7−3:蒼炎の砦
ORTHOの機体と解析アンカーはすぐに護衛艦へと回収された。出迎えたスタッフたちの歓声は無事が知らされた時と同程度だったのは言うまでもない。
護衛艦一隻とメンテナンスチームを緊急時の対応のために残し、所長と技術部主任は回収されたORTHOと主要なメンバーと共に『S.T.Y.X.』本部へと戻った。護衛艦は本部でのメンテナンスを経て先の作戦で損傷した部分を回復させ、残った護衛艦と交代で監視任務に当たる事になる。
一方、解析班と技術開発部は回収された解析アンカーの情報を取り出し即座に分析を開始。茨の谷からの情報提供を受け、過去の資料とも照らし合わせながら、マレウス・ドラコニアの展開した魔法領域の解析を急ピッチで進めた。
そしてORTHOのコアは『S.T.Y.X.』のサーバーと接続され、データのダウンロードが行われる。データの破損や汚染は確認されず、無事に全てを救出する事が出来た。
第一ラボにオルトのホログラムが表示される。眠りから覚めるように、ゆっくりと目を開いた。
『あれ?ここは……?』
「目が醒めた?オルくん」
母親はホログラムを見つめ小首を傾げる。隣には父親の姿もあった。
母親の優しい声に安堵しながら、オルトは状況を考える。無我夢中で外を目指したが、結局任務は完遂できたのだろうか、と不安を覚えた。
『母さん……父さん……僕……』
「ケルベロス・ギアは特殊装甲で覆っていたコア周辺の一部パーツを残して大破。サポートドロイド両機は領域内で活動を停止したわ」
『そっか……二機とも、連れて帰ってきてあげたかったけど……』
「あの子たちは立派に務めを果たした。魔法領域が解除されたら、きっとパーツを回収できるわ。そうしたら、ママがピカピカに直してあげる」
『……せっかく作ってくれたのに、ごめんなさい』
「何言ってるの!あなたが無事だった事以上に大事な事なんかない」
事実を伝えられ、その内容にオルトはしょんぼりと肩を落とす。母親は反射的に強い声で励ました後、すぐに優しい声になる。
「おかえりなさい、オルくん」
「おかえり、オルト。よく帰ってきてくれたね」
『……うん。ただいま』
実体の無いホログラムを両親が抱きしめる。触れられない事を少し残念に思いながら、実体がある時と同じ安心をオルトは感じていた。
ひとまず帰ってこられた事は喜ばしいが、確かめなくてはいけない事もある。
『解析アンカーはどうなったの?』
「無事に回収した。お前たちは仕事をやり遂げたんだ」
不安そうな息子を励ますように、父親はきっぱりと言い切った。オルトはまたひとつ安心を得て、気が抜けそうになるのを律した。父親の話は続いている。
「現在『S.T.Y.X.』の情報処理班が全力で解析に当たっている」
マレウス・ドラコニアの魔法領域は多重的で複雑な術式で構築されていた。
印象の話ではあるが、グリムにかけられていた古代魔術と似通っている。
で、あればマレウスの魔法領域の術式の解析も相当な時間がかかると予想がされたが、茨の谷の協力もあって、術式の構成は解明する事が出来た。
だがそれは、別の絶望を露わにしたに過ぎない。
マレウス・ドラコニアの魔法領域は、術者本人が自発的に術を解除するか、術者本人が消滅しない限り、領域外部からの破壊はほぼ不可能だった。エーテリアル・スライサーが機能しケルベロス・ギアが一時的に侵入を果たしている事などから、一部を損壊する事は可能なので完全に不可能という評価にならないだけで、外部からの攻撃で魔法領域を圧倒する事は出来ない、という結論だ。
更に、魔法領域の中では世界の法則すらマレウスに捻じ曲げられてしまう。仮に最高出力の魔導砲で界面を突破できたとしても、領域内に入った瞬間に魔導砲のエネルギーは無力化される。外からではマレウスに攻撃を届かせる事も出来ないのだ。
