7−2:疾紅の戦鬼


 行く先に現れる虹色の光は、その後もセベクとシルバー先輩にまつわる思い出を見せてくれた。
 セベクが初めてヴァンルージュ先輩の家を訪ね、シルバー先輩と対面した日。
 幼い二人が一生懸命、剣の鍛錬をする姿。
 ヴァンルージュ先輩の感覚的な魔法指導に、ツノ太郎が補足して導いている場面。
 ナイトレイブンカレッジにツノ太郎とヴァンルージュ先輩が入学すると知らされた時の会話。
 ひとつひとつ、薄紙に包まれたとっておきのお菓子を開いて口にするように、甘く幸福な日々の思い出を目にしている。過ごした日々が間違いなく幸せであった事が伝わってくる。当事者のセベクはより強く感じている事だろう。
「……みんな、幸せそうだね」
「…………むう……」
 セベクは難しい顔で黙り込んだ。
「……うううううう!」
 と思ったら唸りだした。
「なんだ、どーした?腹でも痛ぇのか?」
「違うッ!腹が立ってきたのだ!」
「え、今の映像に怒るトコあった?」
「それも違う!シルバーにだ!」
 ますます意味が分からんのだが。
「アイツは、茨の谷の伝説の英雄と謳われた右大将殿に、おしめをかえさせていたのだぞ!!」
 キレるポイントがワケ解らん事になってる。
「リリア様は僕の父に、何度も人間の育て方について教えを乞いに来たそうだ」
 人間であれば常識であろう反応や変化も、妖精からすれば理解の及ばない部分らしい。自身も人間であり、子育ての経験者であるセベクの父親が身近にいた事は、ヴァンルージュ先輩にとって大きな助けになった事だろう。
「あの天下無双の近衛隊右大将殿が、右も左もわからん人間の子育てに悪戦苦闘なされて……それでも、ずっと一緒にいた。十七年も!」
 現代のヴァンルージュ先輩はともかく、昔のヴァンルージュ先輩の姿を見た後だとにわかには信じがたい。勝手も分からない面倒な仕事を根気強く続けるタイプにはとても見えなかった。
 でも事実として、ヴァンルージュ先輩は赤ん坊からシルバー先輩を育て上げた。育てられたシルバー先輩の方は、ヴァンルージュ先輩を『親父殿』と呼び慕うほどに彼を家族として愛している。種族の違いなど関係なく。
「なのにアイツは!なんで……!」
 セベクは悔しそうに拳を震わせている。
「ぐぬぬ~~~~っ!やはり一言ガツンと言ってやらねば気が済まん!」
「なあ、シルバーのヤツ、夜明けの騎士とそっくりだった事がそんなにショックだったのか?」
 グリムの方はまだシルバー先輩の気持ちにまで理解が及んでいない様子だった。いや僕もセベクほど親しいわけじゃないから、一般論の範囲を出ない推測しかないけど。
「……この場合はそういう事になるかな」
「説明をめんどくさがるな」
「だって、見た瞬間に『うわ、そっくり!』とは思ったけどさ、夜明けの騎士って四百年前の人でしょ?」
「まぁ、そうだな」
「声もそっくりだし同じ指輪を持ってるけど、指輪はどっかからシルバー先輩の実の両親のところに流れてきたかもしれないし、他人の空似で実は全く血の繋がりのない人間の可能性だってまだあると思う」
「……そうであったら、まだ救いがあるな」
「……望み薄な気もするけど」
「何でだ?」
「あの指輪は夜明けの騎士が妖精から貰ったものでしょ。シルバー先輩が全く何の関係もないなら、ピンチの時に助けてくれる理由が無い」
 ああいうアイテムは大概、選ばれた者の一族とかに反応するものだ。なんか知らんけど見ず知らずの赤の他人でも助けてくれる、と考えるより、過去の英雄の遺品が直系の子孫の求めに応えている、と考えた方がしっくりくる。
「つまり、シルバーは夜明けの騎士の子孫……って、それってなんかヤベーのか?何百年も昔の事じゃねーか」
「だがリリア様やお祖父様、そしてマレウス様にとって、夜明けの騎士は『過去の人間』ではない……のかもしれない」
