7−2:疾紅の戦鬼
紅が原の上空を一気に飛ぶのでは目立ちすぎる。しかし迂回をしている余力もない。
追いついてきた騎馬隊を迎撃した以外は、ほぼ休みなく飛び続けた。
幸いにも、戦力は野ばら城と梟の砦にそれぞれ集中させていて余剰はあまり無かったらしい。平原のど真ん中で追撃を食らう、といった事は無かった。
「もう追っ手は振り切れただろうか?」
「どうだろうな。俺なら万が一敵を逃した時の事を考えて、分隊を風鳴き渓谷の手前に配置するぜ」
「『勝った』と思った瞬間が一番の隙……ですね」
「そういう事だ。気を抜くなよ!」
との事なので、風鳴き渓谷を越えても油断はできなさそうだ。
「流石に隊の者たちに限界が来ているな。紅が原を一気に飛んできたのだから、当たり前か……」
バウルさんの言葉通り、兵士さんたちにも少し疲弊した様子が見られる。グリムの集中力もそろそろ不安だ。補習常連なのに不気味なほど安定している。
「右大将殿、小休止をとりましょう」
「……仕方ねぇな」
ヴァンルージュ先輩も異論は無いようだ。
「確かにこのままじゃ、野ばら城に辿り着いても戦えないヤツが続出しそうだ」
呟きつつ、降下の指示を出す。木々の合間に少し開けた場所を見つけて、慎重に降りた。特に周囲に人の気配も無いのを確認してから腰を下ろす。
「ふぃー、疲れたんだゾ……」
「お疲れさま」
頭を撫でても嫌がらない。本当に疲れてるんだろうな。
「……休憩するのは仕方ないとして、取る物も取り敢えず退却してきたから、食い物も水もねえぞ」
ヴァンルージュ先輩が呟くと、シルバー先輩が遠慮がちに荷物を真ん中に差し出した。
「あの、パンとベーコンと水なら……皆さんの分のご用意があります」
「おお、でかしたぞ」
セベクが率先して配って回る。ヴァンルージュ先輩たちは受け取るけど、でもあんな状況で調達したワケだから、疑問までは消せない。
「……しかし、一体どこで調達した?」
「砦の厨房にいた料理人たちが持たせてくれました」
「なにっ?人間が!?」
「『俺たち料理人は腹が減ってるヤツに飯を食わせるのが仕事なんだ』『妖精の口に合うかはわからないけど、持っていきな』と……」
料理人さんたちの言葉をシルバー先輩が復唱すると、敵意を露わにしていた皆さんが戸惑うように黙り込む。最終的にはヴァンルージュ先輩に視線が集まった。
ヴァンルージュ先輩は受け取った物の匂いを確認してから、小さく息を吐く。
「敵に送られた塩でも舐めたい状況だ。ありがたくいただこう」
それぞれが頷いて、パンとベーコンを頬張る。水を分け合い腹が満たされれば、多少気持ちも落ち着くだろう。
ふとシルバー先輩を見ると、パンが無い。……そっか、鳥に分けた分足りないんだ。
「先輩、僕の分のパン、食べてください」
「いや、大丈夫だ。気にしないでくれ」
「気にします。……というか、ここには今、先輩の方が戦力として必要なんですから、ちゃんと食べてください。エネルギー切れ起こしますよ」
半ば無理やり手の中に押しつけた。尚もおろおろしているシルバー先輩を見て、セベクがあからさまな溜め息を吐く。
「ユウの言う通りだ。魔法の使えないユウが今は一番余力がある。黙って受け取っておけ」
「……すまない、ユウ」
律儀に頭を下げられたので、笑顔だけ返しておく。
一部始終を見ていたグリムが、一口かじったばかりの自分のパンをじっと見つめていた。何かを決意したように顔を上げ、僕を見る。
「子分!オレ様のパンを……半分……ちょっと……ひ、一口くらい分けてやってもいいんだゾ!」
「え、別にいらない」
グリムがショックを受けた顔で固まる。
「親分も疲れてるんだから。ちゃんといっぱい食べておきなよ」
「う、うう……お、オレ様、さっきいっぱいおっちゃんのスープ食べたから、まだちょっと、ちょーっとお腹が減ってないんだゾ!ホントなんだゾ!!」
「じゃあ後で食べればいいじゃん。どうせ燃費悪いんだし」
「ぬ、ぬうう……」
僕たちの様子を見ていたヴァンルージュ先輩がケラケラ笑い出す。
「いいじゃねえか。受け取ってやれよ、ユウ。上官からの施しは素直に受け取っておくもんだぜ?」
「そうだそうだ!受け取れー!」
「……しょうがないなぁ……」
言い出したら聞かないんだから。
「言っておくけど、後で返せって言われても無いからね」
「そ、それぐらい解ってるんだゾ」
