7−2:疾紅の戦鬼
妖精たちの土地と知ってか知らずか、人間たちが流れ着いた最初の地。
海を渡ってきた者たちが、何も分からない頃から風鳴き渓谷の東側を支配するに至る現在まで拠点としてきたであろう砦。
とはいえ、城自体は割と新しい建物のように見えた。もちろん僕たちの時代から考えれば建築様式自体は古いと思う。
野営していた鉱山跡地を出て、砦の方に近づいたまでは良かったんだけど。
「思いっきり道を塞いでやがるな」
ヴァンルージュ先輩が苦々しげに呟いた。
彼の視線の先には『梟の砦』へと続く街道がある。そこには『銀の梟』の一団が物々しい装備で待機していた。間違いなく妖精を警戒してる。
「まぁここはお行儀よく行くか」
ヴァンルージュ先輩はシルバー先輩に視線を向けた。
「茨の国の遣いが書状を持ってきたと連中に伝えてこい」
シルバー先輩が応えるより先に、その後ろにいた兵士さんが元気よく返事をした。
「ちょ、おい、お前じゃねえよ!!」
先輩の困惑の声も聞こえない様子で、兵士さんは颯爽と駆け抜けていく。……人間の言葉を話せるのって、ヴァンルージュ先輩とバウルさんだけじゃなかった?
案の定、兵士さんはあっという間に『銀の梟』に囲まれた。めちゃくちゃ不穏な空気が流れている。
ヴァンルージュ先輩は呆れた顔にはなったが、すぐに表情を引き締めた。
「ええい、こうなりゃ強行突破だ!!行くぞ!!!!」
嘆いてる暇は無い。雄叫びをあげて、一同が援護に向かう。
こちらはヴァンルージュ先輩がいるのだから、何人いようと相手にはならない。
ならないけど、誰も砦の中に助けを呼びに行く素振りが無い。ただの兵では歯が立たないのだから、侵入を防ぐために『夜明けの騎士』を呼びに行くのが妥当だろう。
昨日の事からして、もしかしてこの砦にはいないのだろうか。だとしたらどこに?
「ユウ、遅れるな!」
「はい!」
まぁでも、『夜明けの騎士』がここにいないからと言って、書状を渡す事に変わりは無い。……よね?
立っている『銀の梟』がいなくなったところで素早く砦に向かう。本来入り口に立っているべき見張りも叩きのめした連中の中にいるのか、遮る『銀の梟』はいなかった。
入り口を閉めて一息。内部は煌々と松明が燃えて窓は少ないけど明るい。砦というと飾り気の無い実用一点張りの建物をイメージするが、言うほどシンプルな建物とも思えなかった。
「……見張りも叩きのめしたから、取り次ぎもクソもねえよな」
「いかがいたしましょう」
「外の連中が戻ってきても面倒だし、直接行くとするか」
ヴァンルージュ先輩がそう言って先頭を歩き始める。足取りに迷いは無いが、果たしてどこにいるのか検討はついてるんだろうか。
「場所はお分かりですか?」
「奥に向かえばいいんだよ。偉いヤツってのは大概、奥の高い所でふんぞりかえってるもんだろ」
……まぁ、確かに大体そんなイメージだなぁ。
周囲に警戒をしつつ、砦の中を進んでいく。遠目から見ても大きな建物だし広いと思うんだけど、それにしても人の気配が少ない。同じ違和感はみんなが気づいているようで、じわじわと不穏な空気が漂ってくる。
ヴァンルージュ先輩が乱暴に開いた扉の先は、ちょっとした広間だ。大きな机と椅子があるし、会議とかに使われてそうな雰囲気。机を挟んだ向こう側に扉があるので、砦の代表者は向こうから入ってくるのだろう。本来なら、書状を持ってきたと伝えればここに案内されたのかもしれない。
何の気なしに部屋の中央まで進んだヴァンルージュ先輩が、そこで足を止めた。僕たちは全員部屋の中に入ってきている。
次の瞬間、不自然な振動が起こり唸るような音が響いた。壁を隔てている、でも近い。
「な、なんだ!?」
嫌な予感は現実になる。
