7−2:疾紅の戦鬼
翌朝も天気は晴れ。
セベクの両目は見事に腫れて、病気を疑われるほどだったけど、昨晩の泣きっぷりが記憶にあった皆さんは特に強く疑念を持つでもなく、ただちょっとセベクの事を励ましたり気にかけてやったりしてる事が増えた気がする。あのバウルさんでさえ。
装備は最小限に留める旅なので天幕はテキトーに片づけて置き去りにしつつ、先へ進む事になった。
ここから先は人間が多く暮らしている。『銀の梟』との遭遇率は勿論、それ以外のならず者とかがいる可能性も高い。気を引き締めないと。
風鳴き渓谷から続く川は東へと流れており、海まで続いている。平地を流れる川沿いを進めば最短距離で東端の砦に着く。
しかし、砦は『銀の梟』の拠点。謂わば採掘作業の出発点だ。彼らが風鳴き渓谷の向こうを目指すための最短ルートもまた、同じ道になる。
風鳴き渓谷の西側ですらあの遭遇率だったのだから、こちら側では更に増えるだろう。書状を届けて野ばら城に帰る、という目的の達成時間にも影響する。
同じだけ時間を要するのであれば、目的の一つである『使節団の痕跡探索』を優先する選択肢もある。例えば『銀の梟』に襲撃されて傷を負った妖精たちが、敵が頻繁に往来する平地に留まり続けるとは考えにくい。それを踏まえて、渓谷から平地の南側に続く竜尾岳沿いを探索しながら東を目指す事になる。
王宮近衛隊としては『銀の梟』の侵略行為を少しでも止めるのも仕事に含まれているので、平地を進むルートで戦い続けるのも決して無駄な事ではない。しかし最小限の装備で進んでいる今回の旅にはそぐわない、とヴァンルージュ先輩は判断したようだ。
多分、風鳴き渓谷で遭遇した装甲掘削機の事も引っかかっているのだろう。相手方に何台あるのかわからない。こちらの戦力でそれを全て破壊しきれるとも限らない。こちらが任務を達成しきれないほどの数がいたら、結局は戦う意味がない。
で、あれば竜尾岳付近で妖精たちの集落を点検しつつ仲間の痕跡を探す方が、体力を温存しつつある程度安全に進む事が出来るだろう。装備や食料の支援も期待できる。
装甲掘削機は破壊力こそあれど、小回りが利かないと言う欠点がある。人間たちは『東側は資源が尽き始めている』との認識から風鳴き渓谷を越えてきていると考えられるので、わざわざ遠回りになる上に悪路の南側を回ってくるとは考えにくい。
よって進路は南回りに決定。風鳴き渓谷を離れるまでは『銀の梟』との遭遇率も高いだろうから気が抜けない。
湖を離れて、出来る限り森に身を隠しながら進む。何となくだけど、近衛隊の皆さんの警戒ぶりが西側にいた時とは違う気がする。僕には感じ取れない空気の違いを、妖精の皆さんは感じてるのかもしれない。
不意に、ヴァンルージュ先輩が『静かにしろ』と動きで示す。
視線を追えば、森の木々の向こうに『銀の梟』の甲冑が見えた。こちらには気づいていない様子だが、サボってるのか談笑していて移動する気配がない。
近くに仲間がいる可能性を考えて、この場は音を潜めて通り過ぎよう、となったようだ。出来るだけ足音を立てないように、草深い奥へ奥へ回りこんでいく。
「ふぁ……ふぇ……」
そんな声が聞こえてきて、はっと気づいた時にはもう遅い。
「ぶふぇっくしょん!!」
グリムが特大のくしゃみをした。空気が一瞬で凍り付く。さすがにこの人数で一瞬で通り過ぎるとか出来るワケがない。
反射的に立ち上がり、『銀の梟』が来るであろう方向に向かった。止める声がしないではなかったが、ヴァンルージュ先輩が諫めていたので大丈夫だろう。
足音は的確にこちらに向かっていた。軽く鼻を押さえ、姿勢を低くしながらそれなりに足音を立てる。
「何者だ!」
「うわぁ!?」
いきなり怒鳴られて驚いたという顔で声を上げる。『銀の梟』は二人連れで、どちらも兜で顔は解らない。
「怪しい奴、ここで何をしている!」
「え、ええと、父の仕事の手伝いで……はぐれてしまって……」
「んん?おい、耳を見せろ」
髪の毛をかきあげて耳を見せると、『銀の梟』は少し警戒を解いた。この時代だと、セベクみたいなハーフは存在しないのかもしれない。
「そりゃ災難だったな。村の方角は分かるか?」
「待て」
先に怒鳴った方が話を遮った。おもむろに近づいてきて僕の腕を掴む。顔をまじまじと覗きこんできた。
「あ、あの……何か……?」
一生懸命怯えた表情を作る。何か気取られたかと思ったんだけど、掴んだ腕をそのまま強引に引っ張ってきた。
「痛っ、あの、何……」
「おい、ちょっと見張ってろよ」
「……ほどほどにしとけよ」
「後で代わってやるから」
あの兜の下で下品な笑みを浮かべているであろう事はすぐに想像がついた。夢の世界だってのに妙にリアルだなぁ。
