7−2:疾紅の戦鬼
隊は結局北回りのルートを選ぶ事になった。
というのも、道中で叩きのめした『銀の梟』が、北の鉱山の辺りに攻め入るみたいな事を言っていたのだ。
鍛冶場と採掘場がある山の麓だが、妖精側には恒常的に戦力を置く余裕はないので、人間たちがやってくるようになった現在も、昔からの住人たちがただ細々と暮らしているだけだ。奴らに攻め入られたらひとたまりもない。
武器製造とその原料の生産地と考えると、ここに防衛戦力を置けないのは相当厳しい状況じゃなかろうか。使節団の行う通達は、妖精たちの気勢とは裏腹にかなり切実な状況を背景としているようだ。
夕日の色が近づく中で、木々の合間に『銀の梟』の一団の背中を見つける。向こう側が見えない程度の人数がいて、荷車などの装備も多い。昨日の一団よりも大きな隊のようだ。
兵士の何人かは音もなく木に登り、状況を把握して戻ってくる。報告を受けたヴァンルージュ先輩は冷ややかな目で彼らを見ていた。
「頭数だけはご立派だな」
魔石器を振りながら兵士たちを振り返る。
「お前ら、存分に暴れてこい。中に入られても追い出せ。採掘場と鍛冶場を壊すんじゃねえぞ」
妖精の兵士たちが声を上げる。今にも突入しそうだった『銀の梟』が、声に反応して動きを止めた。
「後ろだ!!総員、陣形を……」
「遅い!!!!」
号令をかけていた大将がヴァンルージュ先輩に蹴り飛ばされた。焦った数名の兵士が鍛冶場の方へ向かおうとして、あっという間に叩きのめされる。
入り口をこちらが陣取れたなら、向こうが侵入する危険は一気に低くなる。後は兵士たちが暴れて追い出すばかり。
「ヴァンルージュがいるぞ!!!!」
「何で作戦が洩れた!?」
「撤退、撤退~!!」
慌ただしく『銀の梟』たちが逃げていく。あれだけの数がいたのに、ヴァンルージュ先輩ひとりでこれだけの影響力があるとは。
人間の兵士たちがいなくなった事で、目的地が見えるようになった。採掘場と鍛冶場、と端的な言葉で表現されているが、見た目は村というよりは町っぽい。石を積み上げた塀に囲まれ、門として立派な金属の扉がついてる。魔獣を避けたり侵攻から守るための設備はある程度整えているようだ。
妖精の兵士たちが周辺を見回り、危険が無い事を確認して戻ってくる。今回もこちら側に損害は無し。荷車や物資は置き去りにされたので、これは鍛冶場の人たちが使う事になるだろう、との事。
この頃には外の騒ぎが収まった事に気付いたらしく、町の方から住人が出てきた。中年男性が門を開けながら笑みを浮かべる。
「王宮近衛隊の皆さん!助けに来てくださったんですね!」
「おう。『鉄の者』はおっぱらってやった。これで少しは……」
「あ、ああ!それもなんですけど、それだけじゃないんです!」
男性の物言いに先輩は眉を顰める。
「魔獣が、魔獣が採掘場に入り込んで!子どもたちの姿が見えないんです!」
「……なんだと?」
シルバー先輩と顔を見合わせる。セベクも純粋に驚いているようだから、この話は知らないらしい。
「詳しく話せ」
男性が言うには、半月ほど前から採掘場に魔獣が住み着き、思うように採掘が出来なくなったという。短期間で数を増やし、安全に採掘できる場所も無くなってしまったのが数日前。
近衛隊への救助要請は何度か出していたが音沙汰が無く、二日前に子どもが一人消え、更に三人いなくなっている事が先ほど発覚した。
魔獣は坑道に居着いて動かず外に出てきた事は無いと思われていたが、ここに来て外に出ていた可能性が出てきた。子どもたちが魔獣にさらわれたのか内部を確認しようにも、ここには戦闘を行える者がいない。わずかばかりその素養がある者も、近衛隊への救助要請のために出払ってしまっている。
