7−2:疾紅の戦鬼
「リリアのヤツ、どっちに行ったんだ!?」
「黒鱗城のある王都は茨の国の北だ。とにかく北へ向かおう」
北ってどっち?と口に出すのもアレなので、シルバー先輩に黙ってついていく。道らしい道も無いのに、シルバー先輩の足取りは確かだ。ついていけば間違いは無いだろう。
と、思ったらシルバー先輩が足を止め『静かに』と手振りで合図する。すぐにその理由は解った。
「捜せ、捜せー!」
「ドラゴンの卵を手に入れた者には褒賞が出るぞ!」
向かう先から『銀の梟』とおぼしき下卑た声が聞こえた。内容にみんなして顔をしかめる。
「卵に褒賞、だと?……なんてことを!」
竜をペットか家畜とでも思ってそうな発言だ。上がそう思っているからそうなのか、単純に今そこにいるヤツがそういう性質なのかはわかんないけど。
「親父殿とマレウス様には指一本触れさせない。ここで眠っていてもらおう」
シルバー先輩は冷ややかにそう言い放ち、立ち上がる。
まだ木が多い分、お互いの姿は見えづらい。それを利用して、シルバー先輩は声を出していたであろう『銀の梟』を見つけるや、背後からの奇襲で叩きのめした。動きが滑らかで鮮やか、迷いが無い。思わず拍手してしまう。
「褒められるようなものではないが……」
「いえ、なんていうか……お見事、と思って」
「これも親父殿の教えの賜物だな」
少し照れくさそうに笑う。
「こちらの戦力が少なく移動も制限される状況では、可能な限り各個撃破して数を減らしておかないと、後々包囲される危険性が高まる」
だから今後も、見つけ次第倒せそうな相手は倒していく、という考えのようだ。
真剣にそんな話をしていたかと思えば、困ったような笑みを浮かべる。
「こう思うと……口調こそ違うが、現役時代と言っている事自体はあまり変わっていなかったんだな、親父殿は」
多分、本人の経験則なんだろうなぁ。
「いたぞ、ヴァンルージュだ!」
和やかな空気が、どこからか聞こえたそんな声で一気に緊迫する。
「どっちから聞こえた!?」
「あっちなんだゾ!!」
「急ごう!」
揃って走り出す。確かに、草の動く音や金属の音が遠くから聞こえてきていた。どんどん近付いている。
喧噪が突然、歓声に変わった。嫌な予感しかしない。
茂みと木々の向こう、ほんの少し傾斜が下りている先の方に、地面に倒れているヴァンルージュ先輩の姿が見えた。それを取り囲む『銀の梟』が七人。
「……これが竜の懐刀と恐れられた茨の国の右大将か」
「まるで地に落ちて飛び立つ事も叶わぬ小さな蝙蝠だ。憐れで涙が出てくる」
飛びかかるタイミングを測る。向こうは勝った気になって油断している。その油断を利用して最大限へし折りたいところ。
「さあ、観念してその卵を渡せ。そうすれば命だけは助けてやろう」
兵士の言葉に対し、ヴァンルージュ先輩は威嚇の声を上げた。一気に空気が剣呑になる。
「この期に及んで往生際の悪い……よほど力づくで奪われたいらしいな!」
周りの連中は剣を鞘にしまっている。リーダーらしき一人も随分と警戒の無い動きだった。
「騎士の情けだ。一撃で終わらせてやる」
シルバー先輩が駆け出す。ヴァンルージュ先輩を庇う位置に立ちはだかり、剣を受け止めた。鍔迫り合いにもならずに押しのけられ、兵士は剣を構え直す。
「お前は、夜明けの騎士……いや違う!誰だ貴様は!名を名乗れ!」
「……俺の名は、シルバー」
別に馬鹿正直に名乗らなくてもいいのに。
先輩は厳しい目で『銀の梟』たちを見据えていた。警棒を構え、声を張り上げる。
「これ以上、貴様らの好きにさせはしない。さあ……剣を取れ!」
これには剣をしまっていた兵士たちも構えを正す。一人と油断してるっぽいな。名乗りまで上げてるわけだし。
ヴァンルージュ先輩は動けなさそう。庇ったまま七人は厳しいだろう。
