7−3:蒼炎の砦
………
騒動が起きてから何日も経っていないはずなのに、随分久し振りに顔を見た気がする。不健康そうな見た目も青い炎の髪もいつも通り。否、テンションはいつもより高く見えた。
「あ、再会のハグとかいる?なーんて、ぐほぉっ!」
ほとんど体当たりみたいな勢いで抱きついた。細い身体にしっかり抱きついていると、先輩の手に頭を撫でられる。
「……うん、不安だったんだね。もう大丈夫だよ」
いつになく優しい声音で語りかけられたら、胸がいっぱいになって泣きそうだった。
「やっと、やっと現実的に問題を解決してくれそうな人が出てきたああああああああああ」
「おい待て、リリア様だって問題解決には協力してくださってるだろうが!!」
「そうだけど結局ろくにツノ太郎のユニーク魔法の弱点とか聞き出せなかったじゃん!!オルトが拾ってくれなかったらどうなってたか!」
「あー、はいはい。ちょっと落ち着こうね」
シュラウド先輩はまた頭を撫でながらやんわり僕の腕を解く。
とにかく安心の要素は増えたワケだけど、じゃあ疑問が無いかと言われればそうでもない。
「君たちの状況も確認したくはあるけど、こっちが話す方が先かな」
「な、なんだ貴様は?一体どういう事だ!?僕たちは夢から醒めたのか?」
「残念ながら、まだ夢の中だよ。夢って言うか、マレウス氏が作り出した魔法領域の中って方が正しいけど」
セベクの疑問に、シュラウド先輩は冷静に返した。
「君がイカつい甲冑を着てるのがその証拠。残念だけど、その鎧は『現実』には持って帰れない。ソレは『物質』じゃなく『情報』だから」
セベクはヴァンルージュ先輩の夢の中で茨の国の王宮近衛隊の甲冑に着替えていて、今もその姿だ。確かに夢の中で得た装備が、現実に持っていけるワケがない。
僕が下げている魔石器やベルト、グリムのリュックも現実には存在しないのだ。
「ま、待ってくれ。あなたは何故ここが『マレウス様が作り出した魔法領域の中』だと認識している?眠る前の事を、既に思い出したというのか?」
「思い出したっていうと語弊があるけど、情報としては把握してる」
「情報としては把握してるって、どういう事ですか?」
「あー、ちょっとタイム。説明は後でちゃんとするから。その前にひとつ」
僕が首を傾げると、先輩は話を切った。そしてディアソムニアの二人の方に向き直る。
「えーと……ディアソムニアの二人は、僕とほとんど話した事ないよね?ぼ、僕はイデア・シュラウド。一応、イグニハイドの寮長やってマス」
「……そうか!道理でどこかで見た顔だと思っていた。貴様、イグニハイド寮の寮長か!」
むしろセベクはシュラウド先輩を知らなかったのか。だからあんなに警戒心モロ出しだったんだ。納得。
「入学式の時は板状の姿だったし、こんなにしっかりと姿を見るのは初めてな気がするぞ」
「あ、ああ~……ハイ。現実では君らの入学式、リモートで出たからね……」
……タブレットで授業や式典に出てる人は彼ぐらいだろうけど、そうか、姿を見た事ない人もいるか……学年違うんだから余計に接点無いだろうし。僕たちも知り合ったのは偶然だったしなぁ。
「僕はディアソムニア寮所属、一年D組三十三番、セベク・ジグボルト!!こっちのボーっとした男はシルバー。同じ寮の二年生だ!」
「ぅひぃッ!こ、声デカ……鼓膜が破れるかと思いましたわ。マレウス氏たち、日常的にこの声量を近距離で浴びててよく耳が無事ですな……」
「すまない、イデア先輩。後で気をつけるように言っておく。ここは夢の中だから、実際に鼓膜が破れるような事はないと思うが……」
小声で文句を言うシュラウド先輩に謝りつつも、シルバー先輩は何かに気づいた様子で顔を上げる。
「みんな、周囲を警戒するんだ!イデア先輩、グリム、ユウ!俺とセベクの後ろへ!」
シルバー先輩の号令で、セベクも警戒を露わにする。すぐにシュラウド先輩に駆け寄った。