そんな所に『銀の梟』が来たものだから町の者は絶望し、家の中に閉じこもって祈るばかりだったらしい。
出来すぎているほどのタイミングだが、今はそんな事はどうでもいい。
「先ほどの『銀の梟』はそんな話は一切していなかった。つまりこの事に連中は関係ない」
「単純に魔獣が入り込んでしまっただけの可能性が高いな」
「お願いします。子どもたちを……子どもたちをお助けください!」
「ああ。俺たちに任せろ」
二つ返事で応えて、ヴァンルージュ先輩は隊の面々を振り返る。
「バウル。お前はここに残って外を警戒しておけ。連中が戻ってこないとも限らん」
「はっ」
「半分はここに残ってバウルと警戒を続けろ。特に図体のでかいヤツはこっちに残れ」
そう言われて兵士たちは何となく分かれていく。なるほど、坑道となると狭いだろうし、大きな武器は不利だもんな。
んで、先輩はこっちを振り返る。
「お前らは……面倒だな。お前らもまとめてついてこい」
「はいっ!」
セベクが元気に返事をし、僕とシルバー先輩はそこそこの返事をする。
人間の僕たちがついていくとややこしい事になりそうだけど、なりふり構ってもいられない。
「何でオレ様がモンスター退治なんか……」
「グリムのいいところ見せるチャンスだよ。ちゃんとアピールして、見直してもらわなきゃ」
「でも、ここは夢ん中だろ?いいとこ見せても意味ない気がするんだゾ」
「少なくともこの夢から覚めるまでの待遇は良くなると思う。夢の中でだって美味しいご飯食べたいでしょ?働かざるもの食うべからず、ってね」
「んん~……仕方ねえなぁ」
よし、とりあえずこれではぐれずに済むだろう。
ヴァンルージュ先輩からどれぐらい離れたらダメなのかわかんないし、坑道内でも気をつけた方が良さそうだな。
上り坂になっている町の中を奥へと進めば、建物の数が減り山肌に近づいていく。手押し車や工具が転がる広い空間の奥に、木と石で補強された採掘場の入り口があった。入り口は明かりがついてて明るいけど、その光が届かない先は真っ暗だ。
置いてあったランプに火を灯して、連れだって奥へと向かう。出来る限り音を立てないように歩いているが、坑道の中はとても静かだ。
「なんか、ドワーフ鉱山に行った時の事を思い出しちまうな」
「うるさいぞ、魔獣!」
「お前の方がうるせえよ。ちょっと黙っとけ」
「も、申し訳ありません!」
狭い通路は割とすぐ終わって、かなり開けた場所に出た。この辺りは採掘した鉱石を簡単に仕分けたり、情報を交換する場所のようだ。地図やメモ書きが一カ所にまとめてある。
「……蟻の巣みてぇに入り組んでるな」
坑道の開発を記録した地図は、その広さを物語っていた。坑道は割と直線的に作られているので、まっすぐ進む分には迷わずに帰ってこられそうだけど、曲がった回数と方向を忘れたら最後、二度と出られなさそう。ところどころに設けられてる休憩用のスペースが目印になってくれる事を祈るしかない。
妖精の兵士がヴァンルージュ先輩に何事か話しかけている。真面目な顔でそれを聞いた先輩は、こちらを振り返った。
「ひとまず、獣の臭いがしてくるまでは固まって動くぞ。この辺りはまだ連中の縄張りじゃないようだ」
先輩たちが歩き出してから、スマホを取り出して地図を撮影する。念のため。再び電源を落とし、何食わぬ顔で隊列に合流する。
坑道の中は僕たちの足音しかしない。ところどころに置かれた照明器具に魔法が込められていて、坑道内の換気を助けているらしい。奥まで行っても明かりが壊れていなければ、窒息の危険は無いとの事だ。便利。
どれくらい歩いただろう。通路が複雑なだけに後ろにも警戒しつつ、それでいて歩みは止めなかった。のに、兵士の一人が鋭く声を上げた。一気に全員が足を止めて警戒する。
