7−3:蒼炎の砦


 たった四十八時間。
 追いつめられた技術者たちは、限られた時間の制約に嘆く。
 しかし、災害が発生した状況では『四十八時間もかかっている』という価値観も共存するのだ。同じ数字で意味も同じでも心証は二律背反を起こす。
『テスト用通信衛星より、ORTHOの構成データの受信を完了しました。プログラムの再構築を開始します』
 管制室のAIが音声アナウンスを室内に響かせる。程なくして、四十八時間ぶりにオルトのホログラムが管制室内に現れた。
『うぅ~~ん!やっっっと戻ってこられた!まだデータの配列がバラバラになってる感じがするよ』
 長時間姿勢が固定されていた人間が伸びをするように、オルトは自由に動ける気楽さを謳歌する。そして現在の状態に意識を向けた。
『現在時刻は朝の五時か。あれから賢者の島はどうなったんだろう?兄さんは……』
「…………戻ったのか、オルト」
『うわっ、父さん!びっくりした!』
 オルトは視線を床に向ける。机の下から這いだしてきた所長は、固まった身体をほぐすために伸ばしていた。
『……そんなところで何してたの?』
「作業が終わらなくて、本部に泊まり込んでいた」
 仮眠室に行く時間すら惜しんだようだが、果たして机の下で寝ている所長に声をかけられる職員がいたかどうか。……いや、必要とあらばわざと蹴るぐらいの事は出来るな、とオルトは考えを改め、今は脇に置いておく。
『これから私は、輸送機に乗って黎明の国に立てられた特設災害対策本部へ向かうところだ」
『僕がデータを転送してる四十八時間、状況に変化は?』
「『S.T.Y.X.』、魔法機動隊……それから、茨の谷の王室の助力も得て、マレウス・ドラコニアが作り出したエネルギーフィールドを突破しようと試みた。が……物理・魔法攻撃共に一切通用しない」
 所長は淡々と事実を語る。
 人間も妖精も、エネルギーフィールドに近付いただけで表層を取り巻く茨によって絡め取られ、内部に引きずり込まれる。平時は魔法障壁層と一体化している茨だが、非常に高い感度で接近物を感知し、取り込もうとしてくる。目視確認の限り、取り込まれたものはそのまま内部で活動を停止。賢者の島の地面に放り出され、現在まで再活動の兆しは全く無い。
 同時に、表層を覆っている茨が『外からの接近物を取り込む』以外の活動をする事もない。例えば対象物を投げ落とすような乱雑な動きは見られず、むしろ子どもを寝かせるような丁寧さがあった。活動停止したものに対し暴力的な挙動も見られない。取り込んだものが動きを止めたなら、茨も速やかに魔法障壁層と同化していた。
 触れたものを取り込む性質から、海底を伝うようにして領域を広げている。茨を起点として領域を広げている事から、固形物に取り付く事がまず領域拡大の足がかりになっているようだ。海面をその足がかりにする事が出来ない、更に水圧の抵抗、海水との相性などによって茨を伸ばすに時間を要する事となり、現在の領域拡張速度になっていると推察される。
 つまり、陸間の海を浸食し終えて別の陸地の地表に茨が辿り着いたら、その陸地は賢者の島が覆われたのと同じ速度で茨の侵食を受け、今の比ではない速度で魔法領域に取り込まれるだろう。
 孤島である賢者の島の周辺域で事態を収束させなくては、どんどん手に負えない事態になっていく。
 現在は魔法障壁で島を囲み侵食を防いでいるが、完全に抑え込む事は出来ていない。茨は物理的な要素で領域拡大をしているが、魔法的な要素が無いわけではないのだ。魔法障壁が物理的な防御をすれば魔法への侵食に切り替えて魔法障壁を破り、魔法反射の障壁に切り替われば物理的にこれを破ろうとする。性質を両立する魔法障壁を島一つをカバーする大きさで展開する技術は存在しないため、切り替えを担当する者は一瞬たりとも気が抜けない。更には魔法障壁の展開に膨大なエネルギーを要するが、これは黎明の国政府の協力でなんとか成立させられていた。
「賢者の島は他の大陸と距離があるから、甚大な被害は免れているものの……時間の問題だな」