「えっ、急に何?ぐえっ!痛い痛い!」
背中合わせに警戒する二人の間に挟まれて、シュラウド先輩が悲鳴を上げる。多分、セベクの甲冑の厚みで間合いが違う事をお互いに把握していない。
「ふなっ?急にどうしたってんだ、シルバー」
「イデア先輩が夢から醒めているという事は、より深い眠りに落とそうと『闇』が襲ってくるはず」
「あ!そういやそうなんだゾ。それどころか……『お前、醒めているな』とか言ってマレウスのヤツが現れるかも……!」
「『闇』ならまだしも、リリア様なしにマレウス様に勝てるかどうか……いや、とうに覚悟はできている!『闇』であろうと、マレウス様であろうと……必ず退けてみせるぞ!!!!」
「いやあの、ちょっとふたりとも」
『盛り上がってるところに水を差すようなんだけど……マレウス・ドラコニアさんや黒いモヤについては、しばらくの間、大丈夫なはずだよ』
明るい少年の声で、警戒の雰囲気が変わる。
『今はかなりのリソースをリリア・ヴァンルージュさんを眠らせる事に割いてる状態だと思うから』
「オルトの声だ!」
足下でグリムが明るく言った。
「夢の回廊に取り残されちまったかと思って慌てちまったじゃねーか。オメー、どこにいるんだ?」
『ふふ、心配かけてごめんね』
どこからともなくモニター型のホログラムが浮かび、そこにオルトの顔が映し出された。
『僕、兄さんの夢の中でいつも通りの姿でいると重大なエラーが発生しちゃうんだ。だから今はモニター映像で失礼するよ』
重大なエラー?と思うけど今はそれどころじゃない。
『それからみんな、兄さんの顔が酸欠で青くなってきてるから、ちょっと離れてあげてくれる?』
「あ!す、すまない!」
オルトの指摘でやっとシルバー先輩が気づいて離れた。シュラウド先輩は大げさなくらい荒い呼吸をしている。思わず背中をさすった。
「硬い筋肉と甲冑に挟まれて危うく冥府に旅立つところだった……た、助かりましたぞオルト……」
セベクがちょっと恥ずかしそうに咳払いしてから、シュラウド先輩とホログラムのオルトを見る。
「おい、貴様ら。マレウス様がリリア様にリソースを割いているというのはどういう意味だ?」
「ああ、はいはい……その話ね。オルト、まとめて説明よろ」
『了解、兄さん』
順を追って説明していくね、と前置きしてオルトは語り出す。
賢者の島はヴァンルージュ先輩のお別れ会の日に、ツノ太郎の魔法によって眠らされた。もとい、彼らの認識によれば『時空ごと凍結』された。
ツノ太郎の魔法はディアソムニア寮だけじゃなく鏡で繋がった校舎や各寮、さらに賢者の島全体にまで及び、強固な結界で包み込んでしまった。結界は外海へと拡大を続け、内部では人々が眠り、時間まで止まっている。
オルトはそこから自分の意識をデータとして抜き出し、通信衛星経由で島の外に脱出して『S.T.Y.X.』と合流を果たした。
つまり、ツノ太郎の魔法でも目に見えない無線通信を遮断する事は出来なかったって事か。本当に『魔法は万能じゃない』んだなぁ。
「オメー、そんな事まで出来ちまうのか?」
『ふふふ。僕の個性が役に立ったってわけ』
オルトは誇らしげに胸を張る。
『僕は魔法士じゃないからユニーク魔法は修得できないけど……自分の意識と魂を電波に乗せて、通信衛星経由で別ユニットに移すなんて、僕にしかできない事でしょう?』
「悔しいが……人間の機械文明というのは凄まじいな」
「ああ。どれだけ鍛錬を積んでも、オルトの使った技は俺たちには修得できない。まさにオルトだけの個性だな」
『えへへ!もっと褒めていいよ……と言いたいとこだけど、話を進めるね』
後でうんと褒めてあげよう、と思いつつ話に集中する。
