7−2:疾紅の戦鬼
息を止めていたのは数秒。すぐに呼吸には支障ない空間だと解った。目を開いて見れば上も下も真っ暗なのに、何故か自分たちの姿は見えてて、立てる地面がある。
セベクの左腕は掴んだままだった。地面に伏せたまま目を閉じていたセベクは、やがてぼんやりと目を開いた。
「……貴様、何故……」
これ以上どこかに連れて行かれそうな気配は無いので手を離した。するとセベクは素早く起きあがり、警棒をこちらに突きつけてくる。
「どういうつもりだ」
「どう、って?」
「僕は、もうこれ以上耐えられない!!若様の幸福を奪う現実など、もう……!」
警棒の切っ先が震えている。敵意を向けながらも、心は折れているらしい。
「……何て言ってほしいの?」
「は?」
「『セベクは素晴らしい忠臣だ、後の事は気にせずゆっくり寝てていいよ!』とか?『セベクの力を借りたかったけどそこまで言うなら仕方ない、夢の世界でも存分に忠義を尽くしてきなさい!』とか?」
「な……」
「リクエストがあるなら応えるよ。こちとら人を騙す事は慣れてるからな。気持ちよく眠れる言葉で見送ってやる」
冷ややかな視線を向ければ、少しは動揺したようだ。相手が苛立つようにわざとらしく鼻で笑ってやる。
「シルバー先輩には、まぁ何とか上手く言っておくよ。好きなだけ寝てりゃいい。楽しい夢の世界を好きなだけ満喫してきたら?」
「き、貴様……」
「僕もヴァンルージュ先輩と同意見で、足手まといは置いてく派なんでね。別に止めないよ」
髪を指先でいじりながら、切っ先に向けていた視線を横に逸らす。わざとらしく溜息を吐いた。
「多少役に立つかと思ったけど、やっぱ覚悟の決まってないヤツを無理に連れてきたって意味ないなぁ」
「愚弄するな!!」
袈裟懸けの一振りを後ろに跳んでかわす。
怒りと混乱に身を任せているように見えて、型は身についているのかすぐに構えを正した。僕から視線を逸らそうともしない。
「貴様に……貴様に僕の気持ちが解るか!!」
張り上げた声は響かない。ただ僕だけに届いて、闇の中に消えていく。
「訓練も、勉強も!誰よりも努力してきた!マレウス様の護衛として恥ずかしくないように!!」
その言葉を裏付けるように、警棒の振りには淀みがない。教科書通り感は否めないけど、流れはとても綺麗だ。体格からして腕力もあるだろうし、安易に止めようとすればこっちが大怪我する。回避に徹するしかない。
「何故、貴様のような者がマレウス様やリリア様に認められるのだ!!魔法も使えない、勉学もぱっとしない、武術も極めていない、貴様が!!!!」
貰った短剣を抜く事も考えなくはないけど、こういう所で使いたくないな。まともに使えないのに抜くのは剣にも相手にも失礼だ。
一通り暴れて、またセベクは構えを正す。少しは冷静になったみたいだけど、今度は嘆きを表情に浮かべた。
「シルバーとはひとつしか違わない。お前は同じ学年だ。なのに何故、僕はお前たちに勝てない!お前たちのようになれない!!」
悔しそう、そして悲しそう。声は怒鳴っているのに、表情は全く噛み合ってない。
「僕だって……僕だって戦える。それなのに何故、子どものように守られねばならない!!!!僕は……僕は……ッ!!」
なんとなく心情を察する。どうもシルバー先輩だけでも割とコンプレックスなのに、僕の行動もそれを刺激してしまったようだ。
ちょっと考える。
「いや、十六歳は子どもだからね?」
「お前だって同い年だろう!僕を子ども扱いするな!!」
「詳しい説明は省くけど、僕は十八歳だよ」
「それでもふたつしか違わないだろうが!!」
「あ~……この話めんっっっっっどくせぇな……」
「お前から振っておいて何だその言い草は!!!!」
段々いつもの調子に戻ってきた気がする。それはそれで良し。
「僕はさぁ、いつぞやも言ったけど、人を殺した事があるわけだよ。宇宙人だけど」
この一言で、敵意に満ちていたはずのセベクが勢いを失った。何とも言えない、怯えも少し感じる表情で僕を見る。
「ヴァンルージュ先輩は僕を認めてるんじゃなくて、同類の匂いを嗅ぎつけてるだけだと思う」
「同類……?」
「なんていうか……最後どうしようも無くなった時に、最善のために命を奪える、そして捨てられる、みたいな。そんな感じ」
セベクは唇を引き結ぶ。
「いやまぁ、僕もそんな覚悟を常に決めてるワケじゃないけどね」
へらっと笑ってみたけど、セベクの表情は変わらなかった。笑っても、怒ってすらくれない。
「誰もやらなきゃ自分がやるしかない。そういうのの積み重ねで、たまたま生き残ってきて、いつしか自分の中では割と『守る側にいるのが当たり前』になってた気がする」