「ケルベロス・ギアを十万体ほど用意して同時に突入できれば、もしかしたら勝てるかもしれないけど」
『そ、それは……攻撃云々より驚きでマレウスさんを無力化出来そうな気がする』
「いいアイデアでしょ?でもママがオートパイロット搭載のケルベロス・ギアを十万体完成させるより、広がり続けている領域が世界を覆う方が先になっちゃう計算なのよねぇ~」
「他にも懸念はある」
所長は物憂げに言葉を続ける。
「賢者の島で眠らされている人々の精神は、完全にマレウスが作り出した魔法領域に囚われている。そして解析の結果、彼らは全員『夢』を見ている事が解った」
『夢……って、人間がレム睡眠状態の時に体験する幻覚現象の事?』
「そう。そして魔法によって相手の精神に働きかけ、仮想現実を現実だと錯覚させる」
構造的には『S.T.Y.X.』で使用されている『ラケシス・システム』にも類似している。人間の精神の深い部分に入り込む事から、使用時の被験者の精神への影響は常に懸念されるもので、『S.T.Y.X.』では繊細な管理環境でやっと扱える代物だ。
マレウスの魔法にどの程度安全性が保証されているかは解ったものではない。そもそも中の時間がマレウスの望みのままに止まっているとはいえ、内部の人間が囚われている間、健康状態に何の影響もなく無事とも限らないのだ。更に外部から無理やり魔法を解除された場合の領域内の人間の無事など、恐らく考えられてはいないだろう。そんな事態は完全に望外の話だ。
そんな状態なので、無理やり魔法領域を破壊すれば、そこに接続され囚われている人々の精神が一緒に破壊される可能性がある。その点でも外部からの強制的な解除は現実的ではない。
『……なるほど。つまりあの魔法領域は、巨大なサーバーみたいなものか。サーバーを物理的に破壊すれば、中に保存されているデータも破壊してしまう』
オルトは状況を理解し頷く。
『ってことは……マレウスさんを何らかの方法で説得し、領域を解除させ、捕らえている人々を自ら解放させる……しか解決策はないね』
自分で言いながら、その非現実的な内容に肩を落とした。
『領域の外から「マレウスさん!おばあさまが泣いてるよ!」って呼びかけたりしてみる?昔の刑事ドラマみたいに』
「……とりあえず、マレフィシア女王陛下には進言してみるが……」
「肉親が説得したくらいで穏便にオーバーブロット状態が収まるなら、『S.T.Y.X.』もこんなに苦労してないわよねぇ」
子どもの提案に大人がそれなりに真面目に返す。何とも言えない沈黙が流れた。
『もしかしなくても……結構詰んでない?』
「あらあら、オルくん。今さっき自分で言った事、もう忘れたの?」
『えっ?』
思わず絶望的な観測を口にしたオルトだったが、母親があまりにも明るく返したので呆気にとられた。一瞬の後、会話ログを遡り、自分の発言を見返す。
『そ、それって……「マレウスさんを何らかの方法で説得し、領域を解除させ、捕らえている人々を自ら解放させる」って言ったやつ?』
「ピンポーン!」
『でも、母さんも言ってたじゃない。肉親が説得したくらいで穏便に収まるなら苦労しないって……』
「可能性が僅かでもあるなら、やってみる価値はあるわ」
絶望的な状況だというのに、母親の声は明るい。
「それから……ママ、別のアプローチについても考えてあるの」
『別のアプローチ?』
「オルくん。これ、なーんだ?」
ラボに設置されたモニターを、オルトに向けてくる。オルトは素直にその映像を見て、目を見開く。
『ん?この映像は……兄さん!?』
映っていたのは、イグニハイド寮の自室にいる兄の姿だった。何か作業でもしているのか一人でハイテンションに百面相している。それ自体は割といつもの事だ。しかし室内の違和感にオルトは首を傾げる。
