7−2:疾紅の戦鬼
翌日は抜けるような青空が広がっていた。徒歩での道行きを考えれば、晴れてくれるのは助かる。
昨晩は宴会騒ぎだったけど、今朝はいつもの町に戻ったようで、鍛冶場の職人たちも忙しなく働いていた。採掘場はまだ先の事が決まっていないから採掘はしてないみたいけど、ひとまずの材料はあるみたいで、武器を作ったり手入れするのは支障ない様子。
近衛隊の面々も鍛冶場に赴き、魔石器の手入れを依頼していた。その様子を見せてもらう事が出来たんだけど、凄く神秘的。
炎の魔法とか、いろいろな魔法が魔石器に降り注いで、傷ついた部分を削ったり継いだりして、ピカピカに整えていく。ナイトレイブンカレッジでも他人の魔法を使う様子はよく見るけど、生徒たちとは比べものにならないくらい集中していた。
魔法だって技術だ。仕事にするならば相応の研鑽が必要なのだろう。学園長の『魔法は万能ではない』という言葉をちょこちょこ実感させられるなぁ。
一緒に見ていたセベクやグリムも目を輝かせていた。プロの仕事って凄いよね。
「ユウ、グリム」
「はい?」
シルバー先輩に声をかけられて振り返れば、昨日の子どもたちがいた。活発そうな男の子の後ろで、二人がもじもじしている。
「おう、オメーら!もう元気になったのか?」
「う、うん」
「昨日は、ありがとう」
「どういたしまして。大きな怪我が無くて何よりです」
三人ともほっとした様子だ。グリムも満足げに胸を張っている。
「それでさ、俺たちあんたたちにお礼がしたくて、とーちゃんたちに相談したんだ」
「お礼!?ツナ缶か!?」
「ツナカン?」
首を傾げる子どもたちに笑顔を向けたまま、グリムの頭を掴む。
「気にしないでください。昨晩のもてなしでお礼は十分いただいてます」
「で、でも、リリア様も『丁度いい』って言ってたから」
「……ヴァンルージュ殿が?」
シルバー先輩の言葉に、子どもたちは頷く。
子どもたちは持っていた鞄から、大人サイズのベルトを取り出した。ホルダーやポケットがたくさんついていて、その中のひとつに短剣が収まっている。
「うおおお、なんかカッケーベルトなんだゾ!」
「護身用の武器はいくつあってもいいって、リリア様が」
「着けてみて。近衛隊の出発までに調整も出来るから」
「え、で、でも……」
助けを求めてシルバー先輩を見たけど、諫めるどころかとても優しく微笑んでいた。
「ユウは今のままでは『銀の梟』や魔獣に対しての攻撃手段が無いからな。武器を持てるのなら、その方が何もないよりは良い」
確かにそうかもしれないけども。
戸惑いつつも言われるがままに装着する。
「利き手はどっち?右?じゃあこっちに剣かな。一回抜いてみて」
先輩たちの警棒と違って斜めじゃないので、垂直に抜いて構える形になるだろうか。ジャケットの裾に隠れるのが若干手間取りそうだけど、まぁそんなに使う機会も無いだろうからいっか。
ジャケットを少し払って抜き取り、手の中で上下を回転させて手に握る。子どもたちはちょっと目を輝かせてくれた。シルバー先輩も満足げな顔をしている。
「問題なく使えそうだな」
「いやハッタリなんで、さすがに実戦はちょっと……」
小さい頃からアクションものに憧れて武器の構えだけ練習してた、とか言っても良いものだろうか。今のもたまたまうまくいっただけで、めちゃくちゃまぐれなんだけど。
僕の言葉を謙遜とでも思っているのか、シルバー先輩も三人の子どもたちも全く疑いの目を向けてこない。
「そうなのか?」
「ま、うちで鍛えたミスティウムは最高に強いから、剣が振れなくても大丈夫だぜ!」
「それはちょっと誇張しすぎじゃない?」
「でも連中のなまくらなんか目じゃないし~」
短剣を改めてまじまじと見れば、近衛隊の使っている魔石器とよく似た特徴がある。刀身に当たる部分は緑色の綺麗な石で、それを銀色の金属が飾っている。柄の部分も金属製だが握りやすく、繊細な花の彫刻が目立つ程度にあるのに握りの邪魔になっていない。美術品と言われても信じてしまいそう。