あの時、オルトが発していた『魔法災害』に対する警報は同時に『S.T.Y.X.』への通報も行っていた。『S.T.Y.X.』側も内部との通信手段を模索する中、オルトが合流。オルトが記録していた内部の情報の一部を受け取り、しかし『魔法領域を攻略するには情報が不十分』と判断した。
魔法領域の結界は、簡単には破れない。内部に入ったものは生き物だろうと機械だろうと魔法だろうと、即座に活動を停止し無力化されるので、生身の人間では危険が伴うが、かといって人工知能では現場判断の精度が足りない。
そうして白羽の矢が立ったのがオルトだった。
人間と遜色ない人工知能であるオルトなら、大量の情報を処理しつつ適切な状況判断も問題なく行える。
彼を結界内に送り込むために『S.T.Y.X.』は、結界を切り開きつつ内部での活動停止に抗う事が出来る新しい装備を製造。情報収集の為の機器を搭載させた。
そうしてオルトはツノ太郎の魔法領域への侵入を果たし、情報収集任務を完遂。偉すぎる。
オルトによってもたらされた情報と茨の谷からの情報提供によって『S.T.Y.X.』はツノ太郎の魔法領域の解析に成功した。が、同時に『外から破壊するのはほぼ不可能』という結論にも達した。
下手に破壊すれば、内部で眠らされている人たちの意識に危険が及ぶ可能性がある。ツノ太郎が夢の中の僕たちに干渉できるということは、ツノ太郎の魔法によって精神に干渉されてるって事だもんな。
最新のデジタル機器やアプリは『不測の事態』を踏まえたバックアップシステムとか、データや機械そのものを保護する機能が備わってたりするけど、個人の使うユニーク魔法がそんな事態を想定して魔法を受けた人間の生命や健康を保証するように出来てるとは思えないもんな。ツノ太郎なら外部から破られる事なんて絶対想定してないだろうし。
んで、外がダメなら内側からやったれ、という事で『S.T.Y.X.』はツノ太郎の魔法領域に外から不正にアクセスする方法を編み出した。それを使って『S.T.Y.X.』とオルトはシュラウド先輩に接触。ツノ太郎曰く『幸せな夢』を見ていた先輩を覚醒させる事に成功した。
……なんかすっごいイヤな予感する。よくわかんないけど。
『……以上、マレウス・ドラコニアによる魔法災害発生から、イデア・シュラウド覚醒までの経過報告を終了します』
オルトが締めると、各々それなりに感心した様子だった。
「ほぁ~。オレ様たちがリリアの夢んなかで戦ってる間、オメーらはそんな事になってたのか」
「なるほど。つまりイデア先輩とオルトには魔法領域の外……現実世界からのサポートがある、という事だな」
「そ、そういう事。まあ、今のところ監視カメラに短時間ダミー映像を流す程度の事しか出来ないけど」
「だから貴様が覚醒していてもマレウス様に気づかれず、『闇』が襲ってこないというわけか」
『うん。それにさっきも言ったように、マレウスさんは現在……リリア・ヴァンルージュさんを眠らせるのに意識を集中している。だからシルバーさんたちの行方を追う事には手が回っていない状況と予想されるよ』
世界で五本の指に入る魔法士のツノ太郎でさえ、出来る事には限界がある。それは僕たちにとって有利に働く数少ない部分、なんだけど。
「……素直に貴様らの技術を賞賛したいところだが、マレウス様が出し抜かれているとなると少々複雑だ……」
まぁセベクにとってはそうだよね。一方、シュラウド先輩は肩を竦めている。
「ま、相手は弩級のチーターなんで。まだまだ完全攻略には程遠いけどね」
そう。安心するにはまだまだ足りない。
でも諦めて足を止めるにも早すぎる。そういう感じ。
「しかし……まさかマレウス様が魔法領域を島の外に広げ続けているなんて……」
「更に外から無理矢理領域を破壊すれば、囚われた人間の精神もろとも破壊される可能性があるだと!?」
「なんかめちゃくちゃやべー事になっちまってるんだゾ」
ホントそれなー。