「オレ様にも聞こえるゾ、動物の足音だ」
「どこから?」
「あっちとそっち。……ど、どんどん数が増えてるんだゾ!」
「こちらを囲む気か!」
「させるかよ。散開するぞ」
兵士たちの了解を聞いて、ヴァンルージュ先輩は顔をこちらに向ける。
「お姫様と魔獣は当座の目印だ。ここから動くな」
「ふなっ!?お、オレ様たちを囮にする気か!?」
「さぁね。自分の身ぐらい自分で守れよ」
「ご心配なく。ご武運をお祈りしてます」
僕の返事に満足げに笑うと、ヴァンルージュ先輩は仮面をかぶり独特の声を上げながら奥に進んでいく。
「俺たちも出るぞ、セベク」
「言われずとも!」
先輩たちも行ってしまった。さすがにこうなってくると、坑道の奥から戦闘中とおぼしき音が僕にも聞こえてくる。まだ近づいてくる気配はない。
「お、オレ様たちどうすんだ?」
「言われた通り、ここで待機。先輩たちの目印としてここにいないと」
「う、うう。結局魔法を披露する機会が……ん?」
グリムが目を見開き動きを止める。きょろきょろと辺りを見回した。
「どうしたの?」
「足音だ。……動物じゃねえ。軽いのがいっぱい、重いのが後ろに……こっちに来てる!」
グリムが言う通り、程なく僕にも足音が近づいているのが聞こえた。誰かが走ってくる。
角を曲がってきたのは三人の子どもだった。尖った耳をした、十歳前後の少年たち。服は泥で汚れているけど、走ってきたのを見るに怪我はなさそう。
子どもたちの方は僕を見て目を見開き足を止めた。
「ど、どうしてここに人間が!?」
「魔獣もいる!もうダメだ~」
「オメーら、町からいなくなったっていうコドモか!?」
「ひえええ魔獣が喋ってる!!!!」
「お、落ち着いてください。僕たちは……」
「ひいいい人間も喋ってる!!!!」
「いや人間は喋るだろ」
後ろの二人が怯え散らかしてるせいか、先頭にいる活発そうな子が冷静になってきた。まだ疑いは晴れてないみたいだけど、僕をまっすぐ見てくる。
「アンタたち、アイツの仲間じゃねえの?」
「アイツって誰なんだゾ?」
「詳しい話は後で。急いで町に向かってください。王宮近衛隊の方が『銀の梟』の警戒に当たっています。保護してもらってください」
「王宮近衛隊!?」
後ろの二人の表情が明るくなった。泣いたり笑ったり、人間の子どもと同じような騒がしさだ。なんだか可愛く思えてしまう。
「ええ、ですから急いで外に」
言ってる途中で、後ろの二人の身体が宙に浮いた。反射的に活発そうな子の腕を引いて背中に隠す。
「やっと捕まえたぞクソガキども!!」
そう言ったのは中年の男だ。冴えない、いかにも悪人ですという顔をしている。薄汚れた格好は坑道には馴染んでいるが、丸い耳を見れば彼がここにいるべき者ではないとすぐに理解できた。
子どもたちが泣き叫ぶのを無視して、男は僕の方を見る。
「お前……人間か?」
「ええ。そういうあなたも人間ですね」
活発そうな子は動けずにいるらしい。とりあえず今は良い。
「なんで人間がこんな所にいるんだゾ!?」
「喋る魔獣?珍しいの連れてんな。同業者か?」
「違うと思います。……僕たちは妖精の子どもをさらったりしませんので」
僕が言うと、グリムがはっとした顔になった。
「魔獣じゃなくて、コイツがコドモをさらった犯人なのか!?」
グリムが声を上げると、男は面倒くさそうに舌打ちした。
「ああ、くそ。面倒くせえな。こっちはとっとと餌やりを終わらせて仕事に戻りたいだけだってのに」
「……餌やり?」
「妖精どもを追っ払うのに引き入れたんだが、ちょっと鉱石を売りに出てる間に随分でかくなっちまってな」
