7−2:疾紅の戦鬼
粗末な寝台の並ぶ簡素な部屋。これでも多分、上の階にあるからには少しはマシな方なんだろう。
比較的出入り口に近い寝台にヴァンルージュ先輩を寝かせる。今は穏やかな寝息を立てているが、傍で様子を見ている衛生兵の表情は暗い。バウルさんも、他の兵士たちも心配そうだ。
「……よし、僕たちは使えるものを探しに行こう」
「使えるもの?」
「薬とか食べ物とか。脱出するのに使えるものとか」
「『銀の梟』の包囲を突破するのなら、飛行術しかないだろう。まずは箒の調達だ」
「そうだな。俺たちで内部を調べてみよう」
「では動ける兵士を……」
「ダメです。皆さんはヴァンルージュ様の警護をお願いします。さっきのはあくまでも推測。もし僕たちが戻る前に『銀の梟』が入ってくるような事があれば、僕たちを待たずに逃げてください」
「……分かりました」
兵士たちがヴァンルージュ先輩の傍に座る。
もたもたしている時間の余裕は無い。急がないと。
「城や砦の地下には、厨房や洗濯室があるのが定石だ。まず調べるべきはそちらだろう」
「身を隠す布とかも見つけられたら良いかも」
「何でだ?」
「脱出する時に、誰かがヴァンルージュ先輩のフリをして別方向に逃げて囮になるとか出来るでしょ」
「……だがその場合、一番背格好が近いのは……」
「僕だね」
さらっと返せば、先輩もセベクも、バウルさんまでぎょっとした顔になった。
ヴァンルージュ先輩は強さと共に大まかな容姿も人間たちに知られている。外の連中には姿も見られているしね。
シルバー先輩も兵士たちも結構背が高いし、バウルさんやセベクは言わずもがな。僕はヴァンルージュ先輩ほど細くはないけど小柄ではあるし、布で覆ってしまえば多少の違和感はごまかせるだろう。
「僕は飛行術使えないから、必然的にグリムも道連れになっちゃうけど」
「ふ、ふなぁ……!?」
グリムの声で呆けていた三人が我に返った。
「そ、それだけは止めろ!」
「絶対にダメだ!!」
「考え直してください!!!!」
「……いやあの、あくまで一案なんで。そんな必死に止めないでください……」
シルバー先輩とセベクが焦っている理由と、バウルさんが焦っている理由は多分違う。まぁそれも承知の上での発案なんだけど。
「とにかく、僕たちは物資を探してきます。近衛隊の皆さんは少しでも身を休めておいてください」
強引に話を切り上げて、二人の背中を押して部屋を出る。
「待て、話はまだ終わっていない!」
「それは道中で聞くから、とりあえず地下を探しに行こう!!ね!!!!」
不満そうな表情を浮かべつつも、二人は自分の足で歩き始めた。グリムが背中をよじ登ってくる。
「ユウがリリアの身代わりをやるなんて、本気で言ってんのか!?」
「無事にヴァンルージュ先輩を外に逃がすってだけなら、割と有効な手段だと思ってるけど」
「それ以外が問題だらけだろうが!!!!」
「『銀の梟』がどこかに潜んでるかもしれないから声は抑えて」
ぐぬぬ、とセベクが唸る。来た道を戻り、地下への階段を探しながら歩いた。念のため戦力の分散はしない。
「……解ってて言っているのか?」
「もちろん」
また怒鳴りそうなセベクを睨んで黙らせる。セベクは一瞬息を詰めて、忌々しげな表情で僕を見た。
「夢の主であるリリア様から離れすぎれば、『闇』が襲ってくるとシルバーが話していただろう」
「そう。だけど僕はヴァンルージュ先輩と関わりが薄い。ツノ太郎のユニーク魔法の攻略法を訊くにしても、ツノ太郎の気まぐれで構われてただけの人間である僕に、すんなり教えてもらえるかわからない」
「そ、それは……」
「二人は彼の愛弟子で関係も深い。ツノ太郎と過ごした時間も僕より長い。情報収集目的なら、ヴァンルージュ先輩に同行する優先順位は二人の方が明らかに高いでしょ」
「……客観的に見れば、それが事実かもしれない」
地下への階段を下りながら、シルバー先輩は小さく呟いた。地下の石畳を踏みながら、真剣な表情で僕を振り返る。
「だけど俺は、……マレウス様にとって、ユウは間違いなく友人なのだと思っている」
「シルバー……」
「こうなる前に、俺がマレウス様とユウの話す姿を見たのはあの朝の一度きりだが、それでも確信を得ている」
意外な言葉だった。セベクは納得していなさそうだけど。
「マレウス様を止めるにはきっと、ユウの力も必要だ。……身代わりの案は、本当にどうしようもなくなった時の、最後の手段にしておいてくれ」
「……そう出来ればいいですけどね」
「全員が無事に脱出するために僕らが動いているのだろうが!!!!」
ついに堪えきれなくなったセベクが怒鳴った。次の瞬間、食器をひっくり返したみたいな大きな音が響く。割とすぐ近くの部屋からだ。思わず顔を見合わせる。
多分、今のセベクの大声に驚いたんだよね?
