7−2:疾紅の戦鬼
どんどん雨が強くなる。雷は遠いみたいだけど、嵐には違いない。
ぬかるんだ道は足の力を奪う。夜になった今は気温も下がって、雨に濡れた身体を更に冷やしていく。
だけど足を止められない。止めれば最後、全部が台無しになってしまうかもしれない。
魔法で二人が灯す僅かな明かりで足跡を探し、山を上へ上へと登っていく。
「お前たちもっと急げ!足跡を見失ってしまう!」
「無茶言うんじゃねぇ!オレ様、コレ以上は速く走れねぇんだゾ!」
グリムの疲労も色濃い。身体の大きさが違うんだから消耗する体力も違って当然だ。抱っこして動く体力が僕にも無いし。
セベクとシルバー先輩も、さっき全力で喧嘩なんかしてたから相当疲労しているはずだ。夢の中なんだからもう少し融通利かせてくれてもいいのに。それとも、現実でやったらとっくの昔にぶっ倒れてるぐらいの道のりなのだろうか。
「セベク、さっきシルバーを捜してた時の魔法は使えねーのか?アレ、ズバババーッ!って光りながらすげぇスピードで移動してたんだゾ」
「『迅雷一閃』の事か?」
「あの魔法は俺も初めて見た。ユニーク魔法、いつの間に修得したんだ?」
「貴様が学園に入学し、茨の谷で一人で特訓していた頃……若様の有事の際に、誰より速く駆けつけるべく努力を続ける中で、きっかけを掴んだ」
そうか。セベクは一年生だから、他の三人と接する事が出来ない期間が一年あったんだ。それで親しいシルバー先輩も知らなかったと。なるほどなぁ。
「だが……まだ『修得』というには程遠い」
セベクの表情は険しい。
「アレは自分の身体を雷に変換し、移動や攻撃を行う魔法だ。しかし……まだ練度が低いせいで、一度使うと暫く身体にダメージが残ってしまう」
凄くざっくりと言えば転移魔法の応用、って感じかな。
途中で分裂出来ないかとか金網とか鉄格子はすり抜けられるかとか、いろいろ気になる。とにかく攻撃力と衝撃はかなりありそうだったし、何より速度が凄まじい。
ただ、移動手段として用いるにはデメリットが際立つ。こと戦闘中においては『相手を確実に一撃で沈められる状態』か『周りの人間が動けない間のサポートが出来る状況』でないと実戦では厳しいかもしれない。
デュースの『しっぺ返し』と近いと言えば近いかな。トドメ向き、という意味で。あちらはダメージを蓄積して且つ倒れない必要がある、こっちは行動後に反動ダメージを食らう、と、どちらもダメージ管理と戦況を見極める目が必要になる。
まぁ、デュースの『しっぺ返し』は間違いなく戦闘用だけど、セベクの方は高速移動としての役割もあるからその辺も踏まえるとだいぶ違う。面白いなぁ、ユニーク魔法。
「さっきは相手が寝ぼけたシルバーだったから良かったものの、もし敵であればダメージが回復するまで待ってはくれない。今あの魔法を使ってリリア様に追いついたところで、その場でお荷物になってしまうだろう」
セベクが悔しそうに顔を俯ける。
「本当は、自分のものにするまで人前で使う予定ではなかった。よりによって寝坊すけを叩き起こすために使う羽目になるとは……」
「それは……すまなかった。だが、お前らしいユニーク魔法だ」
「セベクが躊躇わないで使ってくれたから、こうして無事にシルバー先輩と合流も出来たワケだし」
「ああ。本当に感謝している」
シルバー先輩に言われて、セベクはそっぽ向いた。照れてんじゃん。
「……夢の中なのだから、大成功したっていいだろうに……まったく……」
呟きが聞こえて、シルバー先輩と顔を見合わせて苦笑する。
まぁ、夢の中でも真面目なのは良い事だよね。
山道は段々と険しさを増してきた。人が通らない所を歩いているから、木も草も好き勝手生い茂ってて視界も悪い。土がむき出しのところが多くて足跡がちゃんと残っているのが唯一の救いだ。それも雨で土が流されて輪郭がぼやけてきてるから、気を抜くと見失ってしまいそう。
「……親父殿の夢に渡ってから、ずっと考えていた事がある」
ぽつりとシルバー先輩が呟く。
「マレウス様の魔法によって見せられている夢なのに、何故この夢の中では辛い事ばかり起こるのだろう、と」
「言われてみれば、ずっとピンチの連続ですね」
「セベクが見ていた夢では、親父殿とマレウス様が共に学外研修へ向かう事になっていた」
それはセベクにとって幸せな夢。不都合な現実を排除し、彼なりに道理を通した上で望ましい未来を示した物語。
「マレウス様の言葉の通りなら、魔法による眠りの中では本人にとって幸せな……都合のいい夢をずっと見ていられるはず」
でも、実際に僕たちが見ているヴァンルージュ先輩の夢は、とてもそうとは感じられない。行方不明になったレヴァーンさんの痕跡は見つからず、『銀の梟』には出し抜かれ、マレノア姫の説得には失敗した。
