7−2:疾紅の戦鬼
茨の国の北部から広がる雷鳴山脈。
平野と湿地を区切る境界のように横たわっており、東の海からやってきた者たちを足止めする要害となっている。
とはいえ、妖精たちも東の方に行く事が無いわけではなく、その経路は人間が来るよりも昔にある程度の開拓がなされている。厳しい山々の中の比較的なだらかな部分で、妖精たちによって目印などもつけられていた。
その道の途中にあるのが『風鳴き渓谷』である。雷鳴山脈からの雪解け水によって作られた川が元あった地形を削って出来たもので、ここから東の平野に流れる川にも続いている。雪解け水が本格的に増える時期にはもう少し川幅が広いらしい。
川に沿うようにして歩けば、雷鳴山脈からの風が容赦なく吹き付けてくる。風を遮るものが全くないので、気を抜くと足を取られそうになる事すらあった。この辺りだけ背の高い木が異様に少ないのは、風が強すぎて根付かなかったとかそういう事なんだろう。
「この風がある限り、投石や矢での攻撃はまず見当違いの方へ飛んでいっちまう。魔法はその限りじゃないがな」
ここは妖精にとって自然の要塞なのだとヴァンルージュ先輩は呟く。その概念すら東側に人間が増えて以降に生まれたものだとは思うけど、その表現は正しいと思えた。
妖精は場所を移動する魔法を使えたりもするし、そもそも魔法が使えて当然の種族だ。ここを通る間だけ風を遮る魔法を使うとか、そういう事も気楽に出来るだろう。
でも人間はそうはいかない。今日は晴れているからこの程度で済んでいるけど、天候が荒れたり季節が変われば難易度は大きく変わると思う。
それをわざわざ乗り越えてまで妖精に喧嘩を売ってるのだから、あまり同情は出来ない気がする。
……まぁ、元の世界でも高い山や難しい山を登るのが栄誉、みたいな人たちはいたワケだし、資源が無くても越えてきた可能性はゼロじゃないけどさ。
風に苦労しながら歩を進める。渓谷に入る前に町で貰ったお弁当は食べておいたけど、多分こういう都合もあったんだろうな。見晴らしは良さそうだけど、のんびりできる環境じゃない。
風の音に耳が慣れてきた頃には、岩肌だらけの山の向こうに木が見えてきた。もう少し進めば風が弱まる。
ほっと胸を撫で下ろしていると、先頭の兵士たちが何やら戸惑いを見せていた。ヴァンルージュ先輩やバウルさんも様子に気づいて周囲を警戒している。
「どうしたんだろう?」
「んん?……なんか、風の音に混じって変な音がしねえか?」
グリムに言われて耳を澄ますと、確かに風の音の向こう側に、不自然な音がある。それはどんどん大きくなっていた。
……古い車のエンジン音?
断定できず首を傾げている間に、音は近づいてくる。視界を遮るものが少ない岩山で、その姿はすぐに露わになった。
鋼鉄の車。戦車というのだろうか。
鉄仮面のような前面に、盾とツルハシのような腕がついている。後部には煙を出す二本の塔。足まわりは大がかりなキャタピラだ。
こんな大きさでどうやって森を抜ける気だ、と思ったけど、それは周りにいる『銀の梟』が伐採などを行うのだろう。ぶっちゃけ道幅ギリギリ、ちょっとでも風に煽られたら川に落ちそうな大きさだが、見た目通りの重量もあると見た。
「なんだあれは!?岩のゴーレムか!?」
「いや、違う!見ろ、『銀の梟』が乗ってる!」
ヴァンルージュ先輩が指摘すれば、慌てふためいていた一部の兵士が落ち着きを取り戻した。
「総員構えろ!来るぞ!」
号令に兵士が人ならざる声で応える。
一方、『銀の梟』の兵士たちはこちらにヴァンルージュ先輩がいる事に気づいたようだけど、いつもより余裕っぽい。この戦車が戦力になると自信がある様子だ。
ヴァンルージュ先輩がいくら強いと言っても、それは生身の人間相手の話。鋼鉄の戦車相手にまともに戦えるとは思い難い。
実際、ツルハシの腕が振り回されるだけで岩山が抉れていくし、盾の方も炉端の石を粉砕している。生身で食らえばひとたまりもない。
「セベクって選択授業、魔法解析学なんだよね?」
「突然なんだ!?」
「あれぐらいの大きさの金属を動かすのって、どれぐらいの魔法が要るかとか解る?」
「それは魔法解析学でなく魔導工学の」
怒鳴りかけてセベクが口ごもる。多分、この時代に魔導工学はまだ存在していない可能性があると気づいたのだろう。咳払いして続ける。
「……魔法解析学でなくとも解る事だが、恐らくは、動力に魔法石が使われている。排気筒がある事から見て、熱で稼働する仕組みだと考えられる」
元の世界でも蒸気だの電気だのガソリンだのいろいろあるけど、詳しい仕組みはさておき、燃料が必要となる部分を魔法石が補っているという事だと思う。
「連中の技術力を考えれば、かなり大きな魔法石を使用していると見るべきだろうな」
「……なるほど、アレか」
セベクの言葉を聞いて、ヴァンルージュ先輩の目が光った。多分、魔法石が発している魔力の気配を感じ取ったんだろう。
