7−3:蒼炎の砦
意識が浮上する。何も考えずに目を開いた。
「イデア様、お目覚めですか?」
「ファッ!!??」
好きな子の顔が目の前にあって、心臓が止まりそうになるくらい驚く。慌てて起きあがって、転がり落ちそうになって無様にベンチに縋りついた。
「……こ、ここは……?」
「中庭です。イデア様、体調が優れない様子でベンチに座っておいでで……少し休んでいただいていたのですが」
「なかにわ?」
言われてみれば、自分が掴まっているベンチは中庭のものだ。景色も見慣れている。
ベンチに座っているユウは、式典服を着ていた。眼鏡もしている。
…………待て、さっきの体勢ってもしや、ひ、ひ、ひひひ膝枕!!!!実績解除!!!!!!
いや喜んでる場合か。
自分を見下ろせば、ユウと同じように式典服を着ていた。
「……なんでこんな服着て、中庭にいるんだ?」
「なんで、って……」
ユウが怪訝そうな顔で首を傾げる。答える前に、その視線が自分の後ろに向いた。
「そこにいるのはシュラウドか?」
「ファッ!?」
後ろから声をかけられて飛び上がる。振り返れば、マレウス・ドラコニアが中庭に立っていた。こちらも式典服姿だ。
「やはりシュラウドか。……どうした?幽霊でも見たような顔をして」
「マ、マレウス氏……なんでここに」
「なぜって……もうすぐ入学式が始まる時間だからだが?」
「に、入学式?」
何でだろう。入学式って、もう何ヶ月も前に終わってる気がする。
自分の反応をどう思ったのか、マレウスは妙に嬉しそうに微笑んでいた。
「……ふふ、寝ぼけているようだな。まるでうちの寮のシルバーのようだ」
「イデア先輩は、さっきから体調が優れないご様子なんです」
ユウが僕の手をぎゅっと握って言う。可愛い。凄く安心する。
「あ、えーと、この子は僕の幼なじみのユウ。今年から入学で、僕の事を心配して付き添ってくれてたみたいで……」
「……そうか」
マレウスはユウを見て何だか意味ありげに目を細めていた。何となく視線から隠すように庇う。彼に見せてはいけない気がした。
ユウはと言えば、マレウスが怖いのか自分の背中にひっついている。背中に感じる重みと温もりが愛おしい。
「それで、体調はどうだ?シュラウド」
「あ、ああ、うん、もう大丈夫」
「本当ですか?」
「うん、心配しなくていいよ」
横から顔を覗かせたユウの頭を撫でる。不安そうな表情が少しだけ和らいだ。
「さあ、共に鏡の間へ行こう。三年生の寮長が揃って遅刻では、示しがつかないからな」
「う、うん。あ、新入生は集合場所違うでしょ。ここからの場所わかる?」
「大丈夫です。ゴーストが道案内もしてくれますし」
ユウはしっかりと答えた。向かい合って、もう一度頭を撫でる。寮分けによってはしばらく会えなくなると思うと名残惜しい。
短い幸せを噛みしめる事すら許さないと言うように、突然地面が大きく揺れた。思わず目の前のユウを庇うように抱きしめて周囲を見回す。
屋外にいるから建物が揺れた訳じゃない。でもナイトレイブンカレッジは敷地とその上空を含めた周囲に結界が張られており、それが破られると物理的な衝撃が敷地全体に響くように出来ているはずだ。
そして気づく。
空の上に光の玉がある。眩く輝くそれは、見る間に大きさを増していた。
「……な、何アレ、隕石!?な、な、なんか、こっちに向かってきてません!?ねぇ!」
「……何だ、あれは?あんなもの、僕は『知らない』ぞ」
思わずマレウスを見た。共感を求めていたのに、当のマレウスは自分のように慌てておらず、光の玉を忌々しげに睨みつけている。それもなんだかおかしい気がするけど、今はそれどころじゃない。
「ななな、なに落ち着いてんの!?逃げないと!あんなん衝突したら、いくらマレウス氏でも一発でジ・エンドでしょ!」
完全にパニックになっていた。最優先は腕の中の婚約者だろうに。チートキャラなんてほっといても生き残るだろうに。
そんな茶番を繰り広げる間にも、光の玉はどんどん大きくなっている。もう多分目の前に迫っていた。
「あっ、あっ、もうだめだぁ!ま、魔法障壁……うわあああぁ!!『有事の際は全デバイスのデータを自動的に完全消去するプログラム』がちゃんと作動しますように……!」
考えている事を全部口に出しながら、なけなしの魔法障壁を展開しつつ、腕の中の婚約者を包み込むようにしっかりと抱きしめた。せめてこの子だけでも守らなくては、でもあの大きさだと自分ごとダメかもしれない。ああ、生きてる間に『花嫁』にしてあげたかった……真っ白なウェディングドレス、似合っただろうな……。