向こう側の扉を派手にぶっ飛ばしながら、鉄の塊が室内に突っ込んできた。いつぞやに見た装甲掘削機と似ているが、一回り大きく装備がところどころ派手で、ツルハシだった部分は巨大なドリルに変わっていた。
装甲掘削機は右腕に装着したドリルを回転させながら、ヴァンルージュ先輩に狙いを定める。
「総員、構えろ!!」
ヴァンルージュ先輩の号令で全員が戦闘態勢に入る。とはいえ、屋外ほど広くはない場所で、こんなデカい戦車と生身で戦っていられるかって話。
それは向こうも同じ事だ。一直線に突っ込んできた掘削機は勢いよく石壁に激突した。ドリルを正面から受けた壁は崩壊こそしていないものの、大きな穴が空いている。
あんなもん、生身の人間が受けたらひとたまりもない。絶対に死ぬ。
「あわ、あわわわわ……あ、危ないってレベルじゃねえんだゾ!!??」
「落ち着いて、グリム。今は避けるのに集中しよう!」
ドリルの巨大さと突進の勢いにビビらされるけど、逆を言えばそれ以外はパッとしない。壁に激突してはドリルを引き抜き、ヴァンルージュ先輩の方に向きを変える手間が生じる。
「こっちは急いでるんだよ……ガラクタの相手なんぞしてられるかッ!!」
ヴァンルージュ先輩が素早く身を翻し、戦車の上に跳び乗る。鉄を引き裂く嫌な音が響いた。
前の装甲掘削機には乗り手がいた。見た目は似ているし、こちらも同じ構造と考えるのは当然だ。
しかしその予想はあっけなく外れる。
こじ開けたその中は、よく分からない配線とか機械がいっぱい詰まっていた。人が乗れる隙間は無い。
ぎょっとしたのも束の間、ヴァンルージュ先輩が装甲掘削機の激しい回転で放り出される。危なげなく着地してたので安心したものの、不可解な事実に動揺も広がっていた。
こんな破壊力の戦車が無人で動いている。精度はイマイチだけど、敵を認識して追尾も出来るような代物だ。実戦投入されたらどうなるかなんて考えたくもない。
もっとも、そんな事を考えている余裕は無い。当たらないからって避け続けた末に壁が崩れて、天井が崩落する可能性はある。そうしたらここにいる全員が無事では済まない。昔の建築物の構造がどれくらいしっかりしてるかなんて分かんないし、一刻を争う。
意味の分からない、得体の知れないものに妖精たちが戸惑う中、ヴァンルージュ先輩だけは攻撃の手を休めない。シルバー先輩やセベクも、魔法で内部を狙って攻撃している。中の仕組みを壊してしまえば止まるのは機械の常道だ。配線とかデリケートだっていうし。
飛び散った瓦礫も壊れた調度品も踏みつぶして暴れていた機械が、やがて不細工な音を立てて動きを鈍らせていく。煙は穴の空いた壁から漏れて流れ、油の焦げる嫌な臭いが室内に漂った。
ガシャン、と大きな音を最後に、装甲掘削機の動きが止まる。誰もが顔を見合わせ状況を飲み込めずにいた。
「……た、倒したのか?」
「そのようだ……みんな、無事か?」
シルバー先輩の言葉に、僕たちは顔を見合わせて頷く。近衛隊の面々も目立った外傷は無い。
「……誰か、奥を見てこい。この先にヘンリクがいるはずだ」
ヴァンルージュ先輩の声に、三人の兵士が応え、奥へと走っていく。その硬い声音は、いつになく不穏だった。
外で暴れた段階で『夜明けの騎士』がここにいない可能性にはみんな気づいていた。だけど首領までいないとは考えていなかった。
妖精たちの住処を脅かす連中のうち、首領と警備隊長が不在。どこにいったのか、妖精たちには情報が掴めていない。
流石に僕も嫌な予感がしてきた。
兵士たちの帰りを今か今かと待ちわびる。誰もが奥の様子を気にしていた。
だから、装甲掘削機が内部で小さな爆発を繰り返す音に金属が軋む音が紛れて、動きだしている事に気づくのが遅れた。
「危ねぇっ!!!!」
