7−2:疾紅の戦鬼
歩いているのは獣道だが、ヴァンルージュ先輩や妖精の兵士たちにとっては知った道のようだった。遅れないように必死で足を動かす。
やがて焦げくさい臭いが漂ってきた。程なく視界が開け、臭いの元が視界に入る。
それは村の跡だった。数軒しかない家は焼かれ、ささやかな畑は踏み荒らされ、住民の気配は既に無い。兵士の誰かが周囲を見回り、この痕を見つけたのだろう。
火は既に鎮まっている様子だけど、畑を踏んだ足跡は新しく見えた。多分、先輩たちは魔力の痕跡とかでもっと明確に時期を感知しているだろう。
兵士のひとりが仲間の痕跡を見つけたらしく、全員がその後を追った。
明確な距離がわからないのでこうするしかないんだと思う。本当は多少警戒に割くべきなんだろうけど、様子を見るにそれどころじゃなさそう。
山に入ってどれくらい経った頃だろう。前方からヴァンルージュ先輩の『号令』が飛んできた。もう言葉が分からなくても解る、強い怒りの籠もった『攻撃』の合図。
一気に向こうが騒がしくなった。金属音の合間から悲鳴と怒声が聞こえる。
「いやあああ!!」
その最中、全く違う方向から声が聞こえた。しかも、女性の悲鳴だ。
誰に合図するでもなく、セベクもシルバー先輩も女性の声の方向に走り出した。僕とグリムも続く。
すぐに声の主の姿が見えた。『銀の梟』の甲冑の向こうに。
長い髪を束ねた女性が、王宮近衛隊の甲冑を着た人を抱えている。女性の耳が尖っているから、多分あの人は妖精だ。一方、抱えられている妖精の兵士は動く様子が無い。恐らく女性を守って負傷したのだろう。
そして女性を追いつめていた『銀の梟』たちもこちらに気づいた。二人はこちらを警戒するかと思いきや、シルバー先輩の方を見て警戒を緩める。
「ああ、貴方様でしたか。これは心強い」
「……え?」
シルバー先輩は戸惑い、セベクも呆気に取られている。片方がそれに気づかず和やかなのに対し、もう片方は違和感に気づいたようだ。
「仲間が敵襲を受けたようです。是非支援を……」
「待て。……何か様子がおかしい」
どうやら誰かと間違えているようなんだけど、そんな事をご丁寧に説明してもらっている暇はない。向こうも説明する気はなさそうで、無言で剣をシルバー先輩たちに向けている。
その隙に女性たちに近づくべく、グリムを抱えたままこっそり茂みを回り込んだ。
「貴様、何者だ!」
「貴様等に名乗る名など無いッ!!」
我に返ったセベクが怒鳴り返し、警棒を構える。シルバー先輩もそれに続けば、『銀の梟』の注意は完全に二人の方に向いた。
チャンス、と思い一気に女性たちに近づく。女性は目の前で起こっている事に混乱している様子だし、兵士は完全に気を失っているのか全く動かない。
「おい、コイツらどうするんだゾ?」
「ひとまず、ヴァンルージュ先輩が来るまで守るよ。変な音が聞こえたらすぐ教えて」
「わかったんだゾ」
「……ヴァンルージュ?う、右大将様が来てるの?」
女性が僕たちの声に気づいたらしく呟く。その声に、戦っていた『銀の梟』の一人が振り返った。
「ヴァンルージュだと!?……冗談じゃねえ、こんな連中に構ってられるか!」
片方の兵士の殺気が、目の前のセベクじゃなくて女性たちの方に向いている。反射的に短剣を抜いた。
叫んだ『銀の梟』の兵士はセベクを力押しで振り払うと、女性に向かって剣を振り下ろす。ヤケクソみたいな乱雑な振りだけど、王宮近衛隊の兵士に当たっても女性に当たっても無事では済まない。
何とか女性と『銀の梟』の間に割り込み、短剣で刃を受け止めた。『銀の梟』が予想外の応戦に怯んだ隙に、僕の背中を駆け上がったグリムが相手の顔面に向かって炎を吐き出す。
「ぐわああああっ!!??」
剣を落とし悶絶する兵士を、セベクが警棒の柄で後ろから殴りつける。それで気を失ったようで、男は動かなくなった。
その間にシルバー先輩が相手をしていた方も片づいたようで、こちらに駆け寄ってくる。
短剣をしまって振り返れば、女性はさっきより更に怯えた顔になっていた。
「に、人間……?な、何をする気……?」
あー、と思わず声に出してしまった。耳の形で人間と妖精を判別してるなら、ここには人間と魔獣しかいない。僕たちはいきなり出てきて『銀の梟』を叩きのめした不審な人間だ。怯えるのも無理はない。
