1:癇癪女王の迷路庭園



 鏡を通り過ぎた辺りで魔法が解けたらしく、三人揃って元の制服姿に戻る。グリムのリボンも元通りで、ちょっと残念そうにしていた。
 オンボロ寮に戻れば、首輪付きの生徒が三人に増えた事にゴーストたちは爆笑した。憤慨するグリムも火が出せないから怖くない。
『大変だね~。あの規則を全部覚えてる寮長なんて、歴代でも数えるほどしかいないだろうに~』
「俺らの運がめちゃくちゃ悪いって事かよ」
『有り体に言えばそういう事じゃな』
 紅茶のポットを用意しながら、年嵩のゴーストが頷いている。エースの八つ当たりのパンチがすり抜けた。
『ユウもよく頑張ったね。みんなで作ったタルトを取り返せてよかったじゃない』
「うん、そこだけはよくやったんだゾ、子分」
 思わず苦笑した。とはいえ、この寮には冷蔵庫がない。作ってからの経過時間を考えると、もう今日中に食べないと悪くなってしまうだろう。
 一つはチェーニャという人が持って行ってしまったから、残り二つ。それを四人で分けても、一人の分担はホールの半分。グリムはご機嫌でかぶりついているが、食べ終わった後が心配でならない。
『紅茶の砂糖は入れとらんぞ。頑張れ、若者よ』
 エースが口に運んだのを皮切りに、デュースも僕も食べ始めた。一晩経ってしっとりと味が馴染み、焼きたてとはまた違った味わいがある。この喜びがいつまで続くかが問題だ。
「……この後どうする?」
 デュースが口火を切る。エースは目をつりあげた。
「もちろん、トレイ先輩に話を聞きに行く」
 でも、謝って寮に戻してもらうなんて絶対に嫌だと、続けて宣言する。
「意地っ張りだなぁ……」
「だってムカつくだろ!?こっちの事情なんか聞きゃあしないで、わけわかんねールールで全否定だぜ!?」
「マロンタルトを発案したクローバー先輩はお咎めなし、だしな」
「あのチェーニャってヤツの言う事がホントなら、寮長と先輩は幼なじみなんだろ?身内を贔屓したって事じゃん」
「どうなんだろ。実行と発案が逆だったら、クローバー先輩がシメられてた気もするけど」
 ただまぁ、あの呟きが本心ならクローバー先輩の『油断』がこの事態を招いたも同然なので、許し難い気持ちは自分にもある。
 一方でローズハート寮長については、判断しかねる部分もあった。実際に怒り狂う姿を見たし視野の狭さは感じるけど、あの『ハートの女王の法律』が本当にそのままの内容で存在し、あの無秩序を全部覚えているのなら、覚えきれない寮生に苛立ちを覚えるのも仕方ないのかもしれない。
「……なんか寮長の肩持ってねぇ?」
「んー、もし本当に寮生をいじめて喜ぶような性格だったら、僕の提案なんか無視して、目の前でマロンタルトぐしゃぐしゃに潰すぐらいするんじゃないかって」
「そこまでされたら、オレ殴りかかってたわ」
「うん、僕も加勢してたと思う」
「オレ様もひっかいてかみついてやるんだゾ」
 三人そろって血の気が多い。でも多分そこに僕も加わってたと思うので人の事は言えない。
「でも、僕の言葉は一応聞いてくれた。嫌味は言われたけど」
「そう!知らないからって何言っても許されるワケじゃなくね!?」
「エースがそれ言う?」
 思わずツッコむとエースが口ごもった。
「怒ってくれるのは嬉しいけど、大事なのはそこじゃないよ。エースがどうしたいかだから」
「寮長に『ボクが間違ってましたごめんなさい』って謝らせる」
「めちゃくちゃ具体的だな」
「即答だったゾ」
「こっちは誠意を踏みにじられてんだ、それぐらいしてもらわねーと」
 エースは鼻息荒く言う。
「こっちの気持ちを解ってもらうには、向こうに聞く耳を持ってもらう必要があるわけだけど」
「……無理な気がしてきた」
 冷静に話せば分かってくれるはず、という希望は先ほど無惨に砕かれてしまった。直接訴えようと手紙に認めようと、謝罪以外は受け取らない、ぐらい言いそう。
「だったらやっぱ、クローバー先輩に話聞きに行こうぜ」
 エースは真剣に提案する。
「幼なじみって事は弱点の一つや二つ知ってるかもだろ」
「……そういうもんかなぁ」
「敵を攻略するには情報収集が大事だろ。弱点は知らなくても、ヒントぐらいあるかもだし」
「僕もエースの案に賛成だな。……弱点とかはともかく、クローバー先輩が何を考えているかは知りたい」
 デュースも真面目な顔で頷いた。
「寮長のあの姿を、幼なじみで副寮長の先輩はどんな気持ちで見ているんだろう」
「どんなって、首をはねられるのが怖いだけだろ」
「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないだろ」
 デュースの言わんとする所も何となく分かる。その疑問が解決した所で何も状況は変わらないと言えばそうだけど、心情的な納得は判断にも影響するし、無視できない。
「でも、トレイと話すとして、どこで話すんだ?」
 グリムが純粋に疑問を口にする。
「ハーツラビュルに行っても中には入れないんだろ、学校行った時に捕まえるのか?」
「言われてみれば……そうだな」
「オレ、それちょっと考えある」
 エースが挙手する。手で発言の先を促した。
「トレイ先輩、マロンタルト作る時にケーキのレシピ本出してただろ。アレ、学校の図書室の本なんだって」
「ああ、そういえば時々見てたな」
「それがどうかしたのか?」
「お前らが購買行ってる間、トレイ先輩と喋ってたんだけど『返却期限が近い』って言ってたんだよね」
 エースは得意げに笑っているが、デュースもグリムもピンと来ていない。
「それで?」
「寮長が食べたがってたマロンタルトを作るための本、でもプレゼントは大失敗、表紙を見ると悪い思い出が蘇る」
 すらすらと語る表情は自信満々だ。割と説得力があるのもスゴい所。
「返却期限が近いなら、もうとっとと返しちまおう、って気になると思わねえ?」
「……図書室で待ち伏せするのか?」
「先輩はパーティーの後かたづけも終わらせてから動くだろうから、今から張り込めば間に合うと思うぜ」
「じゃあ、急いだ方が良いね」
 ちらっとテーブルに視線を落とす。グリムは完食。デュースも二口くらい。エースがあと半分。僕が残り三分の一くらい。
 僕とデュースは示し合わせたように残りを頬張って紅茶で流し込む。
「お、お前らもっと味わえよ!」
「十分すぎるくらい味わったよ」
「今年分の栗食べたわ。大満足」
「オレ様が手伝ってやろうか?」
「いいです、オレの分はひとりで食う!」
 グリムの視線から庇うように皿を抱え込み、エースは大急ぎでマロンタルトを食べ始めた。


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