7−3:蒼炎の砦
「……話は以上か?」
「ううん。まだある」
「何だ?」
『これはユウさんに関する話になるんだけど……ユウさんの魔力の事、二人はどれぐらい把握してるの?』
オルトの質問は僕に向けられていた。首を傾げつつ答える。
「えーっと、元の世界で魔力を封印された話はしたと思いますが」
「異世界を狙う侵略者を、ユウが倒したという話も聞いた」
「ユウの魔力を封印したのが、その侵略者だという話もだ」
「それがどーしたんだゾ?」
『うん。マレウスさんがユニーク魔法を発動する前後の映像や、魔法領域内部の魔力分布を解析して解った事があるんだ』
「解った事?」
『現在、ユウさんに施されている魔力の封印は、マレウスさんによって上書きされた状態…………アレ?』
オルトが目を丸くして首を傾げた。僕も傾げる。
『……ユウさんの封印、アップデートされてる?』
「え、マジ?」
シュラウド先輩が手元に青いモニターを出して何か操作し始めた。難しい顔で僕を見る。
「何か心当たりある?」
「あー……その……ヴァンルージュ先輩の夢の中でツノ太郎のお母さんに会った時に、直してもらった、みたいです」
セベクがはっとした顔でこちらを見る。対照的に、シュラウド先輩は冷静に頷いた。
「……貴様、あの時に合流が遅れたのはそれでか!!」
「あーはいはいおけおけ。覚えがあるなら大丈夫。問題はそこじゃないし」
『うん。すっごく理路整然とした綺麗な術式だ。でも解除しようとすると複雑怪奇、力づくで破ろうとしても絶対に無理って感じ』
「……このレベルの術式で魔法領域編まれてたら、それこそ無理ゲーでしたな」
シュラウド先輩がぼそりと呟き、ごほんと咳払いで誤魔化す。
「えーっと、つまり。問題はマレウス氏が施した封印の方じゃなくて、マレウス氏に上書きされた結果、破棄された古い封印の方」
心がざわつく。
『僕たちが魔法領域内を観測した結果、微量ながら不審な魔力反応が検知された。僕たちから見て分類としては「魔力」だけど、この世界に存在する魔力と明らかに性質が異なるものだ』
「オルトの記録していたデータを洗った結果、それと同じものがマレウス氏のユニーク魔法が発動する直前にも観測されていた。……君の封印がマレウス氏によって上書きされた、まさにあの時に」
思わず額を押さえて俯く。
「魔力が観測された事が、何か問題なのか?封印がマレウス様によって上書きされて破棄されたのなら、何の意味も無いではないか」
「破棄されたのに魔力が消えてないから問題なんだよ」
『そう。その魔力は別の場所で再び観測された。……兄さんの夢の中でね』
「それはつまり……どういう事だ?」
「……シュラウド先輩の夢の中にいた偽物の『僕』が、その不審な魔力を持ってた、って事じゃないですか」
『大正解!』
視線が僕に集まってくるのを感じる。頭痛くなってきた。
「よ、よく解ったね?」
「まぁ、僕の双子の姉を洗脳して人質兼手駒にしてた女なんで。人の好意を利用するとか絶対やるなと思って」
「あー……なるほど……」
『兄さんの夢の中で、ユウさんは兄さんの婚約者になってた。兄さんの理想とするユウさんとして振る舞っていたけど、内部には本物のユウさんを害するためのウイルス……例の不審な魔力が入り込んでいたんだ』
「何故、直接ユウを攻撃しない?」
「魔力の量が少なすぎて融通が利かなかったとか、当のハシバ氏が動き回ってて見つけられなかったとか、いろいろ理由は考えられるよ」
確かに、割とすぐ夢から醒めてシルバー先輩と移動していたからなぁ。そういう意味ではラッキーだったのかな。
「でも多分、今のハシバ氏の話を鑑みるに、かなり悪趣味な事をするつもりだったんだろうね」
「悪趣味な事?」
「……僕に取り入って、僕がハシバ氏を傷つけるように仕向けるつもりだったんだろう」
苦々しげなシュラウド先輩の表情を見るに『そうなっていてもおかしくはなかった』って思ってるみたい。
理想と現実にはギャップがある。
理想の存在にのめり込めばのめり込むほど、現実を受け入れられなくなっていくのだ。
大切な理想を守るために、受け入れられないものを排除する。それが本物だろうと気付く事なく。
むしろ理想の存在があれば不都合な本物なんていらない、ってなっちゃってもおかしくないもんな。イヤな話だけど。
『ユウさんを夢の世界で殺し、現実での肉体を乗っ取る。それが、この魔法領域内に紛れ込んだ不審な魔力……「黒薔薇の魔女」の目的だ』