このまま放って置いたら、ツノ太郎の魔法領域は全世界を飲み込んで、世界中の人類を眠らせてしまうだろう。そうしたら実質世界は滅んだようなものだ。
ツノ太郎が人類の敵になってしまう。なんなら今も若干なりかけている。
「なんとかして止めないと」
『うん。だからこそ、君たちの力が必要なんだ!』
「俺たちの……力?」
『現在、「S.T.Y.X.」ではスタッフが総力を挙げて、魔法領域に囚われたヒトたちの夢にIDを振り分けているところなんだ』
その数は約二万人。ナイトレイブンカレッジの関係者はもちろん、ロイヤルソードアカデミーや麓の街の住人たちにも行われている。
『その最中に、夢の中を自力で移動している君たちの魔力反応を捕捉した』
「それはもしかして、俺の『同じ夢を見よう』の事か?」
シルバー先輩が首を傾げる。
「夢と夢の間を渡る事が出来る、俺のユニーク魔法なんだが……」
『そう!それそれ!』
オルトが明るく肯定する。
『何者かがヒトの夢から夢へと移動した痕跡が発見された時は、「S.T.Y.X.」のエンジニアたちがざわついたよ』
あれはシルバーさんのユニーク魔法だったんだね、としみじみ呟いていた。なんだか嬉しそう。
『やっぱり魔法って本当に不思議な力だなぁ』
「だが俺の魔法は、お前たちのように狙った人物の夢へ確実に移動する事や、相手を自分の夢へ呼び寄せる事は出来ない」
移動できる対象はシルバー先輩と縁がある人物のみで、行き先はランダム。あくまでも夢なので、起きた時に自分も相手も、夢の中での経験を覚えているとは限らない。感覚的に使っているので、術式の調整などは行えない。
「だから、オルトが『夢の回廊』に現れて、俺たちをここへ導いてくれた時は本当に驚いた」
『何言ってるの。「S.T.Y.X.」が誇るスーパーコンピューターと魔導工学と魔法解析学のエキスパートたちが、全力で魔法の解析に挑み、ようやく夢から夢へ移動する方法を編み出したところなんだよ』
しかも手段を確立したと言えるほど再現性は完璧ではないらしい。今のまま使っていたら、何らかの不具合が起こる可能性がある。
『それを感覚的に行っているっていうんだから、驚嘆に値するよ』
「……そっか。シルバー先輩のユニーク魔法は『行き先が選べない』が最大のネックだから、『S.T.Y.X.』が行き先を誘導してくれるなら、他の人の協力を得るのにかなり動きやすくなりますね」
「ああ。こちらとしても助かる」
『まだ全住民のID設定は終わってないけど、ナイトレイブンカレッジの生徒に関してはほとんど終わってるはずだよ』
つまり、シルバー先輩と『S.T.Y.X.』の手を借りれば、同級生や先輩たちの夢の中に自在に入る事が出来てしまう、と。
一瞬浮かんだ邪な考えを頭の隅に追いやる。
「ふむ。つまりお前たちが必要としている『力』とは、シルバーのユニーク魔法という事か?」
『それもあるけど……セベク・ジグボルトさんやグリムさん、ユウさんの協力も必要不可欠だよ』
「へんっ!どうせなんか面倒臭い仕事をオレ様たちに押しつけるつもりなんだろ!」
『わあ。グリムさん、話が早いね』
オルトがにっこり微笑む。不穏なほどの猫なで声だ。かわいいけどこわい。
『特にユウさんには、やってほしい仕事がたくさんあるんだ』
「……まぁ、ちょっとそんな気はしてましたけど」
「ふん、まどろっこしいのは好かん。さっさと本題を話せ!!」
シュラウド先輩が声に驚いて身を竦めた。セベクはやりにくそうにしている。先輩も咳払いして話を始めた。
「君たちがリリア氏の夢の中でわちゃわちゃしてる間……ぼ、僕なりに、この夢の世界から脱出する方法……っていうか、マレウス氏を何とかする作戦を考えてみたんだ」
そしてこの言葉に、セベクは目を見開く。
「えーと……鼻水垂らしながらギャン泣きして許しを請わせるために、とっておきの弱みを握って仕返しする的な?」
「そ、そう。それ……」
先輩は不気味に笑う。ちょっと怖い。