「乗ってる人間どもを引きずり出して、化け物を叩き割るぞ!」
ヴァンルージュ先輩の号令に続いて妖精の兵士たちが動き出す。身のこなしの軽い兵士たちは戦車を飛び越えて『銀の梟』たちに飛びかかった。人間たちの情けない悲鳴と、妖精たちの雄叫びが入り乱れる。
「怯むな!ヴァンルージュとて、この装甲掘削機に敵うものか!」
ちょっと偉そうな奴がそう言った直後に、風の魔法がかかった投石を頭に受けてひっくり返った。痛そう。
そんな事になってるとは知らず、声にだけ元気づけられたらしい戦車、もとい装甲掘削機は再び前進を始めた。
「ぬんっ!!!!」
その真正面でバウルさんが魔石器を振り抜く。派手な金属音と共に装甲掘削機の前進が止まった。
そこへヴァンルージュ先輩たちが雄叫びを上げながら飛びかかる。搭乗口の蝶番の部分を魔石器で切り開き、中にいた『銀の梟』を引きずり出して投げ捨てた。
「くたばれ、鉄の化け物め!!!!」
ヴァンルージュ先輩の魔石器が唸る。自然とは違う風の音が舞う。
人間の技術を集めて作られた鉄の車が、無秩序に切り裂かれ崩れていく。いつしか駆動音は止まり、装甲掘削機の両腕についていた工具が切り取られ力なく地面に落ちた。無秩序に煙を吐きながら、完全に停止している。
これには『銀の梟』も完全に戦意を削がれた。
「なんて奴らだ……生身で鉄の掘削機を破壊してくるなんて」
「掘削機なしに勝てるわけがない」
倒れた仲間を担ぎながら、慌ただしく逃げていく。風の音に紛れて足音や悲鳴はすぐに消えた。
追撃するような余裕は無い。魔法なら風に邪魔されないとはいえ、風が体力を奪う事には変わりないし、妖精たちにとっては倒した相手の事の方が気になってしまったようだ。
「な、な、なんなのだ、この鉄のゴーレムは!?」
バウルさんは疲れを感じさせない驚愕の声を上げる。風の音の中でも負けじと響くのだから強い。
「……この装甲車、ショベルカーのような装備がついている」
「『鉄の者』たちはこれを装甲掘削機と呼んでいたな。という事は、恐らく土木作業用の機械だろう」
「そういや麓の街の工事現場で、似たようなのを見た事ある気がするんだゾ」
「土を掘り返すためのからくりという事か?面妖な!」
資源採掘機能と戦闘能力を兼ね備えた戦車。
見た目が『銀の梟』の甲冑に似せてあるのもなんだか癪に障る。全体的にやる事が悪趣味な感じ。どうにも気持ちが妖精側に傾いてしまう。今はそれでいいんだけど。
過去の出来事を現代の価値観で評価してはいけない、なんてよく聞くけど、こうして目の当たりにすると簡単には飲み込めない。
「奴ら、いつの間にこんなものを……ほんの二十年前は木の鋤で土を掘ってたってのに」
妖精にとっては取るに足らない短い時間。しかし人間にとっては赤子が大人になるだけの時間。
元の世界でだって、二十年あればいろいろな技術が変わった。小さい頃に見ていた親の携帯電話は今とは違う形だったし、更に二十年前は公衆電話が主流だった。
生きる時間が短いからこそ技術の進化を急ぐ。短い時間を有効に活用するために。未来を生きるものたちにより多くの選択肢と時間を与えるために。
そんな価値観は妖精にはきっと無い。彼らの生は人間から見れば永遠に等しいほど長く、急がずとも生命を謳歌出来る。そのように出来ている。
人間を人間たらしめたのはその価値観の違いなのか、もっと別の何かなのか、僕には解らない。
そこが解った所で、何かが解決するワケじゃないとは思うけど。
「こんなので山を掘られたんじゃ、あっという間に雷鳴山脈が丸裸にされちまう」
ヴァンルージュ先輩の声で我に返る。先輩はもう動かない装甲掘削機を探り始めた。
「……おい、シルバー」
「はい?」
「ちょっと手伝え」
シルバー先輩が駆け寄り、一緒に掘削機を探る。何度か派手な金属音がして、ヴァンルージュ先輩が立ち上がった。その手には真っ赤な石が握られている。シャンデリアの魔法石ぐらいでっかい。
多分、魔法石を内部から無傷で取り出すのにシルバー先輩の手を借りたんだろう。あんまり細かい事は得意じゃなさそうだし。
「ひとまずマレノア様に報告しておこう。伝令、ひとっ飛び行ってきてくれ」
呼ばれた妖精の兵士がヴァンルージュ先輩から魔法石を受け取る。そのまま魔法で飛んでいった。
残骸を川に落とすワケにもいかないし、何とか道の端に避ける。このままにしておくと自然が汚れるおそれがあるので、いずれは誰かが片づけに来るだろうとの事だ。『銀の梟』に回収されそうな気もするけど、その時はその時ってところだろう。
「全身ひでぇ鉄と油の臭いだ。水浴びでもしねぇとやってられないな……」
ヴァンルージュ先輩はうんざりという顔でえづいてみせる。少し運んだだけなのに僕の手にも臭いがついてしまった。古い電車が目の前を走り抜けた時のような、正直言って好ましい臭いではない。
「渓谷を抜けたら、小さな湖がある。今日はそこで野営としよう」