7−3:蒼炎の砦
………
外の明かりが入らない暗い部屋に、スマホの振動音が響いている。
つけっぱなしのパソコンから薄青の光が漏れているが、それが日常なので全く気にならない。
防音完備の部屋の中は外の雑音が聞こえない分、余計に振動音が響いていた。
「…………んん、っるっさいなぁ……誰だよ」
薄目を開けてスマホの画面を見た。アドレス登録者なのは間違いないが、名前もろくに見ないで応答ボタンをスライドする。
『あー、やっと出た。おーい、もう朝だよ』
スピーカーから少年の声がする。よく知っている気がするけど、意識が朦朧としていてとっさに名前が出てこない。
「……あんた誰……?」
『誰って……実の弟の事、忘れたの?僕だよ、オルト』
「オルト?オルトなら僕の部屋に……ん?」
やっと意識が覚醒してくる。反射的に応えて部屋の中を見回し、首を傾げた。
「あれ……?」
『兄ちゃん、僕たちが同じ子ども部屋使ってたのなんて何年前だと思ってんの?寝ぼけすぎ』
「いや、オルトとは一緒にナイトレイブンカレッジに…………ん?んん?」
自分がいるのは、イグニハイド寮の自室だ。間違いない。オルトも一緒にここで暮らしていた、と思う。
なんだかおかしい。
「オルト、お前、今どこにいるの?」
『は?どこって、ロイヤルソードアカデミーだよ』
電話の向こうの弟は即答する。
『今日は入学式で、僕は新入生!ナイトレイブンカレッジも今日が入学式なんでしょ?』
意識が覚醒しているはずなのに、言われた内容に違和感しかない。
『兄ちゃんも今日は寮長としての初仕事だから、絶対に寝坊できないって、僕にモーニングコール頼んできたんじゃん』
「そ……そうだっけ?」
『そうだよ。婚約者にかっこわるいトコ見せたくないってグダグダ言ってたじゃん』
「こっ、ここここここここ婚約者ァ!!??」
明らかに馴染みの無い単語の登場に目を剥いた。対して、電話の向こうの弟は呆れた声だ。
『……あのさぁ。正式に決まった時バカみたいに踊り狂ってたくせにもう忘れるとか何なの?』
「だ、誰?コンヤクシャッテダレ!!??」
『あーぁ。こんな薄情者選んじゃって、ユウちゃん可哀想。今からでも僕に変えない?って言ってこようかな』
「ユウちゃ……ハシバ氏?」
『幼なじみの事そんな呼び方する?当たり前じゃん』
頭が混乱しっぱなしだ。幼なじみ?そんな事ある?
『ユウちゃんが嘆きの島に来たのが三歳の時だっけ?んで、僕らがユウちゃんの隔離されてた部屋に忍び込んだのが六歳の時。それからずーっと三人一緒に育ってさ。……あの事件の時も、あの子が治癒の力で助けてくれたから僕は一命を取り留めたんだ』
話を聞いているうちに頭の中の情報が整理され、混乱が治まってくる。
ファントムの群れの中から奇跡的に保護された少年。住民登録と本人の自称で『ハシバ・ユウ』という名前はすぐに判った。
後にファントムに対し有効な属性の魔力を持つ特異体質と判明し、身寄りも無かった事から、研究と保護のために『S.T.Y.X.』本部で育てられる事になった。
自分たちが彼の存在を知ったのは保護から三年後。隔離区画を抜け出させては一緒に遊び、あまりに仲が良いからと、親も一緒にいる事を許してくれるようになった。
施設の中で遊ぶだけでは飽きてしまった自分たちが、島を抜け出すためにセキュリティにハッキングし、実験中のファントムに襲われた事件の際には、魔力の暴走を起こして僕たちを守り、オルトの致命傷を癒してくれた。こっぴどく叱られた事を今でも覚えている。何日も寝込んでしまった彼を見て罪悪感が湧いた事も。
その後も三人一緒に成長して、二歳年上の自分だけがナイトレイブンカレッジに入学。その頃には彼に向ける気持ちは単なる幼なじみへのものではなく、特別なものだと自覚はしていた。
そんな自分の気持ちを知ってか知らずか、彼の特異体質によるシュラウド家の呪いの軽減を期待された事もあり、自分たち兄弟のどちらかとの婚約の話が持ち上がった。同性である事は問題視されず、彼の人材としての流出を防ぐ事が最大の目的だったように思う。
親や組織の意向ではなく、あくまで本人の希望で、ユウは自分を選んだ。
