7−2:疾紅の戦鬼


「……マレウス様のご誕生に、こんな経緯があったなんて。茨の谷の歴史書は何冊も読んだが、どれにも記されていなかった。お祖父様は何故、この素晴らしいお話を僕にしてくださらなかったのだ……?」
 セベクがしゃくりあげながら疑問を口にする。
 ……確かにそうだな。あのクソジジババどもはともかく、バウルさんは自分の子どもや孫には伝えそうなものだけど。
 ふと魔石器を見ると、また光が点滅している。振れ、と言われた気がしたので適当に振ると、いきなり寒くなった。
「な、何なんだゾ!?」
「もしかして、映像の中に俺たちも入ったのか……?」
「という事は、アレはリリア様ご本人なのだな!」
「……でも、さすがに今はちょっと入っていけないよね」
 僕が言うとみんなも頷いた。丁度、揺籃の塔にはバウルさんが駆けつけようとしている。せめて彼がいなくなってから話をした方がいいだろう。
『ヴァンルージュよ!よくぞ王子殿下の卵を孵化させた』
 そんな事を全く気にしていなさそうな声が耳元に響いた。
『奇跡じゃ!まさにおぬしは英雄ぞ!』
『さあ、王子殿下と共に女王陛下のもとへ参るがよい』
 元老員の連中は先ほどと全く態度が違う。なんか様子がおかしい気がする。
 ぐにゃりと、不自然に世界が歪んだ。塔も城も雪景色も、輪郭が崩れ形が定まらなくなる。
『ヴァンルージュよ!貴様、よくもその手でお世継ぎに触れたな!』
 そして今度は、元老員の怒りの声が聞こえてきた。うるせえなこいつら。と思ったけど、こっちの方が違和感が無い。
『竜の卵に蝙蝠が魔力を注いで孵したなど……前代未聞の醜聞だ!』
『高潔なるドラコニア一族を汚した罪は重いぞ!』
 ヴァンルージュ先輩を責め立てる声が続く。恥とか無いんか、こいつら。
「どういう事だ!?世界が歪んで、元老院たちが急に態度を変えたぞ!?」
「親父殿が……気付き始めたんだ。これが夢だと……!」
「では……リリア様が実際に受けたのは祝福の言葉ではなく、あんな罵詈雑言だというのか!?」
「ああ、おそらく」
 悪態のひとつも吐きたいが、あの調子じゃまた『闇』に囚われる可能性も無くはない。さっきもアレのせいでああなったワケだし。
 顔を見合わせて頷きあう。どうせ連中に肉体は無いっていうから、邪魔はされないだろう。
 塔へと続く階段を登る間も、連中の罵詈雑言は続いていた。
『二度と王子殿下に近付くな、蝙蝠め!早くそやつから王子を取り上げろ!』
『早く医者を呼び、王子殿下をお診せするのだ』
『ああ、王子殿下……お可哀想に。無能な近衛兵のせいでご両親を失ったばかりか、不浄な魔力を注がれてしまうなど』
『王子殿下の御身に何かあったらどうするのだ!愚か者!』
 こいつらまだ茨の谷にいるのかな。消す方法があるなら喜んで協力するんだけど。異世界人だから後腐れないし。
「貴様ら……もう我慢ならん!その侮辱、今すぐ撤回していただこう!」
 バウルさんの怒鳴り声が聞こえてきた。きっと現実でもこうやって怒ってくれたんだろう。優しい妖精さんだなぁ。セベクも懐くわけだよ。
「ヴァンルージュ殿がどれほどこの国を、ドラコニアを愛し、尽くしてきたか!」
「……いい、バウル。これで良かったんだ。これが、きっと正しい……『正しい』?」
 諫めていたヴァンルージュ先輩の声が、疑問に揺れる。連動するようにまた世界が歪んだ。足場も不安定になって、慌てて足を止める。
「ううっ、頭が割れる……!」
「ヴァンルージュ殿、お気を確かに!」
 バウルさんが心配そうに声をかけていた。このまま僕たちが行ったらややこしい事になる気がするけど仕方ない。
 足場が固形を取り戻したタイミングで一気に駆け上がる。もうすぐ揺籃の塔の入り口だ、という所で悪寒が背筋を走った。
「こんなところにいたのか。ようやく見つけたぞ……リリア!」
 低く豊かな声。辺りを舞う緑の稲光と炎。
 先輩たちに倣って身を隠し、先を覗きこむ。
