7−2:疾紅の戦鬼
翠が原の中でも、野ばら城の周辺は特に遮蔽物が少ない。
それを踏まえて、まずは城が見える高台を目指す事になった。野ばら城の現在の状況を慎重に見極める必要がある。
飛行術で高台の影になる方向へ飛び、森の中を徒歩で歩いて野ばら城の見える丘を目指した。肉体的にも精神的にも余裕は無い。誰もが無言で歩き続けた。
見えてきた景色は、とても美しいものだった。
広大な湿地は『翠が原』の名に相応しい色合い。その中央に建つ城は上品で荘厳で、なのに翠が原の自然に見事に調和している。他の城と何が違うのか具体的に説明は出来ないんだけど、とにかく何かが違う。とても綺麗な城だった。
その城を、灰色の一団が取り囲んでいる。一団、なんて表現では足りないかもしれない。美しく広い翠が原の一部を侵す鈍色は、城の周りを分厚く取り囲んでいる。よく見れば中には甲冑姿でない人もいるけど、掲げている旗は全て同じみたい。合間には装甲掘削機や投石機らしきものもあった。全部が城の方を向いている。
「『銀の梟』め、まさか他の国からも頭数を調達したのか?それほどまでに茨の国の資源が欲しいと見える」
「ローブを着てるのは魔法使いだな。……一人二人なら大した脅威じゃないが、あれだけ数がいると厄介だ」
つまりこの集団は、茨の国へ攻め込んでいる人間の連合軍。少なくとも、茨の国側から見ればそういう事だ。
これだけの頭数を揃えられたら正面突破はまず不可能。忍び込むのも難しい。転移魔法で入り込むしかない。建物が視界に入っているこの距離なら、転移魔法でも負担はまだ少なく済む、らしい。
「しかし、野ばら城の中に入ったとして……どうやって姫様を連れてあの包囲を突破するか……黒鱗城からの応援を待つ……いや、でも……」
「例え助けが来たとしても、この状況じゃ焼け石に水だろう」
ヴァンルージュ先輩の鋭い指摘に誰もが言葉を失う。
確かに妖精側は人手不足がずっと問題になってる。ヴァンルージュ先輩レベルの戦力が黒鱗城にゴロゴロいるって言うなら少しは変わるかもしれないけど、どうもそういう感じではなさそうだし。
「どうにかしてマレノア様と卵だけでも、あの城から助け出さねぇと」
最悪、城は放棄してでも次の女王である姫君とその次の世代に当たる卵は守らねばならない。
黒鱗城を取り巻く険しい山脈へと逃げ込めば、妖精側に地の利がある。大気中の豊富な魔力も妖精たちにとっては助けになるらしい。
問題は野ばら城から脱出する方法だ。
「東の砦と違い、包囲が厚い。どうやって切り抜けるつもりですか?」
「空間転移魔法は使えない。卵の安全が保証できないからな。飛行術での脱出も、魔法使いと弓の餌食になるだろう」
さっきと同じ方法は使えない。違う手段が必要になる。
「となれば……野ばら城には、古い地下水路がある。確か、飛翼岳から流れる川に繋がっていたはずだ」
つまり、城内から目立たずに外に出られる。
とはいえ非常事態でもなければ人が通る場所では無いのだろう。ヴァンルージュ先輩は今から憂鬱そうだ。
「マレノア様は暗いだのじめじめしてるだの文句を言うだろうが……」
「お世継ぎを安全に運ぶには、それしか道はなさそうですね」
「まず、あのお姫様に『撤退』を進言して受け入れてもらうのに骨が折れそうだ……やれやれ」
何とか方針が決まった、ちょうどその時だった。
城を囲む連合軍が一斉に雄叫びを上げる。それなりに距離が離れた所にいる僕たちでさえ、肌に振動を感じるような大きな音だった。
「なんだ!?急に奴らがざわつきだしたぞ」
「見ろ!城の前にある橋の上に、なんかピカピカしたヤツが出てきたんだゾ!」
グリムが指さす方に視線を向ければ、夕方の空の下で、一際眩く輝く甲冑の人物が見えた。
「右大将殿……あれは!」
「白亜の鎧、陽の光のような金の髪……間違いない。……『夜明けの騎士』!」
あれが、何度も話に出てくる『銀の梟』の警備隊長。
遠目に見ても顔は兜に覆われていて雰囲気すら判らない。ただあの場所に代表面で立っているからには、他の国の人間も加わっているあの集団の中でも、間違いなく実力者なのだろう。
「あれが!ヴァンルージュ殿がその強さに一目置くという……うっ!?」
誰もが橋の方に目を向けていたが、その中で不自然にシルバー先輩が呻いた。振り返れば、頭を押さえて苦しそうな顔をしている。
「どうした、シルバー?」
「わからない、急に、眠気、が……!」
「シルバー!オメー服の中がまた光ってるんだゾ!」
グリムに言われて見れば、確かに胸の辺りが虹色に光っている。シルバー先輩は自分の首に手を回し、指輪を下げていた鎖を摘まみ上げた。鎖の先で揺れる指輪はやはり虹色の光を放っていて、きらきらと光る様子は眩しくも優しい雰囲気がある。
「不思議な魔力を感じる。なんなんだ、その指輪は?」