ユウは今年からナイトレイブンカレッジに入学する。それは婚約者の自分がいるからというのもあるけど、魔力を用いて行う学習について、ナイトレイブンカレッジの方がユウにとっては不得手となる攻撃的な運用が多く、実験データも集めやすいという観点からだ。もちろん彼の特異体質については学校も把握している。
寮分けなど不安要素もあるが、彼と同じ学校に通える事は純粋に嬉しい。
ユウが学校を卒業すれば、正式に自分との婚姻関係が結ばれ、彼は孤児ではなくなり、家族の一員になる。
そんな将来の展望まで一気に思考が及んでしまった。
思い出話は芋蔓式にいろいろと出てきてしまうが、出てきすぎだろう。唐突に生えてきた設定の説明してるんじゃないんだから。
「……ちゃんと守るから安心して。あんな目には、二度と遭わせないから」
『本当にぃ~?しっかりしてよ?』
「本当にしっかりシマス。これでも婚約者なんで!」
『ホント気をつけてよ。ユウちゃんあんなにかわいいんだから。全寮制の男子校とか通わせるべきじゃないでしょ』
「そのために認識阻害魔法を仕込んだ眼鏡を持たせてるんだよ。カローン隊から教わった護身術もあるし。少なくとも今年は僕もいるし、そこはちゃんと信頼してもろて」
『さっきまですっとぼけたコト言ってた癖に』
弟が口をとがらせている様子が目に浮かぶようだ。こちらの苦笑いを溜め息で流し、しかし雰囲気はどこか柔らかくなった。
『まぁ、学校は違うけど、僕も兄ちゃんたちと同じ賢者の島の学校に通えて嬉しいよ』
「うん。……そっか。オルトが、高校生か……」
『あはは!なに父さんと母さんみたいな事言ってるの?』
さっきまでの剣呑な雰囲気は無くなり、明るい弟らしい返事だった。
『もう切るけど……二度寝すんなよ!じゃあね!』
その言葉を最後に通話が切れる。
スマホの画面はホームに戻ったけど、なんだかまだ不思議な気分だった。
「……昨日の夜ゲームに熱中しすぎたせいか、まだ頭がぼんやりしてるな」
頭を振り、はたと気づいて首を傾げる。
「っていうか、僕なんでオルトにモーニングコールなんか頼んだんだろ?うちの学校、入学式が始まるの夜なのに」
そんな疑問を口にした瞬間、スマホがメッセージの着信を知らせる。差出人は『ユウ』だった。慌ててアプリを開く。
『おはようございます、イデア様。今日から同じ学校の生徒として、よろしくお願いします』
かしこまった事務的な文章に苦笑する。イデア様、という呼び名は子どもの頃からの癖だ。周りの大人がイデアの事をそう呼ぶので、彼も真似て呼ぶようになってしまった。やめてほしいと言った事もあったけど、大人たちが気にするみたいで、変えてくれる事は無かった。弟の事を呼ぶ時ももちろん『様』付けだ。
『おはよう。よろしくね』
シンプルに返してから、少し考えて、メッセージを追加する。
『でも今日からは学校の先輩後輩だから、「イデア様」じゃ変かも』
『ダメですか?』
『あまりウチの事情は知られたくないしね』
『どう呼んだら良いですか?』
『じゃあ学園モノらしく「イデア先輩」で』
提案すると、少しだけ間が空いて、メッセージが返ってくる。
『イデア先輩、今日からよろしくお願いします』
『うん、よろしく』
つい顔がニヤケてしまう。面と向かって言われたら、平気でいられる気がしない。今から真顔を作る練習をしておこう。
『同じ寮に入れるといいね』
『はい、そうだったら嬉しいです』
『それじゃあ、また後で』
『はい、後で』
柔らかな彼の声を思い出してしまい、笑みが溢れるのを止められない。
同じ性別とは思えない柔らかな雰囲気と可愛らしい顔立ち。丁寧な物腰も優しい仕草も、可憐な花のように清楚で愛らしい。それでいて大人の事情を理解するなどしっかりしているし、必要とあらば勇敢で物怖じしない。
学校で魔法を学んで魔力の出力がもっと安定すれば、生まれ持った性質によって効果の底上げされた、凄い治癒魔法の使い手になるだろう。
愛しの『花嫁』。
寮分けの懸念点としては見目麗しさからポムフィオーレ寮に行ってしまいそうな事ぐらいだろうか。毒薬作りの逸話のあるポムフィオーレでは体質的に合わないと思うので、可能性としては半々ぐらいか。