「近衛隊の方を呼んできた方が良さそうですね」
「……そうだな」
僕の言葉にセベクが同調する。ふとシルバー先輩を見れば、自分が叩きのめした『銀の梟』を見ながらぼんやりしていた。
「お、ここにいたか」
声をかける前に、木々の間からヴァンルージュ先輩が顔を出した。後ろにはバウルさんや他の王宮近衛隊の面々もいる。見たところ大きな負傷はなさそう。
「ヴァンルージュ様……ほ、本当に……!」
「ああ。助けが遅れてすまなかった。腕に抱えているのは……」
「彼は、私を助けてくれたんです……ここまで一緒に逃げてきたけど、あいつらに……」
ヴァンルージュ先輩は女性に駆け寄り、倒れて動かない兵士に触れた。
「……まだ息がある。急いで村に戻るぞ。森の中よりは手当もしやすいだろう」
ヴァンルージュ先輩の号令で、負傷している兵士に応急処置をし運び出す。女性にも護衛の兵士がついた。
一通りの流れが決まったところで、ヴァンルージュ先輩はこちらを見て首を傾げる。
「……おい、シルバー?」
「は、はい。すいません。少し……考え事をしていました」
「しっかりしろよ。置いてくぞ」
「失礼しました」
先輩の考え事の中身はなんとなく想像がつく。さっきの『銀の梟』の反応だ。
シルバー先輩の顔を見て、誰かと間違えていた。
おそらくは知り合い、それも地位が上の人、かな。なんかそんな雰囲気。上司とか先輩とか。でも片方はすぐ違和感に気づいた所を見ると、ぱっと見が似てるだけっぽい。もしくは服装のせいかな。
連中が友好的に反応するからにはつまり『銀の梟』の誰かなのだろう。
まぁ世の中には似てる人が三人いるっていうし、四百年前ともなれば遠い先祖の誰かって可能性もある。ちょっと不思議だけど、茨の谷で育った人間であるシルバー先輩の先祖が、この辺りに移住してきた人間でもおかしい事はない。
でもちょっと運命的だよな。シルバー先輩の先祖の顔見知りと出会うなんて。
取り留めのない事を考えながら、来た道を戻る隊列の後を追う。程なく先ほどの焼けた村に辿りついた。
家屋はほとんど焼けてしまっているが、燃え残った資材もある。妖精にしか解らない目印も残っていて、焼け落ちた建物の床板を剥いだら保存食や医薬品も出てきた。こうなる事を予想して備えていたのかもしれない。
そのおかげで、助け出した兵士さんの手当は出来た。元々命に別状は無かったようだけど、かと言って小さな怪我も消毒しなければ大変な事になったりするし、油断は出来ない。
……シュラウド先輩の言うように、僕の魔力が『治癒』であるなら、こういう時に使えたら便利だよな。いや使い方なんて皆目検討もつかないけど。妖精の皆さんが魔法を使ってる所を見ても何もピンとこないし。それともやってみればいいのかなぁ。案ずるより生むが易し的な。
今日はこのままここで野営する事になった。『銀の梟』の連中が戻ってくる可能性はあったけど、怪我人と非戦闘員を抱えて当て所なく移動するのは結局危険が大きい。だったら怪我人の治療を進めつつ襲ってくるものを迎撃した方が効率的、と結論した。幸いにも隊の負傷者は戦闘に支障がない程度の軽傷のみ。彼らを休める意味でも、整った平らな地面の方が良いだろう。
焼け残った布で気持ちばかりの屋根を作り、負傷者と女性を休ませた。女性は負傷した兵士の事をずっと気にかけている。
僕たちは残された物資で食事の支度。とはいえ手持ちと残された食糧を合わせても凝ったものは作れそうにない。今日は味の薄いスープとパン。それでも何も無いよりマシだろう。
人間たちが作った製鉄所の影響で川や空気が汚れ、食べられる野草や香草の類もこの辺りではあまり期待が出来ないらしい。どうにも味気ないけれど仕方ない。これまでが野外だというのに特別に良い環境だったのだ。
「……少し話を聞いてもいいか」
食事を終えた頃に、ヴァンルージュ先輩が女性の傍に座って話しかけた。女性も姿勢を正して先輩に向き直る。
女性はこの村の住民だ。村は農業を生業として細々と暮らしている。元々はここよりも東の方にある鉱山へ食糧を供給するための村だったが、鉱山の資源が尽きて妖精たちが引き上げた後、畑を捨てきれずに何となく居残ってしまった者たちが日々を過ごしていた。人間が勢力を広げた事で危険を厭った住民が離れ、今では小さな村となっている。