 オーバーブロットした姿のツノ太郎が、ヴァンルージュ先輩の正面に立っていた。一方、バウルさんの姿は無くなっている。ここにいた彼も『闇』のはずだから、ツノ太郎が消したらいなくなっちゃうって事なのかな。なんかやだなぁ。
「その声は……レヴァーン!?お前、いつ帰って……いや、でもそのツノはマレノアの……何者だ、てめぇ!」
 ヴァンルージュ先輩は混乱した様子で声を張り上げた。警戒と敵意が感じられる迫力のある声なのに、ツノ太郎は全く動じた様子が無かった。
「……知らなかった。お前が自らの命を糧に、僕を孵してくれたなんて」
「『僕を』……?何を言ってる?」
 困惑しているヴァンルージュ先輩を置いてけぼりにして、ツノ太郎は怒りを露わにした。空気に緊張が走る。
「元老院の老いぼれどもめ、よくもリリアを……おばあさまもだ!何故今まで僕に真実を隠していた!?」
「違う、マレウス!口止めしたのはわしじゃ!」
 ヴァンルージュ先輩が反射的に否定する。その口調は、僕の知っている現在のヴァンルージュ先輩のものだった。
「真実を知れば、お前が負い目を感じるかもしれぬと……はっ!?マレウス……?」
 そして、また困惑する。自分の発した言葉に対し、信じられないという顔をしていた。
「マレウスはまだ、二本足の姿にもなれぬ赤ん坊で……うがっ!あ、頭が……!」
 ヴァンルージュ先輩は苦痛に顔を歪め、頭を抱えた。その姿を見てツノ太郎は優しく微笑む。マレノア姫が卵のツノ太郎に向けていたのと同じ、慈愛の笑みだった。
「何も考えなくていい、リリア。お前がこれ以上苦しむ必要はない」
 彼なりの最大限の愛情を込めた言葉だ。それはきっと間違いない。
「どんな夢がいい?父と母が生きている頃の夢か?それとも、息子と共に穏やかに暮らす夢か?」
 ……無意識なのだろうか。
 ツノ太郎の挙げたヴァンルージュ先輩の『幸せな夢』には、ツノ太郎がいない気がする。
 でも、ヴァンルージュ先輩にとっての幸せな世界にツノ太郎がいないワケがない。
 辛く苦しい、惨めで悲しい過去を受け入れてでも、ヴァンルージュ先輩の一番幸福な瞬間は、ツノ太郎が生まれたあの時だったんだ。
 ツノ太郎が望んだとしても、そんな『幸せな夢』、絶対に肯定したくない。
「ううっ……やめろ……わしは、俺、は……!」
「この僕が、お前の望みを何でも叶えてやる。さあリリア。僕の手を……」
「親父殿ーーーーーッ!!」
 駆けだしたシルバー先輩を追いかける。
 シルバー先輩はヴァンルージュ先輩を庇うように立ち、セベクがシルバー先輩の隣に並んだ。僕とグリムもその斜め後ろで構える。
 ツノ太郎は呆れたような顔になり、ヴァンルージュ先輩は驚きに目を見開く。
「夜明けの騎士、なぜお前がここに!?……違う、お主は……!」
「シルバー、セベク……またお前たちか」
 どうやら僕たちの事は別に探していなかったらしい。どちらかというと、ヴァンルージュ先輩の夢に異常を検知して出てきた感じなのかな?まぁ細かい事はどうでもいいか。
「本当に寝付きが悪いな。まだ抗うというのか?」
「諦めません、絶対に!」
「リリア様の想いを知れば、尚の事」
 シルバー先輩は勿論、セベクも強い決意の視線をツノ太郎に向ける。身勝手な行動に向けた安い義憤ではない。敬愛を抱くからこそ、彼の現状を看過できないのだ。
「たくさんの愛によってお生まれになった若様が、この世界の敵となり憎まれて良いはずがない!」
「だから俺たちが絶対に打ち破ってみせます。マレウス様……あなたの『祝福』を!」
「『祝福』……あ、ああっ!」
 突如、ヴァンルージュ先輩が声を上げた。目を見開いて放心していたかと思うと、今度は笑い出す。
「よくぞ言った。それでこそ、わしの弟子じゃ」
「え?」
 二人がヴァンルージュ先輩を振り返る。ツノ太郎もきょとんとした顔になっていた。
「ようやっと頭がハッキリしてきおったわ。全て思い出したぞ、シルバー、セベク。それから……グリムに、ユウ!」
「リリア様!」
「親父殿!」
 屈託のない笑顔を前に、弟子たちが喜びの声を上げる。その反応に満足そうに頷いた後、今度は不敵な笑みを浮かべてツノ太郎を見た。