イグニハイド寮に来てくれれば、何かと都合が良い。まぁ終わってみないと分からないけど。
弟のオルトと婚約者のユウ。
二人が高校生になるめでたい日。
カレンダーに思い出登録しとこ。
「……入学式が始まるまで、何して時間潰そうかな」
彼を出迎えて会場まで案内、とか出来る気がしない。式典に出るのが精一杯だ。本当は婚約者なんだし、それぐらい出来た方が良いのだろうけど、自信が無い。
……今のうちにゲームのデイリー消化しとこ。
結局こうなるか、と思いつつゲームを起動する。昨日の素材周回での成果を整理してなかったのでまずはそこからだ。
鑑定して整頓して、余分なモノは売り払う。
ふと画面端にメッセージが浮かぶ。ネトゲ仲間のログインを知らせるポップアップだ。
「あれ?マッスル紅氏だ。こんな早い時間にログインするなんて珍しいな」
チャットを開いて挨拶を送れば、向こうからも軽快に返事が返ってきた。内容は昨晩の周回の事だ。ドロップ渋めで苦労はしたが、彼の目当ての素材は獲得できたらしい。丁重なお礼と共に、こちらが欲していた素材がドロップしていたので譲るとまで言われてしまった。お互い新しい装備で次のクエストに挑もう、と次を期待し言葉を交わす。
いつも紳士的で話しやすい。自立した大人の包容力に癒される。
そんな事を思っていたら、今日は休みかと質問された。素直に、夜から予定があるからデイリーを消化しておこうと思った、と答えると、向こうも夜に予定があるという。
これは好都合。義務的なデイリー消化を友達とこなすのは良い気晴らしになるだろう。向こうも同じ事を考えてくれたようで、良い返事が返ってくる。
憂鬱な式典の事は一旦忘れて、イデアはこの偶然を全力で楽しむ事にした。
外の明かりが入らない暗い部屋に、スマホの振動音が響いている。
つけっぱなしのパソコンから薄青の光が漏れているが、それが日常なので全く気にならない。
防音完備の部屋の中は外の雑音が聞こえない分、余計に振動音が響いていた。
「…………んん、っるっさいなぁ……誰だよ」
薄目を開けてスマホの画面を見た。アドレス登録者なのは間違いないが、名前もろくに見ないで応答ボタンをスライドする。
『あー、やっと出た。おーい、もう朝だよ』
スピーカーから少年の声がする。よく知っている気がするけど、意識が朦朧としていてとっさに名前が出てこない。
「……あんた誰……?」
『誰って……実の弟の事、忘れたの?僕だよ、オルト』
「オルト?オルトなら僕の部屋に……ん?」
やっと意識が覚醒してくる。反射的に応えて部屋の中を見回し、首を傾げた。
「あれ……?」
『兄ちゃん、僕たちが同じ子ども部屋使ってたのなんて何年前だと思ってんの?寝ぼけすぎ』
「いや、オルトとは一緒にナイトレイブンカレッジに…………ん?んん?」
自分がいるのは、イグニハイド寮の自室だ。間違いない。オルトも一緒にここで暮らしていた、と思う。
なんだかおかしい。
「オルト、お前、今どこにいるの?」
『は?どこって、ロイヤルソードアカデミーだよ』
電話の向こうの弟は即答する。
『今日は入学式で、僕は新入生!ナイトレイブンカレッジも今日が入学式なんでしょ?』
意識が覚醒しているはずなのに、言われた内容に違和感しかない。
『兄ちゃんも今日は寮長としての初仕事だから、絶対に寝坊できないって、僕にモーニングコール頼んできたんじゃん』
「そ……そうだっけ?」
『そうだよ。婚約者にかっこわるいトコ見せたくないってグダグダ言ってたじゃん』
「こっ、ここここここここ婚約者ァ!!??」
明らかに馴染みの無い単語の登場に目を剥いた。対して、電話の向こうの弟は呆れた声だ。
『……あのさぁ。正式に決まった時バカみたいに踊り狂ってたくせにもう忘れるとか何なの?』
「だ、誰?コンヤクシャッテダレ!!??」
『あーぁ。こんな薄情者選んじゃって、ユウちゃん可哀想。今からでも僕に変えない?って言ってこようかな』
「ユウちゃ……ハシバ氏?」
『幼なじみの事そんな呼び方する?当たり前じゃん』
頭が混乱しっぱなしだ。幼なじみ?そんな事ある?
