7−2:疾紅の戦鬼
厨房の料理人たちに教わった通り、一階の北側を探索する。
まだ人の気配はないけど、もうあまり時間は無いかも。
この辺りは使用人や下っ端の働く領域のようで、上の階ほど整った印象は無い。
物置を探していると、不意にシルバー先輩が足を止めた。
「どうした、急に立ち止まって」
「この鳴き声は……」
呟くなりシルバー先輩が歩き出す。セベクと顔を見合わせ、とりあえず後に続いた。
先輩が開いた扉の先は、鳥小屋のようだった。ようだったっていうか、鳥がいっぱいいるからにはそうだろう。こんな砦の一室がまるっと鳥しかいない部屋になってるのが、知識の無い僕には違和感しか無かっただけ。
「なんだこの部屋?鳥がいっぱいいるんだゾ」
「そうか。この時代の人間は遠方とのやりとりに鳩や梟を使っていたはず」
ここにいる鳥たちは、まさに連絡用の鳥なのだろう。どれも細身でおとなしい印象だ。見知らぬ僕たちが入ってきても怯えた様子がない。
シルバー先輩は彼らを見て、優しく目を細める。
「ひどく腹を空かせているようだ。もらったパンを少し分けてやろう」
先輩は持っていた袋からパンを取り出して、鳥たちに分け始めた。本当に空腹だったらしく、鳥たちは一斉に群がってパンをついばんでいる。心なしか嬉しそうに見えた。まぁお腹空いてたんならご飯が食べれれば嬉しいと思うんだけど、なんて言うかそういうんじゃなくて、シルバー先輩に懐いている、気がする。
なんかこの空間を邪魔するのが勿体ない。
「僕たちは物置を探してこようか」
「鳥に餌などやっている場合か。全く……」
苦々しげな顔で呟いたセベクが、次の瞬間に目を見開いた。
「待てよ、この鳥……使えるのではないか?」
「えぇ?コイツら、みんなシュッとしてて食ってもウマくなさそうなんだゾ」
「そういう意味ではない!」
何羽かの鳥が声に驚いて羽ばたいたが、シルバー先輩が宥めるとすぐにおとなしくなった。
そんな反応は気にせずセベクは胸を張る。
「おい、シルバー。やたらと動物に懐かれる貴様の特技が役に立つ時が来たかもしれないぞ」
「……え?」
シルバー先輩はきょとんとしていた。
「こいつらを放して、『銀の梟』どもの目を攪乱するのだ!」
セベクは自信満々に言ったけど、僕たちは首を傾げる。
「ちょっと厳しくない?」
「いくらなんでもこの数じゃオレ様たち全員は隠せねえだろ。お前とバウルは特に」
「うっ。だ、だが狙いをつけづらくするぐらいは……!」
「いや、数はどうにかなるかもしれない」
シルバー先輩の言葉に全員が振り返れば、先輩の手の上で鳥が胸を張った。気がした。
「この近くの森に大きな巣があるようだ。逃がしてくれるなら他の仲間にも協力を掛け合ってくれると言っている」
「こ、言葉が解るんですか!?」
「何となくだが」
動物言語すら使った様子は無いのに、シルバー先輩は確信している。とはいえセベクからツッコミが出ないという事は、それなりの信憑性はあるのかもしれない。
「ちなみに物置は隣の部屋だそうだ」
言われて確認しに行ったら本当に隣の部屋だった。一般的な掃除用具に加えて、鳥の世話をするためのものか見慣れない道具もたくさん並んでいる。
必要な数の箒と、ヴァンルージュ先輩を運ぶための担架も手に入った。あとは脱出するだけ。
いま鳥たちを逃がすと作戦が敵にバレるので、仲間たちに召集をかけるための数羽をまず放した。残りは僕たちが脱出するタイミングで一緒に逃げる事になる。
荷物を抱えて休憩室に戻れば、バウルさんたちがほっとした顔で出迎えてくれた。
「バウル様!箒と担架を発見しました」
「む……ご苦労だった」
「『銀の梟』が襲ってきたりはしませんでしたか?」
「ええ。戦力は全て外に待機させているようです。様子を見る兵すら来ていません」