 本人に聞いてみないと解らない。もしかしたら、聞いてもはぐらかされてしまうかもしれない。わざわざ口に出して聞く勇気なんて、僕なら絶対出ないけど。
「リリア様の夢を訪れてから、僕もずっと考えていた。僕の父の遠い祖先も、きっと……と」
 茨の国に攻め入って、妖精を蹂躙したものが先祖にいるかもしれない、という事。
 どんなに現代の自分たちが許せない振る舞いをしていても、彼らがいなくては自分たちが存在しないかもしれないという現実。
 これが口伝の曖昧な話ならまだ他人事でいられただろうが、僕たちはヴァンルージュ先輩の実体験らしきものを肌で体感しているような状況にある。
 割といろんな事に言えるけど、人から聞くのと目の前で見るのでは、受ける衝撃が段違いだ。
「だから、少しだけヤツの気持ちも分かる。しかし……だからといって、自分を責める必要などない。リリア様のお気持ちを考えれば尚更だ」
 ヴァンルージュ先輩なら、成長した彼を見て『夜明けの騎士に似ている』とは気づいただろう。それを本人に話す事も出来たと思う。
 それをしなかったのは、きっと『知る必要は無い』と思ったからだ。
 だって記憶がなくても彼を命がけで庇うほど、ヴァンルージュ先輩はシルバー先輩を大切に思っている。『お前は俺の愛する人を殺した仇の子孫です』なんて言うワケがない。
 ……こんな事がなければ、きっと一生、知る事も無かったはずなんだ。
「リリア様とシルバーは師弟であり、家族だ。分かっているのは、それだけでいい」
 セベクがぽつりと呟く。自分に言い聞かせるような声音だった。
「こんな暗い場所に閉じこもってうじうじしている暇はない。さっさとシルバーを見つけて活を入れねば!」
 自分にも気合いを入れたい様子で、セベクが声を張り上げる。……この大声でも響かないのだから、本当にこの闇の中は奇妙な空間だ。
 ふと、セベクが何かに気づいたように目を見開く。首を傾げて、僕たちを振り返った。
「……おい、お前たち。いま何か言ったか?」
「へ?オレ様たちは何も言ってねーんだゾ」
「空耳か?それにしては嫌にはっきり……」
 言い掛けた言葉を遮るように、短剣の放つ光が一瞬強くなった。何かを訴えるように点滅している。
「な、なななな何これ!?魔石器ってこんな機能あるの!?電池切れ!!??」
「んなわけあるかっ!!……近くにあるものに反応しているのではないか?」
「近くにあるものって?」
「わからないが……さっき聞こえた音とも関係があるかもしれない」
 セベクが静かに、とジェスチャーで指示を出す。それに従って黙れば、『闇』の中は何の音もしない。……はずだった。
 遠くの方から声が聞こえる。
「動物……いや、赤ん坊の泣き声か?」
「ほんとに聞こえるんだゾ!……でも、こんなトコに赤ん坊なんているわけねぇだろ」
「え、じゃあ、ゴースト……?」
「そうだとしても、何か手がかりになるかもしれない」
 セベクが僕の持ってる短剣に目を向ける。
「魔石器よ。行く先を示してくれ」
 その声に応えて魔石器の光の点滅は止まり、また細い光の糸が放たれた。さっき赤ん坊の泣き声がしていた方向に、光は伸びている。
 お互いに顔を見合わせ頷くと、声が聞こえるように出来るだけ静かに歩き始めた。
 最初はうっすらと聞こえていた泣き声は段々とはっきりした音に変わる。
「どんどん声が近くなる……どこだ?どこにいる?」
「あ!遠くの方でなんかピカッと光ったんだゾ!」
「なにっ!?」
 グリムの示した先に、見覚えのある虹色の光が見えた。光の糸も真っ直ぐそっちに向かっている。
 虹色の光にうっすらと照らされ、シルバー先輩の姿が見えた。今にも『闇』に呑み込まれてしまいそうなのに、抵抗する気配は無い。