「……ありがとうございます。大切に使わせていただきますね」
僕が短剣をしまいながらお礼を言うと、三人は満足そうに笑っていた。
対照的に、グリムがぶすくれた顔になる。
「オレ様には何もねーのかぁ?」
「グリムにもあるよ!」
「にゃに!?」
三人が鞄からグリムに差し出したのは、小さなリュックだった。僕にくれたベルトと同じ素材で、どういう仕組みになっているのかグリムがひとりでも背負えるように出来ている。
「似合うか?子分」
「すっごい似合ってるよ!」
三人も満足いく出来だったのか、とても得意げだ。
「縦にしても横にしても、中身が動かない魔法がかけてあるんだよ」
「今はお弁当を入れてあるから、お昼に食べてね」
「にゃはは!やったー!」
「ありがとうございます、グリムの分まで」
「いいってことよ!」
三人とも照れくさそう。夢の中の住人とは思えないほど自然な様子に、僕も自然と笑顔になれた。
現実でもこの三人は生きてるのかもしれない。そんな気がする。そうであってほしい。
「おう、なかなか様になってるな」
鍛冶場に顔を見せたヴァンルージュ先輩は機嫌良く笑っていた。駆け寄ってくる子どもたちを見て目を細め、じゃれつく彼らの頭を乱暴に撫でる。
ヴァンルージュ先輩の顔を見て、髭面の鍛冶師が近づいてきた。もはや見慣れてきた、ヴァンルージュ先輩の魔石器を捧げもののように持っている。
「右大将殿。魔石器の手入れはこの通り終わっております」
「助かる。大変な時に無理を言って悪かったな」
「何を仰います。あのままでは我々は、命も危ない状況でした。このご恩を返すためなら、我々は何も惜しみません」
鍛冶師の返答に対し、ヴァンルージュ先輩の表情が沈む。
「……移住の世話までしてやれなくて済まない」
「あなた様が気に病む事ではありません。どうか同胞の未来のために、使命を全うしてください」
夜の祝福あれ、と鍛冶師は微笑む。その言葉でやっと、ヴァンルージュ先輩の表情が緩んだ。柔らかい微笑みと共に、同じ言葉を返す。
「そちらの……人間の方」
「ふぁ、はい」
不意に声をかけられたので変な声が出てしまった。姿勢を正すと、鍛冶師は目を細める。
「人間があなたのような人ばかりなら、どれほど良かったか」
「え……」
「我が子を魔獣の餌にしたのが人間なら、次の犠牲を防いだのも人間と魔獣とは、奇異な事もあるものです」
何も言えないで固まる。
僕だって別に善良な人間ではない。そりゃ、それなりの正義感はあるつもりだけど。
ただ目の前で起こったから動けただけ。でもそれを素直に言ってしまっていいのか迷う。
「その短剣の意匠は、我が子の遺作。仲間に頼んで形にしてもらいました」
思わず短剣を見た。柄に飾られた銀色の花が、鞘に収まった状態でも輝いている。
「どうかあの子の魂を、広い世界にお連れください。そして願わくば、我らやあの子の真実を、外つ国でもお伝えください」
深々と頭を下げられてしまった。
何も言えない。何も言うべきではない。
でも無言のまま貰ったベルトを外せば、ちょっと周りが緊張した気がした。メガネを外してベルトのポケットに入れて、短剣の鞘の部分を上にしてベルトを畳む。そのまま腕に抱え、鍛冶師の男性の前に跪いた。
「お子様の魂、お預かりいたします」
頭を下げてから、鍛冶師の男性の目を見た。優しげな黒目が、悲しそうに揺れている。
「私に出来る事は多くありませんが、ここでの出会いは決して忘れません。旅路には必ず携え、私の友にも、いずれ迎えるかも知れない伴侶や子どもたちにも、必ず真実を伝える事をお約束いたします」
真っ直ぐに目を見ながら言った。きっとこう応えるのが正解のはず。
鍛冶師の男性の目が潤み、涙が溢れ出した。嗚咽を漏らしながら、男性は手をこちらに伸ばしてくる。その手を取り短剣の柄に触れさせれば、男性は愛おしそうに柄を撫でてから『さよなら』と、誰かの名前を呟いていた。