7−2:疾紅の戦鬼


 予定通り、女性と負傷した調査隊の隊長に護衛の兵士を二人つけ、更に支援を頼む伝令を野ばら城に飛ばす。
 ただでさえ人手不足なのだから望みは薄いが、現状の報告も兼ねているから決して無駄ではないはずだ。
 僕たちは東へと進んでいく。目指す先は東の鉱山跡地だ。既に資源が尽きたため捨てられた土地だが、『銀の梟』の本拠地である砦に近く、廃墟ではあるものの建物はいくつか残っているらしい。雨風をしのぎ身を休めるぐらいは出来るだろう、との事だ。
 作戦も大詰め。戦闘は出来る限り避け、体力を温存する方針になった。何せ使節団が行方不明になったり、調査隊が壊滅したりしている。『銀の梟』との戦闘はあるものと考えた方が良いだろう。
 昨日の村の惨状を見た事もあり、近衛隊の間にも緊張した空気が流れていた。自然にいるべき妖精の姿が見えない事も、彼らが現状への怒りを募らせる要因になっているのかもしれない。それを抑え込むために口数は減り、動作は荒くなる。自然と空気も悪くなる。あまり良くない事のような気はするけど、部外者で人間の僕が口出しするべきじゃない。
 幸いにも道中で『銀の梟』の姿を見る事は無かった。無用な怪我もせず、移動以外の疲労も溜めず、無事に鉱山跡地の近くまで辿り着く事が出来た。
 今日はここで身を休めて明日は万全の状態で砦に向かいたい、と思ってもなかなか思ったようにはいかない。
「……先客がいるようだな」
 木に登って様子を見てきたヴァンルージュ先輩が険しい表情で言った。低い場所から見ても、目的地の方向に細く煙が上がっているのが分かる。恐らくは野営の焚き火があるのだ。
 砦にけっこう近いこんな所で『銀の梟』がわざわざ野営をするのか、という疑問はあるが、それに警戒して休める場所を人間に譲るような人たちではない。打ち捨てられているとはいえ、元は妖精の住処だ。そこに人間がいるという不快感もあるのだろう。
 疲労も溜まり殺気立っていた彼らは、近づいてくる荷車の音への反応が遅れた。
「おや、そこの旦那様方!」
 森から出てきた僕たちに、荷車を引いた行商人が空気を読まずに声をかけてきた。耳が丸いから人間だ。
 すでに閉山している鉱山に向かってくるのは、恐らくそこが『銀の梟』の野営地として人間に知られているからなのだろう。じゃなきゃ見るからに兵士の一団に声をかけてくるとは思えない。
 ……『銀の梟』は作戦中でも行商人の商品が買えるほど裕福って事なのかな。余裕があるんだな。
 行商人は実に愛想良くにこにこと笑っていた。兵士さんたちより、明らかに見目の良いシルバー先輩やセベクを見ている気がする。
「珍しい香辛料や香油はいかがです?薔薇の王国からの輸入品でさぁ。お土産にきっと喜ばれますよ!」
「人間の物売りか?」
 バウルさんが仮面をしたまま、僕たちを庇うように前に出た。彼を見た行商人が怯えた顔に変わり息を飲む。
「ば、化け物!化け物だぁ~~っ!!誰かお助けぇぇぇ~~~~っ!!!!」
「なっ!?化け物だと!?」
 行商人は声の限り叫んだ。こっちが対応を迷っている間に、鉱山跡地の方から『銀の梟』が走ってくる。数は近衛隊と同じくらい。
「どうした!何の騒ぎだ!」
「……貴様らは、茨の国の!」
 人間の兵士たちは広がって武器を構え、近衛隊の面々も武器に手をかけた。
 行商人の男は近くまで来た人間の兵士に縋りつき、こちらを指さして喚き立てる。
「奴らがわしの売り物を奪おうとしてきたんです!」
「その男は嘘を言っている!僕たちは何も奪おうとなどしていない!」
「信じられるか!お前たちがどれだけ我々の採掘したものを横から奪ってきたと思っている!」
 セベクも声を張り上げたが、『銀の梟』は聞く耳を持たない。その物言いに、バウルさんを筆頭に近衛隊の面々も怒りを露わにした。
「その盗人猛々しい物言い……もう許さん!そこへなおれ!」
 雷鳴のようなバウルさんの声に応え、近衛隊の面々が武器を抜く。すぐに乱戦の状態になった。鉱山跡地の方から増援は数人来たけど、ヴァンルージュ先輩が強すぎて全く歯が立ってない。ひとり、またひとりと野営地を捨てて逃げていく。
 行商人もすぐに逃げ出すかと思えば、荷車にしがみついて戦況を見守っていた。このまま残ってもろくな事がないと解りそうなものだけど。
 そして行商人と目が合った。はっとした顔になった行商人は、猛然とこちらに向かってくる。命乞いでもするのかと思えば、僕の腕を掴んで引き寄せ、どこに隠し持っていたのかナイフを首に突きつけてきた。
「お、お前ら動くな!この子どもがどうなってもいいのか!?」
 行商人の声に、『銀の梟』も近衛隊の皆さんも動きを止めた。シルバー先輩たちも警戒を露わにする。
