紡ぐ。
「俺が手に入れたい強さは、逞しさは……美しさは!俺が自分で決めて、自分の力で手に入れる!」
 もう既にその一歩は踏み出されていると思えるほど、強い気持ちが感じられた。
 きっとこの場にハント先輩がいたら、言葉を尽くして彼の決意を称えるだろう。シェーンハイト先輩は言葉だけにするなと釘を刺しつつも、見守るように微笑むに違いない。
 が、目の前の偽物はそんな反応は出来ない。彼らの目的は『夢の主を目覚めさせない事』だから、再現性なんて二の次だろう。
「ヴィルサンとルークサンに成りすますなんて、許せねえ!ぶっとばしてやる!」
「グリム、いける?」
「おう!任せとけ!」
「セベク、オルト!俺たちもエペルに加勢しよう!」
「ああ!いくぞ!」
 基本的に『闇』は無限湧きのはずだけど、今はこっちの方が手数は多いらしい。
 何より再現度が低いせいか、NPCの戦闘能力も恐らく現実ほど高くはない。エペルとグリムの炎が合わさって一帯の『闇』を焼き払えば、その炎は偽物にまで燃え移る。
「ああ、エペル!もうやめて頂戴!アタシの美しい顔に傷が……ッ!」
「ミゼラブル!よすんだ、エペルくん。これ以上の美しくない行いは!」
「美しい、だぁ!?」
 本人たちなら絶対に言わないような懇願を受け、エペルは更に怒りを露わにする。
「その顔で、そのくぢで……二度と『美しさ』っとかだるんでねぇぁ!」
 感情のままに怒鳴りつけてから、一度目を閉じる。指を組んだ姿はまるで祈りを捧げているようにも見えるが、溢れる殺気が美しく清らかな印象さえ否定していた。
「目を閉じて、息を止めて……『深紅の果実』!!」
 どこか甘く響く詠唱とは裏腹に、発現した魔法は冷徹だ。偽物の上げた悲鳴ごとガラスの棺に閉じこめる。
「二度と起きてくるんじゃねえ!永遠に凍りついてろ、ほつけなし!」
 棺の中で、偽物が溶けて『闇』に戻った。ガラスの棺が砕ければ、そのまま空中にかき消える。同時に、周囲を囲んでいた『闇』も消えて、景色が元に戻った。

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