『ユウちゃんが嘆きの島に来たのが三歳の時だっけ?んで、僕らがユウちゃんの隔離されてた部屋に忍び込んだのが六歳の時。それからずーっと三人一緒に育ってさ。……あの事件の時も、あの子が治癒の力で助けてくれたから僕は一命を取り留めたんだ』
話を聞いているうちに頭の中の情報が整理され、混乱が治まってくる。
ファントムの群れの中から奇跡的に保護された少年。住民登録と本人の自称で『ハシバ・ユウ』という名前はすぐに判った。
後にファントムに対し有効な属性の魔力を持つ特異体質と判明し、身寄りも無かった事から、研究と保護のために『S.T.Y.X.』本部で育てられる事になった。
自分たちが彼の存在を知ったのは保護から三年後。隔離区画を抜け出させては一緒に遊び、あまりに仲が良いからと、親も一緒にいる事を許してくれるようになった。
施設の中で遊ぶだけでは飽きてしまった自分たちが、島を抜け出すためにセキュリティにハッキングし、実験中のファントムに襲われた事件の際には、魔力の暴走を起こして僕たちを守り、オルトの致命傷を癒してくれた。こっぴどく叱られた事を今でも覚えている。何日も寝込んでしまった彼を見て罪悪感が湧いた事も。
その後も三人一緒に成長して、二歳年上の自分だけがナイトレイブンカレッジに入学。その頃には彼に向ける気持ちは単なる幼なじみへのものではなく、特別なものだと自覚はしていた。
そんな自分の気持ちを知ってか知らずか、彼の特異体質によるシュラウド家の呪いの軽減を期待された事もあり、自分たち兄弟のどちらかとの婚約の話が持ち上がった。同性である事は問題視されず、彼の人材としての流出を防ぐ事が最大の目的だったように思う。
親や組織の意向ではなく、あくまで本人の希望で、ユウは自分を選んだ。
ユウは今年からナイトレイブンカレッジに入学する。それは婚約者の自分がいるからというのもあるけど、魔力を用いて行う学習について、ナイトレイブンカレッジの方がユウにとっては不得手となる攻撃的な運用が多く、実験データも集めやすいという観点からだ。もちろん彼の特異体質については学校も把握している。
寮分けなど不安要素もあるが、彼と同じ学校に通える事は純粋に嬉しい。
ユウが学校を卒業すれば、正式に自分との婚姻関係が結ばれ、彼は孤児ではなくなり、家族の一員になる。
そんな将来の展望まで一気に思考が及んでしまった。
思い出話は芋蔓式にいろいろと出てきてしまうが、出てきすぎだろう。唐突に生えてきた設定の説明してるんじゃないんだから。
「……ちゃんと守るから安心して。あんな目には、二度と遭わせないから」
『本当にぃ~?しっかりしてよ?』
「本当にしっかりシマス。これでも婚約者なんで!」
『ホント気をつけてよ。ユウちゃんあんなにかわいいんだから。全寮制の男子校とか通わせるべきじゃないでしょ』
「そのために認識阻害魔法を仕込んだ眼鏡を持たせてるんだよ。カローン隊から教わった護身術もあるし。少なくとも今年は僕もいるし、そこはちゃんと信頼してもろて」
『さっきまですっとぼけたコト言ってた癖に』
弟が口をとがらせている様子が目に浮かぶようだ。こちらの苦笑いを溜め息で流し、しかし雰囲気はどこか柔らかくなった。
『まぁ、学校は違うけど、僕も兄ちゃんたちと同じ賢者の島の学校に通えて嬉しいよ』
「うん。……そっか。オルトが、高校生か……」
『あはは!なに父さんと母さんみたいな事言ってるの?』
さっきまでの剣呑な雰囲気は無くなり、明るい弟らしい返事だった。
『もう切るけど……二度寝すんなよ!じゃあね!』
その言葉を最後に通話が切れる。
スマホの画面はホームに戻ったけど、なんだかまだ不思議な気分だった。
「……昨日の夜ゲームに熱中しすぎたせいか、まだ頭がぼんやりしてるな」
頭を振り、はたと気づいて首を傾げる。