 僕は慌てず騒がず、まずナイフを持った行商人の手を捻りあげた。別に鍛えてる訳でもないらしくあっさりナイフを落とす。そのまま身を翻して後ろに回り込み腕を背中で捻り、足を払って地面に転がした。
「ぐえっ!」
 顔と腹を打ち付けて行商人が悶えるが、そのまま背中に膝を乗せて押さえ込み、空いた手でナイフを拾い上げ顔の横に突き立てる。
「ひぃぃっ!?」
「……あ、こちらの事はお気になさらず。続きをどうぞ」
 にっこり笑いかけると、『銀の梟』は顔を見合わせていた。近衛隊の皆さんも戸惑った様子だが、ヴァンルージュ先輩だけは『だから言ってるだろうが』みたいな顔をしている。
「……我々は退却する」
「えっ!?」
 同じ人間であるはずの『銀の梟』の非情な決断に、行商人が絶望の声を上げた。兜越しでも、彼らが冷ややかな視線を行商人に向けているのが解る。
「そ、そんな!待って、助けて……!」
 哀れな声を無視して、『銀の梟』たちは足早に去っていった。その気配が完全に遠くに行った所で、近衛隊の皆さんが怒り心頭の様子で行商人の男を囲む。拘束も兵士さんが代わってくれた。
 行商人の男は怯えきった顔でガタガタ震えている。
「み、店の売り物を全て差し上げますから、どうか見逃してください……っ!」
「そんなものより、我らを侮辱した事を謝罪してもらおうか!」
「侮辱の慰謝料としてもらっときゃいいじゃねぇか」
「しかしッ!」
 冷ややかに合理的なヴァンルージュ先輩とは対照的に、バウルさんや他の兵士さんたちは怒りに燃えている。ついでにセベクも。
「虚言に脅迫、売り物も果たして綺麗な取引で得たものか怪しい所ですね。口だけ反省を述べさせた所で意味も無さそうですし、無用な噂を流布されないように口封じするのも選択の一つかと思いますが」
「そ、そんな……決してそのような……どうか、どうかご慈悲を……!」
 行商人は僕の言葉で面白いぐらい冷や汗を流して震えている。口を開く度に拘束している兵士さんに頭を揺らされ悲鳴を上げていた。
「でも、僕は皆さまの得物をこんなくだらない者の血で汚してほしくありません。物に名前が書いてあるわけでなし。荷物を頂いて、あとは捨て置いてよろしいかと」
「ですが、此奴は貴方を人質に取ろうとしたのです!」
「僕は怪我をしてません。こんな小物を相手に時間を労するよりも、早く身を休めましょう。矜持よりも万全な任務の遂行を優先すべきです」
 鰐の仮面をまっすぐに見つめる。しばらくすると殺気が鎮まった。バウルさんが殺気を引っ込めれば、他の兵士さんたちも勢いを失っていく。
 それでも敵意だけは明らかに行商人に向けたまま、バウルさんは舌打ちする。
「……お心の広い右大将殿に感謝し、猛省するがいい、人間!」
「ははーっ……!」
 バウルさんの言葉を合図に、兵士さんも拘束を解いて離れた。途端に行商人は地面にひれ伏す。
 それを無視して、兵士さんたちは荷車を三人がかりで動かして野営地に運び始めた。一応大した腕力のない人間一人でも運べる重さみたいだけど、ここからしばらく登り坂だし。
 兵士さんたちが離れた頃合いに、行商人はそっと顔を上げて、僕がまだいる事に驚いて後ろにひっくり返る。
「あ、え、ここ、この度は、ええっと……」
「ああ、そういうのいいです。それ持って帰ってくださいね」
 地面に突き立てたナイフを指させば、行商人はそそくさと引き抜いた。立ち上がってその場でなんかペコペコしてる。とっとと消えればいいのに。
 僕はにっこりと微笑んで歩み寄る。冷や汗を流しながらもつられて愛想が良くなった行商人の襟首を掴んで絞めつつ、殺気を込めて睨みつけた。
「二度目があると思うなよ。とっとと失せろ」
 低い声で言い、突き飛ばすようにして首から手を放した。行商人の男は悲鳴を上げながら地面を転がり、その勢いのまま走って逃げていく。背中が見えなくなった所で振り返れば、シルバー先輩とセベクが何とも言えない顔をしていた。グリムは呆れた顔だ。
「どうかしました?」
「……お祖父様への態度との落差が激しすぎる」
「だから言ってるだろ。子分は腹黒陰険暴力メガネだって」
「何回見ても慣れる気がしないな……」
「まぁ慣れなくてもいいですよ、別に」
 どうせここだけの関係だし。
「そんな何度も見る事になるもんじゃないですから」
「……油断を誘う外見というのは利点もあるだろうが、危険もあるだろう。本当に大丈夫なのか?」
「それはしょうがないって。どうしてもこの外見じゃ『見た目からして強そう』になるのは無理だからね。ピンチをチャンスにする努力をしないと」
「ピンチをチャンスに……か」
 セベクはなんだか引っかかったようだけど、この場は深く訊かなくてもいいだろう。
「さ、ご飯の支度をしに行きませんとね」

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