「……僕には、経験が足りない」
ぽつりと呟く。
「武術を習っても、戦地に身を置いた経験など無い。命のやり取りなど……」
「そりゃそうでしょ」
「だがそれでは!マレウス様の護衛としての能力に欠ける!」
「それで焦って死んだら護衛にもなれないんだよ」
「ではどうすればいい!!僕は、僕は……ッ!」
「んな事、僕が知るかよ」
「ここまで来て話を放り出すな!!!!」
「まぁ落ちつけって。……セベクには僕なんかに訊くより前に、思い出すべき立派なお師匠さんの言葉があるでしょうが」
セベクは目を潤ませたまま見開いた。
「……リリア様の、お言葉……」
そのまま俯いて考え込む。涙を拭う事すら忘れて、今までの事を思い返している様子だ。
「ま、坑道の時の事は、ストレスと慣れない環境で咄嗟に上手く動けなかったってのが大きいと思うよ。僕は自分の意思でシルバー先輩についてきたけど、セベクはほとんど巻き込まれたみたいな状況なんだし」
「……それは……」
「焦るのは仕方ない。でも焦っても仕方ない。曖昧に構えてないと出来ない動きもあるし、ちゃんと備えてないと防ぎきれないものもある」
正解はどこにもない。だからこそ誰もが悩むのだ。
「ま、いずれにせよ。その時が来たらセベクは大切なものを守るためにちゃんと動けるよ。僕の勘だけど、きっとそんな気がする」
思えば不思議なヤツなんだよな。いちいち発言が鼻につくし見下してくるし妙に生真面目でうっとおしい。図体はでかいし眼光も鋭い。
だけど道理に沿わない事に素直に怒ったり、他人の悲劇に躊躇いなく涙を流せる。きっと妖精の兵士の皆さんには、そういう部分も気に入られているのだろう。
妖精に手を貸してもらえるような人間って、心根が素直で真っ当な人物って感じだもんね。妖精に対してのセベクは十分当てはまる。
人間からは好かれてなさそうだけど……今の所はしょうがないわな。人間側からしても扱いづらいもん。誠実で正直な人間からは居丈高で嫌なヤツだし、不真面目な人間からしても妙に生真面目で面倒なヤツだし。
今度こそヴァンルージュ先輩の言葉がちゃんと届けばいいけど。多少は改善するでしょ。多少は。
「っていうかさぁ、シルバー先輩も状況が状況とは言え問答無用で連れてきたって事は、セベクを頼りにしてるんだと思うんだよね」
「…………シルバーが、僕を?」
「セベクの事を弱いと思ってたら『一緒に戦え』なんて言わないよ。弱いヤツの面倒見ながら戦うより一人で戦った方が楽だもん。そう思わない?」
セベクは戸惑った顔をしていた。考えた事も無かったみたい。
「僕は……幼い頃からシルバーと共に、リリア様に剣を教わった」
「そう言ってたね」
「剣の腕前も、魔法の発現も……シルバーが一歩先を行っていた。いつか追い越す、そう思って研鑽を続けてきた」
「良い話じゃん」
「……お前は、シルバーの事をどう思う?」
「と言いますと?」
「僕の知る限り、シルバーはお前のように戦地に身を置いた時期などなかったはずだ。なのに今回の事でも、妙に肝が据わっているというか……」
もう一回、ちょっと考える。
「端的に言えば性格と才能だと思うけど、先輩の場合、夢を渡るユニーク魔法があるからね。僕たちが想像しないような壮絶な経験を夢の中で積んでる可能性はあるんじゃない?」
「な、なるほど!!」
「行き先はランダム、夢の中だから無秩序、目が覚めたら覚えてない事もある。本人無自覚のまま経験を積んでてもまぁおかしくはないかな」
「ぐ、ぐぅぅ……シルバーめぇ……!」
ずるい、と言いたそうだけどギリギリ口には出さない。すっかり元の調子に戻ったようだ。
さてシルバー先輩の事を思い出した所で、元の場所に戻る事を考えなくてはいけない。多分、心配してるだろうし。
確か、『闇』に取り込まれると更に深く眠らされるって話だったけど、僕らもそういう感じなんだろうか。上を目指すんじゃ意味ないかな。
「……おい」
「ん?」
セベクが僕の腰の辺りを指さす。見れば、短剣がほのかに光を放っていた。どこかで触れた覚えのある、柔らかくて暖かい光。
短剣を抜いて切っ先を上に向けて掲げると、一際強く輝いて、切っ先から一筋の光が空に伸びた。光は伸びた先で何かにぶつかったようで、そこから暗闇が退いて光の穴が広がっていく。
同時に、短剣を持つ右腕が強く上の方に引かれた。
「あ、やべ」
「何だ!?」
「セベク、捕まって!!」
咄嗟に叫んで左手を差し出す。セベクは反射的に僕の手を掴んだ。
その瞬間、一気に上に引っ張られる。息苦しいぐらいの圧力を感じながら、自分でもセベクの手をしっかりと握っていた。