「マレウス様の魔法領域の中で、そんな事が可能なのか!?」
「可能だろうね。マレウス氏は『黒薔薇の魔女』を危険視してなかった。むしろ魔女の言葉を信じてたぐらいだから、魔力を検知したところでまず積極的に排除はしないだろう」
『そして魔女の方も、マレウスさんの夢の世界を邪魔するつもりがない。むしろ好都合だった』
「好都合?」
「欲望が剥き出しになる『幸せな夢』は、その人が求めているものが解りやすくて都合が良い、みたいな」
「そうそう。夢の中だって自覚がない状態だと、自分が欲望モロ出しになってる自覚なんか無く、ノーガードで過ごしているワケですからな」
いやーまんまと騙されましたわ、とシュラウド先輩がしみじみと呟く。
比較的頭の回転が速いであろうシュラウド先輩でさえこれなのだから、他の人の所でも同じように上手い事やってる可能性はかなり高い。
『標的はユウさんたったひとり。マレウスさんの目の前で殺そうとでもしない限り、実行してしまえばマレウスさんには止めようが無い』
「……なんという女だ、『黒薔薇の魔女』……!マレウス様の魔法領域を利用して、私怨を晴らそうとするとは!!!!」
セベクが怒りを露わにする。思わず乾いた笑いが漏れた。
「恐らく『黒薔薇の魔女』は君を大事に思ってるヒトの夢の中で、彼らの理想の存在を演じて今も仲を深めているだろう」
『そして、ユウさんが自分たちのいる夢の中に入った事を感知したら、ユウさんを殺すために動き出すと考えられる』
「……それなら、ユウが夢を渡るのは危険ではないか?」
「それがそうもいかないんすわ」
シルバー先輩の言葉に、シュラウド先輩が首を横に振る。
『「S.T.Y.X.」のスタッフがID振り分けをしながら、例の魔力に絞って走査を行った結果、五つの座標で「黒薔薇の魔女」を探知する事が出来た』
「リドル・ローズハート。レオナ・キングスカラー。アズール・アーシェングロット。ジャミル・バイパー。……ヴィル・シェーンハイト」
意識が遠のきかける。いや現実逃避している場合じゃないけど。
「以上五名の夢に『黒薔薇の魔女』が潜り込んでいる可能性が高い」
「ふな?嘆きの島に行ってた連中ばっかりじゃねーか」
「そう。オーバーブロットを起こせるほど優秀な魔法士であり、ハシバ氏とも親しい。そして……今回のパーティーメンバーの有力候補者ばっかり」
『彼らの説得に有効なのもユウさんだと目してたからね。正直言って僕たちもかなり悩んだんだ』
オルトが物憂げな表情で肩を落とす。
『魔王討伐メンバーを集めた所で、君が危険な目に遭ってもしもの事があったら、みんなきっと戦うどころではなくなってしまう。何より、僕たちも君に危険な目には遭ってほしくない』
「で、ではどうするのだ?」
「どうするって。行くしかないでしょ」
どんな状態になっているにしても、挙がっているメンバーは間違いなく戦力だ。起こした方が良いに決まってる。
「事態がややこしくなってるのは、不可抗力とはいえ変なものをこの世界に持ち込んじゃった僕の責任だもの。落とし前は自分でつけるよ」
「そう言ってくれるのは有り難いけど、今の君じゃ無理だよ」
決意をシュラウド先輩にばっさりと切り捨てられた。思わず顔を見たけど、シュラウド先輩の顔は真剣だ。
「不浄に対抗する頼みの綱である君の魔力は、完璧すぎるくらいの封印がされてるから夢の世界でも使えないし、相手は理想の姿を演じて標的に取り入ってるんだから、都合の良い夢に浸りきってる彼らはまず本物の君に気付かない」
ぐっさりと胸に刺さってくる。本物なのに気付いてもらえない可能性が高い、って言われるの結構悲しいな……。
「高く見積もっても成功率は五分が良いトコ」
「でも……!」
『で~も~?何か忘れてないかなぁ、ユウさん』
オルトが茶化すように言えば、シュラウド先輩も笑みを浮かべる。
「ここにいるのは魔導工学の天才と世界最高の人工知能を搭載した魔導ヒューマノイド。更に僕たちのバックには最強ギーク集団『S.T.Y.X.』がついている」
『そして、ここは「情報」が操作出来る魔法で作られた夢の世界。それって僕たちの得意分野!』
「え、えーと、つまり?」
「つまり、拙者たちと契約して魔法少女になってよ!って事」
「魔法少女!!??」
素っ頓狂な声がセベクたちからも上がる。
「…………というのは、一体何だ?」
『シルバーさん、知らないのに驚いてたの?』