最初に気づいたヴァンルージュ先輩が声をあげる。装甲掘削機の進行方向にいたシルバー先輩を思いっきり突き飛ばした。
シルバー先輩と入れ替わりに、進路上に出てきたヴァンルージュ先輩に、掘削機のドリルが迫る。
避けきれない。
スローモーションみたいに動いていた景色の中で、鮮血が花弁みたいに散るのが見えた。少年のように華奢な身体の脇腹を抉り、回転と走行の勢いで弾き飛ばす。
「親父殿ッ!!」
我に返ったシルバー先輩が叫ぶのと、装甲掘削機が壁に激突したのはほぼ同時だった。シルバー先輩は地面に叩きつけられたヴァンルージュ先輩をすぐに抱き起こす。
「だ……から、オヤジじゃねえって、何度……」
そう悪態をつく声は弱々しい。夥しい出血が石の床をみるみる赤く染めていく。
「このガラクタめ、まだ動けたのか!よくもリリア様を!!」
セベクが叫び、装甲掘削機に飛びかかる。鈍い動きで尚もヴァンルージュ先輩を狙おうとしていた機械は、風の魔法を纏った警棒で内部を抉られ、今度こそ完全に沈黙した。
「そんな!しっかりしてください!」
「どけ、人間!」
シルバー先輩が悲愴な声をあげれば、バウルさんが衛生兵から受け取った薬を手に彼を押し退ける。ヴァンルージュ先輩が薬を飲むと、すぐに出血の勢いが弱り、やがて呼吸が落ち着いてきた。衛生兵が治癒の魔法をかけ続けた事も功を奏したのかもしれない。
「……あーチクショウ。痛ってぇ」
「安静に!あなたといえど、この傷では……!」
起きあがろうとするヴァンルージュ先輩をバウルさんが諫める。バウルさんもかなり動揺しているようだ。
「どうしてこのような事を!」
「……俺が知りてえよ、クソ……」
そして本人も自分の行動に戸惑っている。
「……シルバーがやられると思ったら、勝手に身体が動いてた」
ぽつりと呟いた一言は、その場にいた者に驚愕をもたらす。
「何を馬鹿な!あなたの忠誠は、命は、マレノア様に捧げられたはず!なのに、どうして!なぜよりによって脆弱な人間を庇って……!」
「まったくだ……俺らしくもねぇ……」
妖精の彼らからすればそう。
だけど、僕たちは知っている。彼がシルバー先輩の育ての親である事を。ここが彼の夢の中である事を。
記憶が無ければ本人さえ理解できないその行動の理由を、僕たちは知っているのだ。
語ってはいけないのが歯がゆい。無意識でさえ身体を突き動かすその愛情の深さを讃えられない事が、なんだか心苦しかった。
泣きそうな表情でヴァンルージュ先輩を見るシルバー先輩とセベクに対し、ヴァンルージュ先輩は真面目な、でもどこかいつになく優しい目を向ける。
「……いいか、小僧ども。『勝った』と思った瞬間が一番の隙だ。覚えとけ」
「はい……ッ!」
「情けねえツラすんじゃねぇ。薬は飲んだ。しばらく休みゃ、動けるようになる」
問題はその『しばらく』が許されるかどうかだ。
こんなものを、こんな所に配置していた理由なんて一つしかない。ヴァンルージュ先輩を亡き者にするためだ。
使節団であると認識していたかはさておき、ヴァンルージュ先輩と近衛隊が東に向かったという情報は叩きのめされた『銀の梟』たちから伝わっていただろう。ヴァンルージュ先輩たちも戦闘を避ける事こそあったけど、存在を徹底して隠すような動き方はしてこなかった。
ヴァンルージュ先輩の立場は『銀の梟』だって把握している。それだけの役職の者が敵方に入ってくる場合、ちょっとその辺の小競り合いをどうにかするために動く、とは考えにくい。むしろレヴァーンさん同様に『敵方への正式な遣いとして動いている』と考えるはず。つまり『梟の砦』に来ると予想が出来た。