『待って、これ、ちょっと変だよ。兄さんの部屋なのに、僕のメンテナンス・ドックが無い』
ナイトレイブンカレッジ入学以降、オルトのためにイデアの自室には常にメンテナンス・ドックが置かれていた。幸いにもイグニハイド寮生は比較的温厚なので表立ったトラブルになった事はなく、三年生になって寮長となり個室になってからも堂々と設置されている。
オルトがナイトレイブンカレッジに編入する事になり、一年生と同じ部屋で過ごすようになっても、メンテナンスのための機材の必要性は変わらず、また操作できるのもイデアだけなので、動かすのも面倒だという事でイデアの部屋に置きっぱなしになっていたのだ。
オルトははっとした顔になって母親を振り返る。
『この映像、まさか……!?』
「そう。これは夢の中にいるイデくんのライブ映像よ」
『ええーーーーーーーーーっ!!!!』
息子の驚く声に、母親は嬉しそうに胸を張る。
「魔法の構築式さえ解っちゃえば、鉄壁の魔法領域に外部から不正アクセス出来るバックドアを仕込む事が出来る。それを使ってアクセスすれば……サーバー管理者にバレずに夢の中にいる人とコンタクトをとれちゃうってわけ」
『た、確かに技術的には可能な話だけど……すごいや。この短時間で領域内の情報を解析して、ピンポイントで兄さんの夢のアドレスを割り出すなんて』
「ふふん!どう!?これが人類最高峰のテクノロジーの力よ!!」
母親は誰にともなく堂々と言い放ち、どこかドス黒い気迫を放って独り言を呟く。
「見てなさい。すぐに全員の夢のアドレスを特定して、管理システムを不正に構築してやるんだから!」
声は笑っているが、恐らく目は笑っていない。
「オルトとマレウスの接触ログを見てから、ずっとこの調子なんだ……おかげで情報処理班と技術部はフルスロットルで稼働してる」
『あー。マレウスさんに「大した事ない」って言われたのを、根に持ってるわけか。はは、母さんらしいや』
こういう時に、兄と母はよく似てるんだなと思う、とオルトは素直な感想を呟く。その無邪気な感想を聞いて、父親は言い掛けた言葉を飲み込んだ。
愛する息子を殺すと言われて、平気でいられる母親などいない。
それが例え、コアさえ無事ならデータとして残るヒューマノイドであっても。
今はそんな事をわざわざ説明して学習させるようなタイミングではない。この事案が終わって、いつかのんびり笑い話として話せるようになった時にでも話せばいいだろう。
そんな父親の複雑な気持ちは知らず、オルトは映像の中の兄の姿をぼんやりと眺めていた。
『……ああ、でも良かった』
「良かった?」
『夢の中の兄さん、すごく楽しそう。変な感想かもしれないけど、元気そうでホッとした』
「……そうか。そうだな」
父親はただ息子を見る。確かに育っている情動を見守り、しかしそうのんびりもしていられない。
「どうやら囚われている人たちはみんな幸せな夢を見ているみたい。いい夢を見ながらたっぷり寝て……きっとみんな体力も魔力も充電満タンよね?」
さっきよりも殺気は落ち着いたが、まだ母親の言葉には棘がある。それを指摘する勇気は、息子にも父親にも無い。
「だからそろそろ幸せな夢の世界にも、飽きてきてるんじゃないのかな~……なんて」
『……もしかして、母さんの考えた「別のアプローチ」って……魔法領域の……夢の中にいる人たちにコンタクトを取って、本人たちにマレウスさんをどうにかしてもらおうって事!?』
「正解!外から手を出せないのなら、中から何とかするしかないでしょう!」
明るく言い放つ母親に対し、オルトは素直に驚きの声を上げる。
『そんな無茶な……い、いや……でも、確かに……夢の中にコンタクトが取れるなら、母さんの作戦も夢物語じゃないかもしれない』
