7−2:疾紅の戦鬼


「……ユウ、起きろ」
 肩を揺さぶられる感触で、意識を取り戻す。
 また何もない真っ暗闇の中だ。お互いの姿はちゃんと見えるし足下もしっかりしているけど、音は響かず果ては見えない。
「またこの真っ暗で寒いトコに来ちまったんだゾ~」
「ええい、情けない声を出すな!リリア様を見つけだし、これが夢だと気づいていただければ、元いた場所に戻れるはずだ」
「ああ……そうだな」
 元いた場所に戻っても、という気はするけどなぁ。今は言うまい。
「ユウ。魔石器を出せ」
「ん?……今回は光ってないね」
「何だと!?」
 取り出した魔石器は光を放ってない。そういえば何で光る事があるのかよくわかんないんだよなぁ。
「今回は仕事する気無い感じかな」
「道具が持ち主に似てしまったのか……嘆かわしい……」
「魔石器も休みは欲しいよね。こんなしょっちゅう『闇』に飲まれて行き先を示してくれとか、クソだるいわって感じなんじゃない?」
 僕たちのやり取りを見ていたシルバー先輩は首を傾げる。
「……ユウのそれは、鍛冶場の妖精から譲り受けたものだったな」
「そうですね」
「シルバーを助けに行く時は、シルバーのいる方向に光を飛ばして教えてくれたんだゾ」
「セベクの時は、これが外に引き上げてくれたんです」
「なるほど……」
 シルバー先輩は首元を探り、あの指輪を取り出す。指輪はうっすらと虹色の光を放っていて、相変わらず不思議な雰囲気。
 鎖に下げたままの指輪を、短剣にこつん、と軽く触れさせた。一瞬だけ指輪の虹色の光が強まり、次いで短剣も光り始める。
「おお、起動したぞ!」
「でもどうして?」
「わからない」
 即答されてしまった。指輪を出したのシルバー先輩なのに。
「……鍛冶場に行った時に話した事を覚えているか?」
「えっと……本来はヴァンルージュ先輩は来ていないんじゃないか、って話でしたっけ」
「そうだ。……思うにその魔石器は、現実では別の人物が受け取ったのではないだろうか」
「別の人物?」
「…………夜明けの騎士か!」
 セベクが声を上げれば、シルバー先輩も頷く。
 そっか、夜明けの騎士は野ばら城の包囲に加わるために風鳴き渓谷の西側まで来ている。その時に立ち寄った可能性もあるんだ。
「おそらく彼は……原因が誰であれ、魔獣に脅かされる妖精を見捨てるような事はしないはずだ。俺たちの時のように救助の礼として、この魔石器を受け取った可能性はある」
「『銀の梟』があの場を包囲していたのに?……いやだが、そうか。あの男は水路でも、リリア様と卵様に逃げろと言ったな」
「彼の立場なら、『銀の梟』の包囲も解く事が出来るだろう。……あの場での俺たちの行いは、彼の行動をなぞったような結果になっていたのかもしれないな」
「う、うぬぬ~~……」
 セベクは面白くなさそう。まぁ、妖精側からすればそうなるよね。
「持ち主が同じだから共鳴して、お互いの居場所を示してたって事かな」
「そうかもしれない」
「……じゃあ、リリアを探すには役に立たないんじゃねーか?」
「それも、そうかもしれないな……」
「わざわざ起動させた意味がない……」
「まぁ、物は試しだ。尋ねてみよう」
 セベクが魔石器を撫でて語りかける。
「魔石器よ。リリア様の居所を教えてくれ」
 声に応えるように、光の糸が真っ直ぐに伸びていく。顔を見合わせ、とりあえず頷いて、糸を追うように歩き出した。
 しばらくは無言で、何も変わらない景色を歩き続ける。
「俺は……初めて知った。親父殿が右大将を退いたのには、あんな深刻な理由があったなんて」
 シルバー先輩がぽつりと呟く。誰も、すぐには言葉が出ない。
「……実は、リリア様に弟子入りした頃からずっと疑問に思っていた」
 少しだけ沈黙の時間を置いて、セベクが口を開く。
「退役した重鎮は竜の都のそばに大きな屋敷を構えている事がほとんどだろう?なのに、お祖父様が国の英雄と尊敬し、若様が家族同然と慕うお方が、あんなに王都から離れた森の中に、隠れるように住んでおられる。それは一体何故なのだろうと」
「親父殿はいつも『王都の空気は肌に合わない』と言っていた。それに、俺を王都に連れて行く事もしなかったし……だから俺は、てっきり自然の中で穏やかに暮らすのが好きなひとなんだろうとばかり……」
 大人たちがそれを問題にしていなければ、子どもたちは何となく疑問を飲み込んでしまう事もある。聡い子どもなら尚の事。大人たちの『話したくない空気』を、察していたのだろう。
「しかしマレウス様が幼少の砌からおふたりに交流はあったようだ。それに俺が物心ついてからも、何度か女王陛下やマレウス様のお召しで登城していた」
