7−3:蒼炎の砦
ネットゲームに夢中になり、気づけば夜。
すっかり夢中になり、デイリーどころかサブクエストを制覇してしまった。相手が切り上げてくれて助かった。そうでなくては式典を忘れてのめり込んでいたかもしれない。
新しい装備を作れた喜びが、近づいてくる義務の気配でどんどん薄れていく。
正直言って、入学式なんて面倒くささしかない。寮長なんかになったばっかりに、全校生徒が集まる場所で挨拶までしなきゃいけない。そんなの絶対需要無い。みんな知らない人間から入学おめでとうなんて言われた所で何の気持ちも湧かないだろう。普通に。
「せっかくの良い日が一転、最悪の日になる予感がする……イヤになりますわ。オルトが楽しみにしてなければ、誰が……ん?」
呟きながら首を傾げた。何でオルト?
オルトが入学するのはロイヤルソードアカデミーだ。ナイトレイブンカレッジの入学式は関係ない。何でそんな事を口にしたのか。意味不明すぎて、逆にどうでも良くなってきた。
それにオルトはいないけど、出来たらかっこわるい所を見せたくない相手はいるのだ。それを思えば、憂鬱ながら逃げる事は出来ないと腹を括れる。
「とにかく、式典服に着替えよ……って、去年の日付のクリーニングタグついとる。クローゼットの肥やしすぎワロタ」
独り言を言いながら式典服に着替える。別に対した感慨もなく、ただ動きづらくてうっとおしい。付属品のペンホルダーが空っぽのまま揺れてぺちぺち当たった。でもマジカルペンを入れないから外していいかとか、そんな確認を教師にするのすら億劫なのでずっと空っぽのまま下げている。
鏡舎を出れば、在校生たちも入学式に向かう所のようで、それなりの人の流れが出来ていた。真っ直ぐ鏡の間に行く流れに乗るのもイヤになり、クールダウンのために中庭に逃げる。
「ふー……妙に緊張してきた。なんだか入学式では良くない事が起こりそうな、嫌な予感がするんだよなぁ」
ベンチに腰掛けるのもなんかイヤで、とりあえず伸びをする。なんか腰と背中からヤバい音がした気がするが、聞かなかった事にした。
「そこにいるのはシュラウドか?」
「ファッ!?」
後ろから声をかけられて飛び上がる。おそるおそる振り返れば、夜の闇に溶け込んでしまいそうな雰囲気の、美貌の青年が立っていた。
石膏のような肌を縁取る黒髪、頭上に聳える二本の角が、彼が人間ではない事を示している。
「やはりシュラウドか。珍しいな」
「マ、マレウス氏……なんでここに」
「いつぶりだ?ふふ、寮長になったお前を見た記憶がほとんど無い」
マレウス・ドラコニアは機嫌良さそうに笑っている。うっすら愛想笑いらしきものを浮かべつつ、脳内では『そりゃ寮長になったばっかりなんだから見た事ないだろ』というツッコミをしていた。口に出す勇気はない。
マレウス・ドラコニア。茨の谷の次期王にしてディアソムニア寮の寮長。存在感の薄い自分と違って、この世界に生きている人間なら誰もが存在を知っている、世界で五本の指に入るとされる魔法士だ。
護衛なり取り巻きなりを連れてとっくに鏡の間に入っているべきだろうに、なんで中庭なんかで油を売っているのやら。
「こんな所で何を?」
「あっ……ぼ、僕も今日は君と同じ……で……出ようと、思って」
「なるほど、僕と同じか」
今の説明で納得できるか?自分だったらもっとハッキリ喋れってツッコミ入れてる。という自己嫌悪を、聞き慣れない電子音が遮る。
「ん?なんか鳴ってる」
「あぁ……こいつだ。どうやら腹が減ったらしい」
マレウスは懐から小さな電子機器を取り出した。あまりに予想外な品の登場に目を見開く。
「ちょ!!!!それ『がおがおドラコーンくん』じゃん!しかも初代!!」
「ほう、これを知っているのか?」
「知ってるけど、僕が遊んでたのは液晶がカラーになってる世代のやつだよ。最初期のデザインで復刻版の刻印も無い……って事は、ガチで初代の最初期の機体じゃん!まだ現役で遊んでる人いたんだー……」
あまりのレアものに夢中になって喋ってしまった。我に返って顔を見れば、何だか嬉しそうに笑っている。
「……ああ。何度か壊れたが、修理させた」
操作を終えて沈黙した機体を指で撫でて、慈しむように微笑んでいた。
「これから先も管理を怠らず、永く永く……大切にしていくつもりだ」
ずいぶん大げさな言葉だけど、これだけのレアものならそんな言葉も出て当然だ。いや、彼の場合は手にしているこれが大事なのであってバージョンなんか全く気にしていないだろうが、それはそれで悪い事だとも思わない。
他人の評価よりも自分の思い入れ、という価値観はあって良いのだ。どんなクソ作品も誰かにとっては神作品かもしれない。他人の評価で自分の思い入れを覆す必要は無いのだ。
「そんだけ大事にされてたら、そのドラコーンくんもさぞ幸せでしょうな」
「……ふふふ。皆も同じように思ってくれていればいいが」
「え?みんなって……?」
意味深な物言いに首を傾げたが答えはない。
「おーい、マレウス!どこにおるのじゃ」
タイミング良く違う人物の声が聞こえて身体が跳ねる。
「リリア。僕はここだ」
逃げるより前にマレウスが答えてしまい、あんな静かな声をどう聞きつけたのか、声の主が小走りでやってきた。
「まったく、捜したぞ……おっ?そこに見えるはイグニハイドの新寮長、イデア・シュラウドではないか」
「へぁっ……ど……ども……」
ディアソムニアの副寮長、リリア・ヴァンルージュは自分のまごまごした返答に気を悪くした様子はなく、むしろ機嫌良く笑っていた。
「寮長同士で親睦を深めておったのだな。良き事じゃ」
「い、い、いや……そういうわけでは……」
「じゃが、もうすぐ入学式が始まる。寮長、それも三年生のお主らが揃って遅刻では示しがつかんぞ」
「そうだな。では、鏡の間へ向かうとしよう」
人の話を聞いてくれ、と思ったけど、どうやらもうそれどころじゃなさそうだった。確かに遅刻なんてしたらかっこわるい。
鏡の間へ向かって歩き出した二人になんとなくついて歩きながら、違和感に首を傾げる。
「…………あれ?なんか……このシーンどこかで……」