「シルバー!!!!おい、しっかりしろ!僕の声が聞こえていないのか!?」
 声が聞こえた様子は無い。この空間、声が反響しないからどれぐらいの音が出せているか全く解らない。声が見えない何かに呑み込まれているみたいで頭がおかしくなりそう。
「やべぇ、すっかり『闇』に取り囲まれちまってるんだゾ!」
 シルバー先輩の姿が、徐々に下へ下へ沈んでいく。更なる闇の中へ落ちようとしている。
 走ろうとする僕たちの行く手を『闇』が遮った。シルバー先輩を取り戻させまいと、そして僕たちも呑み込もうと腕を伸ばしてくる。
 振り払っている間にも、シルバー先輩の姿は『闇』に呑まれていく。
「やっと見つけられたのに、このままじゃ……!」
「シルバー!目を覚ませ、シルバー!くそっ!あんなに遠くては魔法も届かない!」
「もう頭の先っぽしか出てねぇんだゾ!」
 セベクが苦悶の表情を浮かべ、ほんの一瞬だけ俯く。次に顔を上げた時には、覚悟が決まった顔になっていた。
「離れていろお前たち!感電するぞ!」
「ふなっ!?」
「は?」
「早く!!!!」
 そうは言っても、セベクの周りにも『闇』が迫ってくる。でもぐだぐだ言ってる余裕も時間も無い。
 賭けなら乗るしかない。
 後ろに迫っていた『闇』を何とか追い払って退路を確保し、セベクとの距離を一気に離す。その間にも、セベクの周りには魔法を使う時に出てくる白い光が舞っていた。
「……曇天を衝け、雷光よ!」
 短い詠唱の瞬間に、周囲の白い光が緑の雷光へと変わる。セベクを掴もうとした『闇』が、雷の熱に焼かれて霧散した。緑の雷はセベクの身を包み、その姿を雷そのものへと変えていく。
「『迅雷一閃』!!!!」
 詠唱が完成すると同時に、特大の雷光がシルバー先輩めがけて一直線に飛んでいった。行く手を塞ぐ『闇』を焼き払いながら、ひときわ眩く輝く。
「シルバーーーー!!!!いい加減目を覚ませ!この……ッ、寝坊すけがァーーー!!!!!!」
 そんな声が聞こえたのは、光が通り過ぎた後か先か。それすら曖昧になるぐらいに、全ての動きが一瞬で過ぎた。いきなり眩しい光に照らされたので、目がチカチカしている
「ふ、ふな……なんだったんだぁ……?」
「多分……セベクのユニーク魔法じゃないかなぁ……」
 僕の呟きに、グリムは目を丸くする。
「アイツ、ユニーク魔法使えたのか!?」
「そうみたいだね。……成功してるといいけど」
「オレ様たちもセベクを追いかけよう。……後ろに下がったら、シルバーまで見えなくなっちまった」
 頷く。短剣はまた光っているし、ちゃんと方向も示してくれている。多分、これに従って真っ直ぐ進めば合流できるはずだ。
 走っても走っても暗闇が続く。シルバー先輩の顔が見えていたからにはそんなに離れていなかったはずなのに、全く見つかる気がしない。
「あ、いた!」
 グリムが声を上げた瞬間に僕にも見えた。セベクもシルバー先輩もいる。
「なんで喧嘩してんの!?」
 思わず声を上げたが、二人は周囲の声なんか聞こえない様子で打ち合っていた。どちらも真剣だし、互角に見える。
「これで終わりだ!くらえッ!」
「はぁああッ!」
 セベクの宣言に、シルバー先輩も気迫で応える。僕たちはただ見守る事しか出来ない。
 二人の影が交差した。
 その一撃で決着はついたのだろう。耳が痛いほどの沈黙が流れる。
「勝負あったな……シルバー……」
 二人とも肩で息をしていた。セベクは不敵に笑い、シルバー先輩は真剣な表情でセベクを見つめている。
「……僕の……負け、だ…………」
 そう呟いたと思うと、セベクは膝から崩れて地面に倒れた。シルバー先輩の表情が悲愴なものに変わる。
「あ、ああ……俺はなんてことを!最後の一撃、わざと受けたのか!?セベク!」
「わざと、だと……?」
 セベクが起きあがる。見た目よりダメージ受けてなさそう。