「まー、主に子ども向けのフィクション作品に出てくる変身ヒロインの事ですな」
「……いや、こいつ男だろう。なぜ『魔法少女』なんだ?」
「ユウは元の世界でその『マホーショージョ』ってヤツをやってたんだゾ」
「グリム……お、覚えてたんだ……」
なんとか頑張って話をぼかしてたのに。シルバー先輩はまだピンと来てないからともかく、セベクはドン引きしてるし。
「っていうか、契約って?」
「まあ、便宜上ね。僕たちは魔王攻略の障害になりうる不確定要素を減らしておきたい。君は元の世界の宿敵の因縁を晴らしたい。お互いの目的のために、僕たちは技術を提供し、君は労力を提供する。そういう協力関係を結ぼうって事」
悪い話じゃないでしょ?とシュラウド先輩は笑う。
『ユウさんの戦闘データは「S.T.Y.X.」に保管されている。それを参考に、夢の世界でユウさんを戦闘モードにする装備を開発したんだ』
「それで君を狙ってノコノコやってくるウイルス入りのNPCをぶん殴って無力化し、ウイルスを回収するのがキミのお仕事、ってわけ」
『とにかく変身してみてよ!開発に携わったスタッフがずっとそわそわしてるから!!』
「あ、そういうワケなんで、スマホ貸してくれる?アプリ入れちゃうね」
ポケットを探ってスマホを取り出す。電源を入れてから手渡せば、シュラウド先輩がモニターに囲まれながらいろいろと操作し始めた。
「……システムの起動に合言葉が要るんだけど、何か希望ある?」
「えー……シャイニング・チェンジとか?」
「ソレ、もしかして元の世界で魔法少女やってた時のヤツ?」
「そうです。スマホアプリで変身するのも同じなんで」
「そっかー。……そのままだとなんか癪だな。『ドリームフォーム・シャイニングチェンジ』とかでどう?」
「あ、良いですよ。いけると思います」
「りょ。ちょっと待っててね」
凄まじい速度で宙に浮いた平面のキーボードを叩き、何かの操作を行っている。うわぁすごい。開発者っぽい。
「……はい、終わり。じゃあこれ」
そうしてスマホが返ってくる。画面の隅っこに見慣れないアプリが二つ増えていた。
「じゃあ『変身』って書いてるアプリの方をタップして、変身の合言葉をどうぞ」
なんか久しぶりだなぁ。うっかり間違えちゃいそう。
一回深呼吸して、アプリをタップして構える。
「ドリームフォーム・シャイニングチェンジ!!」
声を張り上げると、次の瞬間には目の前が光に包まれた。
一瞬で光が散って、身体が軽くなる。
「ふおおおおおおお~~~~~~!!!!生変身最高~~~~~~!!!!!!」
シュラウド先輩のテンションが凄い事になってる。
「声の張り方がプロのそれ!!ポージング様になりすぎ!!好き!!!!」
「お、落ち着いてください」
と言いつつ、自分の身体を見下ろす。
オルトのギアのデザインとも似た雰囲気の、ちょっと近未来っぽいデザインだ。防具として必要な部分にプロテクターは備えつつ、スカートや袖に布も使われている。ヘッドホンみたいなのがついているけど頭は重くないし、着心地も悪くない。あとスカートの中がすーすーしてないのもポイント高い。ちゃんとカボチャパンツ的なものを履かせてもらってるっぽい。
……平然と女装なのはまぁ、突っ込まないでおこう。どうも『S.T.Y.X.』の方にも『魔法少女』に期待を寄せてる人員がいるようだし。
身体が軽いのは、カローンの装備と同じように身体強化の魔法が施されているからだろう。元の世界で使ってた装備より、もしかしたら強いかもしれない。
『開発メンバーの歓声を聞かせてあげたいよ。想像以上の出来映えだ』
「まぁ、使いこなせるとも限りませんけどね……」
「そんなに複雑な機能は無いよ。君の魔力を元にして作った対ブロット装甲は常時発動だし、身体強化は起動状態で約四倍、筋肉の稼働やバイタルの変動に併せて八倍まで出力が自動で上がるけど、その分バッテリーの消耗も早くなる」
変身状態を維持するエネルギーはスマホのバッテリーと共用。変身していない時にオルトを経由して自動で充電される仕組みだから、同じ夢の中にいる間はバッテリー切れの懸念は無いとの事。
夢の中だから、スマホのバッテリー容量も見た目を変えずに自在なのか。凄いな夢の世界。
「バッテリー残量が五割を切ると、変身アプリが起動しなくなる。もちろん、変身が長引いてバッテリーが切れたら変身も解けるから、変身するタイミングは慎重に見極めて」
「わかりました」