騒動が起きてから何日も経っていないはずなのに、随分久し振りに顔を見た気がする。不健康そうな見た目も青い炎の髪もいつも通り。否、テンションはいつもより高く見えた。
「あ、再会のハグとかいる?なーんて、ぐほぉっ!」
ほとんど体当たりみたいな勢いで抱きついた。細い身体にしっかり抱きついていると、先輩の手に頭を撫でられる。
「……うん、不安だったんだね。もう大丈夫だよ」
いつになく優しい声音で語りかけられたら、胸がいっぱいになって泣きそうだった。
「やっと、やっと現実的に問題を解決してくれそうな人が出てきたああああああああああ」
「おい待て、リリア様だって問題解決には協力してくださってるだろうが!!」
「そうだけど結局ろくにツノ太郎のユニーク魔法の弱点とか聞き出せなかったじゃん!!オルトが拾ってくれなかったらどうなってたか!」
「あー、はいはい。ちょっと落ち着こうね」
シュラウド先輩はまた頭を撫でながらやんわり僕の腕を解く。
とにかく安心の要素は増えたワケだけど、じゃあ疑問が無いかと言われればそうでもない。
「君たちの状況も確認したくはあるけど、こっちが話す方が先かな」
「な、なんだ貴様は?一体どういう事だ!?僕たちは夢から醒めたのか?」
「残念ながら、まだ夢の中だよ。夢って言うか、マレウス氏が作り出した魔法領域の中って方が正しいけど」
セベクの疑問に、シュラウド先輩は冷静に返した。
「君がイカつい甲冑を着てるのがその証拠。残念だけど、その鎧は『現実』には持って帰れない。ソレは『物質』じゃなく『情報』だから」
セベクはヴァンルージュ先輩の夢の中で茨の国の王宮近衛隊の甲冑に着替えていて、今もその姿だ。確かに夢の中で得た装備が、現実に持っていけるワケがない。
僕が下げている魔石器やベルト、グリムのリュックも現実には存在しないのだ。
「ま、待ってくれ。あなたは何故ここが『マレウス様が作り出した魔法領域の中』だと認識している?眠る前の事を、既に思い出したというのか?」
「思い出したっていうと語弊があるけど、情報としては把握してる」
「情報としては把握してるって、どういう事ですか?」
「あー、ちょっとタイム。説明は後でちゃんとするから。その前にひとつ」
僕が首を傾げると、先輩は話を切った。そしてディアソムニアの二人の方に向き直る。
「えーと……ディアソムニアの二人は、僕とほとんど話した事ないよね?ぼ、僕はイデア・シュラウド。一応、イグニハイドの寮長やってマス」
「……そうか!道理でどこかで見た顔だと思っていた。貴様、イグニハイド寮の寮長か!」
むしろセベクはシュラウド先輩を知らなかったのか。だからあんなに警戒心モロ出しだったんだ。納得。
「入学式の時は板状の姿だったし、こんなにしっかりと姿を見るのは初めてな気がするぞ」
「あ、ああ~……ハイ。現実では君らの入学式、リモートで出たからね……」
……タブレットで授業や式典に出てる人は彼ぐらいだろうけど、そうか、姿を見た事ない人もいるか……学年違うんだから余計に接点無いだろうし。僕たちも知り合ったのは偶然だったしなぁ。
「僕はディアソムニア寮所属、一年D組三十三番、セベク・ジグボルト!!こっちのボーっとした男はシルバー。同じ寮の二年生だ!」
「ぅひぃッ!こ、声デカ……鼓膜が破れるかと思いましたわ。マレウス氏たち、日常的にこの声量を近距離で浴びててよく耳が無事ですな……」
「すまない、イデア先輩。後で気をつけるように言っておく。ここは夢の中だから、実際に鼓膜が破れるような事はないと思うが……」
小声で文句を言うシュラウド先輩に謝りつつも、シルバー先輩は何かに気づいた様子で顔を上げる。
「みんな、周囲を警戒するんだ!イデア先輩、グリム、ユウ!俺とセベクの後ろへ!」
シルバー先輩の号令で、セベクも警戒を露わにする。すぐにシュラウド先輩に駆け寄った。