「貴様……ッこの、阿呆がッ!!!!」
 怒りを露わに怒鳴りつけ、殴りかかるみたいにシルバー先輩を掴んだ。
「僕は負けるつもりなど毛頭なかった!今度こそ、今度こそ貴様に完勝してやるつもりで……本気で戦ったんだ!」
 セベクの言葉にきっと嘘は無い。シルバー先輩を元気づけるために手を抜くとか、絶対やらなそうだし。
「でも勝てなかった!畜生ッ!こんな悔しい事があるか!?」
「セベク……す、すまない。身体が勝手に……」
 謝るのは余計じゃないかなぁ、と思いつつ口には出さないでおく。グリムと一緒に二人を見守った。
「それほどの強さを持ちながら……愛されていなかっただと!?憎まれていただと!?」
 セベクはシルバー先輩の肩を揺さぶりながら怒鳴りつける。
「僕を……リリア様を馬鹿にするのも大概にしろ!!」
 シルバー先輩の目が驚きに見開かれた。セベクはそれを見て、怒りを落ち着けるように深呼吸し、手を離した。
「憎き仇の子だというなら、何も与えず、何も教えず、愚鈍な臆病者に育て、小間使いにでもすればいい」
 それもきっと復讐としては有効なのだろう。趣味が良いとは言えないけど。
「だが貴様はどうだ?孤立無援でも希望を棄てる事無く立ち上がった。王のご乱心に臆さず意見した。絶望の暗闇の中にあっても、戦い続けた!」
 セベクの言葉は力強い。真正面から彼の言葉を受け止めるシルバー先輩の目に、徐々に光が戻っている気がした。
「貴様をこれほど強い男に育てたのは誰だ?リリア様だろうがぁッ……!」
「……あ……」
「何故わからない?何故疑う?お前はとっくに知っているはずだ。お前の持つ強さを、リリア様の愛と呼ばずなんと呼ぶのだ!」
 時折涙を堪えるように喉を詰まらせながら、それでも想いの全てを言葉にして余す事なくシルバー先輩にぶつける。
「僕の、僕たちの師匠を二度と愚弄するな、シルバー!!」
 ついに堪えきれなくなったようで、セベクはずるずるとシルバー先輩の身体を滑るようにして地面に崩れ落ちていく。そのまま大声で泣き始めた。
「……そうだ。暗闇の中でも、ずっと聞こえていた」
 シルバー先輩がぽつりと呟く。
「立て、諦めるな、生きろ、と……親父殿の声が」
 声から悲しみや迷いが消えていた。セベクも泣きやんで彼の顔を見上げている。
「全て幻だと思っていたけれど……今、やっと解った」
 視界を狭める曇りは晴れたらしい。
「あの教えこそ、親父殿が俺を愛してくれた証。夢でも幻でもない……真実だ」
 力強い声音を聞いて、セベクが立ち上がる。鼻を鳴らしながら、シルバー先輩に向き直った。
「……ようやく理解したようだな。それで……お前はどうしたい」
「俺は」
 シルバー先輩は少し口ごもる。口にしようとした言葉を確かめるように眼を閉じて、開いた時には瞳に強い光が宿っていた。
「俺は幼い頃から、親父殿とマレウス様を守る騎士になるのが夢だった。その夢を叶えたい」
 はっきりと言い切った。聞いてるこっちが妙に照れくさくなってくるぐらい真剣だ。でも文句なしにかっこいい。
「悪い夢を終わらせて……おふたりの笑顔を取り戻す!」
 騎士を志す少年は、力強く宣言する。見習いであっても騎士であろうとする、その強い心が示された。
「俺はもう二度と迷わないぞ。どうか覚えておいてほしい、セベク」
「その言葉……違えるなよ!」
 どっかで見たようなやりとりを終えて、二人は不敵に笑いあう。
 一件落着。雨降って地固まる。
 微笑ましく思いつつ、行き先を示してくれた短剣を見れば、もう光は見えなかった。シルバー先輩と合流できたから仕事は終わり、って事かな。
 お疲れさま、の気持ちを込めて表面を撫でてから、ポケットに納めた。
「……ん?オイ、シルバー!オメーの服の中、また光ってるんだゾ!」