「わしは随分と長い昼寝をしていたようじゃ。やってくれたのう、マレウス!」
「……完全に『醒めた』か、リリア!」
 ツノ太郎が忌々しげに舌打ちする。なんか悪役が板についてんなぁ。
 とはいえすぐに調子を取り戻し、不敵に笑う。
「……だが、心配はいらない。またすぐに寝かしつけてやろう」
「は!このわしを寝かしつけると言ったか?生意気に育ったもんじゃのう」
 どちらも臨戦態勢に入り、場の緊張感が一層高まる。最終決戦と言われても遜色ないかもしれない。
「やれるものならやってみよ!皆のもの、わしに続け!」
 師匠の号令を受けて、弟子たちが身体に力を入れたのが解った。ツノ太郎を包む気配も一回り膨らんだ気がする。
「一時退却じゃーーーー!!」
 と、非常に楽しそうな声が聞こえた。後ろを向いた時には、黒と赤の髪の毛が揺籃の塔から外へ向かう階段に消えていく所だった。
「……って、逃げるんですかーっ!?」
 慌てて後を追いかける。後ろからシルバー先輩とセベクも追いかけてきた。ヴァンルージュ先輩との間はグリムが走っている。
「わしがマレウスに隙を作る。その隙にシルバーのユニーク魔法で、この夢から脱出せよ!」
 ヴァンルージュ先輩は走りながら声を張り上げた。シルバー先輩たちは当然抗議の声を上げる。
「あなたを置いていけません!一緒に行きましょう!」
「なぁに、マレウスの癇癪には付き合い慣れておる」
 弟子の必死の声に対し、師匠の答えは飄々としていた。
「夢の中ではわしの魔力も枯渇しておらぬし、力が有り余っとるあやつと遊んでやるには丁度いい」
 戦力の都合を考えれば、ヴァンルージュ先輩の案が一番妥当な所だろう。セベクの夢の時みたいに、ツノ太郎がいる目の前で離脱するのは幸運が重ならないと無理だと思うし、ツノ太郎も妨害してくるかもしれないし。
「しかし……!」
「心配するな。マレウスはわしを再起不能にしたりはせんだろうよ。……父親に似たのか、非情になりきれぬ優しい男じゃ」
 年相応の不安そうな表情を浮かべたセベクに、ヴァンルージュ先輩は確信を持って言い切る。
「シルバー、セベク。『現実』のマレウスの事……頼んだぞ」
「……はい!」
 弟子たちは師匠の申し送りに力強く応える。師匠は嬉しそうに笑みを深めた。
「そういうワケで、もうちっと二人の事を頼むぞ、ユウ」
「ツノ太郎とヴァンルージュ先輩の助けとなるよう努めろ、って言われましたから、出来る限りの事はします。お二人の現実での幸せのために」
「……おぬし、やっぱりあの時ウソをついておったな?」
「さあ何の事やら」
「まったく、姫君というのはどうしてこう一筋縄ではゆかぬのか」
「僕は姫じゃないですけどね」
「大した役者ぶりだったぞ?……あいつが何を言っていたのか、後で教えてくれ」
「ええ、是非お話しさせてください。もっと落ち着いた所で!」
 階段を下りきった所で、ツノ太郎が前を塞ぐ。放たれた炎を、ヴァンルージュ先輩の氷の魔法が相殺した。
「見つけたぞ、リリア!さあ……どうしてやろうか?」
 追いかけっこしてる無邪気な子どもみたいな言葉。だけど子どもらしいのは言葉だけ。向けられている殺気は本物だ。
 ツノ太郎は笑顔で魔法を放ち、ヴァンルージュ先輩は取り出した魔石器でそれらを斬り払った。先輩は僕たちを振り返る。
「さあ、行け!早く!」
「……絶対にあなたを、みんなを眠りから醒ましてみせます。話したい事が沢山あるんです!」
「おう!約束じゃ、シルバー!」
 ヴァンルージュ先輩は屈託無く笑いかける。
「夢から醒めたら、また会おう!……夜の祝福あれ」
「……夜の祝福あれ!」
 シルバー先輩も微笑みを返す。
 一瞬のやり取りを終えて、ツノ太郎とヴァンルージュ先輩はまた戦い始めた。余波が当たらなそうな場所まで移動すると、シルバー先輩は僕とセベクを掴んだ。グリムが慌てて僕の腕の中に飛び込んでくる。それを確認してから、シルバー先輩は口を開く。
「……いつか会った人に、いずれ会う人に……『同じ夢を見よう』!」
 白い光が舞って収束し、虹色の光へと変わって僕たちを包み込む。