『それで、母さんは?』
「あれからずっと第一ラボに籠もったままだ」
『それって……』
 タイミング良く管制室の扉が開き、ヘルメット姿の女性が駆け込んでくる。
「こら~~~~!!オルくん!!ママ、お話はちゃんと最後まで聞きなさいっていつも言ってるでしょ!しかも親を脅すような事まで言って。悪い子!」
 ヘルメットのスピーカーが少女のような声を発する度に、音声認識を知らせるライトがピカピカと桃色に光った。その光の激しさで、オルトは彼女が本当に怒っているのだと悟る。
『えぇっと……ごめんなさい』
「今ホログラム状態じゃなかったら、お尻ぺんぺんの刑だったぞっ!」
 その言葉を境に、声が穏やかさを取り戻す。
「でも、ちゃんと謝れたのは偉いわ。素直でよろしい!」
 表情は視認できないが、声の調子はライトの具合で分かるようになっている。彼女がシステムをごまかすような演技は出来ない事も、オルトはよく知っていた。母親の言葉全て、本当に心から出ている言葉だと、あらゆる数値が示している。
「……よく戻ってきてくれたわね。まずは、あなたが無事でよかった。おかえり、オルくん」
『……うん。ただいま』
 穏やかに言葉を交わしたのはほんのひととき。
「さ、準備はできてるわよ」
『えっ?それって、もしかして……』
「だって、嘆きの島が水浸しにされたら困るもの。第一ラボのメインフレームまでいらっしゃい」
 言われるがまま、オルトの意識は第一ラボへと移動する。カメラからラボ内の様子を視認して、ホログラムが驚きの表情を浮かべた。
『これは……!』
 少年型ボディに物々しい装備を付けたヒューマノイド、と一口に説明する事も出来る。しかし手がけた者からすれば一両日でも時間が足りないくらいこだわりが語れる代物だろう。
 その間を取って必要最低限の、しかし省く事も出来ないアピールポイントを技術部主任は語る。
「魔法領域内における戦闘、そして領域支配によるシステム汚染防衛に特化した、対魔法災害特化型ギア。名付けて……『ケルベロス・ギア』!」
 モチーフは神話に登場する冥府の番犬である、三つ頭の巨大な猛犬。『S.T.Y.X.』の堅牢なセキュリティシステムにもその名が使われている。
 機能性を重視しつつ、デザインにも並々ならぬこだわりが感じられた。硬質なボディの堅牢さを見ただけで感覚的に理解できる。
『すごいや……たった四十八時間でこれを?』
「……おかげで技術開発部のスタッフはみんな徹夜だ」
 おそらくはたった今完成したのだろう。ラボのあちこちで開発に関わったスタッフが気を失っている。普通なら、一緒に仕事をしていた技術部主任がいつもと変わらない様子なのが不思議なくらいだろうに、家族にとってはもはや見慣れた光景なのか誰も突っ込まない。
「イデくんのラボのパソコンに、オルくんのギアの設計図が保存してあって助かった。おかげで特殊装備の追加製造だけで済んだわ」
 それが無かったら間に合わなかった、と安堵の息を吐く彼女の横で、オルトが目を見開く。
『うそっ!母さん、兄さんのパソコンにかかってたガッチガチのセキュリティ破ったの!?』
「緊急事態だったんだからしょうがないでしょ!パスワードがかかった秘密のフォルダの中身なんか、ママ全然見てないんだからっ!……お兄ちゃんには内緒よ」
『兄さんがこのギアを見たら、すぐにバレちゃうと思うけどなぁ……』
 和やかな会話を、所長が咳払いで遮る。
「……主任、プライベートな話はそれくらいで。作業に入ってくれないか」
「あっ、失礼しました。ではこれより、ORTHOのAIデータの移行作業を行います」
 許可を求めるように主任は首を傾げる。オルトは頷くとホログラムを消した。
 ギアの内部へ、データのインストールが行われる。膨大なデータを移しているとは思えないほど速やかに進行し、程なくヒューマノイドが覚醒した。
「オルくん、気分はどう?」
『このギア、エネルギー循環が優秀で……なんていうか、「サイッコー」って感じ!』