「ならば親父殿は、人間たちと争う事もなく、マレウス様のご両親もご健在のまま、茨の国が大国のまま存続している夢を見ていてもいいはずだ」
「ふむ……確かに一理あるな」
「マレウス様は俺たちの夢を監視し……統治していると言っていた。俺たちの存在に気づいているなら、セベクの時のようにすぐに排除されてもおかしくないはず」
頷きながらもセベクが唸る。
「……これはあくまで予想だが、マレウス様は何らかの原因によってリリア様の夢を監視できていないのかもしれない」
「有り得るな」
シルバー先輩も頷く。
もしかしたらこれもツノ太郎の魔法を攻略するヒントになるかもなぁ。ツノ太郎の監視は僕たち、あるいは本人が思っているほど万能でも行き届いてもないのかもしれない。
とはいえ本当に切れっぱしみたいなヒントだ。これだけじゃ何も出来ない。
「なんとかして親父殿に夢から醒めてもらい、助力を得たいところだが……」
二人が同時に顔を上げる。その反応を見て耳を澄まし、雨音でも雷の音でもない、不自然に連続した金属音に気づいた。
誰かいる。
「この剣戟の音は!」
「近いぞ、急ごう!」
頷いて音の方に走り出した。身を隠すとか構っていられない。ここで分からなくなったら本末転倒だ。
「いたぞっ!鉄の者に囲まれている!」
セベクがいち早く声を上げる。彼の見ている方向を見れば、王宮近衛隊の兵士が二人、五人の『銀の梟』と戦っている。ヴァンルージュ先輩とバウルさんの姿は見えないけど、彼らが何か知っているかもしれない。
一方、『銀の梟』はこちらを振り返った。僕たちが人間であると気づいた様子はない。
「新手か!」
「何人来ようと同じ事。お前たちに勝利の道はない!」
「剣を捨て降伏しろ!」
居丈高なばかりの命令をグリムが鼻で笑う。
「ナイトレイブンカレッジ生の辞書に降伏と反省の文字はねーんだゾ!」
「それはちょっと語弊がある気がするけどね!?」
「やっちまえ~!ふな~~!」
グリムの広範囲に広がる炎が『銀の梟』を怯ませる。鉄の鎧じゃ炎の熱までは防げないもんね。この時代じゃ防魔加工もあまり浸透してないだろうし。
その隙にセベクとシルバー先輩、近衛兵の二人も『銀の梟』に襲いかかった。五人があっという間に地面に転がって動かなくなる。
「ヴァンルージュ殿とバウル殿はどこに!」
「……卵様と共に上に向かわれた。お二人はここで足止め役を担ったと……」
シルバー先輩の問いに答えた兵士の言葉を、セベクが訳す。その表情が兵士の言葉で更に曇る。
「えっ。……し、しかし……!」
困惑するセベクに、尚も兵士たちは言葉を続ける。そして彼の肩を励ますように力強く叩いた。
「……分かりました。必ずやリリア様と卵様を王都へ送り届けます。皆様もどうぞご無事で!」
どうやら、ここは任せて先に行け、と言われたようだ。残る兵士たちに一礼して、彼らの示した方角へ進む。
そうして進み始めてすぐに、セベクが目を見開いて止まった。
「どうしたんだゾ、セベク」
グリムの質問には答えず、セベクは少し大きな気の根本に目を向けた。そこにくすぶるように揺らめいていた小さな光の粒が、僕たちを待っていたように形を変える。
「キラキラが矢印になった。魔法の目印なんだゾ!」
「この魔力……間違いない、お祖父様だ」
逃げながらとっさに、妖精にしか分からないように目印を残してくれていたようだ。セベクは少しだけ嬉しそうな顔をしたけど、すぐに表情を引き締める。
「僕たちが追いつくと信じてくれている……急ぐぞ!」
所々に残された矢印を追いかけて走る。余裕があったわけではないだろうに、結構こまめに矢印がつけられていた。おかげで迷う暇が無い。
次の矢印を探している所で、大きな音と共に地面が揺れた。何かが倒れたような、木の枝が折れる音も聞こえた気がする。顔を見合わせる余裕さえなく、全員が音の方向に足を向けた。
「我が名はバウル・ジグボルト!!誇り高き茨の国の王宮近衛兵がひとりである!!」
程なく高らかな名乗りが聞こえてくる。この大雨の中で、余裕で聞き取れる声量だ。もしかしたら陽動の意図もあるのかもしれない。
「我が斧の曇りとなりたい者は前へ出ろ!ひとり残らず丸呑みにしてくれる!」
バウルさんの言葉に続いて、人間が雄叫びを上げる。かなり数が多い。もしバウルさんが一人で戦っているなら、めちゃくちゃ不利だ。
セベクが雄叫びを上げて、『銀の梟』の一人に斬りかかる。次いでシルバー先輩も、グリムも応戦に入った。
背後からの奇襲に『銀の梟』は戸惑い、バウルさんへの攻撃も止めた。
「後ろから急に新手が!?」
「に、人間!?なぜ妖精の味方を……!?」