今は兵士さんたちが交代で外の様子を窺ってくれているようだ。
「ヴァンルージュ殿の容態はどうですか?」
「まだ戦える状態ではない……しかし、砦柵の外では今まさに『銀の梟』が右大将殿を討ち取らんと準備を整えているだろう」
もはや一刻の猶予もない。
「覚悟を決めて中央突破に打って出る他あるまい」
砦を囲む兵の上を通り抜けるには、連中が足止めのために放ってくるであろう矢や石を避けなくてはいけない。魔法で逸らすにしても限度がある。ある程度は戦力を削ぎ、手薄な部分を作ってその上を通った方が突破できる確率は多少高まるだろう。
「私が先頭で道を開く。お前たちは離れず後に……」
「バウル様」
言い掛けたバウルさんの前にセベクが進み出る。
「そのお役目……どうか我らに任せてはいただけませんか?」
「な、なんだと!?貴様らに務まるわけがない!あっという間に降り注ぐ鉄の矢の餌食になるぞ!」
バウルさんは目を剥いて怒鳴る。しかしセベクも退かない。
「ご心配には及びません。賭けではありますが……少々策がございます」
「策、だと……!?」
「我らが必ず道を切り開きます。バウル殿は、どうかヴァンルージュ殿を」
セベクの目に迷いはない。自信を感じさせる。
バウルさんの答えが出る前に、外を見張っていた兵士が休憩室に飛び込んできた。
「何、砦の外が?」
室内の空気が緊張する。
「ついに動き出したか、『鉄の者』どもめ」
僕たちは顔を見合わせた。セベクもシルバー先輩も真剣な表情で頷く。
「時が来たな。さあ行くぞ、シルバー!」
「ああ。グリム、ユウ……必ず生きてまた会おう」
「おう、リリアやユウの事はオレ様に任せとけ!」
「気をつけてください!」
二人は箒を手に駆け出す。
「待て、人間!!」
バウルさんの声は扉の閉まる音に遮られた。逡巡の後、バウルさんは兵士たちを振り返る。
「……やむを得まい。奴らの後に続け!二人を援護しろ!」
兵士たちが大きな声で答えた。箒を手に続いて扉の外へ向かう。
「……う……。なんだ、騒がしい……」
バウルさんが寝台を振り返れば、しんどそうな顔のヴァンルージュ先輩が起きあがる所だった。まだ動くのはつらい様子で、眉間に刻まれた皺は深い。
「気づかれましたか、右大将殿!」
「あのガキどもは……どうした……」
「包囲を破ってみせると、先駆けに。止めましたが、何か策があると……」
その言葉で、ヴァンルージュ先輩の表情が変わった。
「なんだと?あンのバカども!行くぞ、バウル!」
寝台から勢いよく降りようとしたけど、まだ傷の痛みでうまく動けないようだ。バウルさんの肩を借り、畳んだ担架や箒は衛生兵が持って、僕たちも自分たちの分の箒を持ってその後に続く。
「バウル、すぐにあいつらを追いかけろ」
「いえ、右大将殿は担架に……」
「そんなもん邪魔になるだけだ!置いてけ!」
衛生兵がおろおろしてる。目が合ったので頷いておいた。
慌ただしく出口に向かう途中で、鳥たちが大挙して飛び去っていく場面にぶち当たった。
「お、おいなんだこりゃ!?」
「人間が伝令に用いてる鳩です。多分」
鳥の種類まで自信は無い。
約束通り、シルバー先輩は鳥たちを放した。これで準備は整ったという事になるだろうか。
戸惑っていると、大きな笛の音が響いた。口笛っぽいけど多分外から聞こえている。
「『銀の梟』か!?」
「いや、こんなもん魔法で増幅してまで響かせる趣味は連中にゃねえだろ」
「という事は……」
「シルバーだな。急ぐぞ」
音のした方向へ急いで向かう。
外に出れば、既に事は始まっていた。空を飛んでいるセベクとシルバー先輩、彼らを追いかける兵士の二人。その向こうでヴァンルージュ先輩を待っていたであろう『銀の梟』の一団は、何やら様子がおかしい。その詳細を分析している暇は無いが、どうも『作戦』はうまくいっているみたい。