再びの衝撃が、後悔に浸っている全身を揺らす。痛みは無かった。一撃で死んだからそんなもの感じないのかな、と思ったけど、死んだにしては全身の感覚が明瞭だ。
うっすらと目を開くと、土埃で前が見えない。だけど少し視線を上に向ければ、何も変わりない校舎が存在している。腕の中を見下ろせば、ユウが自分にしがみついて震えていた。
「…………アレッ?僕、生きてる……?」
僕の声で、ユウがわずかに顔を上げる。不安そうに揺れる瞳を見れば、気持ちが少し落ち着いてきた。僕がしっかりしないと。
『霊素シグナル・トラッキング成功。ターゲットを捕捉しました』
システム音声のアナウンスがどこからか聞こえてくる。やがて土埃が落ち着いて、中庭に落ちてきたものの姿が露わになった。
少年型の魔導ヒューマノイド。人間らしくない直線と人間的な曲線の絶妙なバランスで構成されており、漆黒の装甲には薄青のラインが走っている。なんか見覚えがあるような、と思ったら、パーツに『S.T.Y.X.』のエンブレムの刻印が見えた。
犬のようなデザインのヘッドパーツの下から、少年らしい小さな口元が微笑みを覗かせる。
『お待たせ、兄さん。迎えに来たよ!』
「えぇっ!?だ、誰!?」
反射的に叫んだが、あのエンブレムがあるという事は『S.T.Y.X.』の関係者には間違いない。
「……まさか、母さんが作った新型パワードスーツ?でも『兄さん』って……?」
『説明は後だ。下がってて、兄さん。ユウさんも』
ヒューマノイドは自分がいない方向に顔を向ける。
『怖いヒトがこっちを睨んでるからね』
「……どういう事だ、小さいシュラウド」
珍しく険しい顔のマレウス・ドラコニアがいつも以上に低い声で呟く。
え?いまシュラウドって言った?
「貴様はこの夢の中には存在し得ないはず。どうやってここに入り込んだ?」
『あはは!あなたが言ったんじゃないか、マレウス・ドラコニアさん』
少年の口元が無邪気な笑みを浮かべる。見ているだけの自分でさえ息が詰まるマレウスの怒りを正面から受けても、ものともしていない様子だ。
『実体の無い「電子情報」である僕は、ゴーストみたいだって。ゴーストが次元や空間をすり抜けるのに理由がいる?』
その言葉を受けて、マレウスが楽しそうに笑い出す。いや、声は楽しそうだけど、全然一緒に笑えない。寧ろめちゃくちゃ怖い。ユウを背に庇いつつ、睨み合う二人からじりじりと距離を取る。
「この僕を二度も驚かせた事は、褒めてやろう。だが、一度ならず二度までも無断で僕の城へ足を踏み入れるとは……無礼が過ぎるぞ。機械人形!」
豊かな声が空気を震わせる。それと同時に、マレウスから緑色の炎と黒いモヤが噴き出した。それがあっという間に全身を包んだかと思うと、式典服が見た事も無い服装に変わっている。その背面に、インク瓶のような頭部を持つ巨大な竜が立ち上がった。
状況が理解できなくても、そこだけは見逃せない。インク瓶のような頭部はファントムの特徴。そして、周囲に浮かんでいるブロット。オーバーブロットしている状態なのは明らかだ。
「立ち去るがいい、愚か者め!」
やる気満々でマレウスは悪役っぽい台詞を吐いているが、オーバーブロットしているのならこのまま戦わせるわけにはいかない。何とかして止めないといけない。いや、それこそ『S.T.Y.X.』の人員がここに来ているのなら自分は手を出さずサポートするべきでは?でもオーバーブロットしているのはマレウス・ドラコニアだ。いくら『S.T.Y.X.』とはいえ、そして自分すら知らない最新の装備が相手をするとはいえ、たった一人で沈静化させられるとは思えない。
そんなに長々と考えていたつもりはないが、気づけば目の前で炎と風とエネルギー弾が乱舞していた。
「イヤーーーーーーーーッ!!!!」
思わず叫んで魔法障壁を展開する。防げない事は無いけれど、余波でも火力が容赦ない。中庭の芝生とかめちゃくちゃになってる。防魔加工の校舎がどんどん穴だらけになって崩れていった。
「に、逃げましょうイデア様!巻き込まれてしまいます!」
背中にしがみついているユウが叫ぶ。この様子だと、ユウも何も知らないのだろう。怯えて震えているけど、服を掴んで引っ張る力は強い。本気で逃げようとしている。
「なんで『S.T.Y.X.』の機体とマレウス氏が学園の中庭でバトってんの!?」