「あと、そう。例のウイルスを回収する仕組みを作ってあるんだ。腰のベルトに下がってるポケットからキューブケースを出して」
「キューブケース?」
首を傾げつつ、可愛いデザインのそこそこ大きいポケットを開く。そこにはポケットの大きさいっぱいのコンパクトのようなものが入っていた。
「これですか?」
「そう。開けてみて」
表面には花のような模様が描かれている。全体の材質は衣装の装甲部分と同じで金属とプラスチックの間みたいな雰囲気。
言われた通りに開くと、中にはそこそこ大きい透明な水晶みたいなものが嵌まっていた。ホログラムみたいな感じで、ちょっとだけ色が入った円グラフが表示されている。十五パーセントくらい色が変わってるのかな。
「そこに無力化したウイルスを回収してもらうのも、今回の君の仕事」
「……一体どうやって?」
『ユウさんの魔力でウイルスをコーティングするんだ。……と言ってもユウさんは自力で魔力が使えないから、こちらでそれに相当するエネルギーを用意しておいたよ』
「そのケースはウイルス捕縛のためのエネルギーを射出する道具であり、コーティングしたウイルスの結晶を回収する道具でもある」
説明しながら、シュラウド先輩は手元のモニターに画像を映した。
画像の結晶は半透明の乳白色で、中にうっすら赤黒い花が浮かんでいるのが見える。
「おそらくこういう感じのものが出来るので、結晶をケースに入れて作業完了。実際に動かす時はナビ音声が誘導してくれるよ」
「な、なんか凄いですね……」
「ま、拙者たちが本気を出せばこんなもんですわ!……と、言いたいところだけど、最低限の機能をつけてあげるのが精一杯だったのも事実」
シュラウド先輩のテンションが見る間に下がる。
「本当は危険な目にも遭わせたくないんだけど、こっちも人手が足りない。こんな不完全な状態で送り出したくはないんだ、本当は」
「……僕は、生身じゃ何も出来ない人間です。魔法が使えるみんなに比べたら、本当は戦力にだってなりはしない」
そりゃ、足を引っ張らない努力はしているつもりだけど、それで面倒事を引き起こしてる事が帳消しになるワケじゃないし。
「だからこんな凄いものを作ってもらって、とても嬉しいです。すっごく心強いです!」
シュラウド先輩の目を見る。不安そうな彼に微笑みかけた。
「ちょっとブランクはありますけど、これでも『世界を救った魔法少女』なので!最高のサポートには、最高の仕事で応えてみせます!」
胸を張って言い切った。
絶対にこの人の託してくれたものを裏切りたくない。
元は僕の問題なのに、よその世界の人に助けてもらってるのだって本当は筋違いなんだから。
「絶対に、この任務を完遂しますから」
「……うん。信じてる。……でもそれ以前に、ちゃんと無事で帰ってきなよ」
「もちろん!全員無事で、この夢から目覚めましょう!」
元気に答えると、やっと少し笑ってくれた。
「……っと、元に戻る時は『変身解除』で」
「はーい。変身解除~」
呟くと、服装が変身前のものに戻る。身体強化も解除されるから身体は重くなるけど、これはむしろ懐かしいぐらいだ。
「えーと、もうひとつ入れたアプリでキューブケースだけ呼び出す事も出来るから、変身しないでウイルスの無力化が出来そうな時はそれを使って」
言われるままアプリをタップすると、さっきのキューブケースが目の前に飛び出してきた。もう一回タップすると消える。便利。
「戦わずにウイルスを無力化出来る状況など有り得るのか?」
「んー。例えば、向こうが対象の誘惑に失敗して返り討ちに遭った場合とかね」
ナイトレイブンカレッジでオーバーブロットを起こした五人は全員、その状態で僕と接触している。
僕の魔力はファントムを前にすると活性化し、封印を一時的に退けて外に出ていたので、彼らと対峙したその時に、僕の魔力を受け取っている可能性が高い、らしい。
で、あれば理論上、夢の主である彼らが自覚なくウイルス入りのNPCを倒して封印する事は可能なのだ、とオルトは説明した。
『今後、作戦上の名称として、「黒薔薇の魔女」の魔力を含むユウさんのNPCを「イミテーション」という名前で呼ぶね』
「ハシバ氏のお仕事は、魔王討伐のパーティーメンバーの勧誘、と同時に、第三勢力ながらそれを妨害してくるであろう『イミテーション』の討伐と不審な魔力の無力化・回収。という事で、ご理解いただけた?」
「はい、頑張ります!」
「素直でよろしい」
シュラウド先輩は満足そうに頷く。