冷え切った内心は少しも出さないように、怖くて声も出ない風を装った。先輩たちから離される事だけが気がかりだが、鉱山の時も結構距離が空いたのに何も無かったから多分大丈夫だろう。
比較的柔らかそうな、周囲から死角の多い草むらに転がされる。怯えて後ずさろうとすれば、兵士は加虐心を煽られた様子で覆い被さってきた。僕の肩を掴み地面に押しつけ、こちらの装備を外そうとベルトに触れてくる。
どこで反撃すれば効果的に潰せるかを考えていると、向こうの方から『ぐべぇっ』とかいう感じの呻き声が聞こえた。確か、見張りをしてる奴がいる辺りだと思う。声には目の前の兵士も気づいたようで、すぐに動きが止まった。
兵士が振り返った瞬間。
「こんの……外道がァァァァーーーーーーーッッッ!!!!!!!!」
天にも届きそうな咆哮と共に、兵士が吹っ飛んだ。きりもみ回転しながら草むらを転がり、不自然な体勢で倒れたまま動かなくなる。
目の前には、魔石器を手に肩で息をしているバウルさんがいた。あの兵士は重機すら一瞬足止めするバウルさんの魔石器のフルスイングをもろに食らったらしい。生きてるかな。
「お怪我は!!??」
殺気だった顔で訊かれて思わず身を竦めてしまった。何とか首を横に振ると、すぐにバウルさんから殺気が抜ける。
「あの、皆さんは先に進んだのでは……?」
「嫌な予感がして後をつけた。予感は当たったが……」
バウルさんは助け起こした僕を腕で支えつつ、未だに不規則に痙攣しながら起きあがる気配の無い兵士に冷たい怒りを向けていた。
「貴人の見分けもつかないとは。見境のない品性下劣な人間めが……」
心の底から忌々しげに吐き捨てる。ちょっと怖いぐらい。
「おぉ、いたいた」
そこへヴァンルージュ先輩が数人の近衛隊を引き連れてやってきた。
「怪我が無いならとっとと移動するぞ」
「む、何かありましたか!?」
「ありましたか、じゃねえよ。お前が大声出したから連中に気づかれたかもしれねえだろうが」
バウルさんが言葉に詰まる。ヴァンルージュ先輩は呆れた顔を隠しもせず、バウルさんと周囲の兵士たちに冷ややかな視線を向けた。
「全く。ユウが無策で出てるワケねえっつってんのに、コイツらと来たら助けに行くって聞かねえし、コイツら止めてる間にバウルは勝手に動いてるし」
「も、申し訳ありません、右大将殿」
「よそのお姫様にこんなに肩入れしちまって。マレノア様に何か言われても俺は庇ってやらねえぞ」
「そ、そんな!決して忠誠を違えるつもりは!!」
「いいから。ほれ、とっとと行くぞ」
「お手間取らせてしまい申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げ、早足で移動する皆さんを追いかける。
早めに動いたおかげで『銀の梟』の追っ手は無かった。あいつらがサボりの不良兵士なら、仲間もわざわざ探していないのかもしれない。それはそれで助かる。
遭遇地点から離れた所で一度足を止めた。周囲を警戒しつつ、小休止のために腰を下ろす。
「ユウ、さっきは大丈夫だったか」
「はい。バウルさんが助けてくださいましたから」
心配そうなシルバー先輩に対し、セベクは厳しい目でグリムを睨んでいる。
「全く。あんなタイミングでくしゃみをする奴があるか!」
「しょうがねえだろ?鼻に草がひっかかってムズムズしちまったんだから」
「それでもどうにかして抑えろ!」
「まぁ、グリムにその手の我慢は無理だよ」
「お前がそうやって甘やかすから……!」
「失敗しちゃうのはしょうがないし。グリムは頑張ってる方だよ」
そもそも人間ですらない。人の言葉が話せて魔法が使える、という以外は子どもより手がかかるかもしれない。それでも今は話せば解ってくれる事も多いし、戦力としては大助かりだ。
「こうやって撫でれば僕の気持ちも落ち着くし」
抱き上げて頭を撫でると嫌そうに手を払われた上に逃げられた。悲しい。
じゃれ合う僕たちに、ヴァンルージュ先輩が声をかけてきた。
「お前ら、動くぞ。立て」
いま座ったばっかりなのに?と疑問が口を出そうになったけど、兵士の皆さんの緊迫した様子を見たら何も言えなくなってしまう。明らかに緊急事態だ。
「何かあったのですか?」
「仲間の痕跡を見つけた。『銀の梟』の連中とかなり派手にやりあったらしい」
かなり新しいもののようで、もしかしたら近くに生存者が潜んでいるかもしれない。
生存者、という表現には少々引っかかるものがあったが、……つまりそういう意味だろう。生きている者がいるのならせめて助けなければ、と思ってしまうのも無理はない。
僕たちは急いで立ち上がり、焦った様子で移動を始めるヴァンルージュ先輩たちの後を追った。