「っていうか、僕なんでオルトにモーニングコールなんか頼んだんだろ?うちの学校、入学式が始まるの夜なのに」
そんな疑問を口にした瞬間、スマホがメッセージの着信を知らせる。差出人は『ユウ』だった。慌ててアプリを開く。
『おはようございます、イデア様。今日から同じ学校の生徒として、よろしくお願いします』
かしこまった事務的な文章に苦笑する。イデア様、という呼び名は子どもの頃からの癖だ。周りの大人がイデアの事をそう呼ぶので、彼も真似て呼ぶようになってしまった。やめてほしいと言った事もあったけど、大人たちが気にするみたいで、変えてくれる事は無かった。弟の事を呼ぶ時ももちろん『様』付けだ。
『おはよう。よろしくね』
シンプルに返してから、少し考えて、メッセージを追加する。
『でも今日からは学校の先輩後輩だから、「イデア様」じゃ変かも』
『ダメですか?』
『あまりウチの事情は知られたくないしね』
『どう呼んだら良いですか?』
『じゃあ学園モノらしく「イデア先輩」で』
提案すると、少しだけ間が空いて、メッセージが返ってくる。
『イデア先輩、今日からよろしくお願いします』
『うん、よろしく』
つい顔がニヤケてしまう。面と向かって言われたら、平気でいられる気がしない。今から真顔を作る練習をしておこう。
『同じ寮に入れるといいね』
『はい、そうだったら嬉しいです』
『それじゃあ、また後で』
『はい、後で』
柔らかな彼の声を思い出してしまい、笑みが溢れるのを止められない。
同じ性別とは思えない柔らかな雰囲気と可愛らしい顔立ち。丁寧な物腰も優しい仕草も、可憐な花のように清楚で愛らしい。それでいて大人の事情を理解するなどしっかりしているし、必要とあらば勇敢で物怖じしない。
学校で魔法を学んで魔力の出力がもっと安定すれば、生まれ持った性質によって効果の底上げされた、凄い治癒魔法の使い手になるだろう。
愛しの『花嫁』。
寮分けの懸念点としては見目麗しさからポムフィオーレ寮に行ってしまいそうな事ぐらいだろうか。毒薬作りの逸話のあるポムフィオーレでは体質的に合わないと思うので、可能性としては半々ぐらいか。
イグニハイド寮に来てくれれば、何かと都合が良い。まぁ終わってみないと分からないけど。
弟のオルトと婚約者のユウ。
二人が高校生になるめでたい日。
カレンダーに思い出登録しとこ。
「……入学式が始まるまで、何して時間潰そうかな」
彼を出迎えて会場まで案内、とか出来る気がしない。式典に出るのが精一杯だ。本当は婚約者なんだし、それぐらい出来た方が良いのだろうけど、自信が無い。
……今のうちにゲームのデイリー消化しとこ。
結局こうなるか、と思いつつゲームを起動する。昨日の素材周回での成果を整理してなかったのでまずはそこからだ。
鑑定して整頓して、余分なモノは売り払う。
ふと画面端にメッセージが浮かぶ。ネトゲ仲間のログインを知らせるポップアップだ。
「あれ?マッスル紅氏だ。こんな早い時間にログインするなんて珍しいな」
チャットを開いて挨拶を送れば、向こうからも軽快に返事が返ってきた。内容は昨晩の周回の事だ。ドロップ渋めで苦労はしたが、彼の目当ての素材は獲得できたらしい。丁重なお礼と共に、こちらが欲していた素材がドロップしていたので譲るとまで言われてしまった。お互い新しい装備で次のクエストに挑もう、と次を期待し言葉を交わす。
いつも紳士的で話しやすい。自立した大人の包容力に癒される。
そんな事を思っていたら、今日は休みかと質問された。素直に、夜から予定があるからデイリーを消化しておこうと思った、と答えると、向こうも夜に予定があるという。
これは好都合。義務的なデイリー消化を友達とこなすのは良い気晴らしになるだろう。向こうも同じ事を考えてくれたようで、良い返事が返ってくる。
憂鬱な式典の事は一旦忘れて、イデアはこの偶然を全力で楽しむ事にした。