「でしょ!?かっこいいでしょ!ママ、オルくんにはこういうトガったギアも似合うと思ってたんだぁ」
『確かに、兄さんがデザインするギアと少し外装のテイストが違うね』
「もう少し時間があれば、排熱周りをよりコンパクトにできたんだけど……今『S.T.Y.X.』にできる最大限を詰め込んだつもり」
 一頻り盛り上がった所で、母親は技術部主任の顔に戻る。
「では……これより、賢者の島にて発生した魔法災害における特別任務について説明します」
『はい』
「今回の任務にはサポートドロイド二体が同行します」
 主任が指した先には、大型犬を模した機械が二体座っていた。ケルベロス・ギアと共通してデザインされていると一目で解る。
「このドロイドは『ケルベロス・システム』を応用したプログラムが搭載されていて、突入任務中の探索、戦闘時にあなたの役に立ってくれるはずです」
 セキュリティシステム由来の優秀なセンサーと指示実行力。オルト並みの柔軟な判断は無理でも、並のAIよりは遙かに優秀だ。
「魔法領域内に突入後のギアの活動限界は、おおよそ二十分となります」
『二十分か……』
 それだけあれば、とオルトは期待も呟くが、所長の表情は緩まない。
「今回の領域内突入任務の目的は、マレウス・ドラコニアの討伐ではない。領域内に解析用アンカーを設置、解析完了後はこれを回収し速やかに本部へ帰投する事」
『はい』
「最後に、この任務において最も重要性の高い項目について確認します」
 主任はバイザーに隠れて見る事のできないオルトの目と視線を合わせる。
「……いい?オルくん。絶対、絶対、無茶しちゃダメだからね。怖くなったり、危ないと思ったら必ず引き返してくる事。いいわね?」
『うん、わかった!』
「……そうやって、返事ばっかりいいんだから。もう!わかってるんだからね。あなたがママたちの言う事なんか全っ然きかない事」
 ヘルメットの下では少女のように頬を膨らませているであろう、拗ねた声音で言う。
「なんで男の子ってこうなの?ママ、心臓がいくつあっても足りない。本当、あなたはお兄ちゃんたちにそっくりよ。こうと決めたら、止めたって無駄なんだから」
『母さん……』
「ほら、パパも何か言ってやって!」
「……オルト。これは、本来『S.T.Y.X.』や魔法機動隊が対処すべき問題だ。お前が自分を危険に晒してまで、あの島へ向かう必要はない」
 母親に促され、父親も息子へ許しを口にする。ヘルメットのスピーカーが声を発する度に柔らかく光っていた。
「いいんだ……行かなくても」
『父さん……』
 心と呼ばれる領域に、因果不明の計算式が走る。既存学習内容からの引用ではない事を確信して、伝えたい言葉を声に出した。
『ありがとう。ヒューマノイドの僕を、本当の家族のように扱ってくれて』
 すごく嬉しい、とどんな計算をしたのかオルト自身でも解らない言葉が音声として発出される。
『でも僕はもう、あなたたちが大切な息子を失うところは見たくない。僕にしか出来ない事なんだ』
 悲しいのに消す事のできないデータを増やしたくない。
『だから、行くよ。そして、必ず兄さんを救ってみせる。これは僕の……僕たちの意志だ』
 機械の身体を持つ息子の言葉を、両親は黙って受け止める。少しの間を置いて、母親が口を開く。
「オルくん。あなただって私たちの大切な息子の一人だよ」
 言葉に偽りは無い。
 ほんの少し複雑で、普通ではないかもしれないが、それでも親子の間に通うものは遺伝子の共通項で繋がった『家族』と何も変わらない。
「約束して。必ず無事に戻ってくるって」
『……うん。約束する』
「じゃあ、みんなでハグしましょう。誓いのハグよ」
 ヒューマノイドの身体を両親が抱きしめる。腕の中で、二人のバイタルサインを検知しながら、それだけの意味ではないものを得てヒューマノイドの少年は微笑む。
『へへっ、充電満タン!さあ、早く出発しよう。兄さんが待つ、賢者の島へ!』

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