もしここに首領がいるのなら、もう出てきてないとおかしい。というか、『夜明けの騎士』もいないとおかしい。装甲掘削機が無傷で倒されたら、並の兵士じゃヴァンルージュ先輩には対応できないんだから、危険を考えたら絶対にいるべきだ。そして逃げられないようにすぐに討ち取るべきだ。
思考がそこまで至った所で、慌ただしく三人の兵士が戻ってきた。彼らの報告を聞いたバウルさんの表情が曇る。
「何だと!?ヘンリクも『夜明けの騎士』も、この砦にいない!?」
「…………マズいな、これは……」
何とも言えない。状況が頭を混乱させてくる。
そこに妖精特有の雄叫びが届く。入り口の方から走って入ってきたのは、王宮近衛隊の鎧を纏った三人の妖精。伝令役と、あの村の女性たちを避難させるために同行した兵士たちだ。
「お前たち、戻ったか!」
バウルさんの表情が緩んだのはほんの一瞬。兵士たちの報告を聞いて、明らかに顔が青ざめた。
「な、なんて事だ……!」
すぐに表情を引き締めて、バウルさんは右大将に向き直る。
「右大将殿、申し上げます!野ばら城が……野ばら城が、ヘンリクと『夜明けの騎士』率いる『銀の梟』どもに包囲されております!」
ヴァンルージュ先輩が目を見開く。
「急いで野ばら城へ戻るぞ!」
そう叫び立ち上がろうとして、呻いて膝をついた。
「その身体では無茶です!」
「……オレ様もう、見てるだけで気絶しそうなんだゾ……」
「うるせぇ!傷なんかに構ってられるか!」
バウルさんの諫める言葉もグリムの切実な感想も振り払うように怒鳴る。それも傷に障ったのか身を屈めて、それでも険しい表情ながら近衛隊員を振り返った。
「どうせこの砦も囲まれてる。往還士!空間転移魔法で全員一気に野ばら城まで……!」
「なりません!!」
バウルさんは厳しく怒鳴りつけた。ヴァンルージュ先輩はバウルさんを睨むが、バウルさんも全く引かない。
「いかに右大将殿でも、そのお体では長距離の空間転移には耐えられません!」
空間転移魔法は、肉体と精神を霊素に変換して、目的地で再び再構築するもの。時間の制約は最小限に抑えられるが、長距離の場合や傷病者には多大な負担がかかる、との事。
今のヴァンルージュ先輩の状態で使うのはかなりの賭けって事になる。ヴァンルージュ先輩は茨の国にとって失うわけにはいかない戦力だ。バウルさんの判断は国を想う兵として適切なものだろう。
それを本人が納得できるかは別の話。
「往還士には動ける兵のみを転移させ、我らは陸路で帰城しましょう」
「馬鹿野郎、んな悠長なこと言ってる場合か!城を包囲してる『銀の梟』の中には、『夜明けの騎士』がいるんだろ!?」
「だからこそです!」
ヴァンルージュ先輩の気迫にバウルさんも負けていない。強い。
「悔しいが、『夜明けの騎士』は非常に手強い。例え右大将殿でも満足に魔石器も握れぬ状態では、牙を抜かれた魔獣も同じ。それが解らない貴方では無いはずだ」
バウルさんの言葉に、ヴァンルージュ先輩は悔しそうに俯いた。
「貴方が鍛えた近衛兵たちと、マレノア様を信じましょう。きっと我らが駆けつけるまで持ちこたえてくれます」
「…………わかった」
ヴァンルージュ先輩の心底から悔しそうな悪態を無視して、バウルさんは仲間を見回す。
「皆の者、撤退だ!衛生兵は負傷者の手当てを!往還士は動ける隊員を大至急、野ばら城へ転移せよ!急げ!!」
バウルさんが厳しい声で急かす。兵士たちは素早く人員を分け、慌ただしく準備を進める。幸いにも動けないほどの負傷者はおらず、誰を連れていっても転移魔法に問題はないみたい。
こちらに残る戦力は伝令を兼ねた戦闘員二名、治癒魔法でヴァンルージュ先輩を介助する衛生兵一名。
「野ばら城を……マレノア様を頼んだぞ、お前たち!」
城へ戻る兵士たちは勇ましく応える。
「……夜の祝福あれ」