「ユウ殿も離れぬようにお気をつけください」
「バウルさんたちもお気をつけて!」
ヴァンルージュ先輩を後ろに乗せて、バウルさんが飛び立つ。衛生兵もこちらを気遣いつつ浮き上がって待機している。あとは僕たちだけだ。
「い、行くぞ、ユウ!しっかりつかまってろ!」
「頼んだよ、グリム!」
グリムと一緒に箒に跨がる。
エペルの時は運転手が熟練者ゆえの怖さだったけど、今回は真逆だ。グリムは飛行術の補習常連だし。っていうか、半分ぐらいは僕のせいなんだけど。
『ユウと二人で一人の生徒なんだから、ユウを乗せて飛べるようにならないとな!』
という事で、僕が乗る前提の練習が必要になり、結果として補習常連になってしまっているのだ。グリムだけならそこまでではない。……いやそうでもない気もするけど……。
とにかく、グリムは僕を乗せた状態の箒を動かせるようになっている。補習も常連とは言え課題はクリアしてきてるんだから、今日だってきっとうまくいく。
なんて考えていたら箒が宙に浮く。集中しているグリムを邪魔しないように、なるべく身体を動かさないように努めた。
箒が滑り出すように前に進む。バウルさんを追って、と思ったらバウルさんとヴァンルージュ先輩は猛然と先頭のセベクたちを追いかけていた。
と、ぼんやり見ていたら、ヴァンルージュ先輩の鋭い声が辺りに響く。
「ひええぇぇぇ!!??な、なんだなんだ!?」
「落ち着いてグリム!」
声をかけつつ周囲を見れば、森の木々が騒がしく揺れていた。そこから大量の蝙蝠が飛び出し、『銀の梟』に襲いかかっていく。今のはヴァンルージュ先輩の『号令』だったみたい。
距離を飛んで『銀の梟』の上を過ぎれば、その混乱状態も自ずと目に入る。彼らは鳩やら雀やら梟やらにつつかれたり引っ張り回されたり、リスやネズミに翻弄されたりしていた。投石機っぽいものもあるけど、そんなもん操作してる暇はなさそう。
僕たちが何とか前に追いついた頃には、もうみんな余裕の表情だ。ヴァンルージュ先輩の指示でバウルさんが殿になって、お互いを援護できるように一塊で飛行している。
とはいえ、飛び道具の射程距離さえ抜けてしまえばこっちのものだ。
「砦の包囲を抜けたぞ!速度を緩めるな!進め!」
ヴァンルージュ先輩の号令に、皆が力強く応える。
下の方では『鉄の梟』が何事か喚いていた。どうやらヴァンルージュ先輩の姿をやっと見つけたようだけど、もう距離はどんどん離れていくばかり。
「あばよ!間抜けな『鉄の置物』ども!」
ヴァンルージュ先輩が高らかに笑った。とても負傷しているようには見えなかっただろう。それはともかく。
「見たか、あいつらの悔しそうな顔!ご自慢の鉄の鎧も鳥のフンだらけになって……よくやった、ボウズども!」
ヴァンルージュ先輩は前に座っているセベクの頭を乱暴に撫でた。シルバー先輩にも寄ってくるように指示して、同じようにぐしゃぐしゃと撫でている。
「う、右大将殿に頭を撫でていただけるなど……身に余る光栄です!」
「……全員無事に脱出できて、良かったです」
ちょっと厳しい部分はあったけど、どうにかなって良かった。グリムの飛行術も思ったより安定してるし。
「安心するにはまだ早い。奴らも馬を使って追ってくるはずだ」
「ああ。そう簡単に風鳴き渓谷を越えさせちゃくれないだろうな」
一方、大人はまだ気を抜かない。そりゃそうか。
ヴァンルージュ先輩が動けるという事は、彼らにとって脅威となる戦力は残っているという事。野ばら城の包囲を邪魔されないように、追撃はしてくるだろう。
「だが、今は考えている暇はない。進むぞ!」
返事の声が揃う。セベクの背に身を預けながら、ヴァンルージュ先輩は険しい表情で呟く。
「……無事でいてくれ、マレノア!」