慎重に周囲の気配を探り、割と近くの扉の前で足を止めた。何となく誰かが息を潜めている気配がする。
僕たちは再び互いを見た。僕はグリムを抱えて下がり、二人は扉の前で警棒に手をかける。そして勢いよく扉を開いた。
「ヒィッ!い、命だけは、命だけはお助けください!」
「私たちはただの雇われ料理人で!」
扉を開けるなり聞こえてきたのは、そんな時代劇みたいな命乞いだった。内装を見るに厨房らしく、かまどに置かれた鍋からは湯気が立ち、いい匂いが漂ってくる。声の主はコック帽を被った恰幅の良い男性と、真っ白な頭巾を着けた同じく恰幅の良い女性だ。男性の方は料理人、女性の方はメイドって感じの服装で、抱き合ってる様子からしても何となく夫婦っぽい。
僕たちも予想外の人がいて面食らってたけど、隠れていた彼らも同じ気持ちだったらしい。女性の方は沈黙に首を傾げながらもおそるおそる目を開き、シルバー先輩を見て表情を緩めた。
「ああ、なんだ!貴方様でしたか。驚かさないでくださいまし!」
「え?」
女性の方が明るく言えば、男性の方も同じく目を開き、やっぱりシルバー先輩を見て笑顔になった。
「もう妖精どもをやっつけてご帰還されたんで?いやぁ、さすがです!」
「妖精を?あなたたちは何を言っているんだ?」
シルバー先輩がきょとんとした顔で答えると、二人の方も首を傾げ、先輩をじっと見つめた。先に女性の方がはっとした顔になる。
「……あんた!よく見て!この人、あの御方じゃないよ!」
女性に肩を揺さぶられ、男性も気づいたらしい。
「ほ、本当だ!よく見りゃ御髪の色が違うじゃねぇか!他人の空似……じゃ、じゃあやっぱり茨の国の妖精?」
二人の顔が青くなっていく。絶望を表情に浮かべると、二人は再び抱き合った。
「お、おしまいだ……」
「ああ、もうすぐ生まれる孫の顔が見たかった……」
「待ってくれ。俺たちはあなたたちに危害を加えるつもりはない」
シルバー先輩がきっぱりと言えば、二人は再び目を開いてシルバー先輩を見た。まだ状況が飲み込めてはいないようだけど、先輩は諦めない。
「探し物が見つかれば、すぐにここを立ち去るつもりだ」
「箒だ!箒を出すんだゾ!ぐひひ!」
そんな所でグリムが変な事を言うもんだから、また二人は怯えた顔になってしまった。
「ひっ、ま、魔獣が喋った!?」
「グリム!変な言い方しないの!」
「大丈夫。グリムは魔獣だが、噛みついたりはしない」
それフォローになってる?と思いつつも同意を示しておく。
「もう一度言うが、俺たちはあなたたちに危害を加えるつもりはないんだ。怪我人をここから安全に運び出したい。そのために箒を探している」
「怪我人って……妖精だろ?」
男性の言葉は怯えながらも冷たい。さっきの口振りからして、彼らから見ても間違いなく妖精は『敵』なのだろう。この人たちは悪い人には見えないけど、その価値観は他の人間と同じだ。
シルバー先輩は少し言葉に詰まりながらも、真っ直ぐに、誠実な光を宿した目を料理人の二人に向ける。
「……ああ。そうだ。あなたがたから見れば、敵……になるのかもしれない。だが……どうか、力を貸してもらえないだろうか」
料理人の二人は顔を見合わせる。少し沈黙が流れ、先に動いたのは女性の方だった。
「わ、わかりました。箒が置いてある物置の場所を教えます」
「おい、おまえ!」
「だって、あんた。この子たちをよく見てごらんよ。あたしらの息子よりずっと若いじゃないか。それに、あの耳……」
咎める男性に対し、女性は声を潜める。女性の指摘で男性もはっとした顔になった。
「丸い耳!!人間か。じゃあなんで妖精の味方を?」
「そんなの知ったこっちゃないよ。もしかしたら妖精に脅されてるのかも……」
「うむむ……しかし……」
こちらが説得しなくてもどうにかなりそう。余計な事は言わないで見守っていた。
その最中、雷鳴のような音が厨房に轟いた。驚いて飛び上がる料理人の二人はともかく、ここまでで割と何度か聴いていた僕たちは一斉に一人に視線を向ける。
「セベク……」
「……僕じゃない」
「わかるぞ。厨房に入ってからずっと良い匂いがしていたからな」
「違うっ!!!!ユウじゃないのか!?」
「僕あんな音しないもん!なすりつけんのやめてよね!」
「今のはお前だろう。あの轟音、聞き間違えるはずが……」
「黙れ、シルバー!!!!」
言葉は荒々しいが、セベクの表情は弱ってる時の顔だ。自分の主張が苦しいのは本人が一番自覚している、という所だろう。
そんな僕たちの間の抜けたやり取りを見ていた二人は、すっかり気が抜けたような表情になっていた。
