7−2:疾紅の戦鬼
冷たい空気が肌を刺す。
でもさっきよりも乾いているような、と気づいて、薄く目を開いた。
足下の地面は確かにあって、自分の姿も見えるのに、四方八方、どこを見ても何も見えない暗闇。……セベクの時と同じだ。
横を見れば、グリムとセベクが倒れている。セベクが掴んでくれたおかげで、はぐれないで済んだみたいだ。後でお礼言おう。
「グリム、セベク。起きて」
「う、んん……?」
「……ここは、『闇』の中か」
二人も程なく目を覚ます。何も無い景色を確認して、グリムはちょっと途方に暮れた顔になる。
「これ、一体どうやって出るんだゾ?」
「んー、シルバー先輩なら、あの指輪の力でどうにか逃げたりできそうな気がするけど……」
「そのシルバーが『闇』に呑まれてしまっているからな。……ここでヤツを探すほかあるまい」
「そうだね。同じ『闇』に呑まれてるんだから、探せばどこかにいるかもいれないし」
立ち上がって伸びをする。ここは外の雨は関係ないみたいだし、服も濡れてない。人探しも気楽なものだ。
「……ユウ。まただ」
「また?」
「うん?ユウのポケット、なんか光ってるんだゾ」
二人が指さすところを見れば、鍛冶場の妖精さんたちから預かった短剣がほんのり白く光っていた。
「そういえば、セベクと『闇』から出る時にも光ってたよね、これ」
「ああ。……委細はどうあれ、手を貸してくれるのなら有り難い」
短剣を抜くと、白い光は思ったより眩しく感じた。何度か明滅したかと思うと、糸のように細い光が放たれて、ひとつの方向を指し示す。
「こっちに行けって事かな」
「今はこれしかヒントが無い。行ってみよう」
顔を見合わせて頷く。
足音さえろくに響かない空間で、頼りない光を辿って歩いた。一分と立たず、動かないはずの周囲の景色が揺れて『闇』が現れる。
「ここでも出てくるか……お前たち、僕の傍から離れるなよ!」
「そっちこそ!」
グリムが炎を吐き、セベクの警棒が薙ぎ払う。もう戦うのも慣れたものだが、『闇』の方も数が多い。
光り続けている短剣を見る。さすがにこれの出番なのでは?
とはいえ武器を使った戦闘は教わってないし経験も無い。まぁ練習だと開き直るしかないか。
こちらに手を伸ばしてきた『闇』に切りかかる。手の部分がまるごとスパッと切れて『闇』の中に落ちて溶けた。凄い切れ味。苦しんでいる様子があるから、ダメージも入っているようだ。
構えなおして、次はどこに切りかかるべきか考える。セベクの警棒ほどの長さは無いので、胴体とか大きいところは狙いづらい。結局牽制止まりだなぁ。
倒した、という実感を得る前に『闇』の攻撃は収まった。戦いが終わると、短剣はまた光を放って道を示す。汚れとかは付いてなさそう。
「子分のそれ、『闇』も攻撃できるのか?」
「うん。なんとかね」
「……無いよりはマシ、という程度だな」
「そう。だからあんまり期待しないでもらった方が良いかも」
セベクは苦い顔だ。
「道中で少しでも修練しておくべきだったか……」
「仕方ないよ。僕もあまり使いたくなかったし。まぁ、後ろを気にする比率を下げても大丈夫、ぐらいの認識でいて」
「……解った。進むぞ」
再び歩き出す。
確かに足は前に進んでいるのに、あまりにも変化が乏しくて自信が無くなってくる。そんな弱気になるのも良くないと思うけどさ。
そして性懲りもなく『闇』も襲ってくる。……まぁ、何もなかったらそれはそれで病むと思うから、この場合は悪い事ばかりじゃないと思うけど。
「去れ!貴様らに構っている暇は無い!」
最後の一体を斬り払って、セベクが吼える。
進もうと足を踏み出したところで、短剣の光が一際強くなった。
「ふなっ!?」
「どうした!?」
「わかんない。いきなり光が強くなって……」
行き先を示す光の糸も太くなっている。そして何かにぶつかっていた。
シルバー先輩の指輪が放つ、あの虹色の光だ。
「シルバーはいないようだが……何故……」
とりあえず嫌なものは感じないので近づいてみると、光が弾けて周囲に広がった。あっという間に周囲の景色が変わる。
暖かな陽光に照らされた森の中だ。少し開けた場所に、巨大な木と半ば同化しているような、質素な家がぽつんとある。周囲の気温まで先ほどとは打って変わって、春のような暖かさだ。
「な、なんだなんだ?景色が変わったんだゾ」
「あれは……リリア様が住んでいらした森の家だ!」
セベクが声を上げる。ここでヴァンルージュ先輩とシルバー先輩が暮らしていた、という事らしい。
「つまりこれは、リリア様の夢の一部、か……?」
セベクの呟きを待っていたように、景色が動き出す。
家の中も質素で落ち着いた雰囲気だった。無駄なものがなく、どこか暖かい。ダイニングテーブルに腰掛けたヴァンルージュ先輩とバウルさんが真剣な表情で話していた。
「お、お祖父様……」
話の内容はセベクの事だ。兄弟の中で唯一武術に興味を持ったセベクを、ヴァンルージュ先輩に弟子入りさせたいとのバウルさんからの申し出だ。
話は終始朗らかだった。バウルさんは身内に厳しくできない、なんて話も微笑ましく映る。
話が終わると、景色が薄れて消える。また闇の中に戻り、虹色の光はもう跡形もない。また光の糸が闇の向こうに続いている。
セベクは感慨深そうな表情で黙り込んでいた。
「……読書、妖精語、そしてリリア様への弟子入り……。お祖父様や家族の支えがあって、今の僕がある」
妖精と人間。
反対を押し切って結ばれた二人の間に生まれた子ども。
種族の違いを越えて結ばれる難しさは、身近に例の無い僕にはピンと来ない。だけどこの夢の中で妖精と人間の対立の様子を見れば、苦労が多いであろう事はある程度察する事が出来る。長寿である妖精は昔の事を覚えているだろうから、そんな簡単に割り切れるとも考えにくい。
反対した祖父にも複雑な胸中があり、孫を受け入れるまでにも葛藤はあっただろう。
それでも、バウルさんは教育という名の愛情を孫に注ぎ、孫であるセベクはその愛情を疑う事なく受け止めて育った。
周囲の評価は置いておいて、セベクはそうして育った自身を誇りにも思っている。と思う。己の未熟さに迷いもがく事はあっても、与えられてきたものを否定するような言葉は口にしない。
「それはきっと……アイツも同じはずなんだ」
静かな言葉には、兄弟子への複雑な気持ちが感じられる。
彼の強さをよく知るセベクだからこそ、彼が混乱してこんな状況に陥っているのが解せない部分もあるのかもしれない。
もしシルバー先輩を見つけたら、セベクに真っ先に引き渡そう。それが一番、彼を元気づけてくれそうな気がする。
「どこにいるんだ、シルバー……!」
セベクの声が闇の中で響かずに消えていった。