1:癇癪女王の迷路庭園




 鏡面が水面のように揺れる。
 何も映さなかった闇色に、景色が映る。


『言わせてもらうわ、なにが女王陛下よ!』

 金髪の少女が、可愛らしい顔を険しくして言い放つ。視線の先には、着飾った中年女性がいた。
 木造とおぼしき調度品が人の周囲に見えるが、室内が見渡せるワケじゃないので、全体像は見えない。登場人物にスポットが当たっていない場所は、空白のような闇が満ちていた。

『あなたはワガママで底意地の悪い暴君じゃない』

 少女の言葉に、中年女性は不気味に笑う。

『お前、今なんとお言いだったね?』

 ぞっとするような低い声だが、少女が臆した様子はない。
 女性の頭上に、でたらめな見た目の猫が登場して言い放つ。

『アンタはワガママで底意地の悪い暴君だとさ』

 次の瞬間。

『うぎいいいいいいいい!!!!首をおはねーーーーー!!!!!!』

 女性の怒りが炸裂する。呼応するように闇から無数の兵士が現れて、金髪の少女に飛びかかっていく。
 女王の命令だ、首を切れ。
 そんな声まで兵士の雄叫びの隙間から聞こえてきた。

 なんだかとてももどかしい。味方のない彼女を庇いたいと思うのに、自分の身体は目の前の世界のどこにもない。
 彼女を庇いたいと思う理由は解ってる。僕も彼女と同じ印象を、あの中年女性に抱いた。同じ事を思うのだから、味方してやりたい。ただそれだけだ。

 なぜあれだけの数がいて、誰も女王を咎めないのだろう。
 数は力だ。暴力とも言う。でもそれは悪にも正義にもなれるものだ。

 こうなる前に誰かが止めていれば。


 鏡面が揺れる。
 映っていたものが溶けて消えていく。


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