兵士たちを見送り、バウルさんは顔を俯ける。握りしめた拳は怒りに震えていた。
「……右大将殿が城を離れる機を、虎視眈々と狙っていたか。卑劣な人間どもめ!!!!」
一体どこから人間は野ばら城を攻める事を考えていたのだろう。レヴァーンさんの行方不明も関係あるんだろうか。
いや、今はそんな事を考えていても仕方ない。
「……オレ様たち、どうしたらいいんだゾ?」
「とにかく、この部屋から移動しないと。もしかしたら崩れるかもしれないし、罠を張ってたんだから、外の兵士が中に入ってまず目指してくるのはここだ。ヴァンルージュ先輩が動けない今、正面衝突は避けたい」
そうだ、まずは安全の確保。つまりここからの脱出だ。
「……ユウ殿」
バウルさんが静かな声で僕を呼ぶ。振り返れば、少し悲しそうな顔で僕を見ていた。
「もうこれ以上、我々と行動を共にするべきではありません」
「ふなっ!?」
「彼らを連れて、貴方は降伏するべきです」
本当に、優しい妖精さんだなぁ。非情な相手にはきっとどこまでも厳しくいられるのに、誠実な者には同じ事で報いてくれる。もしかしたらこれが人間と妖精の違いなのかもしれない。
人間は人の厚意を平気で無碍にするからね。そうじゃない人ももちろんいるけど。
「我々の任務は失敗しました。右大将殿が同行を許可した時とは状況が何もかも違う。右大将殿が守った命を無駄にしないためにも、どうかご決断を」
真っ直ぐにその目を見つめる。相手も見つめてくる。どこまでも真剣だ。
静かに目を閉じて、深呼吸する。まぁこんな事しなくても、僕らの行動は変えられない。
だってヴァンルージュ先輩から離れたら、僕たちは『闇』に飲まれてまたワケの分からない夢の中に落とされる。シルバー先輩はともかく、僕たちはそうなったらもう何も出来ない。
何より人として、僕たちは彼らを見捨てられない。
「それは出来ません」
「何故!?」
「これまで面倒を見てくださった方を見捨てるような真似、どうしてできましょうか。仮に降伏するとしても、それは貴方たちをこの砦から逃がした後です」
メガネを外し、拭いてからベルトのポケットにしまった。説得するならこっちの方が何かと都合が良い。動きやすいしね。
「しかし、人間である貴方がたに『銀の梟』と戦う理由など……」
「理由なら、あります」
バウルさんの言葉を、シルバー先輩の力強い声が遮った。僕の隣に並び、バウルさんを真剣な表情で見つめる。
「俺はヴァンルージュ殿が守ってくれなければ、命を落としていたかもしれない。彼は命の恩人です。……なんとしても生きていて欲しい」
切実な声音だ。込められた気持ちを理解できないバウルさんではないだろう。実際に少し瞳が揺れている。
「理由など、他に必要ありません。人間か妖精かは……関係ない」
「バウル様。僕もシルバーと同じ気持ちです」
シルバー先輩の隣にセベクが並ぶ。更に居心地悪そうな顔になったバウルさんだが、かと言って負ける気も無い。
「砦の外で我らを狙う鉄の者どもを突破し、野ばら城まで駆けつけるのは生半可な事ではない。貴様らを気にかけている余裕などないぞ」
「ご心配には及びません。僕らの師匠の教えに恥じぬ働き、ご覧に入れましょう!」
セベクは真っ直ぐにバウルさんを見つめている。バウルさんは苦しそうだ。
「正直な事を申し上げれば、降伏したとて身の安全は保障されないものと考えております」
「で、ですが貴方は……」
「どんな立場だろうと不幸な事故……いえ、『賊』に襲われ命を失うことはある。実際に手をかけた者がどこの誰であれ、命を失った事実さえあれば、どうとでも使いようがありますから」
「それは……」