「子分」
グリムが僕のズボンを引っ張る。前足でヴァンルージュ先輩たちの上辺りを示した。
「軽く投げるぐらいでいい?」
「おう!」
僕が指を組んでしゃがむと、グリムが素早く組まれた手の上に飛び乗る。後ろ足が力を溜めているのを確認して、睨み合う集団に狙いを定める。
「いくよ。いっせーの、せっ!」
「ふなぁああ~~~~~っっっ!!!!」
グリムが勇ましく吼える。……多分、勇ましいと思う。
その声に反応して、『銀の梟』の集中がシルバー先輩から逸れた。
グリムは無差別に火の玉を放つ。シルバー先輩とヴァンルージュ先輩には当たらないように、かつ、兜で視界の狭い顔面を狙った。仮に木や草に当たったとしても、この大雨なら火事になる事は無いだろう。
何人かが当たって怯み、また何人かが避けて距離を取り、一人は戸惑いながらも戦おうとして、即シルバー先輩に倒された。早い。
その間にグリムはヴァンルージュ先輩の傍にうまく着地した。これで防衛は多少マシになる。
後ずさって一番近くに来た兵士に、僕は後ろから襲いかかった。膝を蹴り、後ろに下がってきた頭を両手で殴りつける。当たりどころが悪かったようで伸びてしまった。可哀想に。
「な、仲間が潜んでいたのか!」
「落ち着け、子どもと魔獣ごときに……子どもと魔獣!?」
「子どもと魔獣じゃねー!最強の子分のユウと天才魔法士のグリム様だー!」
兵士の方は闖入者の異色ぶりに怯み、グリムは高らかに名乗りを上げる。喋る魔獣に、兵士が余計に混乱している。
その間にもシルバー先輩は容赦無い。もう二人片付いてる。僕も働かないと。
すでに四人倒したシルバー先輩と得体の知れない魔獣、武器の無い僕と見比べて、一番倒しやすそうな僕に狙いを定めた一人が剣を振り上げて襲ってくる。ギリギリまで引きつけてから懐に潜りこんで背後に回り、体当たりをかます。勢い余って木にぶつかった背中に蹴りを入れてもう一回ぶち当て、反動で戻ってきた頭を掴んで思いっきり叩きつけた。そこで兵士は脱力し、ずるずると地面に倒れ込む。流石に三回もぶつけると、割と細い木なのでだいぶ抉れた気がするなぁ。妖精さん、居たらごめんね。
僕が振り返ると、シルバー先輩は更に一人倒していた。残る一名は剣は握っているものの、完全に逃げ腰だ。逃げていないのは、最大の獲物であるヴァンルージュ先輩と竜の卵がそこにあるから。
そして一か八かの賭けにでも出たのか、情けない叫び声を上げながらヴァンルージュ先輩の方に走っていく。待ちかまえていたグリムに正面から顔に火の玉をぶつけられ、火に慌てて後ろを向いた所で僕に顎を蹴り上げられ、平衡感覚を失いよろめいた先でシルバー先輩に後頭部を警棒で殴られ昏倒する。可哀想。
「ヴァンルージュ殿!ご無事ですか!」
敵の沈黙を確認し、シルバー先輩は真っ先にヴァンルージュ先輩に駆け寄る。ヴァンルージュ先輩は怪我の具合が悪いのか苦しそうだが、少しほっとした顔をしていた。
「……お陰様で、なんとかな。首の皮一枚繋がったぜ……」
「ここに来るまでに、何度も『銀の梟』と遭遇しました。辺りにまだ潜伏している可能性は高い。すぐに移動しましょう」
シルバー先輩の提案に対し、ヴァンルージュ先輩は動かない。
「……シルバー、人間のてめぇに頼める義理じゃないが、聞いてくれ」
「え?」
「俺は、そう永くない……手も足も、ろくに言う事を聞きやがらねえ」
「は……な、何を……」
「頼む、この卵を……黒鱗城まで届けてくれ」
シルバー先輩は言われた事の理解を拒絶している様子だった。それでもヴァンルージュ先輩は真剣な表情で、大切な卵を差し出している。
「魔の山を正面に見て十時の方向に……この一帯を警備してる部隊の野営地がある。まず、そこを……目指すんだ」