「……ボウズども、腹減ってんのか?」
「ちが……っ!」
セベクの反論を遮るように、また誰かの腹の虫が鳴く。今度は腕に抱えたグリムからだ。
「ふな~……セベクのせいでオレ様の腹の虫まで騒ぎ出しちまったんだゾ~」
「もぉ~……」
緊張感が無い。
腹を減らして脱力する魔獣に怖さも無くなったのか、さっきまで怯えていた料理人たちは背筋を伸ばした。
「おまえ、パンとベーコンを包んでやれ」
「あいよ」
男性の指示を受けて、女性が動き出す。男性の方は湯気の立つ鍋に近づくと、中身を器によそった。
「ほれ、チビスケ。スプーンいるか?」
「チビスケじゃねえ、グリム様だ!スプーンも貸せ!」
「ははは、魔獣なのに食器が使えるのか?器用なヤツだ」
僕の腕を飛び出したグリムがテーブルに降りて器とスプーンを受け取る。具だくさんのスープを冷ましながら口に運び、ご機嫌な笑顔を見せた。
「にゃっはー!深いチキンのコクが野菜に染み込んでてウメェ!これがプロのメシってヤツか!」
「味の違いまで解るのか?面白い魔獣だな」
「グリム、あんまり調子に乗ってないでよ……」
「ほれ、お嬢ちゃんも食べな。どうせ妖精どもにろくなもん食わしてもらってないだろ」
「あ、ありがとうございます……」
思わず受け取ってしまった。おそるおそる口に運べば、幸せな味が口の中いっぱいに広がる。温かさも身に沁みた。おいしい。
料理人の男性はセベクやシルバー先輩の分もよそってくれた。シルバー先輩はともかく、セベクは警戒を露わにする。
「き、急になんなのだお前たち!?僕は施しを受けるつもりなど……!」
「俺たち料理人は、腹が減ってるヤツに飯を食わせるのが仕事なんだ。目の前に腹を空かした子どもがいて、出来上がった料理があるなら食わせてやるのが当たり前だろ?」
事も無げに言い切ってみせる。この人は自分の仕事に誇りがあるのだろう。そこに人間も妖精も関係ない。
「ヘンリクどもが急に出て行っちまって、食材が無駄になるところだったし、丁度良いや」
それにどうも、ヘンリクって人に良い印象も持ってないらしい。……料理人の彼らが逃げ遅れてるっていうのは、首領がそこまで気を回さなかったって事だもんな。人間からも結構恨み買ってそう。
「おっちゃん、おかわり!」
「おう、どんどん食ってけ」
「グリム!貴様、緊張感がなさすぎるぞ!」
「最初にデッケー腹の音鳴らしたヤツに言われたくねーんだゾ~」
ぐぬぬ、と悔しげなセベクを横目にグリムはご機嫌でスープをたいらげていく。その食べっぷりに料理人の男性もなんだか嬉しそう。
まぁ、料理が無駄になっちゃうのは悲しいもんね。こんなおいしい食事が無駄になるのは僕も勿体ないと思う。
「チビちゃん、背中の鞄に物は入るかい?」
「ふな?今は空っぽなんだゾ」
「丁度良い大きさのベリーパイがあるから、入れてあげようか」
「やったー!欲しいんだゾ!」
「じゃあちょっと待っててね」
グリムが二杯目のおかわりを待っている間に、リュックに布で包んだベリーパイを入れてもらっていた。申し訳ないけど、とても助かる。
「あんたたちも一個ずつくらい隠せるだろ?」
「あ、ありがとうございます」
強引に押しつけられて思わず受け取ってしまった。ちらっと布をめくって覗けば、きつね色にこんがり焼けた生地の合間に赤い果実の色が見える。バターと甘酸っぱい匂いが合わさって、もうおいしそうだ。大事にポケットにしまう。
僕たちが貰ったスープを食べ終えると、女性からシルバー先輩に大きな袋が手渡された。
「ほら、パンとベーコン……それと飲み水も。妖精の口に合うかはわからないけど、持っていきな」
「ありがとう。恩に着る」
シルバー先輩は微笑んで礼を言うのだが、女性は無言でシルバー先輩を見つめ、再び首を傾げた。
「…………本当に似てる」
「え?」
「おい、シルバー!無駄口を叩いていないで、さっさと物置の場所を聞け!」
「あ、ああ」
セベクの怒鳴り声でシルバー先輩は我に返る。
「物置は上の階の北側だよ」
そして改めて問うまでもなく、女性は答えてくれた。
「わかった。あなたたちは俺たちが去るまで、厨房に隠れていてくれ。驚かせてすまなかった」
「何から何まで、ありがとうございました」
「ありがとな!スープめちゃくちゃウマかったんだゾ!」
「……どうか元気で」
返事を待たず、慌ただしく厨房を後にする。
……シルバー先輩に似てる人、料理人さんたちも顔を知ってる人なんだな。すっごい偉い人だったりするんだろうか。気になる。