「えっ、急に何?ぐえっ!痛い痛い!」
背中合わせに警戒する二人の間に挟まれて、シュラウド先輩が悲鳴を上げる。多分、セベクの甲冑の厚みで間合いが違う事をお互いに把握していない。
「ふなっ?急にどうしたってんだ、シルバー」
「イデア先輩が夢から醒めているという事は、より深い眠りに落とそうと『闇』が襲ってくるはず」
「あ!そういやそうなんだゾ。それどころか……『お前、醒めているな』とか言ってマレウスのヤツが現れるかも……!」
「『闇』ならまだしも、リリア様なしにマレウス様に勝てるかどうか……いや、とうに覚悟はできている!『闇』であろうと、マレウス様であろうと……必ず退けてみせるぞ!!!!」
「いやあの、ちょっとふたりとも」
『盛り上がってるところに水を差すようなんだけど……マレウス・ドラコニアさんや黒いモヤについては、しばらくの間、大丈夫なはずだよ』
明るい少年の声で、警戒の雰囲気が変わる。
『今はかなりのリソースをリリア・ヴァンルージュさんを眠らせる事に割いてる状態だと思うから』
「オルトの声だ!」
足下でグリムが明るく言った。
「夢の回廊に取り残されちまったかと思って慌てちまったじゃねーか。オメー、どこにいるんだ?」
『ふふ、心配かけてごめんね』
どこからともなくモニター型のホログラムが浮かび、そこにオルトの顔が映し出された。
『僕、兄さんの夢の中でいつも通りの姿でいると重大なエラーが発生しちゃうんだ。だから今はモニター映像で失礼するよ』
重大なエラー?と思うけど今はそれどころじゃない。
『それからみんな、兄さんの顔が酸欠で青くなってきてるから、ちょっと離れてあげてくれる?』
「あ!す、すまない!」
オルトの指摘でやっとシルバー先輩が気づいて離れた。シュラウド先輩は大げさなくらい荒い呼吸をしている。思わず背中をさすった。
「硬い筋肉と甲冑に挟まれて危うく冥府に旅立つところだった……た、助かりましたぞオルト……」
セベクがちょっと恥ずかしそうに咳払いしてから、シュラウド先輩とホログラムのオルトを見る。
「おい、貴様ら。マレウス様がリリア様にリソースを割いているというのはどういう意味だ?」
「ああ、はいはい……その話ね。オルト、まとめて説明よろ」
『了解、兄さん』
順を追って説明していくね、と前置きしてオルトは語り出す。
賢者の島はヴァンルージュ先輩のお別れ会の日に、ツノ太郎の魔法によって眠らされた。もとい、彼らの認識によれば『時空ごと凍結』された。
ツノ太郎の魔法はディアソムニア寮だけじゃなく鏡で繋がった校舎や各寮、さらに賢者の島全体にまで及び、強固な結界で包み込んでしまった。結界は外海へと拡大を続け、内部では人々が眠り、時間まで止まっている。
オルトはそこから自分の意識をデータとして抜き出し、通信衛星経由で島の外に脱出して『S.T.Y.X.』と合流を果たした。
つまり、ツノ太郎の魔法でも目に見えない無線通信を遮断する事は出来なかったって事か。本当に『魔法は万能じゃない』んだなぁ。
「オメー、そんな事まで出来ちまうのか?」
『ふふふ。僕の個性が役に立ったってわけ』
オルトは誇らしげに胸を張る。
『僕は魔法士じゃないからユニーク魔法は修得できないけど……自分の意識と魂を電波に乗せて、通信衛星経由で別ユニットに移すなんて、僕にしかできない事でしょう?』
「悔しいが……人間の機械文明というのは凄まじいな」
「ああ。どれだけ鍛錬を積んでも、オルトの使った技は俺たちには修得できない。まさにオルトだけの個性だな」
『えへへ!もっと褒めていいよ……と言いたいとこだけど、話を進めるね』
後でうんと褒めてあげよう、と思いつつ話に集中する。
あの時、オルトが発していた『魔法災害』に対する警報は同時に『S.T.Y.X.』への通報も行っていた。『S.T.Y.X.』側も内部との通信手段を模索する中、オルトが合流。オルトが記録していた内部の情報の一部を受け取り、しかし『魔法領域を攻略するには情報が不十分』と判断した。