「人間も妖精も関係ない!僕たちはただ、貴様らが気に入らん!だから戦うのだ!!」
「そーだそーだ!気に入らねーヤツは誰が相手でもぶっとばす!それがナイトレイブンカレッジ流なんだゾ!」
「それも語弊があると思うんだけどなぁ!」
思わずツッコミを入れつつ、地面に転がっていた『銀の梟』のやたらでかい杖を拾い上げる。こちらに襲いかかってきた兵士の剣を重い杖の先端で薙ぎ払い、更に頭へ全力で振った。避けようとしてバランスを崩したところで腹部を突き、身体が折り曲がった所で上から思いっきり頭を殴る。さすがに動かなくなった。
「……棒術の稽古も受けておけばよかったなー……」
力任せで無駄が多い。良くない。
現に僕が一人倒している間に、もう十人くらい地面に倒れている。グリムもすっかりシルバー先輩たちとの連携に慣れたみたい。まぁ助かる事なんだけど。
一方、残りの兵士はこちらを警戒しながらも逃げ腰だ。
「態勢を立て直すぞ、一時退却!」
隊長らしき一人が声を上げると、一斉に山の下の方に向かって逃げていった。
「あっ、アイツら逃げていくぞ!」
「仲間を呼ばれると厄介だな……だが、深追いは命取り。そして今は、バウル殿の手当が先決だ」
シルバー先輩がそう言った時には、セベクがバウルさんに駆け寄っている。
「バウル様!遅くなりました!」
「お、お前たち……」
倒れた巨木に手をついて立っていたバウルさんは、驚いた様子で僕たちを見ていた。その身体が呻き声と共に傾くと、慌ててセベクが彼の身体を支える。
ここまでに何度も戦っていたのだろう。全身を覆う鎧のせいで具体的な負傷の具合は分かりづらいが、その鎧も見るからに傷だらけだ。魔法薬を飲んで少し落ち着いた様子はあったけど、出来たらもう休ませたいレベル。
しかし状況はそれを許してくれそうにない。
甲高い笛の音が近くで聞こえる。全員に緊張が走った。
「この笛の音、『銀の梟』が仲間を呼んでるんじゃねーか!?」
「急いで移動しよう。バウル様、どうぞ僕の肩に!」
「私はここに残る。……敵の相手をせねばならぬからな」
そう答えるだろうなと思ってはいた。いたけど、それを飲み込むには躊躇いがある。
だけど時間も無い。
「お前たちは右大将殿を追ってくれ」
「そんな……あなたを置いては行けません!」
「くどい!私は貴様らの助けなど要らないと言っているのだ!」
セベクに怒鳴り返し、すぐに咳きこむ。
この状態で敵の足止めなど出来るとは思えない。さっきの人数がまた来たら、最悪の結果が想定される。
それが理解できないほど子どもじゃないし、我慢して進めるほど大人でもない。
血の繋がりがあるセベクは特にそうじゃないだろうか。
と思って彼の顔を見れば、難しい顔で考え込んでいるように見えた。数秒と経たず目を開き、シルバー先輩を振り返る。
「シルバー、グリム、ユウ。お前たちは先に行け」
「えっ!?」
「僕はここに残り、バウル様と共に『銀の梟』どもの足止めをする」
その目に迷いは無い。浅い主張を無理して掲げているような、幼い意地でもない。
「何だって!?いくらお前とバウル殿でも……それに、これ以上親父殿と距離が離れれば何が起きるか、俺にもわからないぞ」
「迷っている暇はない!!!!」
心配そうなシルバー先輩を一喝する。
「リリア様は大きな卵様を抱え、不自由な状態でいらっしゃる。さっさと行け!そして守れ!お前の大切なものを!」
ただ騒がしいだけの怒鳴り声ではない。聞く者に力を与える、力強い叱咤激励の声だ。
「僕は……僕の大切なものを守る!!」
「セベク……」
「僕を馬鹿にするなよ、シルバー。早々に敵を片付け、貴様らに追いついてみせる」
「……わかった」
シルバー先輩が頷く。
「ヴァンルージュ様はどちらに向かわれましたか?」
「……この木の向こうに」
どうやらこのでかい木はバウルさんが倒したらしい。根本が不自然に抉れている。乗り越えようとすると両手が塞がるぐらいの太さで、バウルさんの魔石器の一撃がどれほどのものかを思い知らされる。
「ユウ殿。……右大将殿を頼みます」
「竜の都までに必ず合流してくださいね。……ご武運を」
バウルさんに手を差し出され、しっかり両手で握り返す。短い握手だったけど、バウルさんは微笑んでくれた。
「ユウ、グリムともども、シルバーの足を引っ張らないようにな」
「出来る事はするよ。そっちも気をつけてね」
「オメーこそ、気合い入れろよ!先に行ってるからな!」
木の幹を乗り越えて、行く先を見上げる。多分、ヴァンルージュ先輩に目印を残す余力はない。雨で視界も悪いし音も聞こえにくい。
それでも行くしかない。夢の主から離れすぎないために。
「行こう、ユウ、グリム!」