妖精と人間が緊張状態に入ってからは、王宮近衛隊がしばしば休息や補給の場所として利用しており、また住民たちも近衛隊への支援にある程度の使命感を見いだしていた。
「数日前、彼がこの村に逃げ込んできました」
彼は三ヶ月前に野ばら城を出立した調査隊の隊長だという。
どういう経緯か不明だが、彼は隊の仲間を失い、疲弊した様子で村に逃げ込んできた。その時は重傷ながらも動ける程度の怪我しかなく、村民に介抱され野ばら城へ戻るための鋭気を養っていた。
それが昨日、一変した。『銀の梟』が村の存在を嗅ぎつけ潰しに来たのである。村民は唯一の女性である彼女を近衛隊の彼に託して、散り散りになって山の中に逃げた。他の村民に戦闘能力は無かった、という事らしい。
その判断の是非はさておき、兵士と女性は共に逃げ、途中で兵士は傷を受け動けなくなった。それでもどうにか隠れてやり過ごそうとしたが見つかった、というのが僕たちが遭遇した場面らしい。
「なんで、なんで私たちがこんな目に……」
顔を覆って泣き出す女性を前に、誰も何も言えない。
敵の補給地点は潰すもの、なんて兵士の理屈を押しつけるのも酷なのかもしれない。彼らにとって人間たちは侵略者で、この土地に暮らしている妖精たちは当然の権利を行使してるだけ。危険を理由に権利を手放さなかっただけ、といえばそうなんだけど。
慰めの言葉もうまく出てこない。悪いのは人間と言えばそうなんだろうし。
「……来るのが遅れてすまなかった」
ヴァンルージュ先輩が頭を下げる。女性は何も言わない。
「村を捨てさせるようで悪いが、ここに残るのは危険だ。それは解るな?」
「……でも、仲間が……」
「彼らが戻ってきたら解るように導は残そう。近くにいる仲間に会えたなら状況も伝える」
女性の視線は揺れている。長く親しんだ故郷を離れるのは、長命の彼らにとっても苦しい事のようだ。
「何より人手が足りないんだ。こいつを無事に返すために、アンタの力を借りたい」
多分、女性をここから逃がすための方便だ。動けない兵士も女性もここに残しておくのはあまりに危険だし、自分たちに余力が無いからと言って彼らを放ってもおけない。
ヴァンルージュ先輩は仲間を何人か呼びつけて、伝令と護衛を務める者を決めた。元より少数精鋭だが、敵の本拠地を前に更に数が減る事になる。
「……お前ら、ちょっと来い」
女性と兵士たちが道行きを打ち合わせるのを横目に、ヴァンルージュ先輩が顔をこちらに向けた。少し離れた所に向かう彼に素直についていく。
「聞いた通り、隊の戦力を割く事になった。ここからはお前らに構ってやる余裕はない」
「承知しております」
「俺たちは勝手についてきている立場です。お気遣いを頂く必要はありません」
ヴァンルージュ先輩がちらっと僕の方を見た。涼しい顔で微笑みを返す。疲れたように溜息を吐いた。
「そんなにおっかねえのか。ナイトレイブンカレッジの『学園長』って奴は」
「おっかないというか……ひとでなしというか……自分に火の粉がかからなければ誰がどうなろうと気にしないクソ野郎というか……」
「……むしろ何でそこまで言いたくなるようなヤツに従ってんだ」
「こっちにも色々とジジョーってもんがあるんだゾ」
「そういう事ですね」
しれっと返せばヴァンルージュ先輩も訝しげな表情ながら何も言わない。
まぁでも関係の無い他人から見たらそういう風に見えるのかもなぁ。時代の違いもあるかもだけど。
もしかしたらこの時代では、身寄りのない子どもが大人の手を借りずに自立するのなんて当たり前なのかもしれない。だとしたら先輩には、嫌な思いをしてまで大人の庇護下にいようとする僕なんて甘ったれて見えるだろう。
……時代が違うとはいえ、やっぱり現実でも身の振り方を考えるべきなんだろうな。
「まあいい。忠告はしたからな」
ヴァンルージュ先輩は冷たく言って、近衛隊の皆さんの方に戻っていく。
こっちとしては『ついてくるな』って強固に言われなくて助かったって感じ。だってヴァンルージュ先輩と離れると危ないみたいだし、仕方ないよね。
今のところ夢の主から離れすぎたせいで『闇』に襲われた事は無いけど、この先も見捨てられないように注意しないと。