魔法領域の結界は、簡単には破れない。内部に入ったものは生き物だろうと機械だろうと魔法だろうと、即座に活動を停止し無力化されるので、生身の人間では危険が伴うが、かといって人工知能では現場判断の精度が足りない。
そうして白羽の矢が立ったのがオルトだった。
人間と遜色ない人工知能であるオルトなら、大量の情報を処理しつつ適切な状況判断も問題なく行える。
彼を結界内に送り込むために『S.T.Y.X.』は、結界を切り開きつつ内部での活動停止に抗う事が出来る新しい装備を製造。情報収集の為の機器を搭載させた。
そうしてオルトはツノ太郎の魔法領域への侵入を果たし、情報収集任務を完遂。偉すぎる。
オルトによってもたらされた情報と茨の谷からの情報提供によって『S.T.Y.X.』はツノ太郎の魔法領域の解析に成功した。が、同時に『外から破壊するのはほぼ不可能』という結論にも達した。
下手に破壊すれば、内部で眠らされている人たちの意識に危険が及ぶ可能性がある。ツノ太郎が夢の中の僕たちに干渉できるということは、ツノ太郎の魔法によって精神に干渉されてるって事だもんな。
最新のデジタル機器やアプリは『不測の事態』を踏まえたバックアップシステムとか、データや機械そのものを保護する機能が備わってたりするけど、個人の使うユニーク魔法がそんな事態を想定して魔法を受けた人間の生命や健康を保証するように出来てるとは思えないもんな。ツノ太郎なら外部から破られる事なんて絶対想定してないだろうし。
んで、外がダメなら内側からやったれ、という事で『S.T.Y.X.』はツノ太郎の魔法領域に外から不正にアクセスする方法を編み出した。それを使って『S.T.Y.X.』とオルトはシュラウド先輩に接触。ツノ太郎曰く『幸せな夢』を見ていた先輩を覚醒させる事に成功した。
……なんかすっごいイヤな予感する。よくわかんないけど。
『……以上、マレウス・ドラコニアによる魔法災害発生から、イデア・シュラウド覚醒までの経過報告を終了します』
オルトが締めると、各々それなりに感心した様子だった。
「ほぁ~。オレ様たちがリリアの夢んなかで戦ってる間、オメーらはそんな事になってたのか」
「なるほど。つまりイデア先輩とオルトには魔法領域の外……現実世界からのサポートがある、という事だな」
「そ、そういう事。まあ、今のところ監視カメラに短時間ダミー映像を流す程度の事しか出来ないけど」
「だから貴様が覚醒していてもマレウス様に気づかれず、『闇』が襲ってこないというわけか」
『うん。それにさっきも言ったように、マレウスさんは現在……リリア・ヴァンルージュさんを眠らせるのに意識を集中している。だからシルバーさんたちの行方を追う事には手が回っていない状況と予想されるよ』
世界で五本の指に入る魔法士のツノ太郎でさえ、出来る事には限界がある。それは僕たちにとって有利に働く数少ない部分、なんだけど。
「……素直に貴様らの技術を賞賛したいところだが、マレウス様が出し抜かれているとなると少々複雑だ……」
まぁセベクにとってはそうだよね。一方、シュラウド先輩は肩を竦めている。
「ま、相手は弩級のチーターなんで。まだまだ完全攻略には程遠いけどね」
そう。安心するにはまだまだ足りない。
でも諦めて足を止めるにも早すぎる。そういう感じ。
「しかし……まさかマレウス様が魔法領域を島の外に広げ続けているなんて……」
「更に外から無理矢理領域を破壊すれば、囚われた人間の精神もろとも破壊される可能性があるだと!?」
「なんかめちゃくちゃやべー事になっちまってるんだゾ」
ホントそれなー。
このまま放って置いたら、ツノ太郎の魔法領域は全世界を飲み込んで、世界中の人類を眠らせてしまうだろう。そうしたら実質世界は滅んだようなものだ。