男は下卑た笑みを浮かべている。子どもたちはすっかり怯えて動けなくなっていた。
「野の獣じゃ足りねえってんで、妖精のガキを食わせたら大喜びよ。腹が満たされりゃ大人しいもんだからな。採掘もし放題って訳だ」
「……そのために子どもたちを……さらったと」
ちょっと今、自分がどんな顔してるか分からない。腸が煮えくり返るっていうのを久々に感じている気がする。
男はこちらの様子に気付いた素振りもなく笑っている。
「なあ、同じ人間のよしみだ。ここは見逃してくれねえか?小遣いぐらいはやるからよ。『銀の梟』は金払いもいいからな!」
「グリム」
「おう」
男の話が終わるか終わらないかぐらいの所で声をかければ、グリムも真剣な声で応えてくれた。
素早くグリムの首元を掴んで、男の顔面めがけて投げつけた。グリムは威嚇音を出しながら、男の顔面をめちゃくちゃに引っかく。
汚い悲鳴が坑道内に響きわたると同時に、子どもたちが地面に落とされた。続いてグリムが華麗に着地する。
「く、クソが!てめえ何しやが」
迷わず踏み込む。既に血だらけの男の顔面を正面から殴りつけた。更に汚い呻き声を吐きながら男が壁に激突し地面に倒れ込む。頭を打ったのか痙攣するばかりで動かない男を、念のため上に乗って腕を抑え更に動けないようにしておいた。
「グリム、誰かこっちに来そう?」
「……まだみんな戦ってるみてーだな」
「なら、その子たちを連れて先に外に出てくれる?まっすぐ戻るだけだし、グリムなら魔獣の足音は分かるから、隠れながら進めるでしょ」
「わかった。……子分も気をつけるんだゾ」
「うん。頼んだよ、グリム」
「任せとけ!」
子どもたちは何とか落ち着いたみたい。まだ戸惑った表情だけど、パニックにはならなそう。
「さ、オマエら。オレ様の後にしっかりついてくるんだゾ」
「う、うん……」
グリムについて、子どもたちが歩き出す。その背中を見送りつつ、さてどうしたものかと考える。近くにロープでもあればいいんだけどなぁ。
「ユウ!」
とか考えていたら、シルバー先輩の声がして顔をあげた。駆けつけてきた先輩は、こちらを見てセベクと一緒に不思議そうな顔をしている。
「悲鳴が聞こえたから来てみれば……これは何事だ?」
「こいつが今回の魔獣騒動の犯人です」
「何だと!!??」
「坑道内に魔獣を放って人払いをし、餌を与えて飼い慣らし盗掘を行っていたようです。取引相手には『銀の梟』もいるとか」
話を聞いたシルバー先輩が目を見開く。
「もしや、先日の『銀の梟』が持っていた鉱石類は、彼から買い取ったものか?」
「……そうか、確かにおかしいな」
セベクも頷きながら続ける。
「あの一団は旅程の序盤と見えるほど十分な物資を持っていたのに、鉱物もミスティウムも既に大量に積んでいた」
「盗掘者から買い取った分を自分たちの成果として持ち帰るつもりだったのか……」
妖精側のやり方に問題が無いとは言わないけど、人間側も相当だ。妖精が憎いとかですらない、利益のためだけに動いてる奴が少なくないみたい。
「『銀の梟』だけでも頭数はいるのに、個人の盗掘者までいたら、そりゃ手が回らないでしょうね」
つい腕を抑える手に力が入った。男が苦しげに呻く。
「いま、グリムが子どもたちを外に案内しています。三人は無事です」
「……二日前にいなくなった一人は、まさか」
押さえ込まれた男を見る目が更に険しくなる。
怒りが満ちる中で、シルバー先輩は頭を振って表情を戻した。
「……グリムに付き添ってくる。大丈夫だとは思うが、親父殿から離れすぎて『闇』に襲われないとも限らない」
「お願いします」
僕が答えると、シルバー先輩は出口に向かって走り出した。すぐに背中が見えなくなる。