7−2:疾紅の戦鬼


 風鳴き渓谷は徒歩で越える必要があった。
 上空の複雑な気流が飛行術を不安定にするので、魔法で風を打ち消しながら進める体調ならまだしも、現在の疲弊した状態で越えるのはちょっと厳しいらしい。
 そんな事情を察しているかは不明だが、ヴァンルージュ先輩の読み通り『銀の梟』は風鳴き渓谷でも待ちかまえていた。装甲掘削機まで持ち出して。ただ、やはり戦力としては見劣りする人数だった。
 砦での襲撃後にヴァンルージュ先輩が転移魔法も使わずに風鳴き渓谷を通る可能性って結構低いもんね。あくまでも予備って感じ。
 実際、すでに二度ほど装甲掘削機と戦って多少勝手が解っていた事もあり、ヴァンルージュ先輩無しでも倒す事が出来た。
 ヴァンルージュ先輩の状態はあまり良くない。飛行術はセベクの後ろに乗って、陸路はバウルさんが背負ったりしてるけど、移動の負担はどうしようもなく降りかかる。まだ戦線復帰は厳しそうだ。
 夕刻が迫る。夜になってしまったら、夜の眷属である近衛隊の皆さんには不自由ないだろうけど、人間である僕たちはちょっと不便になる。とはいえ速度を緩めている余裕はない。
「あの川を越えたら、あと少しで野ばら城だ」
「川で一度小休止を挟みましょう。水分の補給も……」
 バウルさんの声を、兵士さんの慌てたような声が遮った。彼の視線の先には、荒れた大地が見える。行きに通った覚えはないけど、何か不自然だ。
「降りるぞ」
 ヴァンルージュ先輩が焦ったような声を上げた。指示の通りに川を越えた少し先で降りると、違和感の理由が明らかになる。
「地面のあちこちにキャタピラーの跡が……」
「草も木もめちゃくちゃになっちまってるんだゾ」
 川沿いの自然が荒れ果てていた。装甲掘削機が暴れたのだろう、と想像がつく。
「まさか、『銀の梟』と近衛隊がここでぶつかったのか?」
 その時、兵士さんが声を上げる。声の方を振り返ると、ヴァンルージュ先輩たちも駆け寄る所だった。皆さんの間から、倒れている人の纏っている近衛隊の暗緑色の甲冑が見える。
「おい、しっかりしろ!他の者はどうした?」
 力なく答える声を聞いて、ヴァンルージュ先輩が顔を歪める。悔しそうで悲しそうな、複雑な表情だった。
「俺たちが来たからにはもう大丈夫だ。よく戦ってくれた。ゆっくり休め。……夜の祝福あれ」
 そう言ってヴァンルージュ先輩は立ち上がり、こちらに歩いてくる。
「悪い、ユウ」
「はい?」
「少しの間、あいつの傍にいてやってくれねえか。頼む」
「……わかりました」
 皆さんと入れ替わりに、僕が倒れている兵士さんの傍に座った。ボロボロの鎧も起きあがる気力を感じられない姿も、悪い結末しか考えられない。
 僕を見て少し驚くような声を上げた兵士さんは、おそるおそるといった感じで震える手をこちらに伸ばしてきた。その手を取って握る。握り返す手には明らかに力が入っていない。それでも、まだ生きている。
 兵士さんは手を解いて、更に動かそうとしていた。顔を近づけると、頬に指先が触れる。冷たい手が、頬を撫でて髪を梳いた。
 不安にさせないように、柔らかく微笑む。悲しそうな顔はしたくない。安心してほしい。
 頬に触れてくる手に自分の手を重ねる。しばらくそうして静かに、ただそこにいた。やがて彼の手から明らかに力が抜ける。そっと手を腹の上に乗せた。
 バウルさんが、水の入った袋やいま集めてきたのであろう木の実、魔法薬の薬瓶を動かない兵士さんの傍に置く。それは僅かな期待であり、余裕の無い状況でどうにか絞り出した仲間への餞だ。
「そろそろ参りましょう」
「……はい」
 返事をして立ち上がる。敢えて振り返る事はしなかった。
 一行は真面目な顔で僕たちを待っている。
「すまねえな」
「いえ」
 ヴァンルージュ先輩は申し訳なさそうな顔をしていた。それが誰に向けられたものなのかは解らない。わざわざ明らかにする必要もないだろう。
 先輩も特に深く語る事はせず、行くべき先を見た。
「行くぞ。野ばら城はもうすぐそこだ」

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