ツノ太郎が人類の敵になってしまう。なんなら今も若干なりかけている。
「なんとかして止めないと」
『うん。だからこそ、君たちの力が必要なんだ!』
「俺たちの……力?」
『現在、「S.T.Y.X.」ではスタッフが総力を挙げて、魔法領域に囚われたヒトたちの夢にIDを振り分けているところなんだ』
その数は約二万人。ナイトレイブンカレッジの関係者はもちろん、ロイヤルソードアカデミーや麓の街の住人たちにも行われている。
『その最中に、夢の中を自力で移動している君たちの魔力反応を捕捉した』
「それはもしかして、俺の『同じ夢を見よう』の事か?」
シルバー先輩が首を傾げる。
「夢と夢の間を渡る事が出来る、俺のユニーク魔法なんだが……」
『そう!それそれ!』
オルトが明るく肯定する。
『何者かがヒトの夢から夢へと移動した痕跡が発見された時は、「S.T.Y.X.」のエンジニアたちがざわついたよ』
あれはシルバーさんのユニーク魔法だったんだね、としみじみ呟いていた。なんだか嬉しそう。
『やっぱり魔法って本当に不思議な力だなぁ』
「だが俺の魔法は、お前たちのように狙った人物の夢へ確実に移動する事や、相手を自分の夢へ呼び寄せる事は出来ない」
移動できる対象はシルバー先輩と縁がある人物のみで、行き先はランダム。あくまでも夢なので、起きた時に自分も相手も、夢の中での経験を覚えているとは限らない。感覚的に使っているので、術式の調整などは行えない。
「だから、オルトが『夢の回廊』に現れて、俺たちをここへ導いてくれた時は本当に驚いた」
『何言ってるの。「S.T.Y.X.」が誇るスーパーコンピューターと魔導工学と魔法解析学のエキスパートたちが、全力で魔法の解析に挑み、ようやく夢から夢へ移動する方法を編み出したところなんだよ』
しかも手段を確立したと言えるほど再現性は完璧ではないらしい。今のまま使っていたら、何らかの不具合が起こる可能性がある。
『それを感覚的に行っているっていうんだから、驚嘆に値するよ』
「……そっか。シルバー先輩のユニーク魔法は『行き先が選べない』が最大のネックだから、『S.T.Y.X.』が行き先を誘導してくれるなら、他の人の協力を得るのにかなり動きやすくなりますね」
「ああ。こちらとしても助かる」
『まだ全住民のID設定は終わってないけど、ナイトレイブンカレッジの生徒に関してはほとんど終わってるはずだよ』
つまり、シルバー先輩と『S.T.Y.X.』の手を借りれば、同級生や先輩たちの夢の中に自在に入る事が出来てしまう、と。
一瞬浮かんだ邪な考えを頭の隅に追いやる。
「ふむ。つまりお前たちが必要としている『力』とは、シルバーのユニーク魔法という事か?」
『それもあるけど……セベク・ジグボルトさんやグリムさん、ユウさんの協力も必要不可欠だよ』
「へんっ!どうせなんか面倒臭い仕事をオレ様たちに押しつけるつもりなんだろ!」
『わあ。グリムさん、話が早いね』
オルトがにっこり微笑む。不穏なほどの猫なで声だ。かわいいけどこわい。
『特にユウさんには、やってほしい仕事がたくさんあるんだ』
「……まぁ、ちょっとそんな気はしてましたけど」
「ふん、まどろっこしいのは好かん。さっさと本題を話せ!!」
シュラウド先輩が声に驚いて身を竦めた。セベクはやりにくそうにしている。先輩も咳払いして話を始めた。
「君たちがリリア氏の夢の中でわちゃわちゃしてる間……ぼ、僕なりに、この夢の世界から脱出する方法……っていうか、マレウス氏を何とかする作戦を考えてみたんだ」
そしてこの言葉に、セベクは目を見開く。
「えーと……鼻水垂らしながらギャン泣きして許しを請わせるために、とっておきの弱みを握って仕返しする的な?」
「そ、そう。それ……」
先輩は不気味に笑う。ちょっと怖い。