大混乱の頭から飛び出た疑問を口に出せば、今度はとんでもない大きさの炸裂音が上空から響いてきた。雷の音にも似た、でも異質な、自然のものではない音だ。
「ひぃっ!今度は何~~ッ!?」
怯えながら空を見ればヒビが入っている。……なにそれおかしくない?と思うのだが、どっからどう見ても『ヒビ』としか表現できない。
頭のどこかの妙に冷静な部分が、まるでラノベかゲームの世界の終わりみたい、なんて言葉を浮かべる。
「……夢の崩壊が始まったようだな」
『崩壊だって?』
「本来お前は、この夢にいてはならない存在。そのお前が兄の前に現れた事で、この夢は『幸せな結末』を迎えられなくなった」
マレウスが冷ややかに話している。突き放すような声音は、普段でさえ聞いた覚えがない。確かに普段から愛想はないけど、こんな感じではなかったはずだ。
「小さいシュラウドよ。貴様は僕が手を下すまでもない。この崩壊と共に、深淵に呑み込まれるがいい」
意味深な言葉を言い残し、マレウスの姿が消えた。次の瞬間、空のヒビ割れがさらに広がり、地面が派手に揺れ始める。
「ちょ、待ってマレウス氏!拙者たちを置いていかないでーッ!」
叫んでももう届かない。『S.T.Y.X.』の機体はマレウスの言葉を受けて何事か考え込んでいる様子だった。その間にも世界は轟音を立てて崩れていく。
混乱の最中、突然足を掴まれた。
驚いて見下ろせば、自分の足下の地面が黒いドロドロに変わっていた。そこから伸びた黒い手が、自分の足を掴んでいる。
「うわっ!なんだこれ!?」
振り払おうと足を振ればもう片方の足も掴まれた。掴まれた両足が黒いドロドロの中にずぶりと沈む。
「ひ、引っ張り込まれる……!」
「イデア様!」
『兄さん!』
僕の声とユウの悲鳴で、『S.T.Y.X.』の機体も事態に気づいて駆け寄ってきた。
『しっかり掴まって!僕の手を離しちゃダメだ!』
「う、腕が抜けるぅ……!」
引っ張り上げようとするユウに加勢してくれているが、引きずり込もうとする黒いドロドロの力が強すぎる。このままだと身体が千切れそう。なにそれこわい。
黒いドロドロは見る間に広がり、中庭の芝生はもう残っていない。景色も空も黒く淀んで崩れて、見慣れた校舎は影も形も無かった。
それでも二人とも手を離さない。腰まで沈んだ僕に対して、『S.T.Y.X.』の機体は浮遊機構で黒いドロドロから逃れつつも腕を引っ張り、ユウも膝まで沈んでいるのに僕を引き上げようと力を込めている。
腕が痛む以上に心が痛い。守られている自分を自覚すれば、情けない気持ちになる。
『オルくん、聞こえる?すぐにそこから離脱して!』
そうして至近距離にいたからだろう。『S.T.Y.X.』の機体の通信音声が聞こえてきた。その声の主を自分はよく知っている。
母さんだ。
『でもっ、僕が離脱したら、兄さんがッ!』
『一帯の魔法構築式が急速に書き換わってる。これ以上活動を続けると、あなたの信号がロストして戻ってこられなくなるわ!』
記憶と変わらない声音ながら、仕事中の鋭い口調がスピーカーから聞こえてくる。
間違いない。母さんだ。
じゃあやっぱりこれは間違いなく『S.T.Y.X.』の機体なんだ。
そんな事が解って、じゃあどうするんだ。痛む腕が解放されたがってる。どうすればいいんだ。
『戻りなさい、ORTHO!これは上官命令よ!』
『くっ……!!』
さっきまで余裕の笑みを浮かべていた口元が、悔しそうに歪んでいる。
「……オルト様!どうかお義母様の指示を優先してください!離脱が可能なうちに、早く!!」
ユウが『S.T.Y.X.』の機体に向かって叫ぶ。
『ユウさん、でも……!』
「イデア様なら大丈夫です!だから……!!」
あれ、ユウもこの機体と顔見知り?っていうか、いま、オルト様って。
「オルト?この機体が……?」
思わずそう呟いていた。次の瞬間、激しい痛みが襲いかかる。頭の中から鈍器で殴られているような、理不尽な激痛。
「痛っ……あ、頭がッ!」
『兄さん!?ダメだ、手を離しちゃ……!ああっ!』
もう胸まで黒いドロドロに浸かっていたし、痛みとか諸々で手汗は凄いし、そこに意識が飛ぶほどの痛みが加わわればもう力なんて入るワケがない。
そして手が離れるのを待っていたように、黒いドロドロから無数の手が飛び出してくる。腕を、肩を、頭を掴んで、一気に引きずり込まれた。
「うわああああぁああああぁーーーっ!!!!」
思わず叫ぶ。でもその甲斐もなく、目の前が真っ黒に染まると同時に意識が途切れた。