「あなたを置いていけと言うんですか……?」
「お前にゃ聞こえてないだろうが、鉄の者の足音が近付いてきてる。怪我人を引きずって相手ができる数じゃねぇ」
連中にも、妖精たちの逃げる先は魔の山の向こうにある竜の都だと知られているのだろう。いずれここにも追っ手が通る、という事のようだ。
「奴らが来たら言ってやるよ……ドラゴンの卵は、邪魔になって谷底に捨ててやったとな。しばらくの時間稼ぎにはなるだろ……」
不敵に笑い、しかし最後には咳き込んだ。
ヴァンルージュ先輩は連中の標的だ。捕まればどういう扱いを受けるか想像がつく。
だけど戦闘員が極端に少ない状況で、歩く事も出来ない負傷者と危険な目に遭わせられない存在を連れ歩く難しさも理解できる。だから合理的に考えれば、ヴァンルージュ先輩の判断は正しいのだ。
でもきっと、それはシルバー先輩には正しくない。マレノア姫の判断が、ヴァンルージュ先輩にとって正しくないように。
「……わかりました」
と、思っていたからシルバー先輩の返事に面食らった。思わず顔を見たら、シルバー先輩も僕を見ていた。
「ユウ、マレウス様の卵を持っていてくれるか」
「えっ、僕がですか!?」
「ああ。お前しかいない。頼む」
文句のつけようがない美形にこんな事を真顔で言われて断れる人なんているだろうか。いやいない。絶対にいない。
シルバー先輩はヴァンルージュ先輩から受け取った卵を、そのまま僕に渡す。
見た目よりもずっしりと重たい。狩りゲーで運ぶ卵ってこんな感じなのかな。走るの怖いな、これ。
竜の卵は真っ黒な石のようでいて、黒い編み目っぽい模様があったり、表面はやっぱりキラキラしている。とても生命体が入っている見た目じゃないと思う。
「リリアが抱えてた時も思ってたけど、近くで見るとでっけぇ卵なんだゾ」
「……ここに、ツノ太郎がいるんだね」
ついさっきまで、マレノア姫の腕に抱かれて、命の危機なんて有り得なかった存在。
どうしていいか解らずに、なんとなく表面を撫でた。つるりとした手触りが感じられただけで、特に何も起こらない。
一方、シルバー先輩はヴァンルージュ先輩の真横に跪いた。
「ヴァンルージュ殿、失礼します。よっ……と」
「なっ!?てめぇ、何しやがる!」
軽々と背負われたヴァンルージュ先輩が声を荒らげる。
「まさか俺を背負って竜尾岳を登るつもりか!?無茶だ!いいからここに置いて……ッ!」
騒いで暴れたけど、傷が痛むのか息を詰める。その間もシルバー先輩は全く動じない。落としそう、とか危ない、とか全く感じない。ヴァンルージュ先輩が軽いのか、シルバー先輩が屈強なのか、あるいはその両方か。とにかく運ぶ事自体に問題はなさそうだ。
「大丈夫。俺は山育ちで、重い荷物を背負って山登りするのは慣れてます」
その言葉に嘘は無さそう。少なくとも、そう言われたら納得するぐらいの体力だし。
「『生きてさえいれば、後でどうにかなる』……俺の師匠の教えです。だから、生きる事を諦めちゃダメだ……絶対に!」
力強い言葉に、ヴァンルージュ先輩は少しだけ目を見開く。いつもの調子を取り戻して忌々しげな顔になったけど、気迫は足りていない。
「て、めぇ……この俺に、説教なんざ……うぅ……」
そう呟いたと思うと、ヴァンルージュ先輩の身体から見るからに力が抜けた。ずれた重心を戻して、シルバー先輩は息を吐く。
「リリアのヤツ、気を失っちまったみてーだな」
「今まで立っていられたのが不思議なくらいだ。しばらく休んでいてもらおう」
あとは敵に遭遇しなければ御の字なのだが、まぁ行き先がバレている以上、待ち伏せへの警戒は必要だろう。そして守るべきものがあるからには、敵の接近には更に警戒しないといけない。
「行こう、ふたりとも。親父殿とマレウス様を、黒鱗城へ届けるぞ!」