 凍えるような冬の空気が、春の早朝のような涼しさへと変わった。またあの『回廊』だ。朝焼けの空も、雲も鳥も変わらない。
 ……自由落下の具合も。
「ぁああああ~~~~~!!!!」
 グリムを離さないように必死で抱いていた。グリムもしっかりと抱きついている。
「おい、シルバー!これは誰の夢へ向かっている!?」
「わからない!とにかく、次の夢に渡って体勢を立て直すしかない!みんな、俺から絶対に離れるなよ!」
「離れるなよと言うか、離さないでくださいなんですけど!!」
「ふげ~~!だ、誰かの夢に着く前に、潰れたパンになっちまうんだゾ~~!」
 なんか最初より滞空時間が長い気がする。早く着いてくれ、と思っていたら、シルバー先輩が疑問の声を上げた。
「今、何か遠くで光って……?」
 そう言った直後、耳元で鳴る風の音の隙間から、それ以外の何かが聞こえてくる。人の声、みたいな。
「何だ!?遠くから凄い速さで何かが近付いてくる!」
「鳥?飛行機!?いや……違う、あれは!」
 二人と同じ方を見るために顔を必死で動かした。その時にはもう、姿がしっかりと見えている。
『おーーーーーーーい!!』
「オルト!?」
『そう、僕だよ!やっと見つけた!』
 オルトは無邪気な笑顔で言うが、正直それどころじゃない。
「お前、どうやってここに!?」
『話は後、後!とにかく僕につかまって!』
「そんな余裕ありませんけどぉ!?」
「子分の手が離れたら吹っ飛んじまうーっ!!」
「セベク、頼んだ!!」
「ぐっ、ぬぬぬぅ……!」
 悪態をつく余裕も無いらしく、セベクがどうにか手を伸ばしてオルトの手を握る。
『さあ、いくよ!ワーーーーーープ!!』
 オルトの周辺に青白いモニターが一斉に展開する。それらが動いたと思うと、一瞬にして周囲の景色が変わった。
 しかし落下は止まらない。
「ぁぁぁぁぁあああああああーーーーーー!」
 落下距離の割に衝撃は少なかった、と思う。打ち付けた尻は痛いものの、他に怪我らしい怪我は無いし。
「うぅっ……毎回この無様な着地をするのはなんとかならんのか?」
「つ、次こそは華麗に着地してみせる……尻が四つに割れる前に……!」
「割れるワケないだろう。この緊急時に阿呆な事を言うんじゃない」
「和ませようとしてるんだからマジレスすんなし」
「そんな下品な冗談で和むか!」
 僕たちがアホな言い争いをしているのを無視して、シルバー先輩は冷静に周囲を見回す。
「ここは……イグニハイド寮?」
 呟いた言葉で我に返り、僕もセベクも周囲を確認した。
 確かに、イグニハイドの紋章が至る所に見える。骸骨のオブジェとか暗くてちょっと寒いのも、神話の『冥府』って感じの雰囲気だ。
 オルトが連れてくる場所としては妥当な所かな。でも、ここって現実?それとも誰かの夢?まさか電脳の仮想空間とか言わないよね?
「アレッ!?オルトは?アイツどこいっちまったんだゾ!?」
「なにっ?まさか、夢の回廊に置き去りに……!」
「あ、あのー……み、皆さん?す、少し落ち着いて」
 新たな人の声に空気が緊迫する。シルバー先輩とセベクは武器に手をかけた。
 聞き覚えのある声に、僕はちょっと固まる。
 そうだ。オルトが案内してくれる場所なら、この人の所に決まってるじゃん。
「ちょっと待って、タイムタイム。せ、拙者は敵ではござらぬゆえ、そんな怖い顔で睨まないでもろて……」
 声の主は物陰から姿を見せる。
 長身痩躯に青い炎の髪。整った顔立ちながら顔色は悪く、猫背でどこか自信なさげな立ち姿。
「タンクがいなきゃ、ボス討伐クエは始められない。これでようやく突入準備が整いましたわ」
 イグニハイド寮の寮長にして、嘆きの島の番人の末裔。非政府組織『S.T.Y.X.』の所長子息であり、魔導工学の天才。
「前座は終わり。いよいよメインイベントの始まりだ!」
 イデア・シュラウド先輩は、そう自信満々に言ってニヤリと笑った。


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