 グリムの声でシルバー先輩を見ると、また胸元にあの虹色の光が浮かんでいる。
「この光は……」
 次は何が起きるのか、と警戒する暇も無かった。
 突如、光が強くなる。眩しさで思わず腕で顔を覆った。
 次の瞬間、周りの空気が変わる。『闇』の中より寒くない、どこか清々しい空気。
 目を開けば、視界いっぱいに朝焼けの空が広がっていた。白い雲が光に照らされて色づき、鳥が列を成して飛び去っていく。
「あ、あなたは……!」
 驚いた様子のシルバー先輩の声が聞こえた。誰かの姿が見えたみたいなんだけど、僕からは何も見えなかった。
 確かめる暇もなく、またシルバー先輩から光が溢れてくる。その温もりにほっとしたのも束の間。
 一瞬で景色が変わり、自由落下が始まった。
「…………ぁぁぁぁぁぁああああああああーーーー!!!!」
 雨の空の中を四人揃って悲鳴を上げながら落ちていく。
 結構な衝撃と共に、ろくな受け身も取れずに着地した。
「うぐっ!」
「ぐはっ!」
「ぐえっ!」
「ふぎゃっ!」
 正直起きあがるのもしんどいけど、ぬかるんだ土の上にいるのも気持ち悪い。
 考える事は皆同じか、セベクたちも起きあがっていた。
「み、みんな無事か……?」
「なんとか……」
「ふなぁ……ココ、どこなんだゾ?」
 グリムが頭を振りながら尋ねる。言われて周りを確かめれば、立派なお城と、水路に沿って崩落して出来た大きな穴が見えた。
「……間違いない。僕たちが『闇』に呑まれた場所だ!戻ってきたぞ!」
「親父殿たちはどこへ?」
「闇夜の森へ向かわれたはずだ」
「急いで追いかけないと。また『闇』に襲われるなんてごめんだし」
 みんなも頷いて、森に向かって走り出す。
 ヴァンルージュ先輩と離れてどれぐらい経っただろう。早く合流しなくちゃ。
「みんな、地面を見ろ!」
 森へ差し掛かろうという所で、シルバー先輩が声を上げた。
 つられて地面を見れば、土の部分にいかにも重そうな足跡がたくさん残されている。一人や二人の数ではなさそう。
「この鉄靴の跡は……!」
「これは、『銀の梟』の!」
「森に入っていく所を見られたのかもしれない」
「親父殿たちが危ない。急いで追うぞ!」
 シルバー先輩の声にみんなが頷く。
 森に入れば、ただでさえ雨で視界が悪いのに、更に遮蔽物が多くなる。はぐれないように気をつけないと。
 向かう先が山の上という事もあって、なだらかに上り坂になっていた。ただでさえ休みなしで動いているのに勘弁してほしいところだけど、こればっかりは仕方ない。『足が止まったら死ぬ』ぐらいの覚悟でいかないとかもしれない。
 不意に、巨大な鳥の鳴き声のようなものが聞こえた。いや鳥なんてかわいいものじゃない。もっと猛々しく恐ろしい、力強い声だ。
 それを聞いたセベクが立ち止まり、悲しげな表情で野ばら城の方を振り返る。
「ああっ……マレノア様が!」
 その言葉でアレが竜の鳴き声だと知った。言われてみれば、ゲームに出てくる竜の鳴き声もあんな感じかも。現実で聞くといまいち解らないもんだなぁ。
「セベク、ちんたらしてんじゃねぇんだゾ!確か夢の主と離れすぎちゃいけねーんだろ!?」
「貴様に言われずとも!」
 グリムには当然だと返しながらも、表情は悔しそうに歪む。
「だが夢だとわかっていても……くそっ!」
 こんなリアルな夢の中で、割り切れって方が無理がある。顔も声も知ってしまった後だ。
 だけど、引き返しても過去は変えられない。託されたものを無駄にするわけにもいかない。
「辛いけど、行かないと」
「……ああ。この雨で足跡が流される前に、急ごう!」
 セベクは悔しそうな表情のまま強く頭を振り、乱れた髪を撫でつける。猛然と走り出す彼を追いかけた。

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