「私たちの今の身分は『ナイトレイブンカレッジの学生』です。ナイトレイブンカレッジは種族や国籍を問わず多くの生徒がおります。その一部である私たちが『妖精に殺された』などと流布されれば、状況は更に悪化する可能性がある」
バウルさんが明らかに青ざめた。本当にこの妖精さん、優しいし善良だ。ヴァンルージュ先輩が右大将で良かったまである。僕みたいなのが人間に紛れてたらコロッと騙されて大変な事になってそう。
「私たちがここを出るまで、どうかお力を貸してください。……その対価として私たちも、皆さんを無事に野ばら城まで送り届けるための力になります」
深々と頭を下げれば、バウルさんの緊張がぐっと高まっていた。再び握った拳が震えている。
「……顔を、上げてください」
バウルさんがいつになく弱々しい声で言った。言われたとおりに身を起こせば、バウルさんは僕を見つめる。
「我々の戦力は乏しい。貴方を守れないかもしれない」
「承知の上です。自分の身ぐらいは自分で守ります」
「人間の貴方が何故そこまで!」
「皆さんの事を好きになったから、ではいけませんか?」
甘く、柔らかく微笑む。多分出来てる。バウルさんがちょっとドキッとした顔したから。
「皆さんが私たちにとても親切にしてくれた。その恩を返したい。皆さんが立場を顧みず私たちにしてくれた事には、私の命を賭ける価値があります」
「ユウ殿……」
バウルさんだけでなく、後ろの兵士の皆さんも心を動かされた様子だ。チョロくて助かった。ヴァンルージュ先輩の意識が朦朧としているのもデカい。ツッコミが入るだけでもこういうのはシラケるからね。
バウルさんは険しい顔でぐっと黙り込んだ。数秒の沈黙の後、次に目を開いた時にはもう目に迷いは無い。
「……忠告はしました。……これ以上は何も言いません」
「ありがとうございます!」
再び声を揃えてお礼を言う。バウルさんは困った様子で溜息を吐き、兵士たちはなんだかホッとしていた。
それはさておき。
「ではここから移動しましょう……と思うのですが、ヴァンルージュ様の容態はどうですか?」
「魔法薬と治癒魔法の効果で傷の表面は塞がっていますが、予断は許せません。自力での歩行も今は困難です」
衛生兵の言葉をバウルさんが翻訳してくれる。ちょっと考える。
「ここまで来る間に、兵士の休憩室のようなものがありましたよね。一旦あそこに移動しましょう」
「しかし、連中はいつまで外にいる?僕たちが出てこない事に痺れを切らして入ってきたら、それこそ逃げ場が無くなるぞ」
「そうなんだけど、もし連中が『ヴァンルージュがほぼ無傷で脱出してくる』可能性を想定していたら、中には気軽に人を入れられないと思う」
屋外での集団戦闘すら歯が立たないのに、狭い屋内だと戦える場所が限られる。『銀の梟』に『数で潰す』という想定があるにしても、同時に戦える人数が減るのでは本末転倒だ。混乱も避けられない。
何より結構内部構造が複雑だから、隠れてやり過ごして出し抜かれる、みたいな可能性を想定したら、中に入る意味はやっぱり無い。
「そもそもヴァンルージュ先輩が無傷なら、空間転移魔法でとっとと野ばら城に帰られて空振りに終わる。急いで砦の中に入る意味は別に無い」
「……連中が狙っているのは、我々が負傷し空間転移魔法が使えない状態で、焦って砦を出るその瞬間、と」
「そう。そのチャンスを逃す可能性を考えたら、急いで中に入り内部を混乱させてどさくさに紛れて逃げられてしまう危険を冒すより、外で待機していた方が彼らにとっても安全と言える。……すぐに逃げられないほど弱っているなら、やっぱり焦って突入する必要も無い」
「ぐううぅぅ……人間めぇぇ……!!」
バウルさんが歯噛みしている。怖い。
咳払いをして、一同を見る。
「ひとまず休憩室に移動して、ヴァンルージュ様を寝かせて少しでも回復して貰いましょう」