「リリア様が一線を退かれ、マレウス様がお生まれになるまでの二百年に一体何が……?」
「考えたってわかんねぇ事をぐだぐだ言っててもしょーがねぇ!とにかくリリアを捜すんだゾ!」
 痺れを切らした感じでグリムが声を上げる。それに驚いたみたいな感じで、短剣が眩く光った。
「うひゃあっ!?」
「何だ!?」
「あ、また電池切れかけみたいになってる」
「魔石器は電池切れは起こさん!!」
 そんなに怒らなくてもいいのに。
「……何か周囲に変化は無いか?」
「ええ?どこもかしこも真っ暗なままなんだゾ」
「いや、……誰かの話し声がする。こっちだ」
 シルバー先輩の先導に従って歩き出す。短剣の光も点滅を繰り返していた。やがてぽつんと、虹色の光の玉が浮いている場所に辿り着く。僕たちが来るのを待っていたみたいに、光が広がって景色が変わった。
 見えたのは、さっきまでいた竜の都の入り口。
 見張りの詰め所の中で、バウルさんとヴァンルージュ先輩が話していた。バウルさんは先ほどと同じ王宮近衛隊の甲冑姿、ヴァンルージュ先輩は武装の無いラフな服装だ。
 十年ぶりの再会の挨拶を交わし、バウルさんは安堵した様子だった。それに対し、ヴァンルージュ先輩の表情はやや険しい。
 どうやら、ヴァンルージュ先輩を竜の都に呼び出したのは女王陛下らしい。追放された彼の風当たりは十年経っても強く、日常的に葉書などを送っていたバウルさんが密使役になった、と。
 本題を求めるヴァンルージュ先輩を、バウルさんが案内する。
 少し複雑な道を通り、城の麓へとやってきて、長い階段を登る。
 鳥籠のような形をした細長い塔を、二人は真下から見上げた。
 揺籃の塔。
 やむを得ない事情で王族が卵を抱けない時に、一時的に卵を預けるための揺りかごだとバウルさんは説明した。塔は城とも繋がっており、竜の魔力を送り込む事が可能となっている。今はツノ太郎の卵が眠っており、女王マレフィシアが魔力と愛情を送っていた。
 本来の手順と異なるので孵化に時間がかかると見られていたが、それ以上の問題が生じたとバウルさんは切り出す。
 卵が女王からの魔力を受け取らなくなったのだ。
 緩やかながら続いていた成長は止まり、このままでは遠からず卵は星に還ってしまう。
 国中の医者が診て手を尽くしたが、改善はされない。卵がわずかしか魔力を受け取らないため、女王はより多くの魔力を注ぎ込んでおり、高齢の彼女には大きな負担となっている。
 十年の間に茨の谷と名前を変えた妖精の住処は、未だ混乱の渦中にあり、周辺諸国との緊張状態も続いている。女王は卵に付きっきりになる事は出来ない。
 そこで、かつては『竜の懐刀』と呼ばれたヴァンルージュ先輩に白羽の矢が立った。元老員や貴族は嫌っているが、女王マレフィシアはヴァンルージュ先輩に信頼を寄せている。勿論、バウルさんも。
 外つ国……外国へと渡り、ドラゴンの卵を孵す方法を探してきてほしいと、バウルさんは伝えた。
 周辺諸国と緊張状態にあるのだから、茨の谷の妖精が正式に人間の国に渡る手段など、本来は無い。が、何事も抜け道は作られるもの。そうしたものも利用する、危険が伴い手段を問わない旅路となる事を、バウルさんは示していた。
 こんな危険な役割をやりたがる者など、普通はいない。
 しかし、ヴァンルージュ先輩には、引き受ける理由がある。
 ツノ太郎の卵は、愛する姫君から託されたもの。
 愛した者たちの大切な忘れ形見。
 忘れようにも忘れられない、彼女の最後の言葉を思い出せば、こみ上げるものを無視も出来なかったのだろう。
 長い沈黙の後、深々と息を吐いたヴァンルージュ先輩は、旅にでる『ついでに』調べる事を了承した。過度な期待はするな、なんて釘を刺したものの、バウルさんはとても嬉しそうだった。
『……もしお前が孵化する前に星に還れば、いずれ俺が星に還った時、お前の両親にどやされる』
 遠く遠く、塔の上で眠る卵に、ヴァンルージュ先輩は語りかける。
『だから絶対にくたばるんじゃねぇぞ……マレウス』
 呼びかけに応えるように、卵がうっすらと光った。
 景色が薄れていく。周囲があっという間に暗闇に戻った。
「……そうか。親父殿が世界を旅していたのは、マレウス様を孵す方法を探すため……」
「四百年前……今よりも多種族に対して偏見が多かった時代だ。楽な旅ではなかったはず」
「一体親父殿は、どんな旅をしたんだろう?」
 シルバー先輩の疑問に応じるように、魔石器から光の糸が放たれる。
 きっとシルバー先輩が『闇』に囚われた時のように、彼の思い出を見せてくれるのだろう。

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