思わず否定しながら、しかし言葉を発しながら考える。
『最初から無理だって決めつけて何も行動を起こさなければ、可能性はずっとゼロのままだ。可能性が僅かだとしても、ゼロじゃないならそれは百になる可能性を秘めてる。だったら、やらない理由はないよね』
かつて自分に変革をもたらした言葉を呟く。それによって内に湧いた勇気に後押しされ、両親を見た。
『よし!それじゃあ早速僕が魔導回路にダイブして、兄さんの夢に……』
「待って、オルくん」
すかさずの待ったが入った。オルトは首を傾げる。
『どうしたの、母さん?兄さんにコンタクトを取るだけなら、危ない事なんて何も……』
「主任、ここからは私が話そう」
父親が説明を交代し、ホログラムの息子と視線を合わせた。
「……お前がイデアにコンタクトを取るにあたって、ひとつ大きな懸念がある」
『懸念?』
「夢の中のイデアが、現実を……お前を拒絶する可能性だ」
父親の言葉に、オルトは目を見開く。
「お前も見ただろう。イデアの部屋から、お前のメンテナンス・ドックが無くなっていた。それが何を意味するのか……わからないお前ではないな」
過程があって結果がある。その中身は事実から推測が出来る。
イデアの部屋にメンテナンス・ドックが無いという事は、それを置く必要がない、という事だ。メンテナンスドックはオルトのために置かれた設備。イデアの中でヒューマノイドのオルトを象徴する存在とも言えるだろう。
それが無いという事は、イデアの『幸せな夢』にヒューマノイドのオルトは存在しない可能性が高い。
存在を否定される事が心にどんな影響を及ぼすか、想像に難くない。人工知能のバグという形で心を得たばかりのオルトにだって、その影響は起こり得るだろう。
子どもに降りかかる困難は避けたいのが親心というものだ。
「お前にまた辛い想いをさせる事になるかもしれない」
オルトの沈黙をどう受け止めたか、父親は息子を安心させるために具体的な説明を続ける。
「まずは心理学の博士号を持つプロフェッショナルにコンタクトを試みてもらうつもりだ。なるだけ混乱を生まず、穏便に事態の説明を……」
『心配しなくても、大丈夫だよ』
それをオルトが遮った。話していた父親も、様子を見守っていた母親も。ただ息子を見つめる。
『だって、兄さんだもん』
兄をよく知り、信頼する弟の言葉は暖かい。
『きっと……「パソコンの中から美少年ヒューマノイドが拙者に助けを求めている!?ラノベで五億回読んだ展開!ついに拙者が選ばれし者となるその刻が来てしまったって事!?」……とか言うよ』
そして正直で的確だ。
「……いや、流石のイデアもそこまででは……」
「ママは、ちょっと言いそうだなって思っちゃった」
『反応はどうあれ、きっと兄さんは僕らの話を聞いてくれる』
息子の真面目さを信じたい父親と、現実的な分析を得意とする母親で意見が割れるのを面白く思いつつ、それはそれとして、オルトは兄を信じる言葉を続ける。
そして兄そっくりの悪どい笑みを両親に向けた。
『二人とも、知らないの?イデア・シュラウドは「S.T.Y.X.」の所長と技術部主任が育てた「異端の天才」だよ?』
環境が普通じゃない。両親も普通じゃない。本人も普通じゃない。
例外の多重事故のような人間なのだから、プロフェッショナルだって手を焼くに決まっている。安全かもしれないが、そんな試行錯誤をする時間も今は惜しい。
『穏便な手段で遠回りするくらいなら、ショトカで最速攻略を選ぶに決まってる!』
どうなるかは挑戦してみなくては分からないけど、不確かな未来に怯えている暇も無いのだ。
きっと兄ならそうするし、目覚めた後に文句も無いだろう。多分。
希望的観測を信頼という言葉で誤魔化しつつ、オルトは両親に最高の笑顔を向けた。