「わ……からない。親父殿は、俺の両親が赤子の俺に託したものだろう、とだけ……」
思えばいつも不思議な、しかし助けになるタイミングで輝いている気がする。でも、今は別に『闇』に襲われたりはしていない。
首を傾げていたその時、横柄な雰囲気の笑い声が翠が原に響いた。
「わっはっはっは!!籠城する妖精どもよ!」
視線が野ばら城の方へ集まる。拡声器を使っているような、ちょっと鈍くて聞き取りづらい音だけど、方向だけはそちらからだと理解できた。
「我が『銀の梟』の旗が見渡す限り揺れているのが見えているか?貴様らはもはや、孤立無援。逃げ場はないぞ」
気品を感じるような喋り方では無いのだが、不思議な事に言葉そのものは割と聞き取りやすい。演説に慣れてるとか、そんな感じの雰囲気だ。
「魔法で拡声しているのか?なんと騒々しい!」
「コレ、夜明けの騎士の声か?」
「いや、違う。喋ってるのはその隣にいる男だ」
言われて橋の上を注意深く見る。金色の髪の武人の横に、その倍ぐらいの横幅の人間がいた。
「我こそは『銀の梟』が首領、ヘンリク・イシュトヴァーン!」
そして盛大に名乗った。
……あれが、『銀の梟』の首領。なんか、後ろ姿と声しか情報ないけど、ヴァンルージュ先輩の評価や砦の料理人たちの反応に納得してしまった。
いろんな人にめちゃくちゃ嫌われてそう。なんならこの作戦が仮に成功したとして、その直後に同盟の相手に後ろから刺されて死んでそう。
「我々は幾度となく、茨の国に対して誠実に交渉を申し入れてきた。しかし……貴様らはそれを踏みにじった!」
とはいえ、演説の手腕は確かなものを感じた。情報を大げさにしつつ淀みなく語り、感情を躊躇い無く表す。共感した者を一気に巻き込んで盛り上げる勢いみたいなものを感じた。
「何という無礼、何という傲慢!温厚な我々にも、我慢の限界というものがある。既に語らう余地なし!ただ剣に身を委ねるのみ!」
人間たちは共感の怒りに燃え、妖精たちは心外の怒りに燃える。
これも一種の才能だな、と感心してしまいそう。争いがある世界では必要なタイプの人間なのだろう。あまり肯定したくはないけど。
「見よ!大地を埋め尽くす我らが同胞たちの姿を!貴様らに勝利の道はない!」
人間たちが勝手にぶち上がっている。別にまだ何もしてないのに。
人間側だって飛び抜けて強いのは『夜明けの騎士』だけみたいだし、そんなに調子づいてて良いものかなぁ、という疑問はある。でもそれほどに数の有利を覆すのは難しいのかもしれない。実際に、妖精側は人手不足に悩んでいたワケだし。
「さあ、観念して奇跡の魔法石『プリンセス・グロウ』と野ばら城を明け渡すがいい!」
「なっ……!?」
その言葉で雄叫びが一層大きくなると同時に、ヴァンルージュ先輩たちの顔色が変わった。
人間たちにとって野ばら城は、風鳴き渓谷の西側を開拓するには邪魔な存在。人間側は野ばら城を占拠したい、というのは多分みんなだいたい想像がついていた。
他にも目的があったって事か。
「だが、我々も鬼ではない。貴様らと違ってな!ゆえに……貴様らにチャンスを与えてやろう」
立場が違えば視点が違うとはいえ、妖精の側に立つと不愉快な言葉のオンパレードって感じ。神経逆撫でしまくってる。怒らせて冷静な判断をさせたくないのかな?
でもあの城の中にいるの、現代では『世界で五本の指に入る魔法士』になるツノ太郎のお母さん、なんだよなぁ。怒らせたら塵も残らないくらいめっためたにされそう、とか思わないのかなぁ。
「姫よ、我らが警備隊隊長、夜明けの騎士と一対一の『決闘』を行うのだ!」
まるでさも気高い提案のような空気にしてるけど、妖精側からしたら怪しさしかない。
「貴様が名誉をかけて『決闘』に臨み、勝利を掴んだならば……我々は城の包囲を解くと誓おう」
この言葉だって信用するのは難しい。敵にそんなものを持つ方が珍しい。
どう考えても無理だ。提案する奴も無茶だ。
僕たちや妖精たちが知り得ない何かを、ヘンリクが持っていると考えるべきだろう。
つまり、罠だ。
「三十分だけ考える時間をやる。よ~く考える事だな!わーっはっはっは!」
喋るだけ喋って、不愉快な余韻を残して演説もとい一方的な提案は終わる。
僕たちは無言で顔を見合わせる。一方、ヴァンルージュ先輩とバウルさんは憤慨していた。無理もない。
「夜明けの騎士と『決闘』だと……!?馬鹿な!そんなもの、罠に決まっている!」
「うだうだしてる時間はねぇ。野ばら城へ空間転移するぞ!」
タイミング良く往還士さんが野ばら城から来てくれた。兵士さんの一人が一足先に内部に転移して、連れてきてくれたようだ。疲れた様子なのになんか申し訳ない。
なんかドキドキするな。どんな感じなんだろ。
そして、マレノア姫とも対面するのか。どんな人なんだろ。話で聞く限りめちゃくちゃ怖い人っぽいけど。……うまく話が収まればいいけどなぁ。