かじっていた部分を避けて、ちょっとだけ貰う。炭水化物とお肉のバランスは良くないが仕方ない。お肉だけよりはマシって事で。
グリムは勢いよくパンとベーコンを食べ終わり、はっとした顔で僕を振り返った。
「なあ、リュックのベリーパイ取ってくれ!いま食べる!」
「ああ、はいはい」
グリムのリュックを開いて、パイを取り出す。造りがしっかりしているおかげで、パイは綺麗な形を保っていた。
「はい」
「にゃっはー!ウマそうなんだゾ!」
グリムは嬉しそうにパイを頬張る。結構大きくて食べ応えありそうだし、何よりおいしそう。僕も食べようかな。
ポケットから取り出した僕のパイはちょっと端々が欠けてるけど、それでもまだ形はしっかり保っていた。早速頬張ろうと口を開けた所で、隣からの視線に気づく。
自分の分を食べ終わったグリムが、物欲しそうにこちらを見ていた。苦笑しつつ、パイを半分に割って差し出す。
「ふなっ」
「半分こしようよ。さっきのパンのお礼って事で」
グリムは受け取りながら、ちょっとまごまごしている。珍しい事もあるもんだ、と思いつつ自分の分を口に運んだ。
「ユウ」
「うん?」
「あ、ありがとう……なんだゾ」
「……こちらこそ。飛行術頑張ってくれてありがとう、グリム」
グリムの耳がピンと立つ。ご機嫌な笑顔を見せてくれた。さっきのグリム自身の分より、ちょっと勿体つけて食べてくれた気がする。
昔は食べ物を取り合ってたのになぁ。ちょっとくすぐったいや。
少しの間、それぞれが思い思いに過ごす時間になった。ヴァンルージュ先輩や衛生兵さんは仮眠を取ってるし、バウルさんと兵士さんたちはここからの飛行計画を詰めている。
グリムも僕の膝の上で丸くなって寝ていた。少しでも疲労を回復してもらわないと、まだ飛行術使うだろうし。
「それにしても、ユウ」
「うん?」
「貴様、兵法をどこで学んだのだ?」
「ヘイホー……?」
僕が不安定な発音で復唱すると、セベクの顔色がさっと変わった。
「待て。さっきの発言はもしや当てずっぽうだったのか!?」
「え。うーん。ラノベとゲームとマンガの知識……かなぁ」
「なっ……そ、そんなもので学んだ内容で、よくあの場面で進言する気になったな!?」
「だって間違ってると思ったら誰かツッコミ入れてくれるでしょ?」
「だっ……まぁ……それは……うむ……」
「っていうか、進言って意識あんまり無かったなぁ。とにかく次に何するか考えてないと落ち着かなくて」
「あの時は場が混乱していたからな」
シルバー先輩も頷いている。セベクは複雑な顔だ。
「……そんな物から得た知識で……あの内容か……」
「でもそうだなぁ。僕自身の好みと言うより、元の世界での友達が貸してくれたりオススメしてくれた作品が多いから、彼のセンスのおかげなのかも」
「ほう?」
「ユウの元の世界での友人、か」
「凄く頭が良くて、全国模試で一桁の順位とかしれっと取ってくるようなヤツなんで」
「……そんな友人がいたのか」
「うん。たまに難しそうなゲーム持ってきて複雑な攻略を目の前でやりきって、すっごい長文の解説してくるけど、話の内容がほとんど解んなくてね」
「落ちこぼれは元の世界でも落ちこぼれか」
「失礼な。成績は平均ぐらいだったよ」
懐かしいなぁ。
彼とは一年生の時から同じクラスで、出席番号が近くて何となく一緒に行動する事が多くて仲良くなった。幼なじみも名字が『は行』だから近くて、もう一人の友達と四人でお互いの家に泊まって遊んだり、夏休みには旅行に行った事もある。
僕の数少ない、元の世界で友達と呼べる人たち。
……今頃どうしてるのかなぁ。
何やってるんだろ、僕。
「……そろそろ出るぞ。身は休めたか」
「はいっ!」
声をかけられたセベクが大声で返事をすれば、グリムが途端に目を覚ました。僕の膝から降りると、だるそうに猫らしい伸びをして、みんなを見回す。
「なんだ、出発すんだろ」
「グリム。飛行術はまだ続けられそうか?」
「おう!まだまだ元気いっぱいなんだゾ!」
グリムが飛び跳ねてみせると、シルバー先輩はほっとしたように微笑んだ。対照的に、セベクは挑発的な表情を浮かべる。
「飛行術は万年補習組のくせにやる気ではないか」
「ふふーん。バルガスに鍛えられたオレ様の華麗な箒さばきをもーっと見せてやるんだゾ!」
そんな胸張って言っていい事かなぁ。